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地位承継が左右する事業譲渡成功への実務手続のポイントを解説

地位承継が左右する事業譲渡、その手続の流れとリスク管理を知りたいですか?本記事では、契約上の地位を確実に承継してスムーズに事業を引き継ぐための実務ポイントをわかりやすく解説します。

目次:

  1. 地位承継の基本概念とM&Aにおける位置付け
  2. 事業譲渡における地位承継の流れと実務上の注意点
  3. 地位承継が必要なケースと不要なケースの違い
  4. 地位承継のメリットとデメリットを整理する
  5. 地位承継の失敗事例から学ぶリスク軽減策
  6. 地位承継手続を円滑に進めるためのチェックリスト
  7. 専門家の活用とサポート体制の構築
  8. よくある質問と回答
  9. まとめに向けての具体的アクションプラン
  10. まとめ

▶目次ページ:M&Aの種類・方法(事業譲渡)

地位承継の基本概念とM&Aにおける位置付け

地位承継とは、ある契約当事者としての立場を第三者に移転し、契約から生じる権利義務をそっくりそのまま引き継ぐことを意味します。事業譲渡を選択するM&Aでは、譲渡企業から譲受企業へ資産・負債・取引先との契約・従業員との雇用契約などを個別に移転させる必要があり、このプロセスが地位承継です。たとえば、店舗を賃借しているビジネスの場合、賃貸借契約の賃借人たる地位を譲渡企業から譲受企業へ変える承諾がなければ、物理的に店舗を使い続けられず事業譲渡自体が頓挫します。したがって、地位承継は単なる法的手続ではなく、事業の存続可否を左右する経営上の要所と言えます。

資産負債だけでなく権利義務も個別に移転する

譲渡企業が保有する不動産や設備、棚卸資産のような有形資産はもちろん、商標やのれんのような無形資産、さらには金融機関からの借入金、保証債務といった負債も個別に整理して移転対象を確定させます。同時に、賃貸借契約、売買基本契約、代理店契約など取引関係も一件一件確認し、相手方から承諾を得る流れをとります。包括承継である株式譲受と異なり、事業譲渡では「個別性」がキーワードとなるため、地位承継の対象も漏れなくリストアップし、チェックリストと覚書で共有することが実務上不可欠です。

民法上の同意取得義務がトラブル回避の要

地位承継には当事者間の合意だけでなく、契約相手方の同意が原則必要である点を押さえてください。民法第539条の2では、契約上の地位移転は相手方の承諾を要すると規定されています。取引先はもちろん、雇用契約の当事者である従業員も「相手方」に該当します。従業員の同意取得が遅れると、移籍拒否や退職による人材流出が発生しかねません。したがって、譲渡企業と譲受企業は早期に従業員説明会を開き、条件を明示したうえで新たな雇用契約を締結する準備を進めることが望ましいです。




事業譲渡における地位承継の流れと実務上の注意点

地位承継を伴う事業譲渡は、基本合意の段階から「何を承継するか」を細部にわたり擦り合わせておく必要があります。以下では一般的な流れを示しつつ、各工程で専門家がチェックすべきポイントを整理します。

事業範囲と承継対象の確定が第一歩

最初に譲渡企業と譲受企業のトップ面談で、譲渡対象の事業範囲を定義します。ここで確定すべきは、

(1)譲渡対象資産、(2)負債・偶発債務、(3)契約関係、(4)人員、(5)許認可の取扱いです。対象リストが曖昧なまま進むと、最終契約締結後に「その契約は含まれていなかった」という齟齬が発生しやすく、追加交渉や損害賠償請求の火種となります。

基本合意書で地位承継の対象を明文化

トップ面談後に締結する基本合意書では、譲渡範囲のアウトラインを文書化します。ここに地位承継の対象契約を一覧化しておくと、後のデューデリジェンスや最終契約のドラフト時に漏れを防げます。覚書レベルでも、条項が明確であれば契約書としての効力を持つため、早期に文書化する習慣がリスク低減に直結します。


デューデリジェンスで潜在リスクを洗い出す

譲受企業は弁護士・公認会計士・税理士と連携し、法務・財務・税務のデューデリジェンスを実施します。地位承継の観点では、資産に潜在担保が設定されていないか、契約に譲渡制限条項がないか、訴訟・クレーム等の偶発債務が隠れていないかを重点的にチェックします。ここで問題が見つかれば、譲渡価格の調整や補償条項の追加によるリスクシェアを検討します。

事業譲渡契約締結と株主通知・公告

最終契約である事業譲渡契約書には、承継対象となる資産・負債・契約・従業員を特定し、移転方法と期日を明記します。株式会社の場合、会社法467条に基づき、譲渡企業は株主総会決議または取締役会決議を経て、株主への通知や官報公告を行う必要があります。公告後一定期間を置くことが多く、スケジューリングの遅れがクロージングに直結するため注意が必要です。

許認可の再取得または承継届出

人材紹介業、産業廃棄物処理業など特定業種では、許可そのものを譲受企業に引き継げず、地位承継とは別に再取得を行わなければ営業できません。一方、飲食業や美容業などは監督官庁への届出で承継可能な場合があります。許認可の取扱いを誤ると、事業再開に時間を要し顧客離れを招くため、監督官庁への事前ヒアリングと十分な余裕を持った申請スケジュールが必須です。

地位承継が必要なケースと不要なケースの違い

事業譲渡では地位承継が不可欠ですが、株式譲渡や会社分割といった他のM&A手法では取り扱いが異なります。株式譲渡は譲渡企業の株主のみが交代し、法人格自体は存続するため、契約主体は変わらず包括承継が機能します。したがって、賃貸借契約や雇用契約はそのまま存続し、地位承継の手続は原則不要です。一方、会社分割(吸収分割・新設分割)は会社法上の特定承継制度が適用され、資産・負債とともに契約上の地位も法律効果によって自動承継されます。つまり、分割計画に明記し裁判所へ登記すれば、相手方の個別同意なしに地位が移転します。このように、地位承継が要件となるかは選択するスキームで大きく異なるため、目的とコストを比較しつつ最適なスキームを選定することが重要です。

地位承継が必要となる典型例

  • 店舗ビジネスで賃貸物件を利用している
  • 金融機関からの借入があり保証人変更が必要
  • 長期供給契約やフランチャイズ契約など継続取引を持つ
  • 許認可が個別の事業所単位で付与されている

上記のように契約・許認可が事業ユニットごとに紐づくケースでは、地位承継を怠ると大きな障害となります。

地位承継が不要な典型例

  • 事業会社の株式を100%譲渡する場合
  • 会社分割で特定事業を分社化して吸収合併する場合
  • 持株会社化によるグループ再編で契約主体が変わらない場合

これらのケースでは、契約主体が継続するため同意取得のコストが低減され、クロージングも短期間で達成しやすいです。

地位承継のメリットとデメリットを整理する

譲渡企業側のメリット

  • 経営権を維持しつつ非中核事業を切り離せる
  • 譲渡対価を新規投資や負債返済に充当できる
  • 契約単位で譲渡できるため、選択と集中を図りやすい

譲受企業側のメリット

  • 必要な資産や人材だけを取得できるため投下資本を抑制
  • 簿外債務や偶発債務を回避可能
  • 承継資産やのれんを償却して節税を図れるケースもある

共通のデメリット

  • 契約ごとに同意が必要で手続が煩雑
  • 承継対象の漏れや不備があると、クロージング後トラブルが顕在化
  • 従業員との個別交渉に時間と労力を要する


これらを踏まえ、十分な準備期間と専門家チームの組成が成功のカギとなります。

地位承継の失敗事例から学ぶリスク軽減策

賃貸借契約の譲渡不承諾で店舗使用不可となった例

飲食店チェーンの事業譲渡で、譲渡企業が重要店舗の賃貸人から承諾を得られず、譲受企業はクロージング後に店舗を退去せざるを得ませんでした。この結果、売上計画は白紙となり、損害賠償請求が提起されました。

防止策は事前の承諾取得と代替プランの用意

基本合意段階で賃貸人に打診し、承諾時期を明文化した誓約書を取り交わすことが有効です。また、承諾が得られない場合に備えて代替物件の賃借やスキーム変更(株式譲渡への切替)を検討しておくと、事業継続の選択肢を確保できます。

同意取得の失念で重要取引先が契約解除した例

製造業の事業譲渡で、売買基本契約の譲渡制限条項が見落とされ、譲受企業は発注停止を受けました。

防止策はチェックリストとダブルチェック体制

弁護士と公認会計士が共同で契約リストを作成し、譲受企業が再度確認するダブルチェックを行うことで漏れを防ぎます。レビューの際はAI文書検索ツールを使うと効率化できますが、最終確認は専門家の目視が欠かせません。

適正なスケジュール管理が成功を左右する

地位承継に関する同意取得は、対外的な手続だけでなく社内の稟議や決裁が伴います。取引先が上場企業の場合、グループ全体の決裁が必要で数か月要することもあります。クロージング期日を守るためには、Ganttチャートで工程を可視化し、遅延が生じた場合のバックアップ日程を事前に設定しておくことでリスクを最小化できます。また、契約書や覚書のドラフトを早期に提示し、修正履歴を共有フォルダで管理することがスムーズな合意形成に寄与します。

地位承継手続を円滑に進めるためのチェックリスト

地位承継は手続が多岐にわたるため、作業を可視化するチェックリストの整備が不可欠です。譲渡企業と譲受企業が共同で管理し、進捗と責任者を明確にすることで漏れを防げます。

資産・負債リストの整備と社内承認の取得

  • 不動産や在庫・設備などの有形資産の明細を作成する
  • 商標・特許・のれん等の無形資産を洗い出す
  • 借入金・リース債務・未払費用など負債項目を網羅し、残高を確定する
  • 役員会や株主総会での承認プロセスと必要資料を整理する

想定外資産の発見はデューディリジェンスで補完

部門間で情報が分断されている場合、未記載の資産や偶発債務が潜在します。専門家チームのデューディリジェンスで漏れを特定し、チェックリストへ反映します。

契約関係の棚卸と同意取得スケジュールの策定

  • 主要取引先、仕入先、代理店、フランチャイズ本部との契約を抽出
  • 契約条項に譲渡制限がないか精査し、同意取得の要否を分類
  • 相手方の稟議フローを確認し、クロージングまでの逆算スケジュールを作成
  • 進捗を共有フォルダで管理し、週次で更新する

従業員との個別合意は労働条件通知書で明確化

雇用契約を再締結する際は、就業場所・賃金・就業規則の変更点を明示した労働条件通知書を提示し、同意署名を取得します。

許認可・届出の要否確認と管轄窓口への事前相談

  • 業種ごとに承継可能な許認可か再取得が必要かを分類
  • 再取得の場合は必要書類と標準処理期間を調査し、余裕を持った申請計画を立案
  • 承継届出で足りる場合でも、届出期限と添付書類を確認

監督官庁とのコミュニケーションが審査期間を短縮

事前相談で譲受企業の事業計画を提示し、書類不備の指摘を早期に受けることで再申請リスクを低減できます。

専門家の活用とサポート体制の構築

地位承継を成功させるには、税理士・弁護士・公認会計士が連携したチーム体制が効果的です。

税理士が担うタックスプランニング

事業譲渡対価の資金使途やのれん償却の可否、譲渡損益の計上時期など、税務面の最適化を助言します。また、譲渡企業の資本金等の額や欠損金の取扱いを整理し、不要な税負担を回避します。

弁護士が担う契約交渉と法的リスク管理

契約書ドラフト作成、譲渡制限条項の交渉、表明保証・補償条項の策定を担当し、法的リスクを最小化します。相手方からの修正提案にも迅速に対応し、交渉時間の短縮に寄与します。

公認会計士が担う財務デューディリジェンス

資産評価の妥当性を検証し、偶発債務の有無を確認します。財務諸表の整合性を調査し、価格交渉材料を提供することで、公正な譲渡価格決定を支援します。

三者連携がもたらす総合的なリスクシェア

各専門家が得意分野を分担し、報告内容をクロスチェックすることで、盲点を排除しやすくなります。

よくある質問と回答

従業員は必ず譲受企業へ移籍しなければならないのか

いいえ。従業員には個別同意を得る必要があり、拒否する自由があります。そのため、譲受企業は雇用条件を説明し、納得を得る努力が求められます。

金融機関の借入金は自動的に譲受企業へ移るのか

民法上は金融機関の承諾が必要です。承諾が得られない場合、譲渡企業が返済を継続するか、別途保証人を立てるなどの調整が必要となります。

許認可の審査期間が長引いた場合の対策は

クロージング期日を延長できる条項を事業譲渡契約に組み込み、審査遅延時のリスク分担を明確にします。また、暫定的に譲渡企業名義で営業を継続し、許可取得後に名義変更する方法を検討することもあります。

まとめに向けての具体的アクションプラン

早期着手と段階的コミュニケーション

クロージングから逆算して6~12か月前には準備を開始します。取引先・従業員への説明は段階的に行い、不安を最小化します。

ガントチャートで工程を可視化し進捗を共有

Excelやプロジェクト管理ツールを活用し、担当者・期限・ステータスを一覧化します。週次ミーティングで遅延要因を洗い出し、即時リカバリー策を講じます。

専門家チームとの定期レビューでリスクを早期発見

月次で専門家とレビューを行い、契約交渉の進捗や税務スキームの変更点を共有します。不確定要素を即時解消することで、クロージングの確実性が向上します。

クロージング後90日間のPMI体制

譲受企業は承継後の統合作業(PMI)を計画し、財務・人事・システムの統合タスクを定義します。90日以内に初期統合を完了させ、事業シナジーの最大化を図ります。

まとめ

地位承継は事業譲渡の成否を左右する核心の手続です。同意取得や許認可再取得など煩雑な工程を専門家と分担し、チェックリストと工程管理で漏れなく進めることで、円滑な事業継続とリスク低減を実現できます。

著者|土屋 賢治  マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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