M&A提案書とは何か、企業概要書(IM)と提携提案書はどう違うのか―この疑問に端的に答えながら、作成の流れと失敗しないコツを専門家目線で分かりやすくお伝えします。
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M&Aは譲渡企業と譲受企業が多くの情報をやり取りしながら着地点を探る長い旅です。その第一歩となるのがM&A提案書です。適切に構成された書面は、互いの期待と前提をそろえ、交渉の土台を揃える道具になります。譲渡企業側が準備する企業概要書(IM)は自社の価値を正確に示し、譲受企業へ魅力を伝える「自己紹介」。一方で譲受企業が差し出す提携提案書は「ラブレター」の役割を持ち、どのような形で融合し、どの程度のシナジーを見込むかを具体的に示します。二つの書面が車の両輪となって初めて、M&Aは双方にとって納得感のあるディールへ育ちます。
企業概要書を作る前に押さえておくべきは三つの下準備です。
M&A交渉では未公開の財務や技術情報が飛び交います。まずはNDAを締結し、情報漏えいの不安を取り除くことがIM成功の第一歩です。譲渡企業と譲受企業の双方が安心して本音を語れる環境は、後の交渉スピードと信頼構築に直結します。
譲渡企業の魅力を正しく伝えるには「数字」と「物語」が欠かせません。市場規模や競合他社の動向、自社の強みを支える技術やノウハウを整理し、業界地図の中でのポジションを言語化します。譲受企業は、この分析結果から将来のシナジーを想像します。
DCFや類似会社比較など詳細なバリュエーションは最終段階で深掘りしますが、IM段階でも大まかな価値レンジを提示することで、譲受企業は投資規模のイメージを描けます。ここで大切なのは上限でも下限でもなく「妥当と思える幅」を示すことです。幅が極端に狭いと柔軟な提案を阻み、逆に広過ぎると本気度を疑われてしまいます。
以下の五つを押さえることで、譲受企業は短時間で譲渡企業の輪郭を把握できます。
これらの情報を整理し、図表を活用して視覚的にまとめると、IMは単なる情報集ではなく説得力のある「提案資料」へ格上げされます。
市場規模や成長率のデータを引用するだけでは不十分です。競合との比較指標を提示し、自社が選ばれる理由を数値で示さないと、譲受企業は価格交渉でディスカウントを試みる傾向が強まります。競争優位の根拠は第三者データと自社実績の両面から補強しましょう。
会計処理基準の違いやタイムラグで、数字が実態とずれることがあります。特に棚卸資産の評価やリース債務など簿外項目は注意が必要です。事前に監査法人や税理士に確認し、必要に応じてアジャストした数値を示すことでトラブルを防ぎます。
「成長戦略の一環」など抽象的な言葉では、本当は資金繰りに困っているのではと勘ぐられます。後継者不在や新規投資の確保といった具体的な背景を語り、譲渡企業にメリットがあるだけでなく譲受企業にも利点がある「共通のゴール」を提示しましょう。
同じ情報量でも構成が悪いと読了率が大きく下がります。章立ては「概要→詳細→データ」の順にし、最初にまとめを置くと譲受企業の担当者は上席へ報告しやすくなります。特に表やグラフはカラーリングと単位を統一し、ページごとにヘッダーを入れて資料の出典を明示すると、デューデリジェンス以降の資料としても再利用しやすくなります。
IMの段階で株式価値の目安を提示することは「一か八かの交渉」を避ける有効な手段です。譲受企業にとって予算の妥当性を検証でき、譲渡企業にとっては相手の関心度を測る指標になります。提示する際は算定根拠と前提条件を簡潔に注記することで、後の価格交渉を建設的な議論に変えられます。
ここからは譲受企業が作成する提携提案書にフォーカスします。提携提案書は「ぜひ御社と一緒に成長したい」という熱意を、論理と数字で裏付ける文書です。譲渡企業は自社の将来を託すパートナーを選ぶ立場ですから、提案書が曖昧だと、その時点で検討の俎上から外れることもあります。
譲渡企業が重視するのは価格だけではありません。従業員の雇用維持、ブランドの継続、経営理念の共有といった定性的要素が、最終判断を左右することも多いです。公開情報や業界紙、過去の発言などを分析し「何を守り、何を変えたいのか」を推測したうえで、提案書に落とし込むと高い共感を得られます。
単に「協業でシナジーを創出」と記すだけでは説得力がありません。調達コスト削減率○%、営業チャネル拡大で売上○億円など定量的な目標を示し、それが自社固有の資源で実現できることを説明します。「当社は全国○拠点の直販網があり、御社製品を半年で全国展開できます」のように、相手企業と自社を紐付ける具体例が有効です。
経営者や幹部が引き続き活躍できるのか、拠点やブランド名は残るのかなど、譲渡企業にとって不安要素は多岐にわたります。提案書ではグループ内での役割や報酬体系、一体化プロセスのタイムラインを示し、将来像をイメージできるようにします。とりわけ従業員の待遇とキャリアパスに触れると、経営者の心配を一気に和らげる効果があります。
これらの落とし穴は、裏を返せば対策が明確です。相手企業の視点に立ち、目的・分析・シナジーを三本柱として筋道を立てれば、提携提案書は強力な交渉カードになります。
過去のディールで実際にあった事例を振り返ると、提案書の作り込みによって交渉の温度感が大きく変わることが分かります。譲受企業が「価格以外に関心なし」と受け取られたケースでは、譲渡企業側で従業員や取引先の反発が強く、一度は交渉が白紙になりました。一方で、同規模の別案件では、譲受企業が従業員の処遇とブランド継続を明確に約束し、譲渡企業のオーナーが安心して株式を譲渡した例があります。両案件の差は提案書段階での情報量と定性面への配慮でした。
成功例では、提案書の序盤で「従業員雇用を守りながら事業を全国へ拡大する」というビジョンを示し、その後に財務試算を重ねる構成にすることで、オーナーと従業員双方の納得を獲得しました。失敗例と成功例を比較しながらレビューすることで、自社の提案書に不足している視点を洗い出し、修正につなげましょう。
提案書は書面であっても、そこに映るのは企業文化と人の思いです。数字とストーリーのバランスを意識することが、成功への近道となります。
提携提案書は譲受企業が譲渡企業へ向けて「なぜ当社なのか」を示す決定打です。作成には四つの段階があります。
交渉前にNDAを結ぶことで、譲渡企業は核心情報を開示しやすくなります。機微情報を扱う提案書ほど秘密保持の枠組みが必須です。
公開資料だけでなく業界紙やヒアリングを通じ、譲渡企業の事業構造・財務状況・企業文化を多角的に把握します。買収意図との整合性を検証し、提案書に落とし込みます。
譲渡企業が重んじる項目(雇用、ブランド、経営理念)を冒頭に据え、価格や条件は後段で詳細に説明します。読み手の心理に沿った配置が説得力を高めます。
売上増加額やコスト削減率など定量指標を示し、それを実現するシナリオを具体例で補強します。この二層構造が投資判断のスピードを上げます。
提案書は一見整っていても細部に落とし穴があります。典型例と回避策を確認しましょう。
抽象語が多いと「結局何を望むのか」が見えません。対策は提案理由・戦略目標・譲渡企業の役割を初読で理解できる箇条書きに整理することです。
表面的な財務指標だけでは経営の実像を掴めません。事業の季節変動や顧客集中度など定性面を織り込み、譲渡企業の不安を先回りして払拭します。
「協業で拡大」だけでは根拠が弱いです。投資額、回収期間、シナジー寄与率を簡易モデルで示し、実現プロセスを図示すると説得力が飛躍的に増します。
目的→分析→効果の三段構成を徹底し、各章末に「相手にとってのメリット」を明記することで、失敗例の多くは未然に防げます。
IMと提携提案書を横断し、抜け漏れを防ぐ10項目を確認しましょう。
本チェックリストを用いて相互レビューを行えば、提案書の完成度を客観的に高められます。
M&A提案書は情報の正確性と構成力が勝負です。自社内で完結させるよりも、税理士・公認会計士・アドバイザリー会社の視点を入れることで、漏れや重複を迅速に是正できます。特に財務の時価評価や税務リスクの洗い出しは専門知識が不可欠です。
譲渡企業の皆さまは、IM作成前に「どのデータが足りないか」を専門家に相談することで、無駄な情報収集を減らせます。譲受企業の皆さまは、提携提案書のドラフトを第三者にレビューしてもらうことで、表現のバイアスを排除できます。
みつき税理士法人グループでは、無料相談を通じて提案書のブラッシュアップや企業価値の概算算定を支援しています。専門家と連携しながら書面を磨き上げ、交渉フェーズへ自信を持って進みましょう。
M&A提案書は譲渡企業の企業概要書(IM)と譲受企業の提携提案書の両輪で交渉を動かします。秘密保持契約、情報収集、価値算定、シナジー試算を丁寧に行い、数字とストーリーを両立させれば、互いに納得できる条件形成が進みます。専門家の客観的視点を取り入れ、チェックリストで仕上げを確認しながら、成功確率を高めましょう。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事