株式譲渡とは?中小企業M&Aの基本ポイントを解説

株式譲渡とは何か―中小企業のM&Aや事業承継で選ばれる理由、手続の流れ、税金までを端的に解説します。

目次

  1. 株式譲渡とは
  2. 株式譲渡の方法
  3. 中小企業が株式譲渡する目的
  4. 中小企業が株式譲渡を行うメリット
  5. 中小企業が株式譲渡を行うデメリット
  6. 株式譲渡に関する税金
  7. 株式譲渡後の従業員の取扱い
  8. 株式譲渡を進める上での確認事項
  9. まとめ

株式譲渡とは

株式譲渡とは、株主が保有する株式を譲受企業や個人に売却し、経営権を移転する手法です。特に中小企業では、経営者自身が大半の株式を持つため、株式をまとめて譲渡することで経営権が円滑に移ります。事業承継型M&Aでは、譲渡企業のオーナーが全株式を譲受企業に移すケースが一般的です。

株式譲渡の方法

株式の買付方法は三つありますが、非上場の中小企業では相対取引が中心です。

相対取引

取引所を介さず、譲渡企業と譲受企業が直接交渉して価格と株数を決める方法です。非上場企業にとって唯一の選択肢であり、株価変動リスクを避けられます。株主が複数いる場合は、譲受企業が全株主と個別に同一条件で交渉することが多いです。

市場買付け

上場企業では取引所経由で株式を買付けられます。ただし5%超を取得した際は大量保有報告書、1%以上の増減時には変更報告書の提出が必要です。市場流通株が限られ、短期買占めリスクもあるため、中小企業の株式譲渡では稀な手法です。

TOB(株式公開買付)

証券取引所を通さず、不特定多数の株主から公開条件で株式を募る方法です。譲受企業は買付期間・価格・株数を公表し、市場価格より高いプレミアムを提示するのが一般的です。

中小企業が株式譲渡する目的

中小企業が株式譲渡を選ぶ主な理由は、事業承継と事業の選択と集中です。

事業承継

経営者が高齢化し、後継者が不在のとき、株式譲渡によって経営権を承継します。議決権の過半数以上を移転することで取締役選任がスムーズになり、経営の空白を避けられます。相続の一環として無償譲渡が行われる場合は、相続税の問題が伴うため専門家の助言が不可欠です。

事業の選択と集中

複数事業を抱える企業では、経営資源を注力事業へ集中させるため、ノンコア事業を第三者へ譲渡することがあります。別会社で運営している場合はその会社の株式を譲渡し、社内事業部の場合は事業譲渡や会社分割後に株式譲渡を行うことが選択肢となります。

中小企業が株式譲渡を行うメリット

株式譲渡には、相続や贈与と比べて時間とコストを節約できる利点があります。売却代金を対価として確定できるため、経営者は老後資金や新事業の投資原資を早期に確保でき、事業承継の選択肢が広がります。

自社株の移転手続が早い

株式譲渡は株主名簿を書き換えるだけで完了します。相続のように遺産分割協議書を作成したり、贈与のように贈与契約書を取り交わしたりする必要がないため、譲渡企業の業務を止めることなく短期間で経営権を移行できます。

創業家利益を最大化できる

売却対価を現金で得られるほか、オーナー経営者は役員退職金を受領できる場合があります。株式譲渡益は分離課税20.315%で済むため、事業譲渡より税負担が軽く、手取額が大きくなるケースが多いです。

段階的に譲渡できる

一度に全株を移す必要はなく、10%や20%ずつ複数回に分けることで、経営の安定を確保しながら次世代に移行できます。段階譲渡を併用すると買い手の資金計画にも柔軟に対応でき、合意形成が進みやすくなります。

中小企業が株式譲渡を行うデメリット

便利な半面、譲渡企業と譲受企業の双方が注意すべき課題があります。

負債・簿外債務も包括的に承継する

全株譲渡では、契約・訴訟・偶発債務など会社が抱えるすべてを引き継ぐため、譲受企業にとってリスクが高くなります。親族に承継する場合は「負の遺産」を背負わせることが妥当か慎重に判断しましょう。

不採算事業があると価格が下がる

株式評価は会社全体を対象とします。赤字部門を抱えると黒字事業の価値が相殺され、譲渡価格が期待より低くなる可能性があります。

株主としての権利を失う

株式を手放すため、配当請求権や残余財産分配請求権を含む株主権を行使できなくなります。特に議決権は51%を超えて譲渡すると取締役選任をコントロールできません。

買い手候補が限定される

株式譲渡では負債の引継ぎを前提とするため、赤字企業や多額の借入を抱える会社は買い手が見つかりにくいことがあります。事業単位での譲渡を希望する買い手とはニーズが合わない場合もあります。

株式譲渡に関する税金

譲渡益に課される税金は、株主が個人か法人かで変わります。

個人株主の場合

譲渡所得に対して所得税15.315%と住民税5%、合計20.315%の分離課税です。譲渡所得は「売却価額-(取得費+譲渡時経費)」で計算し、損失の場合は納税義務がありません。また、無償譲渡では相続税や贈与税が発生しますが、事業承継税制による納税猶予が利用できる場合があります。

法人株主の場合

株式譲渡益と事業損益を合算した課税所得に法人税等(おおむね29〜42%)がかかります。譲渡金額から取得原価と譲渡経費を差し引いた金額を益金または損金に計上します。

みなし配当・贈与税に注意

発行会社に譲渡すると配当とみなされ課税される可能性があります。親族間で時価より低い価格で譲渡すると贈与と判定され、買い手に贈与税が課せられることがあるため、適正株価を算定しておくことが重要です。

株式譲渡後の従業員の取扱い

原則として従業員は引き続き譲渡企業に雇用されるため、雇用継続が保証されます。

雇用継続が基本

株式譲渡は会社の法人格が変わらないため、労働契約は自動的に存続します。従業員のキャリアや生活が守られる点は大きな安心材料です。

雇用条件変更には事前協議が必要

譲受企業が組織再編や給与体系の見直しを検討する場合、売却交渉の段階で譲渡企業との合意を形成することが望まれます。優秀人材の流出を防ぎ、スムーズな統合を実現する鍵となります。

株式譲渡を進める上での確認事項

円滑な取引のためには、法的手続と社内手続の整備が欠かせません。

株券の発行状況を確認

2006年以降の設立会社は株券不発行が原則ですが、旧来会社では株券が残る例があります。株券発行会社は株券の提示と裏書が必要となるため、登記簿謄本や定款で現状を確認しましょう。

株式の譲渡制限の有無

多くの非上場企業は譲渡制限株式を発行しています。譲渡には取締役会または株主総会の承認が必須で、手続きを怠ると無効トラブルに発展します。

譲渡制限株式の承認手続

  1. 株主が譲渡承認請求書を会社へ提出
  2. 取締役会(設置なしの場合は株主総会)で承認決議
  3. 承認通知書を株主へ送付
  4. 株式譲渡契約書を締結し株主名簿を書換える

適切な譲渡手続を踏む

家族経営でも正式な株主総会議事録を残し、専門家のチェックを受けることで将来の紛争リスクを減らせます。

株式譲渡制限会社のメリット

株主招集通知を1週間前に短縮できる、役員任期を最長10年に延長できる、取締役会を設置せず取締役1名でも経営できる、株式発行数に上限がないなど、機動的なガバナンスを実現できます。相続人への売渡請求条項を定款に定めれば、経営に不適切な第三者を株主にしない仕組みも構築できます。

非上場株式譲渡の具体的フロー

  1. 株式譲渡契約書を締結し取引条件を明確化
  2. 譲渡制限会社は承認決議を取得
  3. 連帯保証解除や許認可移行など前提条件を履行
  4. クロージング日に株式と対価を交換(銀行振込が一般的)
  5. 株主名簿を書換えて譲受企業を正式株主として登録

まとめ

株式譲渡は、短期間で経営権を移す中小企業向けM&A手法です。迅速な手続と税務効率が魅力ですが、負債の包括承継や価格評価には注意が必要です。株券や譲渡制限の確認を怠らず、専門家と連携して安全かつ納得度の高い承継を実現しましょう。

著者|竹川 満 マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

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