M&Aに伴うリスクとその対策を解説します。財務、法務、人材など多岐にわたるリスクの本質を理解することで、M&Aの成功確率を高めることができます。買い手・売り手の視点から、実践的なアプローチを紹介します。
目次
M&A(合併・買収)には様々なリスクが伴います。これらのリスクは、M&Aを検討する段階では表面化していないものの、実行後に顕在化する可能性があるものを指します。例えば、未払い残業代の支払いを巡る係争や、譲渡対象企業が不利な条件で締結している取引先との基本契約などが挙げられます。
また、M&Aをきっかけに譲渡対象企業の重要な人材や技術力のある従業員が退職してしまうなど、譲渡後の運営方法に起因するリスクも存在します。これらのリスクを適切に把握し、対策を講じることがM&Aの成功には不可欠です。
M&Aにおけるリスクは、主に以下の4つに分類されます:
1. 財務リスク
2. 経営リスク
3. 人材リスク
4. 法務リスク
特に中小企業のM&Aでは、これらのリスクが発生する可能性が高い傾向にあるため、注意が必要です。
法務リスクは、会社運営に関わる法的側面から発生するリスクを指します。売り手にとっては、M&A取引金額を引き下げられる要因となります。一方、買い手にとっては、譲受後の係争発生や取引トラブルなど、深刻な問題につながる可能性があります。
法務リスクの具体例としては、M&Aを機に取引先との条件が変更される場合や、会社法や労務関連の法令違反が発覚し対応が必要となる場合などが挙げられます。
このようなリスクを軽減・排除するには、専門家に依頼してデューデリジェンス(買収監査)を実施し、法務リスクを洗い出すことが効果的です。
M&Aにおいては、検討段階から実行後まで何らかのリスクが存在するという認識を持って進めることが重要です。M&Aに関連するリスクを的確に把握することで、事前に対策を講じることができ、リスク回避の可能性を高めることができます。
リスクを認識し、適切に対処することで、M&Aの成功確率を上げ、両社にとって価値のある取引を実現することができます。
▶目次ページ:企業買収(買収の失敗)
M&Aにおいて、売り手(売り手)は様々なリスクに直面します。これらのリスクを事前に認識し、適切な対策を講じることが、円滑なM&Aの実現と企業価値の維持に不可欠です。
M&A交渉の過程で最も注意を払うべきリスクの一つが情報漏洩です。M&A交渉が進行中であるという情報が外部に漏れると、譲渡対象企業の事業運営に深刻な影響を及ぼす可能性があります。
具体的なリスクとしては:
• 従業員に情報が漏れ、不安から離職が増加する
• 取引先に情報が漏れ、経営の不安定さを懸念されて取引条件が悪化する
• 金融機関に情報が漏れ、新規融資が通らなくなったり、既存の借入条件が見直されたりする
これらのリスクを回避するための対策として、以下の点に注意が必要です:
1. 社内での検討メンバーを最小限に抑える
2. 交渉相手と常に連絡を取り、双方で徹底した情報管理を行う
3. 必要に応じて秘密保持契約(NDA)を締結する
M&A後に予期せぬ問題が発覚し、譲渡オーナー個人が損害賠償を求められるリスクがあります。主な要因としては、以下のようなものが挙げられます:
1. 偶発債務:予期せぬ訴訟による賠償金の発生など
2. 簿外債務:退職給付債務や未払い残業代の発覚など
このリスクへの対策として、以下の点が重要です:
• デューデリジェンス(買収監査)の際に、将来予想されるリスクを買い手に確実に伝える
• M&A表明保証保険など、損害賠償を受けた際の補填を行う保険への加入を検討する
M&Aの際、従業員への説明や理解を得ることが重要です。しかし、会社存続と雇用維持という側面があるにもかかわらず、従業員から予想外の反発を受けるリスクがあります。
従業員の反応によっては:
• 離職者が増加する
• M&A後の会社運営に非協力的になる
これらのリスクを軽減するための対策:
1. M&A条件が固まるまで情報漏洩に十分注意する
2. 従業員への説明を丁寧に行い、不安を払拭する
3. 大幅な減給や強制的な転勤など、従業員に不利益となる条件をできるだけ排除する
長年築いてきた取引先との良好な関係は、売り手の現経営陣の努力によるものです。しかし、M&A完了前に取引先に情報が漏れたり、説明が不十分だったりすると、この信頼関係が崩れるリスクがあります。
具体的なリスク:
• 取引解除
• 取引条件の悪化
対策:
1. M&A完了まで徹底した情報管理を行う
2. M&A後速やかに、取引先に対してM&Aの経緯や今後の会社運営方針について丁寧に説明する
様々な悪条件が重なることやM&Aに関する知識不足により、買い手との交渉力が弱まり、M&A取引金額が引き下げられたり、最悪の場合M&Aが成立しなくなったりするリスクがあります。
対策:
1. 事業・経営の改善に努め、将来の収益性を高める
2. M&A仲介会社などの専門家に相談し、適切なアドバイスを受ける
3. 企業価値評価の方法を理解し、適切な価格交渉を行う
これらのリスクを認識し、適切な対策を講じることで、売り手はより安全かつ有利な条件でM&Aを進めることができます。
M&Aを検討する買い手(買い手)にとって、最も重要なのは、M&A前に顕在化している問題点や潜在的な課題を把握することです。予期せぬリスクを回避し、M&Aを成功に導くため、以下のリスクと対策を理解しておくことが重要です。
買い手にとって、M&A後に簿外債務や偶発債務が発覚することは大きなリスクとなります。これらの債務に気づかずに譲受すると、投資金額以上の損失が出たり、投資回収期間が長期化したりする可能性があります。
主な隠れた債務:
1. 簿外債務:退職給付債務、未払い給与(残業代)など
2. 偶発債務:取引先とのトラブルによる損害賠償請求など
対策:
• 専門家に依頼し、慎重なデューデリジェンス(買収監査)を実施する
• 最終契約書に表明保証や補償規定を反映し、損害賠償請求が可能な構造にする
M&Aにおける「のれん」とは、数値化できない企業価値や将来獲得するであろう収益力を評価したものです。のれんを過大評価すると、取引金額が高騰し、以下のようなリスクが生じます:
• 取引金額の高騰による投資効率の低下
• のれん償却費用の増加によるマイナス収益の発生
対策:
1. 取引金額決定時に、のれんの評価を適切に行う
2. 市場や業界の情報を元に、過大評価を避ける
3. 専門家の意見を参考にし、客観的な評価を心がける
買い手を過大評価したり、十分な統合戦略がないまま譲受したりすると、従業員の離職や取引先の離脱などが発生し、M&Aによるシナジー効果が薄れる可能性があります。その結果、想定していた収益が得られないリスクがあります。
対策:
1. 専門家の協力を得て、十分なデューデリジェンス(買収監査)を実施する
2. M&Aアドバイザリーなどの専門家に意見を聞き、事前にリスクを把握する
3. 現実的な収益予測を立て、過度な期待を抱かない
M&A後は、グループ企業として事業運営を行うため、統合作業や組織再編が必要となります。しかし、企業文化の違いや従業員の抵抗など、様々な要因により統合作業が難航するリスクがあります。
主な困難:
• 企業風土や文化の違いによる摩擦
• 急な環境変化に対する従業員の拒否反応
対策:
1. 会社理念、経営方針、組織体制、評価制度、雇用条件などを明確にした統合計画を立てる
2. 専門家の支援を受けながら、着実かつ丁寧に計画を遂行する
3. 両社の従業員とのコミュニケーションを密に取り、不安や懸念を解消する
M&A後、優秀な人材が離職してしまうリスクは、買い手にとって深刻な問題となります。人材の流出は、想定していた収益の獲得を困難にし、取引先の離脱など、さらなるリスクを誘発する可能性があります。
人材流出の主な要因:
• M&Aの経緯や目的に関する説明不足
• 急激な環境変化(雇用条件の改悪や強制的な転勤など)
対策:
1. キーパーソン(売り手の重要人物)との事前面談を実施する
2. 従業員とのコミュニケーション機会を増やし、不安や懸念を解消する
3. 重要な人材に対しては、インセンティブプランを検討する
4. 統合後の人事制度や評価基準を明確にし、公平性を確保する
これらのリスクを認識し、適切な対策を講じることで、買い手はM&Aの成功確率を高め、期待する成果を得ることができます。リスク管理は、M&Aプロセス全体を通じて継続的に行う必要があり、専門家の助言を積極的に活用することが重要です。
M&Aにおけるリスク回避のために最も重要なのは、売り手と買い手が互いに信頼関係を築き、良い点も悪い点も共有できる環境を作ることです。また、M&Aの検討範囲は非常に広く、専門的知識が必要となるため、M&Aの専門家の意見を参考にすることも重要です。以下、具体的な準備事項について解説します。
M&Aのリスク回避には、売り手と買い手の協力が不可欠です。互いに信頼関係を築くことで、強固な協力体制を構築することができます。
信頼関係構築のポイント:
1. 売り手は自社の課題を隠さず開示する
2. 買い手は過度に自社に有利な条件を押し付けない
3. お互いに敬意を払い、Win-Winの関係を目指す
具体的なアプローチ:
• 定期的な面談や情報交換の機会を設ける
• 両社の経営理念や価値観を共有し、理解を深める
• 非公式な場でのコミュニケーションも大切にする
M&Aの検討範囲は幅広く、専門的な知識が必要となります。各分野の専門家からアドバイスを得ることで、M&Aリスクの回避につながります。
活用すべき専門家:
1. 公認会計士・税理士:財務・税務面のアドバイス
2. 弁護士:法務面のアドバイス
3. M&A仲介会社:M&A全般のアドバイスと交渉支援
専門家の活用方法:
• デューデリジェンス(買収監査)の実施
• 契約書のチェックと交渉支援
• 税務・法務上のリスク分析
• M&A後の統合計画策定支援
M&Aは実行すると後戻りが困難です。そのため、お互いの企業について十分に理解することが重要となります。
相互理解を深めるための方法:
1. 売り手の場合:
o アドバイザリーに買い手の情報をヒアリング
o 企業情報会社などで買い手の調査を行う
2. 買い手の場合:
o デューデリジェンス(買収監査)による売り手の調査
o 売り手の経営陣や主要従業員とのインタビュー
3. 共通の取り組み:
o 両社の面談を重ね、直接情報を取得する機会を増やす
o 従業員の雇用条件や経営方針について詳細に確認する
PMI(Post Merger Integration:統合プロセス)は、M&A成約後に買い手が売り手と協力して実施する経営統合プロセスです。M&A戦略実現のための体制構築を目的としており、M&Aの成功に大きく影響します。
PMIの重要ポイント:
1. M&A実行前に選定した戦略を実現するための体制構築
2. 売り手の協力を得ながら、スピーディーに実行する
3. 従業員とのコミュニケーションを疎かにしない
PMI実施のステップ:
1. 統合計画の策定:両社の現状分析、統合の目標設定、行動計画の作成
2. 組織・人事の統合:組織構造の見直し、人事制度の調整、キーパーソンの留任交渉
3. 業務プロセスの統合:業務フローの見直し、システムの統合
4. 企業文化の融合:ビジョンや価値観の共有、コミュニケーション促進
PMI実施上の注意点:
• スピード感を持ちつつも、慎重に進める
• 従業員の不安や懸念に耳を傾け、適切に対応する
• 進捗状況を定期的に確認し、必要に応じて計画を修正する
これらの事前準備を十分に行うことで、M&Aに伴うリスクを最小限に抑え、成功の確率を高めることができます。特に、両社の信頼関係構築と専門家の知見活用は、M&Aプロセス全体を通じて重要な要素となります。また、PMIの重要性を認識し、早期から計画を立てて実施することで、M&A後の統合をスムーズに進めることができます。
M&Aにはさまざまなリスクが伴いますが、適切な準備と対策により、これらのリスクを軽減し、成功の確率を高めることができます。重要なポイントは、売り手と買い手の信頼関係構築、専門家の知見活用、十分な事前調査、そしてPMIの計画的実施です。これらの要素を考慮し、慎重かつ戦略的にM&Aを進めることで、両社にとって価値ある取引を実現できます。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画