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事業譲渡での債務を安全に引き継ぐ実務と注意点を解説

事業譲渡で債務はどのように承継されるのでしょうか? 本記事では、債務引受契約の種類や債権者同意の重要性をやさしく解説し、スムーズな事業譲渡を実現するポイントをお伝えします。

目次:

  1. 事業譲渡で債務を承継する基本的な仕組みと流れ
  2. 事業譲渡と株式譲渡・会社分割の債権債務移転の相違点
  3. 債務引受契約の種類と債権者の関与
  4. 商号・屋号続用時の弁済責任と免責登記
  5. 債権者対応の実務ステップとチェックリスト
  6. 承継後の負債管理とリスクモニタリング
  7. 専門家に依頼するメリットと選び方
  8. まとめ

▶目次ページ:M&Aの種類・方法(事業譲渡)

事業譲渡で債務を承継する基本的な仕組みと流れ

事業譲渡は、譲渡企業が保有する資産・債権・債務のうち必要なものだけを譲受企業へピンポイントで移す手法です。株式譲渡のように会社全体を包括的に移動させるわけではないため、債務を引き継ぐ場合は個別の契約と手続が欠かせません。とりわけ債務は、名義変更では済まない法律関係が絡むため、当事者・債権者の三者間で責任分担を明確にする必要があります。

 

事業譲渡は資産と債務を個別に選択できる

譲受企業は対象事業に必要な資産を選択的に取得し、付随する負債も必要に応じて承継します。これにより、不要な不動産や過大な借入金を避けられる一方、各負債について個別に合意を取る手間が生じます。

 

債務を承継するには債務引受契約が必須

債務の移転は「債務引受契約」により行われます。契約書には債務の種類・金額・履行期などを明記し、譲渡企業と譲受企業の責任範囲を整理します。

 

債権譲渡は別途債権者への通知が必要

売掛金などの債権を引き継ぐ場合は、債権譲渡契約を結ぶだけでなく、債務者(取引先)に対し通知または承諾取得を行わなければ効力が完全に及びません。早期の手続計画が欠かせません。

事業譲渡と株式譲渡・会社分割の債権債務移転の相違点

同じ事業承継手法でも、債務移転の仕組みは大きく異なります。違いを押さえることで、最適なスキーム選択と手続負担の見積りが可能になります。

 

株式譲渡は包括移転で債務個別手続不要

株式譲渡では株主が持つ株式を譲受企業や個人に譲渡するだけで会社の所有者が交替します。会社自体は存続するため、債務もそのまま会社に残り、個別の債務引受契約や債権者同意は通常不要です。

 

会社分割は債務自動移転だが債権者保護手続が必要

会社分割(吸収分割・新設分割)は権利義務を一括して新設会社や存続会社に移転できます。債権者同意は不要ですが、公告や個別催告による債権者保護手続を行い、異議申立期間(一ヶ月以上)を確保する義務があります。

 

事業譲渡は債権者個別同意がカギ

事業譲渡では債務ごとに債権者の承諾を得る必要があります。特に免責的債務引受を選ぶ場合、債権者が同意しなければ譲渡企業は債務から解放されません。逆に重畳的債務引受なら債権者に不利益がなく、二者間契約でも成立します。

税務面での違いを理解することが重要

事業譲渡では移転資産に対して消費税や不動産取得税が課税されます。一方、会社分割は消費税が非課税となるケースがあり、不動産取得税も条件により非課税となる場合があります。

債務引受契約の種類と債権者の関与

債務引受契約には免責的と重畳的の二形態があり、債権者の同意要否が大きく異なります。適切な形態を選択し、債権者との交渉を円滑に進めることがディール成功の鍵です。

 

免責的債務引受は債権者の同意が不可欠

免責的債務引受では、債務が譲受企業に完全移転し、譲渡企業は責任を負いません。債権者から見れば債務者が変更されるため、信用力が低下するリスクがあります。このため、譲渡企業・譲受企業・債権者の三者契約で明示的な同意を得る必要があります。

 

重畳的債務引受は売り手と買い手が連帯負担

重畳的債務引受では、譲渡企業と譲受企業が連帯して債務を負担します。債権者にとっては債務者が増える形となり不利益がないため、譲渡企業と譲受企業の二者間合意で成立させることが可能です。

 

債権者を早期に把握することがディール成立の鍵

債権者の同意取得に時間がかかるとクロージングが遅延し、最悪の場合ディールブレイクとなるおそれがあります。着手段階で債権者リストを作成し、信用度や同意取得の難易度を確認しておくことが重要です。

この続きでは、商号・屋号を続用した場合の弁済責任や免責登記の活用方法、債権者対応の実務ステップ、専門家に依頼するメリットなどを詳しく解説していきます。

商号・屋号続用時の弁済責任と免責登記

事業譲渡後に旧来の商号や屋号を使い続けると、譲受企業が譲渡企業の債務を弁済する責任を負う可能性があります。これは会社法22条1項に定められた商号続用責任で、債権者が譲渡の事実を知らずに不利益を被る事態を防ぐ趣旨です。

 

商号続用で生じる弁済責任の法的根拠

会社法22条1項では、商号続用時は譲受企業が譲渡企業の債務を弁済すべきと規定しています。債権者は従来どおり同商号を信用して取引を継続するため、責任帰属を変えずに保護する必要があるためです。

 

屋号続用にも及ぶ判例上の責任拡張

東京地裁平成元年判決などでは、屋号を継続使用しても商号続用と同様の責任を負うと類推適用が認められました。長野地裁平成14年判決も同旨で、屋号続用は場合によっては債務の弁済責任につながることを示しています。

 

免責登記でリスクを最小化する方法

商号や屋号続用時でも、譲受企業が「債務を弁済しない旨の免責登記」を本店所在地で遅滞なく行い、譲受・譲渡双方から債権者へ通知すれば責任を免れることが可能です(会社法22条2項)。免責登記は債権者同意を要せず、譲渡企業の登記簿に免責文言を記載するだけで効力が生じます。

債権者対応の実務ステップとチェックリスト

債権者との調整は事業譲渡の成否を左右する工程です。体系的な手順を踏むことで、ディールの遅延や信用低下を防げます。

 

債権者リストの作成と信用調査

まず譲渡企業の会計帳簿・契約書・登記情報から債権者を網羅的に抽出し、債務額や担保設定等を整理したリストを用意します。併せて各債権者の融資残高・担保評価・期限の利益喪失条項などを確認し、信用力や交渉難易度を評価します。

 

債権者説明資料と交渉のポイント

説明資料には事業譲渡の概要、譲受企業の財務状況、債務引受形態、返済計画を明確に記載します。金融機関には譲受後の事業計画やキャッシュフロー見通しを示し、債権保全が確実であることを丁寧に説明することが重要です。

 

同意書・契約書テンプレートの整備

免責的債務引受を行う場合は、三者間契約書式を標準化し、債権者同意書を添付することで手続を効率化できます。重畳的債務引受の場合でも、二者間契約書式を準備し、責任分担条項を明確化しておくと後日の紛争を防げます。

承継後の負債管理とリスクモニタリング

クロージングが完了しても、債務管理は継続的なフォローが欠かせません。

 

クロージング後の債務履行管理

譲受企業は債務の返済スケジュールを債権者との契約どおり履行しているか毎月チェックし、支払遅延を防ぎます。万一支払条件変更が必要な場合は、事前に債権者と協議し信用を維持します。

 

保証解除・抵当権抹消のフォロー

譲渡企業の経営者が個人保証を提供していた債務を引き継ぐ場合、譲受企業が代替保証や担保提供を行い、旧経営者の保証を解除する手続を進めることが望ましいです。また、不動産担保付き債務は返済完了後に抵当権抹消登記を忘れずに行います。

 

役員借入金や偶発債務への対応

役員借入金は資料だけでは実態把握が難しいため、締結済み契約書や口座振替実績を精査し、譲受後の返済計画を策定します。訴訟中の損害賠償債務など偶発債務は、訴訟進行や補償条項の範囲を継続モニタリングしてリスクを限定します。

専門家に依頼するメリットと選び方

債務承継は法務・税務・財務が交錯する高度な領域です。専門家を活用することで、リスクをコントロールしながら手続を円滑に進められます。

 

税理士・弁護士・FAの役割分担

税理士は債務引受の税務コスト試算や譲渡損益計算を行い、弁護士は契約書作成と債権者交渉のリーガルチェックを担当します。ファイナンシャルアドバイザー(FA)は全体スケジュール管理と価格交渉をリードし、各専門家を束ねるハブとなります。

 

専門家報酬の相場と費用対効果

税理士・弁護士の成功報酬は譲渡価額の数%が一般的ですが、債務金額や作業量に応じて個別見積もりとなる場合があります。費用は発生しますが、債権者交渉の失敗による損失やクロージング遅延を防げる点でコストを上回る効果が期待できます。

 

チェックポイントと比較選定のコツ

過去の事業譲渡事例数、金融機関との交渉実績、チーム体制、料金体系の透明性を比較検討し、自社の事業規模と業種に精通した専門家を選ぶことが成功への近道です。

まとめ

事業譲渡の債務承継では、債権者同意や免責登記など多岐にわたる手続を確実にこなすことが不可欠です。商号・屋号続用時の弁済責任やクロージング後の負債管理にも注意し、専門家のサポートを得ながら計画的に進めることで、円滑で安全な事業譲渡を実現できます。

著者|土屋 賢治  マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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