特定承継人と一般承継人の違いを、相続・事業譲渡・合併・会社分割の実務に沿って解説します。債務、契約、従業員、許認可、税務への影響を押さえ、事業承継やM&Aでどの方法を選ぶべきか整理します。後継者問題を抱える経営者向けです。

▶目次ページ:事業承継とは(事業承継とは)
「承継人」という言葉は、相続だけでなく、会社売却や事業承継の場面でも使われます。難しく聞こえますが、要点はシンプルです。誰が、どの財産や権利義務を、どこまで引き継ぐのかを表す言葉です。
承継人には、大きく分けて「特定承継人」と「一般承継人」があります。一般承継人は「包括承継人」と呼ばれることもあります。両者の違いは、特定の財産だけを個別に引き継ぐのか、権利や義務をまとめて引き継ぐのかという点にあります。
特定承継人とは、特定の財産や権利だけを個別に引き継ぐ人や会社です。不動産を買った人、車を譲り受けた人、事業譲渡で特定の事業だけを取得した会社などが該当します。
一般承継人とは、前の持ち主の権利義務をまとめて引き継ぐ人や会社です。相続人、合併で消滅会社の権利義務を引き継ぐ会社、会社分割で分割計画に定めた権利義務を一括して受ける会社などが典型例です。
相続人は、亡くなった人の財産に属した権利義務を、原則として一括して引き継ぎます。ただし、本人だけに認められる権利や義務は承継されません。たとえば、親族内承継で株式を相続する場合、会社の支配権だけでなく、相続税や遺産分割、他の相続人との調整も同時に問題になります。
中小企業のM&A(合併・買収)では、承継人の違いがスキーム選択に直結します。会社全体を引き継ぐのか、一部事業だけを引き継ぐのかで、契約、従業員、許認可、債務、税金の扱いが変わります。
ここをあいまいにしたまま話を進めると、後から「この借入金まで引き継ぐのか」「この取引先契約は移せるのか」といった問題が出ます。M&A実務では、ここで判断が止まることがあります。
個人の場面では、不動産の買主、車を贈与された人、遺言で「A銀行の預金だけ」を受け取る人などが特定承継人に当たります。このように、特定された財産だけを受け取る点が特徴です。
法人の場面では、事業譲渡により特定の事業や資産だけを取得する買い手企業が該当します。会社全体ではなく、必要な事業や資産を切り出して引き継ぐイメージです。
特定承継では、原則として、指定した財産や契約だけを引き継ぎます。売り手に借入金や未払金があっても、買い手が当然にすべてを引き受けるわけではありません。簿外債務、つまり決算書に見えにくい債務を避けたい買い手にとっては、リスクを切り分けやすい方法です。
売り手側から見ても、不採算部門だけを整理したい場合や、主力事業を残しながら一部事業を譲渡したい場合には、特定承継の考え方が役立ちます。
特定承継の注意点は、個別手続が多いことです。不動産は登記、債権は通知や承諾、取引基本契約は相手方の同意、リース契約や賃貸借契約は契約内容の確認が必要になります。
従業員についても、事業譲渡では雇用契約が自動的に移るわけではありません。原則として、労働者本人の承諾や、譲渡先との新たな雇用条件の整理が重要になります。優秀な従業員が移らなければ、譲渡した事業の価値が下がることもあります。これは意外と多い落とし穴です。
マンション管理費など例外もある
特定承継人は、原則として前の持ち主の債務を当然には引き継ぎません。ただし例外があります。たとえば、区分所有建物を取得した人は、前所有者の滞納管理費等について、法律上の責任を問われる場合があります。
個別承継だから債務は一切関係ない、と考えるのは危険です。M&Aや不動産を含む事業承継では、対象資産ごとの例外や契約条件まで確認する必要があります。
一般承継人は、前の持ち主の権利や義務をまとめて受ける立場です。個人では相続、法人では合併や会社分割が代表例です。事業の連続性を保ちやすい一方で、プラスの財産だけを選ぶことはできません。
相続では、相続人が預金、不動産、株式、借入金などを原則として一括して承継します。遺言で「全財産の2分の1」のように割合で財産を受け取る包括遺贈も、包括的に承継する考え方に近いものです。
法人では、合併により消滅会社の権利義務を存続会社が引き継ぎます。会社分割では、分割計画や分割契約で定めた事業に関する権利義務が、法律の効果によって承継会社へ移ります。
一般承継の大きな利点は、権利義務が一括して移るため、事業の連続性を保ちやすい点です。たとえば、会社分割では、対象事業に関する資産、負債、契約、従業員の扱いを一体として設計しやすくなります。
取引先や従業員から見ても、事業が急に止まるより、一定の形で引き継がれる方が安心しやすいでしょう。後継者不在で廃業を考えている会社では、この連続性が大きな意味を持つことがあります。
一般承継では、現金や不動産などのプラス財産だけでなく、借入金、未払金、保証債務、損害賠償リスクなども問題になります。相続であれば、必要に応じて相続放棄や限定承認を検討します。会社の承継であれば、デューデリジェンス、つまり買い手による事前調査が重要です。
中小企業では、経営者個人の保証、親族間の貸し借り、古い契約書の未整備、未払残業代、退職金規程などが後から見つかることがあります。決算書だけでは見えません。
承継人の違いは、用語の理解で終わらせるものではありません。実務では、親族内承継、従業員承継、第三者承継としてのM&Aのどれを選ぶか、さらにM&Aの中でどのスキームを使うかに関わります。
中小企業M&Aでよく使われる株式譲渡は、厳密には会社の資産や契約を別会社へ移転する手続ではありません。株主が替わるだけで、会社自体は同じ法人として残ります。そのため、会社が持つ資産、負債、契約、許認可、従業員との雇用契約は、原則としてその会社に残ります。
実務上は「会社を丸ごと引き継ぐ」ように見えるため、一般承継に近いリスク感覚で確認する必要があります。売り手にとっては、個別契約の移転が少なく、会社の形を維持しやすい点が利点です。一方、買い手にとっては、簿外債務や過去の法務・労務リスクも会社に残る点が注意点です。
事業譲渡は、特定承継の代表例です。承継する資産、契約、従業員、負債の範囲を契約で定めます。買い手は必要な事業だけを取得しやすく、売り手は不採算事業の切り離しや、主力事業への集中を進めやすくなります。
ただし、個別同意や名義変更が多くなります。取引先が契約移転に同意しない、賃貸人が店舗の賃貸借契約を認めない、従業員が転籍を希望しない、といったことが起きると、予定していた事業価値が実現しません。
合併や会社分割は、会社法上の組織再編です。合併では、消滅会社の権利義務を存続会社などが承継します。会社分割では、対象事業に関する権利義務を、分割契約や分割計画に基づいて承継させます。
会社分割では、労働契約の承継について、労働者への通知や異議申出の機会など、労働者保護のための手続が重要になります。単に「契約で決めればよい」という話ではありません。
売り手の経営者は、まず「会社全体を承継させたいのか」「一部事業だけを譲渡したいのか」を整理します。次に、残したい資産、引き継がせたい従業員、金融機関との関係、個人保証、税引後の手取り額を確認します。
たとえば、会社全体の後継者がいない場合は、株式譲渡や合併に近い発想で承継を検討します。一方、一部事業だけを第三者に渡し、残りの事業を親族が続けるなら、事業譲渡や会社分割の検討余地があります。
承継方法は、言葉の意味だけで選べません。特定承継か一般承継かを判断する前に、自社の財産、契約、債務、人、税金を洗い出す必要があります。ここを後回しにすると、譲渡価格や買い手候補との交渉に影響します。
会社に借入金がある場合、会社の債務と経営者個人の保証を分けて確認します。株式譲渡では会社の借入金は会社に残りますが、経営者保証を外せるかどうかは金融機関との協議が必要です。事業譲渡では、どの債務を引き継ぐのかを契約で整理し、債権者の同意が必要になる場合があります。
「会社を売れば保証も自動的に消える」と考えるのは危険です。金融機関対応は、早い段階から準備するほど選択肢が広がります。
取引基本契約、賃貸借契約、リース契約、代理店契約、フランチャイズ契約などには、譲渡や支配権変更に関する条項が入っていることがあります。株式譲渡では契約当事者が同じでも、株主変更を理由に事前承諾が必要になる契約もあります。
許認可も注意が必要です。会社に紐づく許認可、事業所に紐づく許認可、人に紐づく資格では、承継の可否が異なります。特定承継では取り直しが必要になることもあります。
後継者問題を抱える中小企業では、従業員の承継が会社の価値を左右します。特に、営業責任者、工場長、経理担当者、資格者などのキーパーソンが残るかどうかは、買い手が重視します。
事業譲渡では、従業員本人の同意や雇用条件の説明が必要になります。会社分割でも、法律や指針に沿った通知、説明、異議申出への対応が重要です。経営者だけで話を進めると、従業員の不安が広がり、退職につながることがあります。
承継方法によって、課税関係や最終的な手取り額は変わります。株式譲渡では、株主である経営者に株式譲渡益課税が生じるのが一般的です。事業譲渡では、会社に譲渡益課税が生じ、その後に株主へ資金を移す段階で別の税務論点が出ることがあります。
不動産を含む場合は、登録免許税、不動産取得税、消費税の扱いなども確認が必要です。細かい税額計算は個別事情で変わるため、早い段階で概算の手取り額を試算しておくと、譲渡価格の交渉で迷いにくくなります。
承継計画では、すべてを一度に決めようとすると混乱します。自社株式、事業用不動産、借入金、保証、役員退職金、従業員、取引先、商標、在庫などを並べ、残すものと渡すものを分けて考えることが有効です。
親族内承継で難しい部分だけを第三者承継に回すこともあります。反対に、会社全体をM&Aで承継し、創業家は一定期間だけ引継ぎに関わる形もあります。正解は1つではありません。
特定承継人と一般承継人の違いは、引き継ぐ範囲と手続の重さにあります。事業譲渡はリスクを切り分けやすい一方、契約や従業員の同意が課題です。合併や会社分割は事業の連続性を保ちやすい反面、債務や労務の確認が欠かせません。自社の後継者問題では、承継したいものと避けたいものを先に整理し、早めに承継方法を比べることが出発点です。
著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事
編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人