経営資源集約化税制活用で生産性向上と資金繰り改善を実現する
経営資源集約化税制は、中小企業がM&A後の設備投資やリスク対策を行う際、税負担を軽減できる制度です。どのような仕組みでメリットを得られるのでしょうか。
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経営資源集約化税制は、2021年8月に導入された中小企業向けの税制優遇措置です。制度の目的は、M&Aを通じて経営資源を集約し、事業拡大や生産性向上を後押しすることにあります。制度は「設備投資減税」と「準備金の積立」という二つの柱で構成され、設備投資額の一部を税額控除または即時償却できるほか、株式取得額の最大70%を準備金として損金算入できます。2023年度の税制改正では適用期間が延長され、より多くの企業が制度を活用できるようになりました。
中小企業は資金力や人材確保の面で制約を抱えやすく、M&A後の設備投資やリスク管理に課題があります。本税制はこれらの負担を軽減し、地域経済と雇用を守りながら成長を促進することを狙いとしています。
設備投資減税では、M&A後に取得した設備の投資額について、即時償却か取得価格の10%(資本金3,000万円超~1億円以下の法人は7%)を税額控除できます。準備金積立では、M&A実施後のリスクに備えて株式取得価額の70%までを積み立て、損金算入が可能です。
本税制が登場した背景には、ウィズコロナ・ポストコロナ時代における企業経営の不確実性、経営者の高齢化による事業承継問題、そして労働人口減少による将来的な人手不足があります。中小企業はM&Aの必要性を感じても、資金不足や従業員流出リスクから実行をためらうことが多く、経営資源集約化税制はそうした障壁を取り除くために設計されました。
2020年の新型コロナウイルス流行で多くの中小企業が経営難に直面し、2025年には団塊世代の経営者が大量引退を迎えると予測されています。このままでは事業存続が危ぶまれるため、国は税制面から支援を行う必要がありました。
税制優遇により株式取得資金や設備投資資金の負担を軽減できれば、中小企業は積極的にM&Aへ踏み切りやすくなります。結果として雇用維持や地域経済の活性化にもつながる点が大きな狙いです。
制度は「税金を減らして資金流出を遅らせる」ことでキャッシュフローを守る設計です。
M&A後に導入した生産性向上設備などが対象で、取得価額の10%を法人税から直接控除するか、全額を取得年度に償却します。中小企業は初期投資による資金繰り悪化を防ぎ、追加投資に踏み切りやすくなります。
対象設備は要件を満たす機械装置等に限定
生産効率やエネルギー効率が旧モデル比で年平均1%以上向上している160万円以上の機械装置など、細かな基準が設定されています。要件を満たすかどうかは税理士や公認会計士の確認が必要です。
M&A後に簿外債務が発覚した場合などの損失に備える目的で積み立てるため、実質的に税金の支払いを据え置く仕組みです。据置期間は5年で、その後5年間で均等に取り崩し課税されます。
最大100%まで積立可能な拡充措置も登場
過去5年以内にM&Aを実施し特別事業再編計画の認定を受けた企業が追加でM&Aを行う場合、2度目以降の株式取得価額全額を準備金に積み立てられる拡充制度が2024年に実現しました。
経営資源集約化税制には大きく二つのメリットがあります。
取得価格の10%控除または即時償却により法人税負担が下がり、手元資金の流出を抑制できます。資金繰りが改善すれば、生産性を高める追加投資を前倒しで実行しやすくなります。
準備金積立により課税を繰り延べられるため、株式取得に伴うリスク対応資金を確保しつつ資金繰りを維持できます。結果としてM&A後の経営基盤を整えやすくなる点が魅力です。
経営資源集約化税制を活用するには、共通要件と措置ごとの要件の双方を満たさなければなりません。ここでは実務で確認すべきポイントを整理します。
第一に、経営力向上計画の認定を受けた特定事業者であることが前提です。認定により本税制だけでなく他の支援策の利用も広がります。第二に、資本金1億円以下または従業員1,000人以下など、租税特別措置法で定義される中小企業者等に該当する必要があります。青色申告法人であることも忘れずに確認しましょう。
設備投資減税では、取得する設備が下記いずれかの類型に該当し、新規取得日が2025年3月31日までであることが条件です。
A類型は生産性1%向上設備
旧モデルと比べ年平均1%以上の生産性向上が見込める160万円以上の機械装置などが対象です。性能証明を添付し、確認者から証明書を入手します。
B類型は利益率5%以上設備
投資計画に記載した設備全体の投資利益率が年平均5%以上となることが見込まれる場合に適用されます。計画段階で収益シミュレーションを行い、税理士または公認会計士の確認書を取得します。
C類型はデジタル化設備
可視化、遠隔操作、自動制御化のいずれかに該当するデジタル化設備が対象です。認定経営革新等支援機関による事前確認を受けてから申請します。
D類型は経営資源集約化設備
修正ROAまたは有形固定資産回転率が一定割合以上向上すると見込まれる設備が該当します。税理士等の確認を経て計画に反映させましょう。
準備金積立を利用する場合、経営力向上計画にデューデリジェンスの内容を含む事業承継等事前調査を記載し、株式取得価額が10億円以下であることが必要です。積立上限は取得価額の70%ですが、特別事業再編計画の認定を受けた企業が複数回M&Aを行う場合は、2度目以降100%まで積立可能とする拡充措置が2024年から認められています。
要件を満たしても、手続きを正確に進めなければ税制優遇は受けられません。ここでは設備投資減税と準備金積立のフローを時系列で整理します。
導入予定設備が類型要件を満たすかを確認者に依頼し、証明書または確認書を受領します。続いて証明書を添付した経営力向上計画を主務大臣へ提出し、認定を取得します。設備を取得したら、計画書と認定書の写しを所轄税務署に添付して申告します。証明書の取得や計画申請には30日程度かかることが多く、M&A完了日と設備導入時期を慎重に調整する必要があります。
まず経営力向上計画を策定し、事前調査チェックシートを添付して認定申請します。認定後にM&Aを実施し、事前調査の実施状況を報告して確認書を受領します。その後、準備金を設定した決算で税務申告を行います。既に株式譲渡が完了したM&Aは対象外なので、スケジュール管理が重要です。
制度の効果を享受するには、期限を守ることが不可欠です。
新規設備の取得が2025年3月31日までに完了していない場合、税額控除や即時償却は受けられません。確認書の取得から設備導入まで逆算し、余裕を持った工程表を作りましょう。
準備金積立を行うには、2027年3月31日までに経営力向上計画の認定を受ける必要があります。#原文で示されている2024年3月31日という旧期限は、改正前のスケジュールであり、税制改正によって延長されました。念のため、最新の官報や中小企業庁サイトで直近の改正を確認してください。
中小企業等経営強化法の改正により、要件や期限が変更される場合があります。制度を利用する際は、専門家とともに最新情報をモニタリングし、改正に迅速に対応できる体制を整えましょう。
制度は魅力的ですが、運用には細心の注意が必要です。
経営力向上計画や各種確認書の取得は煩雑で、M&Aスケジュールへの影響が避けられません。準備期間を十分に確保し、社内外の担当者を明確にして作業を分担しましょう。
準備金は課税を将来に繰り延べる制度であり、取り崩し時に課税されます。中長期のキャッシュフロー計画を立て、取崩時期や税負担を見越した資金繰りを準備しましょう。
税理士、M&Aアドバイザー、金融機関などと連携し、デューデリジェンスや計画作成を適切に進めることで、認定取得と税務申告のリスクを最小化できます。
最後に、本税制を最大限に生かすための実務的なコツをまとめます。
これらを実践すれば、設備投資促進とリスク対策を両立させながら、M&A後の成長シナリオを描くことが可能になります。
経営資源集約化税制は、中小企業がM&A後の設備投資とリスク対応を同時に進められる貴重な制度です。複雑な要件と手続きを正しく管理し、期限を厳守することで、税負担を抑えつつキャッシュフローを安定させられます。専門家の支援を受け綿密に計画を立てれば、制度は事業承継と成長戦略の強力な後押しとなるでしょう。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画