経営者の年齢や引退のタイミングは、事業承継の成否を左右する重要な要素です。高齢化が進むなかで適切な時期を見極め、後継者の育成や周囲の理解を得るためにも早めの対策が求められます。本記事では、中小企業の引退年齢の実態や高齢化との関係、退任後の選択肢などを詳しく解説します。読むことで、引退後のライフプランを考えるヒントも得られます。
▶目次ページ:事業承継とは(事業承継の問題・課題)
中小企業経営者の年齢上昇と引退のタイミングは、事業承継を考えるうえで最も重要な要素の一つです。近年、中小企業の経営者は60代から70代に達しても現役を続けるケースが増えています。その背景には「自分の引退が会社に大きな影響を与えるかもしれない」という心理的な負担や、適切な後継者が見当たらないといった事情があると考えられます。
中小企業庁の調査によれば、経営者が引退する平均的な年齢は60歳から70歳の間に集中する傾向があります。企業規模が小さいほど、経営者本人に頼る部分が大きいため「もう少し自分が頑張らなければ」という思いから引退時期が遅れ、高齢化が進みやすいと指摘されています。一方、一定の規模を持つ企業では、計画的に後継者を育成できる環境が整っていることが多いため、比較的スムーズに交代が進む事例が見られます。
従業員が少ない企業の場合は、引退後の経営者年齢が若くなるケースが多いのも特徴です。子どもなどの親族を後継者に据えることで、家業としての継続がしやすく、比較的早い段階で社長交代が行われるためです。一方、企業規模が大きいほど内部昇格や第三者からの経営陣起用など、さまざまな選択肢が生まれます。その結果、後継者として就任する人材が比較的年長であっても問題なく引継ぎが進みやすく、企業の事情によって平均年齢に差が生じると考えられます。
経営者の高齢化は、経営判断のスピード低下や新規事業への投資意欲減退といった問題を引き起こすことがあります。実際のデータでも、比較的若い世代の経営者が率いる企業ほど増収傾向が高い一方、80代以上の経営者の増収割合は低くなる傾向が示されています。もちろん年齢だけで企業業績が決まるわけではなく、柔軟な経営方針を維持できるかどうかが大きな分かれ道になります。しかし、高齢化による体力的・精神的な負担が経営に影響するリスクは否めません。後継者の有無や事業承継への取り組み時期が、企業の今後を左右するといっても過言ではないでしょう。
事業承継を円滑に進めるためには、後継者を早めに選定し、引継ぎまでの時間を十分に確保する必要があります。特に最近では、経営者の子どもなど親族を後継者とする「同族承継」の割合が減少してきているため、社内で適任者を探したり、社外から経営を担える人材を迎えたりと、柔軟な体制を整える必要性が高まっています。
2021年の中小企業白書のデータによれば、かつて主流だった同族承継は年々減っており、内部昇格の割合が増えていることが分かります。とはいえ、社内の人材を後継者に抜擢するには、管理能力や対外的な折衝力、人望など、多方面にわたる総合力が必要です。さらに、後継者としての自覚を育て、経営ノウハウを身につけるための教育期間をしっかりと確保しなければ、スムーズな経営交代は難しいでしょう。
内部昇格や親族外承継を進める際、取引先や顧客など社外のステークホルダーの理解を得るために、ある程度の時間がかかる点も見逃せません。後継者が十分に慣れていない状態で社長就任を公表してしまうと、社内外からの不安や反発を招くリスクがあるからです。逆に、後継者候補の人柄や能力が十分に周知されると、社長交代後の社内体制が安定しやすく、取引先との関係も円滑に引き継げる可能性が高まります。
また、後継者が株式を買い取る必要がある場合、資金が足りずに金融機関からの融資を検討しなければならないケースもあります。社内承継か外部からの招へいかによって資金計画が異なるため、あらかじめ専門家や金融機関と相談し、しっかりと準備を進めることが重要です。特に若い後継者の場合はまとまった自己資金を確保することが難しいケースもあり、時間をかけて計画を立てる必要があります。
世間一般には、経営者のピークは40~50代とされることが多く、60代を超えると体力面や判断スピードなどで徐々に衰えを感じる方も少なくありません。そのため、実際に交代する年齢は60代前後であっても、できるだけ早く事業承継に着手し、引退の準備を進めることが勧められています。
50代など、まだ体力や気力に余裕のあるうちに引退を決断すれば、新しい事業への挑戦や長期休暇の取得など、多彩な人生設計を立てやすくなります。また、健康面や家庭事情などから急に引退せざるを得なくなった場合でも、後継者が既に育っている状態であれば混乱を最小限に抑えることができます。
社長交代や事業承継には、予想以上に手間や労力がかかるものです。周囲への根回しや承継後の体制づくりにも時間が必要となり、経営者本人の体力や精神力が試される場面が多々あります。「もっと若いうちから準備しておけばよかった」という声が少なくないのも、その負担の大きさを物語っています。
経営者が引退して年齢を重ねた後の人生設計は、多様な形が考えられます。中には「会長」として会社に残り、引き継ぎや後任社長のサポートに携わるケースもあれば、完全に会社を離れて新たな事業に挑戦したり、趣味や家族との時間を大切にする方もいます。特に若い段階で引退する経営者の場合、体力に余裕があるため、再投資や新分野への進出といった選択肢が広がります。高齢になってから引退する場合も、それまでのキャリアや人脈を活かして別の形で社会に貢献できる可能性があるでしょう。
社長の肩書を離れても、相談役や顧問などの役職に就き、会社に貢献し続ける事例は少なくありません。とりわけ親族内承継や社内承継の場合、先代経営者は後継者を支援する役割を期待されることが多く、報酬や待遇を含めたライフプランをしっかりと取り決めておくことが重要です。一方、第三者承継の場合も、譲渡企業側の経営を安定させるため、一定の期間は元社長が会社に残るよう求められるケースがあります。いずれにしても、健康面や個人の希望を踏まえ、どの程度関わり続けるかを明確に決めておくことで、引退後の混乱を最小限に抑えられます。
中小企業経営者が引退し、年齢を重ねた後の人生を充実させるには、早めの事業承継準備が欠かせません。適切な後継者選びや育成を行い、自社に最適な引き継ぎ体制を整えれば、高齢化による経営リスクも軽減できます。引退後の役職や生活スタイルは多様であり、計画的な準備をすることで、豊かなセカンドステージを迎えられるでしょう。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画