M&Aにおける会社法の役割と手続の実務や特別委員会まで解説
M&Aを成功させるためには会社法の理解が必須です。会社設立から組織再編までの法的枠組みを学び、交渉・契約・PMIの各段階で適切に活用する方法を解説します。
目次
▶目次ページ:M&Aの種類・方法(のれん、法務)
会社法は2006年に施行された企業法制の柱であり、会社設立から解散までのあらゆる場面を定めています。1990年代の企業再編加速や国際的な会計基準の導入を背景に、分散していた商法第二編や有限会社法などを統合し、現代の企業実務に対応できる柔軟な枠組みへと再編成されました。M&Aを検討する経営者にとって、会社法を体系的に理解することはスムーズな交渉と適切な手続の大前提となります。
会社法は企業活動の全体を規定しています。企業の目的や商号を示す総則、株式発行や機関設計を定める株式会社編、合名・合資・合同会社を扱う持分会社編、社債編、組織再編編、外国会社編、雑則、罰則の八つの編で構成され、特に第1編・第2編・第5編がM&Aに密接に関わります。
企業買収や統合を計画する際は、第2編で規定される株式譲渡の要件、第5編で規定される合併・会社分割・株式交換・株式移転の手続を確認することが欠かせません。
第1編総則は企業法制の目的と基本概念を定める
総則は会社法の理念、定義、競業避止義務などを規定し、M&A後の事業統合で競業関係が問題となる場面で参照されます。
第2編株式会社編は株式運用と機関設計の中心
株式譲渡、取締役会運営、計算書類作成などが詳細に規定されており、譲渡企業と譲受企業双方が株主権の移転や決議要件を確認する指針となります。
第5編組織再編編がM&A手続の核
合併、会社分割、株式交換・株式移転を網羅し、略式・簡易手続の活用可否や債権者保護手続の流れを示しています。
会社法第8編には特別背任罪、株式超過発行、贈収賄などの罰則が定められています。譲受企業はデューデリジェンスで対象会社が背任や虚偽記載に関与していないか確認し、法的リスクを把握することが重要です。
特別背任罪は経営者の背任行為を抑止
発起人や取締役が自己または第三者の利益を図って会社に損害を与えた場合、10年以下の懲役または1000万円以下の罰金が科されます。
株式等に関する不正行為は禁止行為を明文化
虚偽文書の行使や株式の超過発行などは5年以下の懲役または500万円以下の罰金とされ、適正な資本政策が求められます。
贈収賄罪は取締役等の不当な利益供与を制裁
不正の請託を受けて財産上の利益を授受した場合、収賄は懲役5年以下・罰金500万円以下、贈賄は懲役3年以下・罰金300万円以下となります。
かつて会社関連規定は商法や有限会社法に散在しており、複数の法律を横断して手続を確認する必要がありました。2006年の会社法施行で一本化され、2014年の社外取締役要件見直し、2021年の株主総会提案議案数制限、2023年6月の最新改正など、時代の要請に合わせて段階的に改良が加えられています。コーポレートガバナンス強化と株主保護を目的とする改正動向を把握することが、将来の組織再編計画や合意形成のスケジュール設計に直結します。
旧商法時代の不統一を解消し、企業の取引コストを削減。M&A実務でも条文探索が容易となり、迅速なリスク評価が可能になりました。
社外取締役・社外監査役の独立性が明確化され、重要取引を審議する際の利益相反管理が強固になりました。特別委員会の設置実務が浸透する契機にもなっています。
株主提案権の乱用を抑制し、効率的な議事運営を図る施策が導入され、M&A決議に関する議案審議がスムーズになりました。
M&Aは検討初期からPMIまで多段階の手続を伴い、会社法はその都度登場します。以下では交渉、スキーム選定、デューデリジェンス、契約締結・クロージング、PMIの五つの局面に分けて会社法の視点を整理します。
譲渡企業と譲受企業が株主の権利を正しく認識しないまま交渉を進めると、後の承認手続で想定外の時間を要します。会社法第107条の譲渡制限株式、同第467条の株主総会特別決議要否を初期段階で確認し、交渉スケジュールを設計することが成否を分けます。
株式譲渡(第127条~第154条)、事業譲渡(第467条~第470条)、合併(第748条~第801条)、会社分割(第757条~第774条)、株式交換・株式移転(第767条~第816条)など、条文ごとに株主保護手続や債権者保護手続の負担が異なります。経営目的とコストのバランスを取りながら最適ストラクチャーを選択します。
会社法第29条(定款記載事項)、第295条~第326条(機関運営)、第431条~第444条(計算書類保存)、第356条(利益相反取引)を中心に、対象会社が適法に運営されているか確認します。背任行為や未承認定款変更があれば買収後の損害賠償リスクとなるため、条文ごとにチェックリストを作成することが推奨されます。
取締役会決議(第362条)、株主総会決議(第467条)、株式譲渡承認(第136条)、株主名簿書換(第130条)などを漏れなく行い、法的安定性を確保します。譲受企業はクロージング条件として「必要な会社法手続が完了していること」を盛り込むことでリスクを抑制できます。
統合後の取締役選任(第329条)、定款変更(第466条)、労働契約承継(第759条)などを計画的に実施することで、合併後のガバナンス体制を早期に確立できます。
M&Aでは会社法だけでなく複数の法律が同時に作用します。対象会社の規模や業種、上場有無によって適用範囲が変わるため、交渉初期に全体像を整理しておくことが不可欠です。関連法規を見落とすとクロージング後に許認可や税務の問題が顕在化し、統合計画が停滞する恐れがあります。以下で主要五法を概観します。
会社分割を伴うM&Aでは、分割会社が労働者へ情報を通知し協議を行う義務があります。
会社分割では通知と協議が義務づけられる
承継される事業に従事する労働者へ分割内容を知らせ、意見を聴取するプロセスを確実に実施します。
労働条件不利益変更は無効となる可能性
形だけの分割で労働条件を下げる行為は濫用と判断される恐れがあり、統合後の労務トラブルを防ぐため丁寧な説明が求められます。
一定規模を超える取引では公正取引委員会への届出と審査が必要です。
一定規模超の取引は公取委へ届出
資産総額・売上高が基準値を超える場合、届出受理から30日間原則として待機期間が生じます。
待機期間に備えてスケジュールを調整
審査結果次第で追加資料提出や期間延長があり得るため、クロージング予定日は余裕を持って設定します。
上場会社を対象とするM&Aでは公開買付制度や大量保有報告制度が適用されます。
公開買付制度で公正な株式取得を実現
一定要件を満たす場合はTOB公告を行い、全株主へ均等な売却機会を提供します。
大量保有報告とインサイダー規制に注意
株式5%超取得時の報告義務や未公表重要事実による売買禁止を遵守し、情報管理体制を整えます。
適格組織再編の活用や繰越欠損金の引継ぎ可否は、譲受企業の実質投資額に直結します。
適格組織再編税制で課税繰延
合併対価を株式のみとする等の要件を満たせば含み益課税を繰り延べ、手元資金を温存できます。
みなし配当課税と欠損金引継を確認
自己株式取得や合併時の資本剰余金充当はみなし配当となる場合があり、税負担を見落とさないよう精査します。
銀行業・保険業・建設業・医療介護事業などは個別の業法が譲受に条件を設けています。
銀行業などは法定承認が必要
主務官庁の事前許可が出ないとクロージングできず、買収契約に条件付完了条項を置くことが一般的です。
外資規制の有無を確認しリスク回避
外国資本が参入する場合、追加審査や出資比率上限が適用されることがあるため、早期調査が重要です。
特別委員会は会社法上の義務ではありませんが、近年の実務では利益相反取引での設置が常識化しています。独立した委員が取引条件の妥当性を検証することで、少数株主の利益保護と取締役の善管注意義務履行を同時に実現できます。
支配株主によるMBOや親子上場解消では、価格決定の公正性が最重要課題です。特別委員会は第三者評価書や外部弁護士意見を参照し、当事者間交渉に待ったを掛ける役割を担います。
交渉初期から関与すれば情報アクセスが広がり、取引条件の代替案提示も可能になります。
独立社外取締役と外部専門家を委員に
社内の利害関係を排除し、財務アドバイザーや弁護士を自由に選任させることで委員会の権威を高めます。
情報提供と実質的権限付与が不可欠
取締役会は交渉経緯、財務モデル、リスク分析をタイムリーに共有し、委員会が条件修正を勧告できる体制を整えます。
取締役会決議に委員会の勧告内容を反映すれば、株主代表訴訟や株価算定訴訟で経営判断の合理性を立証しやすくなります。
中小企業では社内にM&A専門人材やプロジェクト管理リソースが不足しがちです。コンサルティング会社は法務・財務・税務を横断的にカバーし、交渉からPMIまで一気通貫で支援します。
市場分析や企業価値評価を通じて買収目的を数値化し、候補先リストを絞り込みます。
取引条件交渉ではアドバイザーが価格モデルを提示し、デューデリジェンスの日程調整とQ&A管理を行います。
契約書ドラフト作成、取締役会・株主総会の議案準備、独占禁止法届出書類の整備を一括管理し、クロージングに向けたタスクを可視化します。
統合計画策定、進捗KPI設定、人事制度統合、ITシステム連携を推進し、シナジー創出を定量的に検証します。
M&Aを円滑に進めるには会社法を軸に労働契約承継法・独占禁止法・金融商品取引法・法人税法・業種別許認可を横断的に整理し、特別委員会と専門コンサルの力を活用して法的リスクと統合コストを最小化することが重要です。
会社法の条文を正確に押さえ、関連法規の手続を時系列で管理することがM&A成功の鍵です。特別委員会で取引の公正性を担保し、コンサルティング会社の専門知識を活用すれば、法的リスクを抑えつつ円滑な統合が実現します。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画