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M&Aにおけるリスクを把握し成功に導く対策方法を解説

M&Aリスクとは何か、どう管理すれば良いのか。譲渡企業と譲受企業が出会う財務・経営・法務・人材の四大リスクを整理し、実践的な回避策を提示します。この記事で疑問をすぐに解消し適切な行動に移りましょう。

目次

  1. M&Aリスクの本質を理解する
  2. M&Aリスクの理解が成功率を左右する理由
  3. 譲渡企業が直面する主なリスクと対策
  4. 譲受企業が注意すべきリスクと対策
  5. M&Aリスク回避のための事前準備
  6. まとめ 

M&Aリスクの本質を理解する

M&Aは新しい成長機会を生み出す一方で、取引成立後に問題が表面化しやすい取引形態です。譲渡企業と譲受企業の双方がリスクを把握しなければ、せっかくの譲受も期待外れの結果に終わる恐れがあります。

M&Aリスクは実行後に顕在化する可能性が高い

検討段階では把握しきれなかった未払残業代や取引基本契約の不利な条件などは、譲受後に突然発覚することがあります。こうした事象は企業価値を直撃し、譲渡価格の見直しや係争に発展する要因となります。

M&Aリスクは財務・経営・人材・法務の四領域に分類

M&Aで頻出するリスクは次の四つです。


財務リスク

簿外債務や資金繰り難など

経営リスク

業績低迷やPMIの失敗など

人材リスク

キーパーソン離職やモチベーション低下など

法務リスク

株式や契約の瑕疵、法令違反による訴訟など


中小企業の譲受では特に発生しやすく、早期把握が欠かせません。

M&Aリスクの理解が成功率を左右する理由

リスクを軽視したまま譲受を進めると、クロージング後に係争や資金繰り難に直面し、せっかく譲渡した株式代金が回収不能となる場合もあります。特に未払残業代や退職給付債務は見過ごされがちですが、訴訟に発展すると損害は急増します。さらに、取引先との契約が譲受を機に解除されると主要顧客の売上が失われ、投資回収期間が想定より長期化します。このような二次的影響を含めてリスクを定量的に評価しなければ、財務モデルは絵に描いた餅に終わります。

四領域のリスクが相互に連鎖する

例えば法務リスクから係争が起きれば、損害賠償によって財務リスクが発生し、経営数字が悪化した結果、従業員の不安が高まり人材リスクにつながります。ひとつの領域で対処が遅れると連鎖的に問題が広がるため、リスクは個別ではなく全体像で管理する必要があります。

リスクマトリクスで優先度を可視化す

  • 発生確率と影響度で評価しスコアリング
  • 高スコア領域から具体策を決定
  • 定期的に見直ししPMI計画へ反映

譲渡企業が直面する主なリスクと対策

譲渡企業にとってM&Aは企業価値を最大化する好機ですが、情報が漏れたり損害賠償を負ったりすれば取引自体が破談になる危険もあります。以下の代表的リスクと対策を確認しましょう。

情報漏洩で従業員や取引先が動揺する

譲受交渉の事実が外部に伝わると、従業員の離職、取引条件の悪化、金融機関からの融資停止など連鎖的な損失が生じます。

情報管理を徹底し秘密保持契約で守る

  • 検討メンバーを最小限に限定
  • NDAを締結し交渉内容を外部に漏らさない
  • 交渉相手と定期に連絡し管理体制を共有

損害賠償リスクが譲渡後に発生する

偶発債務や簿外債務が表面化すると、元オーナー個人が賠償請求を受ける可能性があります。

デューデリジェンスと保険加入で備える

  • 将来想定される負債を譲受企業へ正確に開示
  • 表明保証保険で賠償金を補填

従業員の同意を得られず離職が増える

雇用条件の先行き不透明感は現場の士気を削ぎます。

タイミングを見極め丁寧に説明する

  • 条件確定までは情報を絞り、不利益変更を排除
  • 説明会で会社存続と雇用維持を強調し不安を解消

取引先との関係悪化で取引条件が改悪される

信頼が揺らぐと取引解除や価格改定の恐れがあります。

譲受完了後速やかに方針を共有する

  • 経緯と今後の運営方針を説明
  • キーパーソンが同行訪問し安心感を与える

企業価値低下で譲渡価格が下がる

M&A知識不足や悪条件が重なると交渉力を失いがちです。

事業改善と専門家支援で価値を守る

  • 収益性向上に着手し魅力度を高める
  • 仲介会社に相談して適正価格で交渉

ケーススタディで理解する情報漏洩の影響

地方で20年営業を続ける製造業A社は、譲受交渉中に一部社員から噂が流出し、メインバンクが運転資金融資を保留しました。その結果、A社は資金繰りを確保するため急遽短期借入を行い、譲渡価格の引下げ交渉を受け入れざるを得ませんでした。流出源は社内コピー機の放置資料でした。担当者ごとに管理番号を付与していれば、早期究明が可能だった事例です。

損害賠償リスクを最小化する表明保証保険の活用

表明保証保険は譲渡企業・譲受企業の双方を守る仕組みです。補償範囲や免責額を明確に設定することで、取引後の訴訟コストを削減し、交渉を前進させる効果があります。保険料は譲渡価格の1〜3%程度が一般的で、潜在債務リスクの高い案件ほど有用です。

従業員説明会で押さえる三つのポイント

  • 会社の将来像を示し雇用維持を強調
  • 処遇変更の有無を具体的に説明
  • 個別面談の機会を設け納得感を醸成

取引先への説明シナリオ例

挨拶
現経営者が感謝を伝える

経緯

なぜ譲受に至ったのかを簡潔に説明

方針

従来の取引条件・担当体制を維持することを宣言

質疑応答

不安点を吸い上げ具体的措置を示す

企業価値維持のための早期M&A準備チェックリスト

  • 直近3年の決算書・税務申告書の整合性確認
  • 労務管理台帳と勤怠記録の整備
  • 取引基本契約書・リース契約の更新状況確認
  • 主要設備の保守状況と減価償却額の妥当性確認
  • 将来の事業計画と資金需要試算

譲渡企業が専門家を活用するタイミング

リスク発見が遅れるほどコストは膨らみます。目安として譲渡希望時期の1年以上前から税理士・公認会計士・弁護士と連携し、内部統制の整備や資料準備を進めましょう。早期着手は価値向上だけでなく、交渉スケジュールの自由度を高めるという副次的メリットも生みます。なお、専門家の紹介は仲介会社を通じても可能であり、ワンストップで助言を受ける体制を整えると時間とコストを圧縮できます。

譲受企業が注意すべきリスクと対策

譲受企業は譲受後の経営責任を負います。取引成立時点では見えない課題が後日発覚すると、投資効率が下がり収益が圧迫されます。譲渡企業の実態を深く理解し、契約前に具体的な対策を講じることが重要です。

隠れた債務が投資回収を遅らせる

簿外債務や偶発債務は決算書に表れません。例えば未払残業代、退職給付債務、取引先との係争などが典型例です。

デューデリジェンスで簿外債務を可視化し契約条項で補償を確保する

  • 公認会計士が過去5年分の仕訳と原始証憑を突合
  • 労務専門の弁護士が勤怠実態を調査
  • 最終契約書に表明保証と補償上限を明記し、請求期間を5年程度確保

のれんの過大評価で投資効率が低下する

数値化できないブランド力や将来収益を高く見積もりすぎると、のれん償却費用が増え、利益が圧迫されます。

客観的評価と妥当な価格設定で適正化する

  • 業界平均のEBITDA倍率を参照し過去実績と将来計画を分離評価
  • 外部アナリストのセカンドオピニオンを活用
  • 期待収益と償却負担のシミュレーションを複数シナリオで確認

期待収益未達成で事業計画が崩れる

収益目標が高すぎる場合、シナジーが実現できず予測を下回る可能性があります。

統合シナジーの現実的シナリオを策定し進捗を管理する

  • 売上増加とコスト削減を分けて数値化
  • KPIを月次で追跡しギャップがあれば直ちに施策を見直す
  • PMI専任チームが1年後まで伴走し組織の現場感覚を吸い上げる

組織統合が難航し従業員が疲弊する

企業文化や評価制度の違いは摩擦を生みやすく、統合が遅れると生産性が下がります。

文化の違いを理解し段階的に統合する

  • 経営理念の共有ワークショップを実施
  • 評価制度は並走期間を設定し急激な変更を避ける
  • 新旧リーダーの共同プロジェクトで相互理解を深める

人材流出で競争力が低下する

優秀な従業員が離職すると研究開発力や営業力が低下します。特にキーパーソンの退職は顧客離脱を誘発します。

キーパーソンの留任施策とコミュニケーションで防ぐ

  • 事前面談でキャリアパスを提示し不安を払拭
  • 成果連動型インセンティブや新規プロジェクト責任者の任命
  • オープンドアの相談窓口を設置し不満を早期把握

ケーススタディで理解するのれん評価の落とし穴

地域密着型チェーン店B社はブランド力を重視し過大なのれんを設定しましたが、競合が低価格で参入し収益が計画の70%にとどまりました。のれん償却が圧迫要因となりキャッシュフローが悪化、追加融資で資金を確保する事態に陥りました。市場調査を怠らず複数シナリオで評価していれば回避できた事例です。

M&Aリスク回避のための事前準備

譲渡企業と譲受企業が同じ情報を共有し、相互理解を深めることでリスクは大幅に減少します。事前準備はクロージング後の経営安定にも直結します。

両社間の信頼関係がリスク回避の土台

不都合な情報を隠さず共有する姿勢が、スムーズな交渉とPMIの成功を支えます。

オープンな情報共有とWin-Win精神を徹底する

  • 課題や弱点も含めた資料を早期提供
  • 一方的な条件提示を避け協議ベースで合意形成
  • トップ同士の定期面談で温度差を解消

専門家の知見活用で死角をなくす

財務・法務・税務のそれぞれに専門家を配置し、相互チェックで抜け漏れを防ぎます。

税理士・弁護士・仲介会社の役割を整理する

税理士

資産負債の実態把握と税務リスクを分析

弁護士

株式移転や契約の瑕疵を調査し条項を整備

仲介会社

スケジュール管理とマッチングのサポート

相互理解を深める調査と面談

資料だけでは分からない現場感覚を得るため、双方のキーパーソンが直接対話します。

デューデリジェンスと経営者面談で理解度を高める

  • 実地確認でオペレーションを観察し課題を抽出する
  • 経営者の事業観と従業員の働き方をヒアリングする
  • 調査結果を双方でレビューし改善策を協議する

PMI計画を早期に策定し統合を円滑化する

PMIは譲受企業単独では進みません。譲渡企業の協力が不可欠であり、開始時期が遅れるほどコストは増大します。

統合計画の4ステップと進捗管理ポイント

統合計画の策定

目的とゴールを数値で明示

優先順位を付けたアクションプランを作成


組織・人事の統合

評価制度や報酬体系を整理

キーパーソンの役割を固定し早期離職を防止


業務プロセスの統合

業務フローを可視化し重複を排除

基幹システムのデータ移行タイムラインを設定


企業文化の融合

ビジョン共有セッションで価値観を言語化

社員交流イベントで相互理解を促進


進捗は週次ミーティングで確認し、遅延項目には責任者を割り当てて期限を明確にします。

事前準備チェックリストで抜け漏れを防ぐ

  • 財務データの正確性検証
  • 主要契約の継続条件確認
  • 労務管理台帳の整備状況把握
  • システム連携の可否と必要投資額の試算
  • PMI費用を含む統合予算の策定

専門家活用のコストと投資対効果

専門家報酬は新規投資の5〜10%ですが、リスク顕在化による損害を考慮すると妥当な先行投資と言えます。特に法務リスクが高い案件では、係争費用と比較して専門家報酬は小さく、早期に支払うメリットが大きいです。

まとめ

M&Aは財務・経営・人材・法務の四大リスクが複雑に絡み合いますが、譲渡企業と譲受企業が信頼関係を築き、専門家の支援の下で十分な事前調査と現実的なPMI計画を立てれば、リスクは最小化できます。継続的なコミュニケーションと迅速な軌道修正により、将来価値を最大化するM&Aが実現できます。

著者|土屋 賢治 マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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