減価償却の実務の基礎と企業価値を左右する理由を解説
減価償却は固定資産の価値を耐用年数で費用化し、利益と資金繰りを平準化します。M&Aを視野に入れる中小企業にとって、この会計処理を正しく行うか否かが企業価値を大きく左右します。本稿ではその仕組みと活用法を分かりやすく解説しす。
目次
▶目次ページ:企業価値評価(DCF法)
減価償却とは何か、その目的がどこにあるのかを確認しましょう。
減価償却とは、取得価額10万円以上で1年以上使用する建物や機械装置などの固定資産について、耐用年数に沿って取得原価を費用に振り分ける処理を指します。たとえば取得価額200万円、耐用年数10年の設備なら毎期20万円を減価償却費として計上し、損益計算書に反映します。費用配分の根拠は費用収益対応の原則であり、これにより年度間の利益の凸凹を抑え、経営成績を正確に示せます。
経営実態を示す減価償却の会計原則
減価償却費は損益計算書上の費用である一方、現金の流出を伴わない点が重要です。キャッシュフロー計算書では、当期利益に減価償却費を加算して営業キャッシュフローを求めるため、投資家や金融機関が財務状況を評価する際の注目ポイントとなります。
高額資産を一括計上すると一時的に大赤字となり翌期以降は費用ゼロとなるため、損益の姿を歪めます。減価償却により資産から生まれる便益と費用を期間対応させることで、複数年にわたる実態を把握できます。
毎期一定額を費用計上することで利益を平準化し、法人税負担の山谷をならします。特別償却や即時償却を活用すれば計画的な税負担のコントロールも可能です。
資金流出は購入時点で完了しているため、減価償却費はキャッシュを伴いません。利益を圧縮しながら手元資金を残せるため、中長期の投資や運転資金管理がしやすくなります。
減価償却を怠ると財務の見通しが狂う
減価償却を行わなければ帳簿上の資産価値が過大に表示され、利益が不均衡になります。その結果、金融機関の評価や投資判断が厳しくなるだけでなく、将来の資金繰りが読みにくくなり、戦略的な投資タイミングを逃すリスクが高まります。
▶関連:M&Aにおける「DCF法」とは?
減価償却できる資産とできない資産を線引きすることは、正しい会計処理と税務対応の第一歩です。
建物・建物附属設備、機械装置、車両運搬具、工具・器具・備品など
ソフトウェア、特許権、商標権、のれんなど
減価償却資産の取得原価に含める費用を確認
取得原価には購入価格だけでなく、輸送費や据付費、試運転費など資産を使用可能な状態にするための付随費用が含まれます。これらを漏れなく計上することで、減価償却費を適正に算出できます。
土地や希少な美術品は時間経過で価値が減少しない前提のため減価償却の対象外です。また、事業に使っていても稼働していない休止資産や借地権も通常は償却できません。対象外資産を誤って費用計上すると税務リスクとなるので注意が必要です。
対象外資産を保有する場合の企業価値への影響
減価償却できない土地などは帳簿価額がそのまま残るため、時価との差額が企業価値にプラス要因として働くこともあります。M&A交渉では含み益の有無が価格に直結するため、資産の時価評価を定期的に行いましょう。
取得原価200万円・残存価額0円・耐用年数10年の場合
減価償却費=(200万円−0円)÷10年=20万円
定額法を採用すべき資産タイプ
建物のように長期にわたり安定的に使用される資産では、定額法が適しています。投資額回収のペースが読みやすく、銀行との返済計画を組み立てやすい点もメリットです。
例:取得原価200万円・耐用年数10年・定率0.2の場合
初年度償却費=200万円×0.2=40万円
定率法で得られる税務キャッシュフロー効果
初年度に多く費用計上できるため、短期的な利益と課税所得を下げ、設備導入によるキャッシュアウトを税負担面でもカバーしやすくなります。
計算式:(取得原価−残存価額)×当期生産高÷総予定生産高
間接法仕訳の具体例を確認
取得原価100万円の機械を耐用年数5年で定額償却する場合、毎期の仕訳は
減価償却費20万円/減価償却累計額20万円
直接法は減価償却費を資産勘定から直接控除する方法です。帳簿上、資産の取得額が更新後の残高しか残らないため、導入コストを遡って確認しにくい点がデメリットですが、仕訳はシンプルで記帳負担が小さく、固定資産が少ない小規模事業者に向いています。
直接法と間接法を使い分けるポイント
資産点数が少なく更新頻度が低い場合:直接法で記帳量を抑える
複数拠点で多数の設備を管理する場合:間接法で取得原価を保持しつつ償却累計額を可視化
月割計算
使用開始月から年度末までの月数÷12で按分
日割計算
使用開始日から年度末までの日数÷365で按分
当期純利益1,000万円、減価償却費300万円なら営業キャッシュフローは1,300万円となります。M&Aのバリュエーションで重視されるEBITDAも、営業利益に減価償却費と償却費を加えて算出するため、減価償却費が企業価値評価に直接関与していることがわかります。
資金繰りを読み解く三つの視点
減価償却費は損益計算書・貸借対照表・キャッシュフロー計算書の三面にまたがって企業価値を揺さぶります。設備投資が大きい中小企業ほど、償却方法の選択は評価額を数十%動かすことも珍しくありません。まずは財務諸表に現れる影響を具体的に確認しましょう。
減価償却費を多めに計上すると利益が圧縮され、法人税が抑えられます。一方、貸借対照表では固定資産の簿価が下がるため自己資本比率が改善する可能性もあります。この二つの効果は投資家の印象を変えるため、譲受企業は将来の設備投資計画と合わせて注意深く読む必要があります。
利益水準と純資産価値の変動を可視化
DCF法の前提づくりでは、営業利益と純資産の変動幅をグラフ化して、償却方針を変えた場合のシミュレーションを行います。利益が減ってもキャッシュフローが増えるケースがあるため、数字を立体的に見ることが重要です。
営業キャッシュフローは当期利益に減価償却費を加算する構造です。設備投資額より償却費が小さい年はフリーキャッシュフローが好転しますが、反対の場合は減少します。数年間平均で見ると、償却と投資の差が企業の成長余力を示す指標になります。
EBITDAとフリーキャッシュフローの関係
EBITDAは非現金費用である減価償却費を除いた利益指標のため、資本構成や会計基準による差をならして企業同士を比較しやすくします。ただし、設備投資が大きい企業ではEBITDAだけを基準にすると過大評価になりやすいため、必ず維持的投資額をフリーキャッシュフローで控除する視点が求められます。
企業価値算定ではDCF法・マルチプル法・純資産法を組み合わせるのが一般的です。それぞれの手法で減価償却の扱い方が異なるため、特徴を押さえましょう。
DCF法では税引後営業利益に減価償却費を加算し、設備投資と運転資本増加額を差し引いてフリーキャッシュフローを求めます。税負担率を変えて感度分析を行うと、一時差異が将来キャッシュに与える影響が可視化されます。
成熟期モデル「設備投資≒減価償却費」が示す意味
評価対象が成熟期にあると仮定する場合、多くのモデルで設備投資額を減価償却費と同額に置きます。この簡便仮定は、現状の生産能力を維持するための更新投資のみを想定している点に留意すべきです。実際に拡大投資を予定している企業では別途加算調整を行います。
EV/EBITDA倍率は減価償却費の大小を排除できるため、異業種比較や国際比較で多用されます。ただし、投資フェーズの違いは吸収できないため、資本集約的な企業を評価する際は注意が必要です。
維持的設備投資を控除した調整EBITDA活用術
設備更新負担の大きい企業は、EBITDAから維持的設備投資を差し引いた“調整EBITDA”をベースに倍率を掛け合わせることで過大評価を防げます。これは原文で触れている通り、将来キャッシュフローの実質的な創出力を測る補正手法です。
帳簿価額が低くても不動産価格が上がっていれば含み益が生じます。逆に技術の陳腐化が進む機械設備は含み損の可能性があります。純資産法ではこれらの差額をすべて洗い出し、実態純資産へ修正します。
不動産や老朽化設備の時価評価ポイント
不動産評価では立地・築年数・用途を基に時価を査定し、設備については第三者の査定や専門家の意見書を参考に減価を見積ります。時価評価が難しい場合は、更新投資を将来キャッシュフローに見込む代替アプローチも検討します。
同じ減価償却でも業種が違えばリスクとチャンスの捉え方が変わります。製造業・不動産業・IT業を例にポイントを整理します。
製造業ではライン一斉更新を遅らせて償却費を抑え、表面的な利益を膨らませるケースがあります。譲受企業は老朽設備の稼働率や修繕履歴を確認し、買収後の更新投資をシナリオに織り込む必要があります。
老朽資産の更新費用を織り込むデューデリジェンス
更新投資予定表を作成し、償却が終わった設備でも将来のキャッシュ流出が発生する点を数値化します。これにより買収後のEBITDAがどの程度維持可能かを検証できます。
好立地物件は償却が進んでも市場価格が上昇しており、純資産法で大幅な含み益が出る場合があります。逆に地方物件は帳簿価額が残っていても時価は低い場合があるため、差額の正確な測定が欠かせません。
修繕費と減価償却費のバランス管理
建物は減価償却費のほかに大規模修繕費がキャッシュアウトとして発生します。修繕周期が短い物件ではEBITDA倍率だけでは価値を測れないため、維持費も加味して総合判断することが重要です。
ソフトウェア資産は技術革新で価値が急落する恐れがあります。帳簿価額が残っている場合でも、市場競争力を失っていれば減損損失を早期計上する必要があります。
開発費資産計上と耐用年数の短期化対応
製品化後の開発費を資産計上する際は耐用年数を実態より長く設定し過ぎないことが肝要です。短期に回収する計画を立て直し、減価償却費を増やしてでもキャッシュフロー推計を現実的にすることで、過大評価を避けられます。
日本基準とIFRSでは減価償却の考え方が異なるため、跨国取引では必ず基準調整を行います。
IFRSはコンポーネントアカウンティングを採用し、建物を主要構成要素に分けて償却します。日本基準は一括償却が多く、耐用年数が長めに設定されがちです。
コンポーネントアカウンティングが交渉価格に影響
分解償却を行うと早期に費用が増えるため利益が低く見えますが、実質キャッシュは変わりません。買い手がIFRS、売り手が日本基準の場合、基準統一後の利益水準を再計算して交渉することがポイントです。
キャッシュフローベースの指標で差を吸収
IFRS移行後はEBITDAやフリーキャッシュフローで比較すれば、償却方法の差異をほぼ吸収できます。多角的に手法を併用することで評価ブレを小さくできます。
会計と税務で償却方法や耐用年数が違えば一時差異が生まれ、将来納税額を前倒しまたは後ろ倒しにします。
定率法と定額法の不一致や減損損失の扱いにより、繰延税金資産・負債が計上されます。バリュエーションでは、これが実現可能かどうかを検証し、必要に応じて割引調整を行います。
DCF法・純資産法での繰延税金調整法
DCF法では将来キャッシュフローに税差異解消分を組み込み、純資産法では繰延税金残高自体を時価純資産に加減します。どちらも税率の変動シナリオを作って感度を確認すると説得力が増します。
減価償却はデューデリジェンスの中心テーマです。譲渡企業は説明資料を整え、譲受企業は数値の裏付けを取ることが成功への近道です。
過小償却・過大償却をどう補正するか
過小償却がある場合は「正規の償却をしていた」と仮定し、過去利益を減らしてキャッシュを増やす調整を行います。逆に過大償却なら利益を増やし、投下資本を減らす補正を行います。
保守ケース・標準ケース・成長投資ケースの三本立てで、フリーキャッシュフローと企業価値を算出します。減価償却費と設備投資のバランスがどう変わるかを示すと、買い手はリスクを定量的に把握できます。
老朽設備を引き継ぐ場合の追加投資の織込み
製造ラインが耐用年数末期の場合、買い手は買収価額だけでなく更新投資額も資金計画に含める必要があります。この追加投資をフリーキャッシュフローから控除しておくと、買収後のROIが明確になります。
減価償却は利益平準化とキャッシュ確保を同時に実現し、企業価値を決定づける鍵です。DCF・EBITDA・純資産法など各評価手法や業種特性、会計基準差異、税効果を総点検し、実態に沿った補正を行えば、譲渡側と譲受側双方が納得するM&A価格と、買収後の安定経営基盤が築けます。将来戦略の道筋も明確になります。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画