類似会社比較法とは?企業価値の計算手順と倍率選びの注意点

類似会社比較法(マルチプル法)の仕組みと計算手順を、中小企業の会社売却を想定して解説します。EV/EBITDA、PER、PBRの使い分け、類似会社の選び方、平均値・中央値の扱い、決算数値の調整、市場変動で評価額がぶれる理由まで整理し、M&A(合併・買収)で算定結果をどう判断するかが分かります。

目次

  1. 類似会社比較法は「倍率」より比較条件が重要
  2. 類似会社を選ぶときに確認したい4つの条件
  3. EV/EBITDA倍率から企業価値を出す実務手順
  4. PER・PBRなど倍率は会社の特徴で使い分ける
  5. 会社売却で算定結果を読み違えないための注意点
  6. まとめ

類似会社比較法によるマルチプル法のEBITDA算定手順を解説

類似会社比較法は「倍率」より比較条件が重要

類似会社比較法とは、評価したい会社と似た上場会社の株価や決算数値から倍率を求め、その倍率を対象会社の財務数値に当てはめて価値を算定する方法です。「マルチプル法」「類似公開会社比較法」などと呼ばれることもあります。

M&A(合併・買収)では、会社の価値を1つの方法だけで決めるとは限りません。類似会社比較法は、市場で実際に付いている上場会社の価格を基準にできるため、「現在の市場から見て、自社はどの程度の水準にあるか」を確認しやすい方法です。

ただし、計算式が簡単だからといって、評価まで簡単とは限りません。実務で差が出やすいのは、どの会社を比較対象にするか、どの倍率を使うか、対象会社の利益をどこまで調整するかという前提部分です。

企業価値評価の3つの考え方

企業価値評価には、大きく3つの考え方があります。


・コストアプローチ 純資産を基準に価値を見る方法

・インカムアプローチ 将来の利益やキャッシュフローから価値を見る方法

・マーケットアプローチ 市場株価や類似取引の価格から相対的に価値を見る方法


類似会社比較法は、このうちマーケットアプローチに含まれます。DCF法のように長期の事業計画や割引率を細かく設定しなくても計算できるため、M&Aの価値算定で広く利用される方法の1つです。

算定額はそのまま譲渡価格になるわけではない

類似会社比較法で求めるのは、会社売却価格を考えるための参考値です。実際の譲渡価格は、買い手が期待するシナジー、今後の成長性、取引先への依存度、経営者への依存度、簿外債務の有無なども踏まえ、最終的には当事者間の交渉で決まります。

「計算上は高いのに、買い手の提示額が伸びない」という場面は珍しくありません。倍率の高さだけを見るのではなく、なぜその倍率を自社に当てはめられるのかまで説明できることが重要です。

類似会社を選ぶときに確認したい4つの条件

類似会社比較法では、完全に同じ会社を見つける必要はありません。そもそも、事業内容や顧客構成、成長速度まで一致する会社はほとんどないためです。

大切なのは、価値を左右する条件が近い会社を複数選び、比較の妥当性を高めることです。

1.事業内容とビジネスモデルが近いか

同じ業種名でも、稼ぎ方が違えば倍率は変わります。例えば、継続課金が中心の会社と単発売上が中心の会社では、売上の安定性が異なります。製造業でも、自社工場を持つ会社と外注中心の会社では、必要な設備投資や利益構造が違います。
業種名だけで選ぶのではなく、商品・サービス、顧客層、収益モデルまで確認することが大切です。

2.会社規模が大きく離れていないか

上場会社は、非上場の中小企業より売上規模、資金調達力、人材層、取引先の分散などで優れている場合があります。規模が大きく違えば、同じ利益率でも市場から付く倍率は同じとは限りません。

比較対象が大企業ばかりの場合は、その倍率をそのまま自社に当てはめるのではなく、規模差を意識して評価結果を見る必要があります。

3.成長性と収益性が近いか

現在の利益額だけでなく、売上成長率、利益率、利益の安定性も重要です。高成長企業は将来への期待が株価に織り込まれやすく、低成長企業より倍率が高くなることがあります。

一時的な好業績だけで比較すると、評価額が過大になることも。複数期の実績を確認し、平常時の収益力に近いかを見ることが大切です。

4.財務構成や会計上の条件が大きく違わないか

借入金の多さ、減価償却の負担、会計方針、一過性の損益などが違えば、同じ指標でも単純比較しにくくなります。決算期が大きくずれている場合も、市場環境が異なるため注意が必要です。

比較会社を選んだ後は、極端な倍率を示す会社がないかも確認します。平均値だけでなく中央値も見ると、1社だけ高い、または低い倍率の影響を受けにくくなります。

EV/EBITDA倍率から企業価値を出す実務手順

類似会社比較法の基本的な流れは4段階です。計算そのものより、各段階で使う数字の意味をそろえることが重要になります。

1.類似会社を複数選ぶ

事業内容、規模、成長性、収益性などが近い上場会社を候補にします。1社だけでは、その会社固有の事情に評価が引っ張られるため、複数社を比較するのが基本です。

2.各社の評価倍率を求める

M&Aで代表的なのがEV/EBITDA倍率です。


  EV/EBITDA倍率 = EV ÷ EBITDA


EVは、一般に事業価値を示す概念です。簡便には、株式価値に有利子負債を加え、事業に使っていない現預金などを調整して考えます。

EBITDAは、簡便には営業利益に減価償却費を足し戻した数値です。税金や資金調達方法、減価償却の影響を受けにくいため、会社同士の収益力を比較する際に使いやすい特徴があります。

3.採用する倍率を決める

複数社の倍率が出たら、平均値や中央値を見ながら採用倍率を決めます。ただし、高い会社と低い会社を機械的に平均すればよいわけではありません。

特別な成長期待で株価が上がっている会社、赤字転落直後の会社、一時的な利益で倍率が低く見えている会社などは、外れ値になっている可能性があります。

なぜその倍率を採用したのか。ここを説明できる状態にしておくことが大切です。

4.対象会社の財務数値に倍率を掛ける

EV/EBITDA倍率を使う場合は、対象会社のEBITDAに採用倍率を掛けて事業価値を求めます。


  事業価値 = 対象会社のEBITDA × 採用したEV/EBITDA倍率


例えば、対象会社のEBITDAが1億円、採用するEV/EBITDA倍率が6.3倍であれば、事業価値は6.3億円となります。

そのうえで、有利子負債や現預金などを調整し、株式価値を検討します。会社売却で株式譲渡を予定している場合、経営者が最終的に知りたいのは株式価値であることが多いため、事業価値で計算を止めないことがポイントです。

EBITDAは決算書の数字をそのまま使わないこともある

中小企業では、役員報酬が通常より高い・低い、オーナー個人に近い経費が含まれる、今後は発生しない一過性費用がある、といったことがあります。

その場合、継続的な収益力が分かるように調整してからEBITDAを見ることがあります。これを正常化調整、またはノーマライズと呼びます。

役員報酬と一過性損益は特に確認する

役員報酬を適正水準に置き直した場合の利益や、一度限りの修繕費・損失などを除いた利益を確認すると、買い手が取得後に期待できる収益力を説明しやすくなります。

ただし、経営者側に都合のよい費用だけを除外すると、算定結果の説得力を失います。調整する場合は、その費用がなぜ将来は発生しないのかを説明できることが前提です。

減価償却費を足し戻す理由を理解しておくと、EV/EBITDA倍率が会社間比較に使われる理由も分かりやすくなります。

PER・PBRなど倍率は会社の特徴で使い分ける

類似会社比較法で使う倍率はEV/EBITDAだけではありません。どの指標が適しているかは、会社の利益構造や資産構成によって変わります。

EV/EBITDA倍率は事業の稼ぐ力を比べやすい

EV/EBITDA倍率は、資本構成や税率、減価償却方法の違いを受けにくく、会社間比較に使いやすい点が特徴です。国や会計条件が異なる会社を比較するときにも利用しやすく、M&Aでは代表的な倍率です。

一方、EBITDAは設備投資そのものを差し引く指標ではありません。設備投資負担が大きい業種では、EBITDAだけを見ると実際の資金負担を軽く捉える可能性があります。設備更新に必要な支出も併せて確認したいところです。

PERは純利益から株式価値を見る

PERは、株価が1株当たり利益の何倍になっているかを見る指標です。類似会社のPERを対象会社の純利益に当てはめることで、株式価値を直接考えやすい利点があります。

ただし、純利益は支払利息、税金、特別利益・特別損失の影響を受けます。一時的な損益が大きい会社では、PERだけで判断すると評価がぶれやすくなります。

PBRは純資産との関係を見る

PBRは、株価が1株当たり純資産の何倍かを見る指標です。金融機関や資産保有型の会社など、純資産の意味が比較的大きい業種では参考になります。

ただし、ブランド、技術、人材、顧客基盤など、決算書に十分表れない価値は捉えにくい面があります。利益を生む力が重要な会社では、PBRだけで結論を出さない方が実態を捉えやすくなります。

売上高倍率やEBIT倍率が合う場合もある

赤字企業や利益がまだ安定していない成長企業では、売上高を基準にした倍率が使われることがあります。ただし、売上高倍率は利益率を反映しないため、同じ売上でも稼ぐ力が違う会社を同じように評価してしまう弱点があります。

EBIT倍率は営業利益を基準にするため分かりやすい一方、減価償却費の影響を受けます。設備投資の重い会社を比較するときは、会計処理や設備の新旧も確認する必要があります。

会社売却で算定結果を読み違えないための注意点

「同業上場会社が8倍だから、自社も8倍で売れる」とは限りません。マルチプルは便利な物差しですが、使い方を誤ると数字だけが独り歩きします。

完全に同じ類似会社は存在しない

類似会社の選定には、どうしても判断が入ります。対象会社に有利な会社ばかりを選べば評価は高くなり、不利な会社を選べば低くなります。

そのため、会社名を並べるだけでなく、なぜ比較対象としたのかを説明できることが重要です。比較候補がどうしても見つからない場合は、類似会社比較法を無理に使わず、別の評価方法を重視する判断もあります。

株式市場の過熱や急落も倍率に反映される

市場価格を使うことは長所である一方、市場のゆがみもそのまま入ります。株式市場全体が大きく上昇している局面では倍率が高くなりやすく、急落局面では低くなりやすい傾向があります。

1時点だけで決めず、過去の倍率推移や複数期の業績も確認すると、偶然の高値・安値に引っ張られにくくなります。

客観性がある一方で、前提次第で結果は変わる

類似会社比較法のメリットは、実際の市場株価を基準にでき、DCF法より計算構造が分かりやすいことです。買い手と経営者の双方が「市場ではどの程度の倍率なのか」を共有しやすく、価格交渉の出発点にもなります。

一方で、比較会社、採用倍率、正常化した利益の置き方によって結果は変わります。計算式が簡単だからこそ、前提条件の説明が重要です。

複数の評価方法で違和感を確認する

類似会社比較法だけで会社の価値を断定せず、時価純資産法やDCF法など別の方法と見比べると、評価額の違和感に気付きやすくなります。

例えば、類似会社比較法だけが大幅に高い場合は、市場倍率が過熱していないか、対象会社のEBITDAを過大に調整していないかを確認します。逆に低い場合は、独自技術や安定顧客など、上場会社との単純比較では表れにくい強みがないかを見直します。

会社売却を検討する経営者にとって重要なのは、「何倍なら高く売れるか」だけではありません。自社の収益力、資産、将来性をどの評価方法で説明すれば買い手に伝わるかを整理し、譲渡価格の根拠を準備することです。

まとめ

類似会社比較法は、似た上場会社の株価と財務指標から倍率を求め、自社の企業価値や株式価値を考える方法です。EV/EBITDA、PER、PBRにはそれぞれ向き不向きがあり、類似会社の選定や利益の正常化、市場環境でも結果は変わります。会社売却では算定額を絶対視せず、他の評価方法と比べながら譲渡価格の根拠を整えることが大切です。

著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー 

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事

編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人