株式譲渡の手続について、譲渡制限の確認から株主名簿の書き換えまでの流れを詳しく解説します。必要な書類や注意点、税金の基礎知識も網羅。M&Aを検討中の方必見です。
目次
株式譲渡は、M&A(合併・買収)の手法の中でも頻繁に用いられる方法の一つです。特に、中小企業のM&Aにおいて、その活用が増加傾向にあります。
株式譲渡の大きな特徴は、他のM&A手法と比較して手続が比較的簡単である点です。この特徴により、中小企業にとって取り組みやすい選択肢となっています。
株式譲渡とは、具体的には以下のような流れで行われます。
この手続により、会社の所有権が移転し、新たな経営者のもとで事業が継続されることになります。
株式譲渡の手続を正しく理解し、適切に実行することは、円滑なM&Aの実現につながります。
▶目次ページ:株式譲渡(株式譲渡の流れ)
株式譲渡の手続は、複数のステップを経て行われます。ここでは、その具体的な方法と流れを説明します。
株式譲渡の手続を開始する前に、最初に確認すべき重要な点があります。それは、自社の株式に譲渡制限が設けられているかどうかです。
譲渡制限とは、株式の譲渡に際して会社の承認を必要とする制限のことです。この制限の有無によって、以降の手続が大きく異なってきます。
譲渡制限の確認方法:
1. 定款を確認する
2. 株主名簿を確認する
3. 株券がある場合は、株券の記載を確認する
譲渡制限がある場合は、次のステップである株式譲渡承認請求が必要となります。一方、譲渡制限がない場合は、この承認請求のステップをスキップすることができます。
株式に譲渡制限がある場合、株式譲渡承認請求を行う必要があります。これは、保有している株式の譲渡について会社の承認を得るための手続です。
株式譲渡承認請求の流れ:
1. 株式譲渡承認請求書の作成
2. 請求書の会社への提出
3. 会社による審議
株式譲渡承認請求書には、以下の情報を記載します:
• 譲渡を希望する株式の数
• 譲渡の相手方(譲受人)の氏名または名称
• 譲渡の予定価格
この承認請求がなければ、譲渡制限のある株式の譲渡を進めることはできません。
株式譲渡承認請求を受けた会社側は、原則として取締役会または株主総会で承認の可否を審議する必要があります。
ただし、以下の場合は例外となります:
• 定款で別段の定めがある場合
• 取締役会を設置していない会社の場合
承認プロセス:
1. 取締役会または株主総会の開催
2. 株式譲渡の承認に関する議案の審議
3. 承認または不承認の決定
この段階で承認が得られれば、次のステップに進むことができます。不承認となった場合は、会社が買取人を指定するなどの対応が必要となります。
取締役会・株主総会での承認を受けた後、譲渡を希望する株主(譲渡側)に対して決定通知を送付します。
決定通知の送付に関する注意点:
• 通知は譲渡承認請求の日から2週間以内に行う必要がある
• 定款により通知期限の短縮が可能
• 通知は書面で行うのが一般的
この通知により、株式譲渡の承認が正式に伝えられ、次の契約締結のステップへと進むことができます。
決定通知の送付後、必要な交渉や調整を経て、株式譲渡契約を締結します。この契約締結により、譲渡側と譲受側の双方の合意が正式に認められます。
株式譲渡契約書に記載する主な項目:
• 譲渡日
• 譲渡価格
• 譲渡対象株式の種類
• 株式数
諸手続が終了した後、譲渡代金の決済を行います。M&Aの分野では、この段階を「クロージング」または「実行」と呼ぶこともあります。
決済方法:
• 一括決済:契約締結時に全額を支払う
• 分割決済:複数回に分けて支払う
株式譲渡では、契約締結時に一括で決済することが多いですが、場合によっては以下のようなケースもあります:
• 決済のための前提条件を定める
• 譲渡契約締結後に前提条件を満たしてから決済を行う
株式譲渡契約が完了したら、最後のステップとして株主名簿の書換えを会社に請求する必要があります。
株主名簿変更の手続:
1. 譲渡側と譲受側が共同で会社に請求
2. 会社による株主名簿の書換え
3. 株主名簿記載事項証明書の交付
株主名簿記載事項証明書は、株主名簿の書換えが完了したことを示す重要な書類です。この証明書は譲受側に対して交付されます。
以上が株式譲渡の基本的な手続の流れです。各ステップを慎重に進めることで、適切かつ円滑な株式譲渡を実現することができます。
株式譲渡は、通常は有償で行われますが、場合によっては無償で行われることもあります。無償での株式譲渡について、その特徴と手続の違いを見ていきましょう。
無償での株式譲渡とは、文字通り対価なしで株式を譲り渡すことを指します。これは主に以下のようなケースで行われます:
1. 親族間での事業承継
2. 従業員への株式付与
3. グループ会社間での株式移動
無償による株式譲渡の基本的な手続の流れは、有償の場合とほぼ同じです。ただし、いくつかの重要な違いや注意点があります:
1. 契約書の記載内容
譲渡価格の項目がなくなる
贈与の意思表示が必要
2. 税務上の取り扱い
譲渡側:みなし譲渡所得課税の可能性
譲受側:受贈益課税の可能性
3. 法的な位置づけ
民法上は「贈与」として扱われる
4. 株主間の利害調整
他の株主との関係性に影響を与える可能性がある
1. 税務リスクの検討
適切な株価評価が重要
税務専門家への相談が推奨される
2. 会社や他の株主への影響
株主構成の変化による経営への影響
既存株主との関係性への配慮
3. 譲渡制限への対応
譲渡制限がある場合は、有償譲渡と同様に承認手続が必要
4. 動機の明確化
無償譲渡の理由や目的を明確にしておく
5. 書面による合意
口頭での合意ではなく、必ず書面で契約を交わす
株式譲渡の手続を円滑に進めるためには、適切な書類の準備と管理が欠かせません。ここでは、株式譲渡に必要となる主要な書類について解説します。
株式譲渡の手続において、一般的に必要となる基本的な書類は以下の6種類です:
1. 株式譲渡契約書
目的:譲渡する株式の金額や数などを明確にする
主な記載事項:
譲渡対象株式の詳細(種類、数)
譲渡価格
譲渡日
譲渡条件
2. 株式名義書換請求書
目的:株式の名義変更を会社に依頼する
主な記載事項:
譲渡人・譲受人の情報
譲渡株式の詳細
名義変更の日付
3. 株主名簿
目的:株主の基本情報を記録・管理する
主な記載事項:
株主の氏名または名称
住所
保有株式数
株式取得日
4. 株主名簿記載事項証明書交付請求書
目的:株主名簿記載事項証明書の発行を会社に依頼する
主な記載事項:
請求者の情報
請求理由
必要な記載事項の範囲
5. 株主名簿記載事項証明書
目的:株主名簿に記載された内容を証明する
主な記載事項:
株主の氏名または名称
住所
保有株式数
株式取得日
証明書発行日
6. 取締役の決定書
目的:取締役会で決議した内容を証明する
主な記載事項:
決議事項(例:株式譲渡の承認)
決議日
出席取締役の署名または記名押印
これらの書類は、株式譲渡の基本的な流れを支える重要な文書です。ただし、取締役の決定書については、株式譲渡と同時に取締役の変更(退任・就任)が行われない場合は作成する必要がありません。
譲渡制限株式の株式譲渡手続には、上記の基本的な書類に加えて、以下の4種類の書類が必要となります:
1. 株式譲渡承認請求書
目的:株式譲渡の承認を社内に請求する
主な記載事項:
譲渡を希望する株式の数
譲渡の相手方(譲受人)の情報
譲渡予定価格
2. 株主総会招集通知
目的:株主総会を開催するために株主に通知する
主な記載事項:
開催日時・場所
議題(株式譲渡の承認)
議案の要領
3. 株主総会議事録
目的:株主総会にて決議した内容を記録する
主な記載事項:
開催日時・場所
出席株主数と議決権数
決議事項と決議結果
議長および議事録作成者の署名または記名押印
4. 株式譲渡承認(または不承認)通知書
目的:株式譲渡の承認・非承認を通知する
主な記載事項:
承認または不承認の決定
決定の理由(特に不承認の場合)
通知日
なお、取締役会が設置されている会社の場合、譲渡制限株式の譲渡承認は株主総会ではなく取締役会が承認機関となります。その場合は、「株主総会招集通知」と「株主総会議事録」の代わりに、「取締役会招集通知」と「取締役会議事録」が必要となります。
株式譲渡契約書は、株式譲渡の核心となる重要な法的文書です。以下に、一般的に株式譲渡契約書に記載すべき主要な項目を示します:
1. 基本合意(第1条)
譲渡対象株式の詳細
譲渡の意思表示
2. 譲渡代金の支払い方法、期日(第2条)
譲渡価格
支払方法(一括か分割か)
支払期日
3. 譲渡承認手続(第3条)
譲渡制限がある場合の承認取得プロセス
4. 株主名簿の名義書換え(第4条)
名義書換えの手続と期限
5. 表明保証(第5条)
譲渡側・譲受側双方の表明保証事項
6. 契約解除(第6条)
契約解除の条件と手続
7. 損害賠償(第7条)
契約違反時の損害賠償に関する取り決め
8. 競業避止義務(第8条)
譲渡側の競業避止義務の内容と期間
9. 合意管轄(第9条)
紛争発生時の管轄裁判所の指定
これらの項目は、契約の基本的な枠組みを形成します。ただし、契約自由の原則により、これらの項目は必須ではありません。個別の状況に応じて、必要な項目を追加したり、不要な項目を省略したりすることができます。
重要なのは、両者の合意内容を明確かつ詳細に記載し、将来的な紛争を予防することです。特に、譲渡価格や支払条件、表明保証事項などは慎重に検討し、明確に記載する必要があります。
株式譲渡の手続を進める上で、いくつかの重要な注意点があります。これらの点に留意することで、スムーズな株式譲渡を実現し、潜在的な問題を回避することができます。
多くの非上場の中小企業では、株式譲渡制限が定められています。この制限は、会社の支配権が予期せず第三者に移ることを防ぐために設けられています。
株式譲渡制限がある場合の注意点:
1. 取締役会または株主総会での承認が必要
2. 承認手続に時間がかかる可能性がある
3. 承認が得られない場合の対応策を事前に検討する必要がある
株式譲渡制限の確認方法:
• 定款を確認する
• 株主名簿を確認する
• 株券がある場合は、株券の記載を確認する
株式譲渡制限がある場合とない場合で手続が大きく異なるため、譲渡を検討する際には必ず最初に確認しましょう。
株式譲渡における重要な要素の一つが、売買価格の決定です。しかし、この価格決定が難航する可能性があります。
価格決定が難航する理由:
1. 譲渡側と譲受側の価値評価の差
2. 会社の財務状況や将来性の解釈の違い
3. 市場環境や業界動向の見方の相違
価格決定の難航を避けるための対策:
1. 第三者による客観的な株価評価を行う
2. 複数の評価方法を用いて総合的に判断する
3. 条件付き価格など、柔軟な価格設定を検討する
4. 専門家(公認会計士、税理士など)のアドバイスを受ける
また、対象会社により株式譲渡承認請求が拒否された際には、一部の例外を除いて、指定買取人が当該株式を譲り受けることになります。この場合、価格決定が更に複雑になる可能性があるため、注意が必要です。
株券発行会社の場合、株式譲渡の際に株券の交付が必要となります。これは、株式譲渡の有効性と対抗要件に関わる重要な点です。
株券交付に関する注意点:
1. 株券が未交付の場合、株式譲渡自体は成立するが、第三者に対する対抗要件を満たせない
2. 株券の紛失や毀損がある場合、株券の再発行手続が必要となる
3. 株券の交付は、譲渡代金の決済と同時に行うのが一般的
一方、株券不発行会社の場合は、株券を交付しなくても、当事者間の合意のみで株式譲渡が成立します。ただし、この場合も株主名簿の書換えは必要です。
株式譲渡によって生じた譲渡益は、課税対象となります。これは、個人・法人問わず適用される重要な点です。
譲渡益課税に関する注意点:
1. 個人の場合:
所得税・住民税が課税される
申告分離課税方式が適用される
確定申告が必要
2. 法人の場合:
法人税などが課税される
譲渡損益を含めた1年間の全ての損益に対して課税される
株式譲渡を行う際には、税金に関する正しい理解が不可欠です。ここでは、株式譲渡に関連する税金の基礎知識について解説します。
株式譲渡益に課される税金は、法人と個人で税率が異なります。それぞれの場合について詳しく見ていきましょう。
1. 法人の場合:
法人が株式譲渡を行った場合、その譲渡益は通常の事業所得と同様に扱われ、法人税等が課税されます。
適用される税金:
• 法人税
• 地方法人税
• 法人住民税
• 法人事業税
実効税率:約30~35%(法人の規模や地域によって異なる)
計算例: 譲渡益が1,000万円の場合 税金額 = 1,000万円 × 30% = 300万円
2. 個人の場合:
個人が株式譲渡を行った場合、申告分離課税方式が適用されます。
適用される税金と税率:
• 所得税:15%
• 復興特別所得税:所得税額の2.1%
• 住民税:5%
合計税率:20.315%(所得税15% × 復興特別所得税2.1% + 住民税5%)
計算例: 譲渡益が1,000万円の場合 税金額 = 1,000万円 × 20.315% = 203万1,500円
注意点:
• 上場株式と非上場株式で取り扱いが異なる場合がある
• 大口株主(発行済株式総数の3%以上を保有)の場合、異なる税率が適用される可能性がある
個人が株式譲渡を行った場合、原則として確定申告が必要となります。確定申告を通じて、正確な譲渡益の計算と適切な納税を行います。
確定申告の流れ:
1. 譲渡益の計算 譲渡益 = 譲渡代金 -(取得額 + 譲渡経費) 譲渡経費の例:
仲介会社への手数料
アドバイザリー会社への報酬
株式評価に係る費用
2. 確定申告書の作成
譲渡所得の内訳書を作成
確定申告書Bに必要事項を記入
3. 必要書類の準備
株式譲渡契約書のコピー
株式取得時の資料(取得価額を証明するもの)
譲渡経費の領収書
4. 申告と納税
確定申告書を税務署に提出(原則として、譲渡があった年の翌年の2月16日から3月15日まで)
納税(原則として、申告期限と同じ)
確定申告に関する注意点:
• 上場株式の場合、証券会社などで源泉徴収される特定口座(源泉徴収あり)を利用している場合は、確定申告不要
• 譲渡損失が発生した場合も申告が必要(損失の繰越控除を受けるため)
• 株式譲渡以外の所得と損益通算はできない
株式譲渡に関する税務処理は複雑で、個別の状況によって取り扱いが異なる場合があります。特に、以下のような場合は、税務の専門家に相談することを強くおすすめします:
• 大規模な株式譲渡を行う場合
• 非上場株式の譲渡を行う場合
• 国際的な株式譲渡(海外法人の株式譲渡など)を行う場合
• 法人と個人の間で株式譲渡を行う場合
• 株式以外の資産と合わせて譲渡する場合
適切な税務処理を行うことで、不必要な税負担や税務調査のリスクを回避することができます。
株式譲渡の手続は複雑ですが、適切な準備と専門家のサポートにより、円滑に進めることができます。重要なのは、各ステップを慎重に進め、法務・税務面のリスクに十分注意を払うことです。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事