近年、M&Aの現場ではITとデューデリジェンスの重要性がますます高まっています。本記事では、IT資産やリスクの評価から統合計画のポイントまでを詳しく解説し、企業の価値最大化とスムーズな事業運営に役立つ視点を提供します。
目次
▶目次ページ:M&Aの流れ(デューデリジェンス)
ITデューデリジェンスとは、M&A(合併・譲受)において対象企業のIT環境を詳細に調査し、潜在的なリスクや価値を見極めるための手続です。具体的には、ITインフラ、ソフトウェア、ネットワーク、データ管理、セキュリティ対策など、多角的な要素を評価し、M&A成立後に生じる予期せぬコスト負担や運用上のトラブルを最小限に抑えることを目的とします。
中小企業を含む幅広い規模の企業がM&Aを選択肢とする現在、デジタルトランスフォーメーション(DX)の加速に伴い、ITシステムの整合性やセキュリティ対策の水準が経営に与える影響は年々大きくなっています。こうした背景から、ITデューデリジェンスは単なるリスク回避だけでなく、M&Aの価値創造の可能性を見極める重要な取り組みへと進化しているのです。
ITデューデリジェンスを実施しない場合、買収完了後に予期せぬIT関連の投資やシステム障害が発生し、事業継続に大きな影響を及ぼすことがあります。例えば、ITシステムが老朽化していたり、情報セキュリティが脆弱な状態であるにもかかわらず、事前に十分な調査をしなかった場合、譲受企業は統合時に大幅な追加コストを負担しなければならないかもしれません。
また、ITデューデリジェンスが不十分だと、対象企業で機能していたシステムをうまく移行できず、業務フローに混乱を招くリスクも高まります。こうしたリスクを回避するには、M&A前にIT資産や運用体制を正確に把握し、統合計画を練ることが不可欠です。特に以下の点が大きなリスク要因となり得ます。
情報セキュリティ事故
不十分なセキュリティ対策が原因で、統合後に情報漏洩が発生する可能性。
システム統合の遅延
互換性やネットワーク上の制限などにより、新体制への移行が大幅に遅れる可能性。
過大なコスト負担
ライセンス契約の見直しやハードウェア更新、外部委託費用が大きく膨らむ可能性。
対象企業のIT資産を評価する際、サーバ、パソコン、ネットワーク機器などのハードウェア類、導入されているソフトウェアのバージョンやライセンス数、さらにはネットワークの構成や通信回線の契約内容を網羅的に把握します。特に以下の点が重要です。
こうした要素はM&A後の運用コストに直結するため、事前に詳細な確認が求められます。
ITを円滑に運用するうえで欠かせないのが、人材と組織の体制です。対象企業にIT専門部署があるのか、あるいは外部ベンダーにどの程度委託しているのかなどを調査します。特に大きなM&A案件では、数十件以上の外部契約が存在するケースもあり、現状の運用フローと共に管理責任者の所在を明確に把握することが重要です。
組織体制を把握することで、買収後の体制再編をスムーズに進められます。
大企業の子会社を買収する際など、売手企業のIT環境を部分的に利用しているケースでは、システム分離作業が発生します。このとき、売手企業との間でTSA(Transition Service Agreement)と呼ばれる一時的な利用契約を締結し、一定期間に限りシステムやサービスの継続利用を認めることで、買収後すぐにITを完全移管する負担を減らす手法が用いられます。
一方で、新たな親会社となる譲受企業のIT基盤に統合する作業も同時進行で行わなければなりません。カーブアウトとも呼ばれるこのプロセスでは、下記の点に留意が必要です。
対象企業のIT環境が親会社に深く依存している場合、分離作業や利用権利の交渉に手間取る可能性がありますが、その分だけ事前の分析が買収価格や今後のスケジュールに大きく関わります。
ファイアウォール、アンチウイルスソフトの導入状況やVPNなどの遠隔接続手段の安全性など、基本的なセキュリティ施策の有無を確認します。また、従業員がITポリシーやセキュリティルールを理解しているか、定期的な教育プログラムは存在するかも重要な評価ポイントです。
M&A後には、ソフトウェアのライセンス更新費、インフラの保守費、人件費・外部委託費などの運用コストが大きく変化する可能性があります。デューデリジェンスの段階で、これらのコストを正確に見積もることは、買収後の予算編成や投資判断に直結します。
M&Aの形態によっては、対象企業のIT環境をそのまま活用できない場合があります。その際、新たに整備したIT環境へのデータ移行やシステム連携が必要になります。例えば、親会社が保有する基幹システムと、譲渡企業が長年使ってきた生産管理システムとをどのように統合するかといった課題です。これらを円滑に進めるには、以下のポイントを押さえたデューデリジェンスが重要です。
古いシステムから最新のクラウドサービスへの移行など、データ形式の相違を洗い出す
移行作業に必要な人員、委託先、作業期間を見積もる
単純移行ではなく、統合後の業務効率を高めるための設計を検討
対象企業が親会社とシステムを共有しているケースでは、親会社のセキュリティルールやネットワーク規程をどの程度引き継ぐかも考慮が必要です。仮にデータベースを共有している場合、分離の手続とデータ抽出が円滑に進まなければ、重要情報が使えなくなるリスクがあります。こうした課題を事前に把握し、M&Aに伴うIT統合をできるだけスムーズに進めるためにも、データ移行の工程表(スケジュール)を早い段階で作成することが望ましいです。
ITデューデリジェンスはリスクを回避するだけではなく、M&A後の価値創造の視点からも非常に重要です。例えば、対象企業が保持している高度なクラウド技術や独自のアプリケーション群が譲受企業の業務効率化に貢献するかもしれません。また、両社が重複して契約しているライセンスを統合することで、コスト削減が期待できます。
このように、ITデューデリジェンスの段階で「どこをどう統合すると効果が高いか」「共通利用によるコストメリットはどの程度見込めるか」を明確にすることで、M&A自体の投資判断をより正確に行えるようになります。
ITデューデリジェンスを進める上では、以下のような手順を踏むことが一般的です。
近年、企業がどれだけIT技術を活用できるかは経営成果にも直結すると言えます。特に年商が大きい企業や、グローバルに展開する企業のM&AではITの分離や統合の難度が高まり、IT部門の早期参画が不可欠です。
買収交渉前からの現状把握
売手企業のIT依存度やライセンス状況、分離にかかるコスト・期間の目安を把握できる
デューデリジェンスの効率化
IT部門が先行して資料を分析することで、交渉や契約の段階で具体的な条件を提示しやすくなる
PMIの円滑化
買収成立後、即座に統合プロジェクトを立ち上げる際に、IT部門が連携を主導できる
IT部門が参加することで、ディール自体の成立に大きな影響が出ることもあります。例えば、システム維持に想定以上のコストが必要だと判明すれば、買収価格の再検討が必要になるケースもあり得ます。逆に、優れたIT資産や先進的な技術が見つかれば、投資価値を再評価する要因になるでしょう。
実際に、年商が数千億円規模の企業を含む大手電子部品メーカーなどでは、累計70件ものM&Aを通じて成長を遂げた実例もあります。多くの場合、譲渡企業のITシステムが親会社に深く組み込まれているため、単純なシステム移管では済まないケースが大半です。例えば、ネットワークインフラが親会社と一体化している場合、移管には親会社が提供する基盤から分離する「カーブアウト(Carve Out)」が必要となり、売手企業・買手企業・被買収企業の三者が密に連携してプロジェクトを進めます。
このカーブアウトに時間がかかることが多いので、その間にTSAという形でサービス利用を継続する契約を結び、データやシステムを段階的に移行していくのが一般的です。結果的に分離統合が円滑に進めば、予定より早期にTSAを終了でき、譲受企業のIT部門や被買収企業にとっても負担の軽減につながります。
ITデューデリジェンスは、M&AにおいてIT資産のリスクや価値を正しく把握し、統合後のスムーズなシステム移行やビジネス価値の最大化を実現する重要なプロセスです。対象企業のネットワークやアプリケーション、外部委託契約、セキュリティ対策を詳細に調査・評価することで、予期せぬコストやトラブルを事前に回避できます。さらに、システム連携や新技術の導入を通じたシナジーの創出は、M&Aの成功率を高める大きな要因となります。今後もITとデューデリジェンスの連携はますます重要視されるため、譲受企業と譲渡企業の双方が早い段階から協力し、徹底的な事前調査と計画立案を行うことが求められます。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画