上場企業とのM&Aは事業拡大の有効手段です。本記事では、上場企業への会社売却におけるメリットやデメリット、注意点、具体的な事例を詳しく解説します。M&A成功のポイントを押さえ、戦略的な意思決定に役立ててください。
目次
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2024年に公表されたデータによると、上場企業によるM&A(合併・買収)の実施件数が増加傾向にあることが明らかになりました。M&A Online社の集計結果では、2023年における国内上場企業のM&A件数が1,068件に達し、リーマンショック以降で最多を記録しています。
この数値から、国内企業同士によるM&A(In-In型)が活発化していることが読み取れます。特筆すべき点として、上場企業による海外案件も7年ぶりに年間200件を超える結果となりました。
これらの統計は、日本企業の事業戦略においてM&Aが重要な選択肢として定着していることを示唆しています。経営環境の変化や競争力強化の必要性から、多くの上場企業がM&Aを積極的に活用していると考えられます。
上場企業とは、証券取引所に株式を上場し、一般投資家から広く資金を調達している企業を指します。これらの企業は、株式市場を通じて資金を集め、事業展開や成長戦略を推進しています。
上場企業の本質的な特徴は、「上場株式を発行している会社」という点にあります。これらの企業は、株式を通じて企業や個人投資家から資金を募り、事業活動を展開しています。また、上場企業の株式は証券取引所で自由に売買される対象となっており、この点も重要な特徴の一つです。
日本の証券取引所は、企業の規模や特性に応じて異なる市場区分を設けています。2022年4月4日より、東京証券取引所は以下の3つの市場に再編されました:
1. プライム市場
2. スタンダード市場
3. グロース市場
これらの市場は、株主数や流通株式数など、様々な基準によって区分されています。また、東京証券取引所以外にも、名古屋、福岡、札幌にそれぞれ証券取引所が存在し、地域経済の発展に寄与しています。
上場企業と非上場企業には、いくつかの重要な違いがあります:
• 株式の公開性:上場企業は株式を公開しているのに対し、非上場企業は株式を公開していません。
• 資金調達の容易さ:上場企業は株式市場を通じて比較的容易に資金を調達できますが、非上場企業は資金確保が難
しい傾向にあります。
• 買収リスク:非上場企業は上場企業に比べて買収のリスクが低いとされています。
• 経営の自由度:非上場企業は経営者の意思をより反映しやすく、比較的自由な経営が可能です。
これらの違いを理解することで、M&Aを検討する際の判断材料となり、最適なパートナー選びに役立ちます。
上場企業とM&Aを行うことには、多くのメリットが存在します。これらのメリットを十分に理解し、活用することで、M&Aの成功確率を高めることができます。
上場企業とのM&Aでは、キャピタルゲイン(売買差益)を得られる可能性が高まります。特に株式譲渡によるM&Aの場合、税制面での優遇措置が適用されることがあります。この結果、M&A後により多くの資金を手元に確保しやすくなります。
例えば、M&A後に新たな事業を立ち上げたい場合や、別の投資を検討している場合には、このキャピタルゲインが大きな意味を持ちます。資金的な余裕が生まれることで、次なる事業展開の可能性が広がるのです。
上場企業とのM&Aでは、従業員の雇用を維持しやすいという大きなメリットがあります。一般的に、規模の大きな上場企業は、M&A後も従業員の雇用を継続する余力を持っています。
特に、多くの従業員を抱える企業にとって、この点は非常に重要です。従業員の処遇問題がM&Aの障害となるケースも少なくないため、上場企業とのM&Aは従業員の不安を軽減し、円滑な事業承継を実現する一つの選択肢となります。
M&Aの契約交渉時には、従業員の処遇について明確な条件を設定し、雇用の継続性を確保することが重要です。このような配慮は、M&A後の事業統合をスムーズに進める上でも大きな役割を果たします。
上場企業とのM&Aには多くのメリットがある一方で、いくつかのデメリットも存在します。これらのデメリットを事前に理解し、適切な対策を講じることが、成功的なM&Aの実現につながります。
上場企業とのM&Aでは、クロージング(成約)までに時間がかかる可能性があります。この長期化には主に以下の要因が考えられます:
• 多数の関係者の承認が必要
• 慎重な手続の進行
• 法的・財務的デューデリジェンスの複雑さ
上場企業は多くのステークホルダーを抱えているため、M&Aの意思決定プロセスが複雑になりがちです。また、上場企業には厳格な情報開示義務があるため、M&Aの検討段階から慎重に手続を進める必要があります。
このリスクに対処するためには、M&Aの計画立案時に十分な時間的余裕を持たせることが重要です。また、専門家のアドバイスを受けながら、効率的なプロセス管理を行うことで、不必要な遅延を最小限に抑えることができます。
M&Aによって自社が上場企業の傘下に入る場合、事業運営における権限が縮小される可能性があります。具体的には以下のような面で制約を受ける可能性があります:
• 経営方針の決定
• 予算配分
• 人事政策
• 新規事業の展開
これまで自由に行ってきた意思決定が、親会社である上場企業の方針に沿う必要が出てくるため、経営の自由度が低下する可能性があります。
このデメリットを最小限に抑えるためには、M&Aの交渉段階で自社の経営方針や企業文化の維持について十分に協議し、契約書に盛り込むことが重要です。また、上場企業側の経営理念や方針を十分に理解し、シナジー効果を最大化できる協力体制を構築することも有効な対策となります。
上場企業とのM&Aを成功させるためには、いくつかの重要なポイントに注意を払う必要があります。以下に、特に重要な2つのポイントについて詳しく説明します。
M&Aの目的を明確に定義することは、成功への第一歩です。目的が曖昧だと、M&Aによるメリットを十分に引き出せない可能性が高まります。以下の点を考慮して、M&Aの目的を明確にしましょう:
• なぜM&Aを選択するのか
• M&Aによって何を達成したいのか
• M&A後のビジョンはどのようなものか
目的を明確にするためのステップ:
1. 自社の現状分析を行う
2. 中長期的な経営戦略を検討する
3. M&Aがその戦略にどう寄与するかを明確にする
4. 具体的な数値目標を設定する
また、自社の役員や従業員と十分に協議し、様々な立場からの意見を取り入れることも重要です。これにより、より包括的で実現可能なM&A計画を立てることができます。
上場企業だからといって、必ずしも安心して事業を任せられるわけではありません。譲渡先の上場企業について詳細な調査を行うことが非常に重要です。以下の点に注目して調査を進めましょう:
• 財務状況:決算報告書や有価証券報告書を精査し、財務の健全性を確認する
• 企業文化:経営理念や行動指針を調べ、自社との親和性を評価する
• 過去のM&A実績:過去のM&A案件での統合プロセスや成果を分析する
• 業界での評判:取引先や同業他社からの評価を収集する
• コンプライアンス体制:法令遵守の姿勢や内部統制システムを確認する
これらの情報を総合的に判断し、自社の要望や方針とマッチするかを慎重に検討することが、M&Aの成功につながります。必要に応じて、M&Aの専門家や弁護士、会計士などの専門家の助言を得ることも有効です。
上場企業とのM&Aを実施する際には、いくつかの代表的な手法があります。それぞれの手法には特徴があり、状況に応じて最適な方法を選択することが重要です。以下に、主要な3つの手法について説明します。
企業買収は、M&Aの中でも最もポピュラーな手法の一つです。主に「株式取得」と「事業譲渡」の2つの方法があります。
1. 株式取得
o 定義:相手企業の株式を過半数以上取得し、経営権を獲得する方法
o 特徴:
・対象企業の資産・負債をそのまま引き継ぐ
・比較的迅速に実行可能
・株主総会の特別決議が必要な場合がある
2. 事業譲渡
o 定義:対象企業の特定の事業部門や資産、人材、ノウハウなどを譲り受ける方法
o 特徴:
・必要な部分のみを選択して取得できる
・不要な資産や負債を引き継がずに済む
・売り手の株主総会の承認が必要な場合がある
企業買収の手法選択は、M&Aの目的や対象企業の状況、法的要件などを考慮して慎重に行う必要があります。
企業合併は、複数の会社を1つの会社に統合するM&Aの手法です。主なプロセスは以下の通りです:
1. 合併の検討と基本合意
o 両社の経営陣が合併の可能性を協議
o 基本的な条件について合意
2. デューデリジェンス
o 財務、法務、業務などの詳細な調査を実施
3. 合併契約の締結
o 合併比率、新会社の経営体制などを決定
o 正式な合併契約を締結
4. 株主総会の承認
o 両社の株主総会で合併の承認を得る
5. 法的手続と登記
o 債権者保護手続を行う
o 合併登記を完了
6. 統合作業
o システム統合、人事制度の統一など、実務的な統合作業を進める
合併は、シナジー効果を最大化できる可能性がある一方で、企業文化の違いなどによる統合の難しさもあります。慎重な準備と実行が求められます。
資本業務提携は、お互いの資本と業務を部分的に提携する比較的緩やかなM&Aの形態です。主な特徴は以下の通りです:
1. 資本提携
o 一方が他方の株式を一部取得
o 完全な経営権の移転は行わない
2. 業務提携
o 特定の事業分野で協力関係を構築
o 技術提携、販売提携、生産提携などがある
3. メリット
o 比較的低リスクで協力関係を構築できる
o 両社の独立性を保ちつつ、シナジー効果を追求できる
4. 注意点
o 明確な目的と役割分担の設定が重要
o 定期的な成果の検証と見直しが必要
資本業務提携は、完全統合を行わずに相互の強みを活かせる柔軟な手法として、近年注目を集めています。
上場企業によるM&Aの具体的な事例を見ることで、実際の取引の特徴や狙いをよりよく理解することができます。ここでは、3つの代表的な事例を紹介します。
GloLing社の事例は、技術力と人材の獲得を目的としたM&Aの好例です。
• 実施日:2022年3月18日
• 形態:株式譲渡(全株式)
• 買収企業:株式会社エルテス(上場企業)
• 被買収企業:株式会社GloLing
GloLing社はSES(システム・エンジニアリング・サービス)事業を展開する企業で、エルテス社は金融・物流・行政・通信など多岐にわたる開発支援を行う企業です。このM&Aにより、エルテス社は以下の効果を期待しています:
• エンジニアの確保:IT人材不足が深刻な中、優秀なエンジニアを獲得
• 開発の内製化:自社でのシステム開発能力の強化
• サービス拡充:SES事業の追加による総合的なITソリューションの提供
このケースは、技術革新が急速な IT 業界において、M&Aが即戦力となる人材と技術の獲得手段として有効であることを示しています。
中神運送社の事例は、業界内での規模拡大と効率化を目指したM&Aの典型例です。
• 実施日:2022年2月28日
• 形態:株式譲渡
• 買収企業:株式会社ハマキョウレックス(上場企業)
• 被買収企業:中神運送株式会社
ハマキョウレックス社はアパレル・食品・医薬品・医療機器の運送事業を展開する企業で、このM&Aにより以下の効果を狙っています:
• 事業規模の拡大:運送ネットワークの拡充
• ノウハウの活用:中神運送社の専門知識や顧客基盤の活用
• 効率化:スケールメリットを活かしたコスト削減
このケースは、物流業界における競争激化と人手不足に対応するため、M&Aを通じた事業基盤の強化が有効であることを示しています。
なないろ社の事例は、関連事業領域での拡大を目指したM&Aの好例です。
• 実施日:2022年3月8日
• 形態:子会社化(株式取得)
• 買収企業:株式会社ソラスト(上場企業)
• 被買収企業:株式会社なないろ
ソラスト社は介護や医療受託事業を展開し、47か所の認可保育所を運営しています。なないろ社も19か所の認可保育所を運営しており、このM&Aにより以下の効果が期待されています:
• 事業規模の拡大:保育所運営事業の拡大
• ノウハウの共有:両社の保育サービスの質の向上
• 経営効率化:管理業務の統合によるコスト削減
このケースは、関連事業領域でのM&Aが、迅速な事業拡大と相乗効果の創出に有効であることを示しています。
上場企業とのM&Aは、事業拡大や競争力強化の有効な手段となり得ます。メリットとしてキャピタルゲインの獲得や雇用の安定が挙げられる一方、クロージングまでの時間や経営権限の制限などのデメリットも考慮する必要があります。成功のカギは、明確な目的設定と綿密な企業調査にあります。買収、合併、資本業務提携など、状況に応じた適切な手法を選択することが重要です。実例からも分かるように、M&Aは様々な業界で活用され、事業成長の重要な戦略となっています。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事