資産管理会社は、不動産や株式を法人で所有・管理することで、節税や相続対策、事業承継に役立つ仕組みです。特にM&A手法を組み合わせると、不動産オーナーや高所得者が抱える後継者不在や相続負担などの課題を解決できる可能性があります。本記事では、資産管理会社の基本から設立手順、不動産M&Aを活用するメリット・デメリットを詳しく解説します。
目次
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資産管理会社とは、個人で保有している不動産や株式などの資産を法人として管理・運用するために設立される会社のことです。一般的には「プライベートカンパニー」とも呼ばれ、所得分散や相続対策、節税を目的として活用される場面が多く見られます。法人形態としては、株式会社や合同会社が選択されることが多く、主な収入源は保有不動産から得られる賃料や保有株式からの配当収入です。近年は経営者に限らず、副業収入があるサラリーマン投資家などが利用するケースも増えてきました。
一方、「不動産M&A」とは、不動産を保有する法人、すなわち資産管理会社や不動産賃貸会社などの“株式”を売買することで法人まるごとを譲渡・譲受する手法です。通常の不動産売買では物件そのものを売買しますが、不動産M&Aでは物件を所有している会社の株式をやり取りする点が大きく異なります。
高齢のオーナーが後継者不在、あるいは相続時の資産分割に悩んでいる際に、不動産M&Aで外部に事業を承継するケースが増えています。また、サラリーマン投資家の間でも相続税や運用面での負担を避けたいという理由から、後継候補が見つからないままになっている資産管理会社を譲渡してしまおうという動きが広がっています。こうした背景には、空き家の増加や不動産価値の将来的な不透明感があり、「不動産よりも現金が良い」と考える子世代が増加していることも大きく影響しているといえます。
ここでは、資産管理会社の基本的なメリット・デメリットを整理しつつ、不動産M&Aを組み合わせることで得られる効果について詳しく見ていきましょう。
資産管理会社を設立・運用することで得られるメリットは多岐にわたります。特に所得税や相続税対策、事業承継を見据えた株式化など、個人での所有にはない利点が注目されます。以下では代表的なメリットを挙げ、具体的に説明します。
また、個人事業主や副業収入のある会社員などが法人を設立する際は、単純に所得税率が下がるだけでなく、法人で計上できる経費が拡大するメリットも得られます。会計上の損益通算の仕組みを活用し、長期的に税負担を平準化できる点も法人化ならではの特徴です。
資産管理会社を設立すると、家族を役員に登用することで役員報酬を支払い、結果的に所得を分散させることができます。家族に所得を移すことで、一人ひとりの課税所得を圧縮でき、税率を抑えられます。たとえば、夫婦や親子を役員にして報酬を設定することにより、個人での所得税負担を軽減することが可能です。
法人の場合、個人事業に比べて経費として認められる範囲が広いのが利点です。たとえば会社運営に必要な出張費用や打ち合わせにかかる費用など、個人事業主時代より経費計上しやすくなる項目が増えます。これにより、実質的な税負担が軽減され、資産管理会社を維持するコストとトータルで見てもメリットが大きくなる場合があります。
資産管理会社の役員報酬を受け取ると、国民年金や国民健康保険ではなく厚生年金や健康保険に加入できるため、老後の給付や保険サービスが充実します。とくに老後の年金額や傷病手当、出産手当金などの給付面で、個人事業主よりも有利になるケースが多いといえます。
不動産や株式を法人名義で所有しておけば、個人の相続時に発生する相続税を圧縮できる可能性があります。不動産を株式化し、家族が株式を承継することで、相続争いになりがちな不動産の分割問題を回避しやすくなる点も魅力です。加えて、不動産を個人で売却する場合より、法人が所有する不動産を譲渡したほうが多様な節税スキームを組み合わせやすい場合もあります。
個人の場合は損失を翌年以降に繰り越せるのは最長3年ですが、法人の場合は欠損金の繰越控除期間が最長10年となります(法改正により変動する可能性はあります)。不動産投資などで大きな損失が出た年があっても、複数年にわたって相殺し続けられるため、長期的な視点で税金を抑えられるのがメリットです。
ここまでが資産管理会社を利用する主なメリットです。これらのメリットを享受するためには、当然ながら法人維持のためのコストや運営ルールの理解が必要となります。次のセクションでは、資産管理会社を活用するにあたって考慮すべきデメリットや注意点について確認しましょう。
資産管理会社はメリットが多い反面、設立と維持にかかる費用や運用上の制限も存在します。以下では、代表的なデメリットを見てみましょう。
個人と違い、法人を設立・維持するには以下のような費用が発生します。
個人事業主として申告していた場合に比べると、事務手続が煩雑になることが多く、専門家に依頼する費用も考慮しなければなりません。単純に節税メリットだけを期待して設立すると、かえってコスト面でマイナスになってしまうケースもあるため、事前の試算やシミュレーションが不可欠です。
法人の資金と個人の資金は別物であり、勝手に会社の口座から個人の生活費を使うような扱いは認められません。必要に応じて役員報酬や配当という形で受け取ることはできますが、その場合は個人の所得税が課されます。
また、役員報酬は原則として事前に決められ、後から大幅に変更すると税務上の問題が生じるリスクがあります。資産管理会社の資金を自分や家族に移す際は、資金繰りだけでなく税負担も踏まえて慎重に行う必要があるのです。
ここまでが資産管理会社を利用する上で注意すべき主なデメリットです。継続的にコスト負担と所得状況を見比べながら、法人経営を選択するかを検討することが大切です。
資産管理会社の運営では、不動産保有が大きなウエイトを占めるケースが少なくありません。しかし後継者が「不動産は持ちたくない」「相続時の管理が面倒」と考える場合、早めに不動産や資産管理会社を売却する選択肢が浮上してきます。
不動産M&Aは、個々の物件を売買するのではなく、「不動産を所有する法人ごと」譲渡する手法です。以下では、後継者がいないビルオーナーや資産管理会社のオーナーにとって、不動産M&Aがどのように役立つかを解説します。
不動産M&Aでは、不動産そのものを売るのではなく、その不動産を保有している法人の株式を譲渡します。これにより、以下のようなメリットがあります。
売却時の税負担を抑えられる
不動産自体を個人名義で売却した場合、譲渡益に対して高い所得税や住民税が課される可能性があります。しかし、法人で所有している不動産を売却するのではなく“株式譲渡”として売却することで、個人にかかる譲渡所得税や法人税を大幅に節約できるケースがあります。
時間・手続・コストを削減できる
通常の不動産売買では、物件単位の登記変更や不動産取得税の支払などが必要です。しかし、不動産M&Aであれば株式のやり取りで完結するため、不動産売買と比べてスピーディーに決済しやすく、費用負担も比較的低く抑えられます。
株主の相続発生による共有問題や権利分散を回避できる
相続時に不動産をそのまま複数人で共有するよりも、早期に不動産M&Aによって換価しておくほうが資産分割の自由度が上がります。配偶者や子世代が不動産管理を望まない場合でも、現金化しておけば後々の資産トラブルを抑えやすくなります。
一方、不動産M&Aで法人を譲受する譲受企業にもメリットがあります。
不動産取得にかかる諸費用や時間を削減できる
通常の不動産購入では登録免許税、不動産取得税などがかかります。しかし、株式の譲受による取得は、これらの費用が不要となるケースが多いです。また物件の個別審査や登記などの手続が省略される場合もあり、取引がスムーズに行いやすいのが特徴です。
不動産ビジネスを早期に拡大・展開できる
譲渡企業が多数の物件を所有している場合、それらを一度に取得できるため、事業規模を手早く拡大しやすくなります。駅前や商店街の好立地不動産を含む法人であれば、希少性の高い物件をまとめて確保できる可能性もあります。
相対取引で取得できるため競合が少ない
不動産M&Aは、市場に出回らない「隠れた優良物件」を直接譲受するチャンスがあるともいわれます。オーナーとの相対交渉で合意に至れば、ほかの投資家と競合せずに貴重な不動産会社を手に入れることができます。
このように、不動産M&Aには売り手(譲渡企業)・買い手(譲受企業)双方にメリットがあり、高齢化や少子化の進展とともに、この手法を活用した事業承継の需要は今後ますます高まると考えられています。
資産管理会社の設立や不動産M&Aによる譲渡は、必ずしも全員にとって最適な手段ではありません。事前にメリット・デメリットを比較検討し、自身の状況に合った選択をすることが重要です。特に、以下のようなケースにおいては、資産管理会社の利用価値が高いといわれています。
株式投資で大きな収益を得ている個人投資家
株式を法人化して管理することで、累進課税を避けながら長期的な損益通算も活用できるため、節税効果が望めます。
不動産や株式、先物取引など複数の投資を行い、損益通算を希望する人
法人であれば一括管理が行いやすく、損益をまとめて処理しやすいメリットがあります。
副収入のある会社員や公務員
給与所得以外に不動産収入などがある場合、所得が高くなるほど個人の課税率が上昇します。法人化により所得分散や経費拡大を図り、実質的に節税できる可能性があります。
多額の資産を保有しており、将来的に相続税負担を見込む資産家
不動産や株式を法人化することで、相続時の課税評価額を圧縮できるケースがあります。家族承継の際に、株式として分割しやすい点も大きなメリットです。
事業の承継を検討しているオーナー経営者
生前に資産管理会社へ資産を集約しておき、株式としてまとめて承継すれば、争続リスクを低減できます。さらに、外部譲渡(不動産M&Aなど)も選択肢に含めることが可能です。
ここでは、資産管理会社を実際に立ち上げる手順を整理します。なお、最初に法人形態(株式会社・合同会社)を選ぶことになりますが、それぞれ特徴や設立コストが異なるため、専門家の助言を得るのがおすすめです。
資産管理会社を設立するには、まず以下の事項を決める必要があります。
会社の名称は自由度が高く、株式会社や合同会社の前後に好きな名義を付けられます。本店所在地は登記上の住所になるため、実際の事業所スペースをどこにするかを含めて検討が必要です。資本金は1円以上でも設立できますが、1,000万円以上の場合は初年度から消費税がかかるため注意が求められます。出資者の構成は、将来の相続や承継の方針をふまえて考えるとよいでしょう。
次に、定款や登記申請書、役員の就任承諾書などを準備し、資本金を所定の口座へ払込します。定款には法人の目的や事業内容、株式数や機関設計など、基本的なルールを定めます。株式会社を設立する場合、公証役場で定款の認証を受ける必要があります。
資本金を振り込んだら、払込証明書を作成し、他の書類と合わせて法務局に申請できる状態を整えます。司法書士や専門家に依頼することで、不備なく手続きを進められるでしょう。
書類が完成したら法務局に登記申請を行い、通常1~2週間で会社設立が完了します。設立完了後は、税務署や自治体へ届出をし、銀行口座の開設を行うなど、事業開始に向けた実務を進めていきます。資産管理会社の場合、早い段階で具体的な資産の移転や管理スキームを整え、会計や税務の方法を明確にしておくことが大切です。
すでに資産管理会社として法人を設立・保有している場合、将来にわたり後継者がいなかったり、子世代が不動産を引き継ぎたくなかったりする際には、不動産M&Aを用いて株式をまるごと譲渡する選択肢があります。その大まかな流れは以下のようになります。
後継者不在のビルオーナーや資産管理会社のオーナーが、不動産仲介会社やM&A仲介会社に相談し、株式を譲渡したいという希望を伝えます。すると、買い手(譲受企業)候補を探す段階に入り、物件の概要や法人の財務状況が示されます。
譲受企業は、物件の価値や法人の債務状況、会計処理などを詳細に調査してリスクを確認します。ここで価格交渉や支払条件などをすり合わせ、合意に至れば基本合意書を交わします。
売り手(譲渡企業)と買い手(譲受企業)が最終的な価格や支払方法、引き継ぐ債務の扱いなどを確定し、株式譲渡契約を締結します。不動産自体の登記変更は不要で、会社の株主名簿が書き換えられる形になります。
契約金額が支払われると同時に株式の名義が移転し、買い手(譲受企業)が法人を完全にコントロールできるようになります。譲渡企業は現金化を果たし、今後の資産管理や相続対策において身軽になります。
一つの法人で複数の事業を運営している場合は、不動産事業とその他の事業を切り離す会社分割スキームを採用し、不動産会社だけを譲渡することも可能です。コア事業と不動産の切り分けが済んでいれば、よりスムーズに不動産M&Aが行えます。
こうした一連の流れを踏まえ、不動産M&Aにあたっては税理士や会計事務所の協力のもと、売却金額の計算や株価評価、譲渡後の税金の試算などを十分に行うことが大切です。
資産管理会社は、不動産や株式などの資産を法人で管理・運用することで、節税や相続対策、事業承継の効率化を狙える手段です。また、不動産M&Aを組み合わせれば、後継者不足や資産の現金化を望むオーナーがスムーズに株式を譲渡でき、買い手(譲受企業)側も登記手続や取得税の負担を抑えながら不動産を一括取得できます。ただし、設立・維持コストや法人運営のルールを把握する必要があり、さらに不動産M&Aにも事前調査や価格交渉のプロセスが必要です。最適なタイミングやスキームを見極めるために、税理士や司法書士、M&A仲介会社などの専門家を活用して検討を進めましょう。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事