減価償却が企業価値を左右する仕組みとM&A評価の要点
減価償却は利益を減らす一方、税負担を抑えてフリーキャッシュフローを増やすことがあります。DCF法やEBITDAでの扱い、設備投資とのバランス、M&Aで買い手が確認する固定資産の実態まで、企業価値評価の要点を解説します。
目次

▶目次ページ:企業価値評価(類似会社比較法)
「減価償却費が多ければ、節税できるので企業価値も高くなる」と考える経営者は少なくありません。方向性は一部正しいものの、減価償却費の金額だけで企業価値が決まるわけではありません。
減価償却とは、建物や機械、ソフトウェアなどの取得価額を、使用する期間にわたって費用として配分する会計処理です。資産を購入した時点では現金が出ていきますが、その後に計上する減価償却費そのものには、新たな現金支出がありません。
M&A(合併・買収)で企業価値を評価する際は、この「利益は減るが、当期の現金は減らない」という性質が重要になります。
減価償却費を計上すると、会計上の利益や税務上の所得が小さくなります。税務上も損金として認められ、かつ税金を支払う利益がある場合には、法人税等の支払額が減り、その分だけ会社にキャッシュが残ります。
これが減価償却による節税効果です。一般に、税負担が軽くなって手元に残るキャッシュが増えれば、企業価値にはプラスに働きます。
赤字で法人税等が発生していない会社では、減価償却費を増やしても、当期の税金がすぐに減るとは限りません。
将来の利益と相殺できるか、税務上の損金として認められるかまで確認して、初めて企業価値への影響を判断できます。減価償却費があるだけで、必ず節税効果が生じるわけではありません。
DCF法は、会社が将来生み出すフリーキャッシュフローを現在価値に割り引き、企業価値を算定する方法です。
ほかの条件が同じであれば、減価償却によって税負担が軽くなり、将来のフリーキャッシュフローが増えるため、DCF法で算定する企業価値も高くなります。
ただし、減価償却費の全額が企業価値に加算されるわけではありません。企業価値を押し上げる主な要因は、減価償却費を計上したことによって減少する税負担です。
一般的なフリーキャッシュフローの計算式は、次のとおりです。
FCF = EBIT ×(1-税率)+減価償却費-設備投資額-運転資本増加額
EBITは、利息や税金を差し引く前の営業利益を表す指標です。通常は、減価償却費を費用として差し引いた後の利益になります。
減価償却費はEBITの計算段階で費用として差し引かれていますが、当期の現金支出ではありません。そのため、FCFを求める際には減価償却費を足し戻します。
たとえば、減価償却前の営業利益が3,000万円、減価償却費が1,000万円、税率を30%とします。
EBITは2,000万円となり、税引後の営業利益は1,400万円です。ここに減価償却費1,000万円を足し戻すと、設備投資と運転資本を差し引く前のキャッシュは2,400万円になります。
一方、減価償却費が500万円の場合、EBITは2,500万円、税引後の営業利益は1,750万円、足し戻し後のキャッシュは2,250万円です。
両者の差は150万円です。これは、減価償却費の差額500万円に税率30%を掛けた金額と一致します。
つまり、ほかの条件が同じであれば、減価償却によるFCFの増加額は、概ね「減価償却費×税率」です。減価償却費1,000万円が、そのまま1,000万円の価値増加になるわけではありません。
減価償却費だけを見て「キャッシュを生む会社」と判断するのは危険です。減価償却費は過去の設備投資を費用として配分した数字であり、現在必要な更新投資額と同じとは限りません。
設備投資を抑え、既存設備の減価償却だけが進むと、短期的にはFCFが増えます。製造ラインや店舗設備の更新を先送りすれば、設備投資による現金支出が減るためです。
ところが、老朽化で故障や不良品が増え、生産能力が落ちれば、将来の売上高や利益は低下します。目先のFCFが増えても、将来のキャッシュを生み出す力が弱くなれば、長期的な企業価値はむしろ下がります。
M&A実務では、ここが価格交渉の争点になることがあります。
成熟した会社の将来価値を計算する場面では、「設備投資額と減価償却費が概ね同程度」という前提を置くことがあります。現在の事業規模を維持するために、減った資産と同程度の更新投資を行うという考え方です。
ただし、すべての会社に当てはまる基準ではありません。
成長中の会社では、設備投資額が減価償却費を上回ることがあります。反対に、設備の大半が償却済みの会社では、現在の設備投資額が少なくても、近い将来に大規模な更新が必要になるかもしれません。
減価償却費の影響を判断するときは、少なくとも次の点を確認します。
・会社の業種と事業モデル
・今後予定している大型設備投資
・企業価値評価を行う目的
製造業とITサービス業では、必要な投資の内容が異なります。会社売却の価格算定と、社内の投資判断でも、重視する数字は同じではありません。
減価償却費は、どの企業価値評価でも同じように扱うわけではありません。評価方法ごとに、足し戻す金額と、別途差し引く負担を分けて考えます。
DCF法では、税引後の営業利益に減価償却費を足し戻し、設備投資額と運転資本の増加額を差し引いてFCFを計算します。
したがって、過去の減価償却費が大きくても、買収後に多額の更新投資が必要であれば、企業価値は低くなることがあります。
予測期間中の設備更新計画だけではなく、その後も事業を続けるために必要な維持投資を見込むことが重要です。設備投資額を過小に見積もると、将来FCFと企業価値を高く計算し過ぎる原因になります。
EBITDAは、営業利益に減価償却費などを足し戻した利益指標です。償却方法や設備の導入時期による利益の差をある程度ならせるため、類似会社比較やEV/EBITDA倍率による評価で使われます。
一方で、EBITDAには設備投資による現金支出が反映されません。
設備更新が毎年必要な会社と、設備をほとんど持たない会社を同じ倍率で評価すると、設備負担が大きい会社の価値が高く見えることがあります。維持的な設備投資や修繕費も確認し、実際に残るキャッシュで判断する必要があります。
▶関連:EV/EBITDA倍率での事業価値評価の計算と活用方法を解説
減価償却が進んだ固定資産は、帳簿価額が低くなっています。しかし、建物や機械の実際の価値が、帳簿価額と同じペースで下がるとは限りません。
不動産に含み益がある場合もあれば、古くなった設備に含み損がある場合もあります。時価純資産法では、帳簿価額をそのまま使わず、固定資産の時価へ修正して企業価値を検討します。
設備の帳簿価額がほぼゼロでも、事業を続けるために新しい設備への入替えが必要なら、将来のキャッシュ支出は発生します。
反対に、帳簿価額が残っていても、陳腐化して使えない設備であれば、その資産価値は低い可能性があります。現物の状態、稼働状況、処分価値、更新費用まで確認することが大切です。
会社売却を検討する段階では、固定資産台帳、総勘定元帳、税務申告書、現物を照合します。
取得日、取得価額、使用を始めた日、償却方法、耐用年数、設置場所、稼働状況を説明できる状態が理想です。
帳簿には残っているのに現物がない資産や、すでに使用していない設備が見つかることは珍しくありません。反対に、修繕費として処理した支出の中に、固定資産として計上すべき改良費が含まれている場合もあります。
こうした不一致は、財務デューデリジェンスで追加説明や価格調整を求められる原因になります。
中小企業では、会計上の利益を確保するために、減価償却費の計上が十分でない場合があります。
企業価値評価では、通常どおり減価償却を行っていたと仮定し、営業利益を補正することがあります。これにより、ほかの会社と比較しやすい利益へ直します。
ただし、利益の補正だけでは足りません。償却済みの設備を長く使い続けている場合は、買収後の更新投資も別に見積もる必要があります。
利益の正常化と将来の設備支出を分けて説明すると、買い手にも会社の実態が伝わりやすくなります。
会社売却を検討する場合は、少なくとも次の資料を整理します。
・固定資産台帳
・設備や車両などの一覧
・修繕履歴
・リース契約
・過去3年から5年程度の設備投資実績
・今後の更新計画
台帳に表れない設備負担も説明する
大型設備については、稼働率、故障状況、保守契約の有無も説明できると、買い手の不安を減らせます。
特に、帳簿価額が少ない償却済み資産は、将来の更新負担が固定資産台帳だけでは見えにくいため、注意が必要です。
同じ1,000万円の減価償却費でも、企業価値への意味は業種によって異なります。設備が売上高を支える会社と、人材が中心の会社を同じ見方で評価することはできません。
製造業では、機械装置の使用年数、稼働率、修繕頻度、更新時期が重要です。
減価償却が終わった設備が現在は問題なく動いていても、数年以内に一斉更新が必要なら、大きなキャッシュ支出が見込まれます。
売り手は「まだ使える」と説明するだけでなく、保守記録や更新費用の見積りを示し、どの程度の期間と費用で生産能力を維持できるかを明確にすることが大切です。
建物は減価償却されますが、土地は通常、減価償却の対象になりません。
帳簿価額と時価の差、今後の大規模修繕、空室率や賃料の見通しを分けて評価します。
建物の帳簿価額が低いからといって、価値が低いとは限りません。反対に、帳簿価額が残っていても、大規模修繕の負担が重ければ企業価値は下がります。
ソフトウェアは、無形固定資産として減価償却の対象になることがあります。しかし、技術の陳腐化は会計上の耐用年数より早く進む場合があります。
帳簿価額が残っていても、利用者が減り、保守費用が増えていれば、実質的な価値は低下しています。
IT企業の評価では、開発費の資産計上額だけでなく、継続的な売上高、解約率、開発人員、今後の改修費を確認します。過去に投じた金額より、将来の収益と追加投資の関係が重要です。
会計上の減価償却費と、税務上の損金になる金額は一致しないことがあります。ここを混同すると、節税効果や将来キャッシュを高く見積もる原因になります。
税務上の減価償却費は、会社が会計上計上した金額のすべてが、自動的に損金として認められるわけではありません。
原則として、会社が費用として計上した金額のうち、税務上の償却限度額までが損金になります。また、会計上の減損損失が、税務上も同じ時期に全額損金となるとは限りません。
そのため、企業価値評価では会計上の減価償却費だけでなく、実際に税負担を減らせる金額と時期を確認します。
会計と税務の処理時期が異なると、将来の税負担を表す繰延税金資産や繰延税金負債が計上されることがあります。
企業価値評価では、帳簿上の残高をそのまま加減するのではなく、将来その税効果を実際に利用できるかを確認します。将来の利益が見込めなければ、繰延税金資産の効果を十分に見込めない場合もあります。
株式譲渡と事業譲渡では、買い手が引き継ぐ資産や税務上の取得価額の扱いが異なります。そのため、買収後に計上できる減価償却費や税負担にも違いが生じることがあります。
会社売却では、売り手の現在の減価償却費だけでなく、想定する譲渡方法を実行した後のキャッシュフローまで考えて価格を判断する必要があります。
減価償却費を大きく見せることより、設備の収益力、更新投資、税効果の根拠を一貫して説明できることが重要です。数字の背景が整理されている会社ほど、買い手は将来計画を立てやすくなり、価格交渉も進めやすくなります。
減価償却は現金支出を伴わない費用であり、税負担の軽減を通じてFCFと企業価値に影響します。ただし、価値を決めるのは減価償却費の大きさだけではありません。設備の収益力、維持・更新投資、税効果が生じる時期まで確認し、会社売却前には固定資産台帳、現物、修繕履歴、将来の投資計画を整理することが重要です。
著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事
編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人