株式の家族間移転には相続・贈与・譲渡の3つの方法があります。それぞれの手続の進め方や税務上の取扱い、事業承継税制の活用方法まで、実務に即して解説します。円滑な株式移転のために押さえておくべきポイントをご紹介します。
目次
家族間で株式を移転する方法には、以下の方法があります。それぞれ特徴や手続、税務上の取扱いが異なるため、状況に応じて最適な方法を選択する必要があります。
1. 相続による承継
• 経営者が死亡した際に、相続人である親族が株式を承継する方法で
• 遺言書の有無により手続が異なります
• 相続税の基礎控除や各種の特例が適用される可能性があります
2.贈与による承継
• 生前に親族へ無償で株式を移転する方法です
• 贈与契約書の作成と名義変更手続が必要です
• 暦年贈与制度や相続時精算課税制度を活用できます
3.有償譲渡による承継
• 買い手の家族が対価を支払って株式を取得する方法です
• 会社の承認手続や契約締結など、一定の手順に従う必要があります
• 売り手には所得税等が、買い手には資金準備が必要です
各方法には、それぞれ税金面での特徴があります。例えば、相続の場合は相続税の基礎控除(3,000万円+法定相続人数×600万円)が適用され、贈与の場合は年間110万円までの基礎控除が設けられています。
また、手続面でも違いがあり、相続の場合は法定相続人全員による遺産分割協議が必要になる場合がある一方、贈与や譲渡の場合は当事者間の合意に基づいて進めることができます。
このように、各方法にはそれぞれの特徴があるため、以下の点を考慮して選択することが重要です:
1. 経営者の意向
2. 後継者の資金力
3. 税負担の大きさ
4. 手続の複雑さ
5. 他の株主への影響
▶目次ページ:親族内承継(株式の譲渡)
家族間での株式移転には、方法ごとに異なるメリットがあります。ここでは、相続、贈与、有償譲渡それぞれのメリットについて説明します。
相続による株式の承継には、以下のようなメリットがあります:
• 自動的な権利の移転
• 被相続人の死亡と同時に、法定相続人に対して自動的に権利が移転します
• 事前に遺言書が作成されている場合、その内容に従って確実に実行できます
• 税務上の優遇措置
• 相続税の基礎控除(3,000万円+法定相続人数×600万円)が適用されます
• 事業承継税制の要件を満たす場合、さらなる税負担の軽減が可能です
贈与による株式の承継では、以下のような利点があります:
• 計画的な承継が可能
• 経営者の意思を明確に反映させることができます
• 後継者の育成状況に合わせて段階的に移転できます
• 税務上の節税機会
• 暦年贈与制度:年間110万円までの基礎控除が適用されます
• 相続時精算課税制度:60歳以上の親から20歳以上の子への2,500万円までの特別控除が利用できます
有償譲渡による株式の承継では、以下のメリットがあります:
1.経営者側のメリット
• 譲渡対価を得ることができ、老後の資金として活用できます
• 新規事業や投資の資金として活用することが可能です
2.後継者側のメリット
• 明確な対価を支払うことで、他の相続人からの異議を抑制できます
• 経営権の取得に対する責任感が醸成されます
3.その他のメリット
• 適正な価格での取引により、贈与税等の追徴リスクを軽減できます
• 資金力のある後継者に集中して株式を移転できます
家族間での株式移転には、方法ごとに注意すべき課題があります。各方法のデメリットを理解し、適切に対処することが重要です。
贈与による株式移転では、以下のような課題に注意が必要です:
1.贈与税の負担
• 年間110万円を超える贈与には贈与税が課税されます
• 相続時精算課税制度を選択した場合、2,500万円を超える部分に20%の税率が適用されます
2.相続との関係
• 贈与から相続までの期間が短い場合、生前贈与加算の対象となります
• 2024年からは、相続前7年以内の贈与が加算対象となります
相続による株式移転には、以下のような問題が生じる可能性があります:
1.相続人間の争い
• 複数の相続人がいる場合、株式の分配を巡って争いが発生する可能性があります
• 経営権の集中が困難になる場合があります
2.遺言書関連の問題
• 遺言書が法的要件を満たしていない場合、無効となるリスクがあります
• 遺言書がない場合、遺産分割協議に時間を要する可能性があります
有償譲渡による株式移転では、以下の点に留意が必要です:
1.資金面での課題
• 買い手に相当額の資金準備が必要です
• 金融機関からの借入れが必要な場合、返済負担が発生します
2.価格設定の問題
• 適正な価格での取引が求められます
• 低額譲渡と判断された場合、贈与税が課税されるリスクがあります
3.手続面での負担
• 会社の承認手続が必要です
• 取締役会や株主総会での決議が必要となる場合があります
株式を相続により承継する場合、法令に従った適切な手続が必要です。円滑な承継のために、以下の手順で進めていきます。
相続人の決定は、遺言書の有無によって手続が異なります:
1.遺言書がある場合
• 遺言の内容に従って株式を承継する相続人を決定します
• 遺言執行者が指定されている場合は、その指示に従います
2.遺言書がない場合
• 法定相続人全員による遺産分割協議が必要です
• 以下の選択肢から承継方法を決定します
1. 株式をそのまま分割して相続
2. 株式を換価して現金で分割
3. 特定の相続人が株式を一括して承継
株式の種類により、名義変更の手続が異なります:
上場株式の場合
1. 相続人の証券口座を開設します
2. 以下の必要書類を準備します
o 被相続人の除籍謄本
o 相続人の戸籍謄本
o 遺産分割協議書(遺言書がない場合)
3. 証券会社に名義変更を依頼します
非上場株式の場合
1. 株式発行会社に相続手続を申請します
2. 株式の評価額を確認します
3. 遺産分割協議を経て、株主名簿の書換を行います
4. 相続税の申告・納付手続を行います
重要なポイント:
• 名義変更は確実に行う必要があります
• 必要書類は正確に準備します
• 期限内に手続を完了させます
• 税務申告も忘れずに行います
家族間での株式の贈与を行う場合、適切な手続を踏む必要があります。以下の手順に従って進めることで、円滑な贈与が可能となります。
贈与契約書は、以下の点に注意して作成します:
必須記載事項
1. 贈与者の氏名・住所
2. 受贈者の氏名・住所
3. 贈与する株式の内容(種類、数量)
4. 贈与日
5. 贈与の意思表示
6. 贈与の実行方法
作成上の注意点
• 口頭での契約も有効ですが、文書化することを推奨します
• 将来の相続税計算の資料となる可能性があります
• 贈与者と受贈者の意思が明確に示されている必要があります
名義変更は、株式の種類に応じて以下の手続が必要です:
上場株式の場合
1. 受贈者の証券口座開設(未開設の場合)
2. 必要書類の準備
o 贈与契約書のコピー
o 本人確認書類
o その他証券会社が指定する書類
3. 移管手数料の支払い
4. 証券会社での名義変更手続
非上場株式の場合
1. 発行会社への贈与手続の申請
2. 株主名簿の書換申請
3. 必要に応じて株券の発行手続
4. 贈与税の申告・納付手続
手続時の留意点
• 各証券会社の要件を事前に確認します
• 受贈者も同じ証券会社に口座が必要な場合があります
• 手数料は証券会社によって異なります
• 期限内に確実に手続を完了させます
家族間で株式を有償譲渡する場合、以下の手順に従って適切に手続を進める必要があります。
譲渡制限株式を譲渡する場合、以下の手続が必要です:
• 譲渡承認請求書の作成
• 譲渡先の情報
• 譲渡する株式の種類と数
• 譲渡価額
• 譲渡理由
提出時の注意点
• 会社の定款規定を確認する。
• 必要な添付書類を漏れなく準備する。
会社の機関による承認手続は以下の通りです:
承認機関
• 原則として取締役会で決議します
• 定款に規定がある場合は、その定めに従います
決議の選択肢
1. 譲渡を承認する
2. 譲渡を承認しない場合
o 会社による買取り
o 他の買取人を指定
承認結果の通知は以下の要件に従います:
通知の要件
• 決議後2週間以内に通知が必要です
• 期限を過ぎても通知がない場合は承認とみなされます
• 期限は当事者の合意により変更可能です
契約書には以下の内容を含める必要があります:
契約書の記載事項
1. 基本合意事項(株式数、金額等)
2. 表明保証事項
3. 譲渡完了時期
4. 対価の支払方法
5. 両当事者の署名・捺印
最終段階として以下の手続を行います:
書換の手順
1. 株式譲渡承認後、書換請求を行います
2. 株式不発行会社の場合は、売り手と買い手の共同請求が必要です
3. 株式発行会社の場合は、売り手のみの請求で可能です
4. 書換完了により株主権が発生します
株式を家族間で移転する際には、各手法に応じて異なる税金が課されます。適切な税務処理を行うために、それぞれの計算方法を理解しておく必要があります。
相続税は以下の方法で計算されます:
課税価格の算出
1. 課税遺産総額を計算
2. 基礎控除額を差し引く
o 基礎控除額 = 3,000万円 + (600万円 × 法定相続人数)
計算上の注意点
• 相続開始時の株式評価額を基準とします
• 株式の種類により評価方法が異なります
• 事業承継税制の適用可否を検討します
贈与税は制度により計算方法が異なります:
暦年課税の場合
• 基礎控除額:年間110万円
• 計算式:(贈与額 - 基礎控除額)× 税率 - 控除額
相続時精算課税制度の場合
• 特別控除額:2,500万円
• 計算式:(贈与額 - 2,500万円)× 20%
• 要件:
1. 贈与者が60歳以上
2. 受贈者が20歳以上の推定相続人
有償譲渡の場合、売り手に所得税が課されます:
譲渡所得の計算
• 計算式:譲渡益(譲渡価額 - 必要経費)× 20.315%
• 内訳:
o 所得税:15.315%
o 住民税:5%
留意事項
• 適正な譲渡価額の算定が重要です
• 低額譲渡は贈与税の課税リスクがあります
• 譲渡損失が発生した場合の処理にも注意が必要です
株式の家族間移転における税負担を軽減するためには、各種の制度を適切に活用することが重要です。ここでは、主要な2つの方法について解説します。
事業承継税制は、以下の特例措置を活用できます:
適用要件
1. 2018年1月1日から2027年12月31日までの期間内であること
2. 中小企業であること
3. 特例承継計画を提出していること
税制上の優遇内容
• 相続税・贈与税の納税が猶予されます
• 雇用確保等の要件を満たせば、猶予税額が免除されます
活用の際の注意点
• 事前の計画策定が必要です
• 継続的な要件の充足が求められます
• 専門家への相談を推奨します
生前贈与を活用した税負担の軽減策には以下があります:
暦年贈与の活用
• 毎年110万円までの基礎控除を利用します
• 計画的な贈与により相続財産を減らせます
相続時精算課税制度の活用
1. 2,500万円までの特別控除を利用
2. 60歳以上の親から20歳以上の子への贈与が対象
3. 将来の相続財産から控除可能
注意点
• 2024年から生前贈与加算の期間が7年に延長されます
• 贈与時期の計画的な検討が必要です
• 受贈者の状況も考慮する必要があります
家族間での株式移転には、相続、贈与、有償譲渡の3つの方法があり、それぞれに特徴的な手続と税務上の取扱いがあります。最適な方法を選択するためには、経営者の意向、後継者の状況、税負担などを総合的に検討することが重要です。特に税負担の軽減については、事業承継税制や計画的な生前贈与など、各種制度の適切な活用を検討しましょう。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画