M&Aにおけるリスクを把握し成功に導く対策方法を解説
M&Aリスクとは何か、どう管理すれば良いのか。譲渡企業と譲受企業が出会う財務・経営・法務・人材の四大リスクを整理し、実践的な回避策を提示します。この記事で疑問をすぐに解消し適切な行動に移りましょう。
目次
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M&Aは新しい成長機会を生み出す一方で、取引成立後に問題が表面化しやすい取引形態です。譲渡企業と譲受企業の双方がリスクを把握しなければ、せっかくの譲受も期待外れの結果に終わる恐れがあります。
検討段階では把握しきれなかった未払残業代や取引基本契約の不利な条件などは、譲受後に突然発覚することがあります。こうした事象は企業価値を直撃し、譲渡価格の見直しや係争に発展する要因となります。
M&Aで頻出するリスクは次の四つです。
財務リスク
簿外債務や資金繰り難など
経営リスク
業績低迷やPMIの失敗など
人材リスク
キーパーソン離職やモチベーション低下など
法務リスク
株式や契約の瑕疵、法令違反による訴訟など
中小企業の譲受では特に発生しやすく、早期把握が欠かせません。
リスクを軽視したまま譲受を進めると、クロージング後に係争や資金繰り難に直面し、せっかく譲渡した株式代金が回収不能となる場合もあります。特に未払残業代や退職給付債務は見過ごされがちですが、訴訟に発展すると損害は急増します。さらに、取引先との契約が譲受を機に解除されると主要顧客の売上が失われ、投資回収期間が想定より長期化します。このような二次的影響を含めてリスクを定量的に評価しなければ、財務モデルは絵に描いた餅に終わります。
例えば法務リスクから係争が起きれば、損害賠償によって財務リスクが発生し、経営数字が悪化した結果、従業員の不安が高まり人材リスクにつながります。ひとつの領域で対処が遅れると連鎖的に問題が広がるため、リスクは個別ではなく全体像で管理する必要があります。
リスクマトリクスで優先度を可視化する
譲渡企業にとってM&Aは企業価値を最大化する好機ですが、情報が漏れたり損害賠償を負ったりすれば取引自体が破談になる危険もあります。以下の代表的リスクと対策を確認しましょう。
譲受交渉の事実が外部に伝わると、従業員の離職、取引条件の悪化、金融機関からの融資停止など連鎖的な損失が生じます。
情報管理を徹底し秘密保持契約で守る
偶発債務や簿外債務が表面化すると、元オーナー個人が賠償請求を受ける可能性があります。
デューデリジェンスと保険加入で備える
雇用条件の先行き不透明感は現場の士気を削ぎます。
タイミングを見極め丁寧に説明する
信頼が揺らぐと取引解除や価格改定の恐れがあります。
譲受完了後速やかに方針を共有する
M&A知識不足や悪条件が重なると交渉力を失いがちです。
事業改善と専門家支援で価値を守る
ケーススタディで理解する情報漏洩の影響
地方で20年営業を続ける製造業A社は、譲受交渉中に一部社員から噂が流出し、メインバンクが運転資金融資を保留しました。その結果、A社は資金繰りを確保するため急遽短期借入を行い、譲渡価格の引下げ交渉を受け入れざるを得ませんでした。流出源は社内コピー機の放置資料でした。担当者ごとに管理番号を付与していれば、早期究明が可能だった事例です。
損害賠償リスクを最小化する表明保証保険の活用
表明保証保険は譲渡企業・譲受企業の双方を守る仕組みです。補償範囲や免責額を明確に設定することで、取引後の訴訟コストを削減し、交渉を前進させる効果があります。保険料は譲渡価格の1〜3%程度が一般的で、潜在債務リスクの高い案件ほど有用です。
従業員説明会で押さえる三つのポイント
取引先への説明シナリオ例
挨拶
現経営者が感謝を伝える
経緯
なぜ譲受に至ったのかを簡潔に説明
方針
従来の取引条件・担当体制を維持することを宣言
質疑応答
不安点を吸い上げ具体的措置を示す
企業価値維持のための早期M&A準備チェックリスト
譲渡企業が専門家を活用するタイミング
リスク発見が遅れるほどコストは膨らみます。目安として譲渡希望時期の1年以上前から税理士・公認会計士・弁護士と連携し、内部統制の整備や資料準備を進めましょう。早期着手は価値向上だけでなく、交渉スケジュールの自由度を高めるという副次的メリットも生みます。なお、専門家の紹介は仲介会社を通じても可能であり、ワンストップで助言を受ける体制を整えると時間とコストを圧縮できます。
譲受企業は譲受後の経営責任を負います。取引成立時点では見えない課題が後日発覚すると、投資効率が下がり収益が圧迫されます。譲渡企業の実態を深く理解し、契約前に具体的な対策を講じることが重要です。
簿外債務や偶発債務は決算書に表れません。例えば未払残業代、退職給付債務、取引先との係争などが典型例です。
デューデリジェンスで簿外債務を可視化し契約条項で補償を確保する
数値化できないブランド力や将来収益を高く見積もりすぎると、のれん償却費用が増え、利益が圧迫されます。
客観的評価と妥当な価格設定で適正化する
収益目標が高すぎる場合、シナジーが実現できず予測を下回る可能性があります。
統合シナジーの現実的シナリオを策定し進捗を管理する
企業文化や評価制度の違いは摩擦を生みやすく、統合が遅れると生産性が下がります。
文化の違いを理解し段階的に統合する
優秀な従業員が離職すると研究開発力や営業力が低下します。特にキーパーソンの退職は顧客離脱を誘発します。
キーパーソンの留任施策とコミュニケーションで防ぐ
ケーススタディで理解するのれん評価の落とし穴
地域密着型チェーン店B社はブランド力を重視し過大なのれんを設定しましたが、競合が低価格で参入し収益が計画の70%にとどまりました。のれん償却が圧迫要因となりキャッシュフローが悪化、追加融資で資金を確保する事態に陥りました。市場調査を怠らず複数シナリオで評価していれば回避できた事例です。
譲渡企業と譲受企業が同じ情報を共有し、相互理解を深めることでリスクは大幅に減少します。事前準備はクロージング後の経営安定にも直結します。
不都合な情報を隠さず共有する姿勢が、スムーズな交渉とPMIの成功を支えます。
オープンな情報共有とWin-Win精神を徹底する
財務・法務・税務のそれぞれに専門家を配置し、相互チェックで抜け漏れを防ぎます。
税理士・弁護士・仲介会社の役割を整理する
税理士
資産負債の実態把握と税務リスクを分析
弁護士
株式移転や契約の瑕疵を調査し条項を整備
仲介会社
スケジュール管理とマッチングのサポート
資料だけでは分からない現場感覚を得るため、双方のキーパーソンが直接対話します。
デューデリジェンスと経営者面談で理解度を高める
PMIは譲受企業単独では進みません。譲渡企業の協力が不可欠であり、開始時期が遅れるほどコストは増大します。
統合計画の4ステップと進捗管理ポイント
統合計画の策定
目的とゴールを数値で明示
優先順位を付けたアクションプランを作成
組織・人事の統合
評価制度や報酬体系を整理
キーパーソンの役割を固定し早期離職を防止
業務プロセスの統合
業務フローを可視化し重複を排除
基幹システムのデータ移行タイムラインを設定
企業文化の融合
ビジョン共有セッションで価値観を言語化
社員交流イベントで相互理解を促進
進捗は週次ミーティングで確認し、遅延項目には責任者を割り当てて期限を明確にします。
事前準備チェックリストで抜け漏れを防ぐ
専門家活用のコストと投資対効果
専門家報酬は新規投資の5〜10%ですが、リスク顕在化による損害を考慮すると妥当な先行投資と言えます。特に法務リスクが高い案件では、係争費用と比較して専門家報酬は小さく、早期に支払うメリットが大きいです。
M&Aは財務・経営・人材・法務の四大リスクが複雑に絡み合いますが、譲渡企業と譲受企業が信頼関係を築き、専門家の支援の下で十分な事前調査と現実的なPMI計画を立てれば、リスクは最小化できます。継続的なコミュニケーションと迅速な軌道修正により、将来価値を最大化するM&Aが実現できます。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画