事業承継と遺産分割は中小企業オーナーの未来を左右する重要テーマです。本記事では、遺産分割の基本や手法から事業承継との関わり、納税資金の確保や生前対策のポイントまで丁寧に解説します。早期の準備と専門家の活用で家族間トラブルを防ぎ、スムーズな経営を続けるために役立つ情報をわかりやすく紹介します。
目次
▶目次ページ:親族内承継(株式の相続)
遺産分割とは、被相続人が遺言書を残していない場合に特に重要になる手続で、相続人全員が話し合いにより財産を分割することです。被相続人が遺言書を残していない場合、相続財産は「相続人全員による共有状態」となります。この共有状態を解消し、誰がどの財産を取得するかを明確に決めるのが遺産分割です。
もし遺言書が見つかれば、その内容が基本的に優先されます。ただし、遺言書に法的形式の不備がある、記載されていない財産が新たに発覚した、あるいは他の相続人が遺留分を主張した、といった場合には、改めて遺産分割協議を行う必要があります。
遺産分割を適切に行うことの重要性は以下のとおりです。
家族間トラブルを未然に防ぐ
被相続人の死亡後、相続人同士が公平性や権利をめぐって争う事態を避けることができます。
事業用資産の確保
中小企業の経営に必要な不動産や株式が分散すると、後継者のスムーズな経営判断が難しくなるおそれがあります。
相続手続の効率化
遺産分割協議書をきちんと作成しておけば、不動産の名義変更や預貯金の払戻などの際にスムーズに対応できます。
特に事業承継と絡む場合、分割のしかた次第で会社の経営権や必要資産の所在が大きく変わるため、早期から戦略的に考えておくことが大切です。
遺産分割は、大きく分けて次の4種類の方法があります。相続財産の性質や相続人の事情に応じて、最適な方法を選択するのが望ましいです。
現物分割
遺産を不動産ならそのまま、不動産以外の現預金や上場株式はその形で割り当てる方法です。相続税の計算が比較的分かりやすい一方で、価値が高い不動産などは平等に分けにくいという難点があります。
換価分割
不動産や株式などを売却し、売却代金を分割する方法です。公平性は保ちやすいですが、売却に時間がかかったり仲介手数料がかかったりするリスクがあります。
代償分割
特定の相続人が財産をまとめて取得し、他の相続人に対して代償金を支払う方法です。事業用資産や不動産を丸ごと承継できる一方、財産を受け取る相続人に資金力が求められます。
共有分割
不動産などを複数の相続人で共有する方法です。協議を急いでまとめたいときや、一時的に共有としたうえで後ほど別の分割方法へ移る場合に選択されることがあります。ただし、共有状態を長期間続けると、将来的に意思決定が複雑になる懸念があります。
一般的に、相続財産が多種多様であれば現物分割と換価分割を組み合わせたり、後継者に事業用不動産を相続させつつ他の相続人には代償金を用意するなど、複数の手法を組み合わせる例も少なくありません。
遺産分割を円滑に進めるうえで、以下の手順が基本となります。
1.遺言書の有無を確認する
遺言書が保管されている可能性のある自宅、貸金庫、公証役場、法務局などを確認します。公正証書遺言があれば検認手続が不要となり手続がスムーズです。自筆証書遺言が見つかった場合は、家庭裁判所での検認手続が必要になります。
2.相続人を確定させる
被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本を確認し、子や兄弟、すでに亡くなった人の有無などを調査します。相続人が一人でも漏れると協議自体が無効になる恐れがあるため、早めに着手するのが大切です。
3.相続財産を洗い出す
預貯金通帳、株式の取引報告書、不動産の登記事項証明書などを元に財産目録を作成します。不動産や非上場株式の評価は専門家の力を借りることも検討しましょう。
4.相続人全員で協議する
相続分の案を出し合いながら、各相続人の希望や被相続人の意思を考慮して話し合いを進めます。未成年者がいる場合は特別代理人、認知症などで意思能力が不十分な相続人がいる場合は成年後見人を付す必要があります。
5.協議がまとまらない場合の対応
家庭裁判所での調停・審判へ移行することができます。調停委員が間に入って第三者的視点で意見を聞き、合意形成を促す仕組みです。それでも決着しない場合、裁判官が審判で遺産分割の内容を決定します。
6.遺産分割協議書の作成
協議がまとまったら、正式な協議書を作成します。財産の記載は第三者が見ても特定できるように細かく書き、相続人全員の実印を押印し印鑑証明書を付けます。不動産の地番・地目や建物の構造などは登記事項証明書の内容に合わせるのが基本です。
上記の手順を踏んだうえで作成した協議書は、金融機関での相続手続や法務局での登記に必ず必要となるため、正確かつ慎重に進めることが欠かせません。
事業を家族経営している場合、遺産分割は単なる財産分配にとどまらず、そのまま会社の経営権や株式保有割合に大きく影響を与えます。後継者を決めずに相続が発生し、不動産や株式が複数の相続人に分散してしまうと、経営判断が滞る可能性が高まります。さらに、事業承継では多額の相続税が発生することもあるため、分割方法と納税方法を同時に考えなければなりません。
後継者へ経営権を集中させる必要性
中小企業の場合、株式の過半数以上を一括で持たないと重要事項が決定できず、実質的な経営権を握れません。法定相続分どおりに株式を分けてしまうと後継者が安定した経営判断を下しにくくなります。
事業用資産の流出リスク
会社所有のオフィスや工場、設備などは、事業継続の生命線ともいえる存在です。それらが換価分割などで売却されると、事業自体が成り立たなくなる恐れがあります。
納税資金の確保
事業規模が大きいほど、相続税の負担は膨らみやすくなります。現金をあまり保有していない企業の場合、相続で株式を取得した後継者が高額の納税資金をどう確保するかが非常に重要です。
事業承継を行う際には、自社株式や事業用不動産といった資産の承継によって高額の相続税が発生する可能性があります。また、後継者以外の相続人の遺留分にも配慮が必要で、これに代償金を用いる場合や株式の買い取りを行う場合は相応の資金が必要です。ここでは、事業承継時に検討すべき資金確保のポイントを挙げます。
後継者を指名して経営を承継する場合、後継者が株式を取得するための資金が必要になることがあります。例えば事業用不動産や高額な自社株式を相続人の誰かが単独で取得すると、他の相続人に遺留分相当の代償金を払うケースも珍しくありません。
このとき、まとまった現金が用意できないと事業用資産を手放すことにつながりかねません。後継者個人が金融機関から融資を受ける場合もあれば、企業側が後継者を補助する形で資金調達を行うケースもあります。
経営者を被保険者とし、後継者や会社を受取人とする生命保険を活用する方法も考えられます。たとえば、後継者個人が受取人となる保険に加入しておけば、経営者の死亡によって保険金が支給され、他の相続人の遺留分への代償金や相続税の納税資金をまかなうことができます。
保険金の支給タイミングは経営者の死後となるため、事前に契約内容や保険料負担をよく検討しておくことが必要です。また、保険金が想定よりも不足する場合があるため、他の資金調達策と組み合わせることが望ましいです。
非上場株式などを承継する場合、要件を満たせば相続税や贈与税の納税猶予・免除を受けられる「事業承継税制」が存在します。後継者が株式を一括で相続しても、猶予措置を適用することで巨額の納税資金が直ちに必要にならないメリットがあります。
ただし、事業承継税制の適用には厳格な要件があり、事前の届出や一定期間の雇用維持など細かいルールが定められています。適用後に何らかの事情で要件を満たせなくなると、猶予されていた税額と利子税を支払わなければいけない場合もあるため、慎重な検討が必要です。
どうしても資金が不足する場合は、不動産や余剰資産を売却(換価分割)し、そこから得た現金を納税や代償金に充てる方法もあります。
また、法人や後継者が金融機関から借入を行い、一時的な資金不足を補うケースも考えられます。ただし、返済が経営を圧迫しないよう注意する必要があり、複数のシミュレーションを行ったうえで判断することが大切です。
これらの方法を組み合わせることで、後継者が十分な経営権を確保しつつ、他の相続人への配慮も行いやすくなります。必要な資金の確保を事前に検討しておくことは、事業継続の安定性を高めるうえでも重要です。
円滑な事業承継を実現するためには、事前に後継者を定め、遺産分割についての意思を明文化しておくことが有効です。その一環として、公正証書遺言を作成し、生前対策を進めることが注目されています。
法的リスクが少ない
公証人が関与して作成するため、自筆証書遺言のように方式不備で無効になるリスクが低いです。
内容が明確
誰がどの株式や不動産をどの程度相続するかを明示でき、相続人間の誤解やトラブルを減らせます。
紛失リスクや改ざんリスクの低減
原本は公証役場で保管されるため、紛失や改ざんの心配が大幅に低くなります。
遺言執行者の指定が容易
遺言執行者を明確に指定しておけば、相続開始後の手続が円滑になります。
ただし、遺言書の内容が遺留分を大きく侵害するものであれば、他の相続人が異議を唱える可能性があります。遺留分への配慮をしつつ、事業承継に必要な重要資産を後継者に集中させる手立てを検討しましょう。
遺言書だけでなく、生前贈与を組み合わせると相続時の財産総額を減らせるため、相続税負担を軽減しやすくなります。また、事前に株式を一部だけ後継者へ贈与する方法を取り入れれば、経営権の承継準備が早期に整いやすくなるのも大きな利点です。
ただし、生前贈与は一度行うと撤回が難しく、受贈者の意思や税金面の知識を踏まえた慎重な判断が必要です。贈与税との兼ね合いもあるため、税理士等の専門家に相談しながら計画的に進めることが望ましいです。
公正証書遺言は作成した段階で有効性が認められますが、作成時点では予想していなかった経営状況の変化や相続人の家庭環境の変化などが後々起こることがあります。
事業の売上や利益が予想以上に伸びる、後継者として考えていた親族が事情により承継を断念するといったケースも考えられるため、定期的に遺言書の内容や生前対策のプランを見直すようにしましょう。
事業承継に絡む遺産分割では、法律・税務・経営などさまざまな領域の知識が必要になります。オーナー経営者が独力で進めるのはハードルが高く、最終的にトラブルに発展すると事業自体に深刻な影響が及ぶこともあります。以下では、専門家へ相談する主な利点をまとめます。
弁護士は遺言書作成や遺産分割協議での法的リスク管理を、税理士は相続税・贈与税対策や事業承継税制の活用を、そしてM&Aアドバイザーや中小企業診断士は企業価値の分析や後継者候補とのマッチングなどを担当できます。各分野の専門家が連携すれば、経営権の集中化から節税、家族間の調整まで総合的に対応できます。
「まだ先の話」と考えている間に、経営者が急病や予期せぬ事故で経営ができなくなる事例は実際に存在します。早期から専門家に相談しておけば、緊急時のリスクを最小限に抑えるための準備や書類作成が進められ、後継者候補への教育や社内体制の整備も並行して行えます。
親族間で話し合う場面では、感情のもつれから対立が深まることがあります。しかし、第三者である専門家が入ることで、家族それぞれの意見を客観的に整理し、落としどころを提示してもらいやすくなります。結果として、時間や手間をかけずにスムーズな遺産分割や事業承継を実現できる可能性が高まります。
相続や事業承継に関する法律・税制は改正が行われることも多いため、常に最新のルールを把握しておかなければいけません。特に近年は「自筆証書遺言の保管制度」や「遺留分制度の見直し」などの変更もあり、古い知識だけでは対処できないケースがあります。専門家を活用することで、必要な改正点の説明や具体的な対応策を素早く教えてもらうことができます。
このように、事業承継と遺産分割を無理なく進めるうえで専門家の協力は非常に大きな意味を持ちます。早期からの相談とチーム体制の構築が、円滑な承継のポイントです。
事業承継と遺産分割は、中小企業の未来を左右する大切なテーマです。被相続人の思いを尊重しながら、後継者がしっかり経営権を握るには、資金確保や事前の生前対策が欠かせません。公正証書遺言や事業承継税制を上手に活用しつつ、相続人全体の納得を得られる分割方法を検討することが重要です。専門家に早めに相談して対策を進めれば、経営者と家族の負担を減らし、企業が長く安定した成長を続けられる道が開けるでしょう。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画