Powered by みつき税理士法人

中小企業の事業売却戦略から手続までの重要ポイントを解説

中小企業は事業売却で本当に成長できるのでしょうか。答えは可能です。本記事は意義や手続、税務、価格設定から成功事例まで具体的に解説し、最適な判断の助けとなります。

目次:

  1. 中小企業における事業売却の意義
  2. 事業譲渡と会社売却の違い
  3. 事業売却時の税務と費用負担
  4. 中小企業が事業売却を選択する理由
  5. 事業売却がもたらす譲渡企業の利点
  6. 事業売却に伴う譲渡企業の課題
  7. 中小企業の事業売却における価格指標
  8. 高額売却を実現する条件
  9. 事業売却決断の重要ポイント
  10. 中小企業の事業売却成功例
  11. 中小企業の事業売却プロセス
  12. 事業売却後の会計処理
  13. 中小企業の事業売却における留意事項
  14. 事業売却に関する専門家への相談
  15. まとめ

▶目次ページ:M&Aの種類・方法(事業譲渡)

中小企業における事業売却の意義

事業売却は中小企業にとって重要な経営戦略です。譲渡企業が保有する事業の一部または全部を第三者に譲渡することで、資産や負債だけでなく取引先との関係、ブランドなど無形資産も移転します。近年は事業承継問題や経営環境の変化を背景に、経営者の約七割が事業売却を検討しており、撤退ではなく企業価値を最大化する前向きな選択肢として注目されています。

事業売却は企業存続と成長を同時に叶える手段

事業売却を活用すれば、譲渡企業は不要な事業を切り離しつつ成長資金を獲得でき、譲受企業は既存資源を取得してシナジーを創出できます。双方に利益があるWin‐Winの取引となりやすい点が大きな特徴です。

事業譲渡と会社売却の違い

事業売却と混同されがちな会社売却(株式譲渡)との違いを押さえることが、最適なスキーム選択につながります。

取引対象と手続が異なる点を理解する

  • 対象範囲

事業売却  特定事業や資産のみ

会社売却  会社全体


  • 売却方法

事業売却  個別資産・負債の移転

会社売却  株式の譲受


  • 売却益の受取者

事業売却  会社

会社売却  株主


  • 法的手続

事業売却  資産ごとに譲渡契約が必要

会社売却  株式譲渡契約のみ


  • 会社の存続

事業売却  譲渡企業は存続

会社売却  所有者が交代し会社は継続

事業売却時の税務と費用負担

譲渡企業が負担する主な税金は法人税です。売却価額から帳簿価額を差し引いた譲渡益が黒字であれば課税対象となります。資産の種類によっては消費税も発生しますが、通常は譲受企業が負担します。繰越欠損金による相殺や圧縮記帳による課税繰延が可能な場合もあり、早期に税務戦略を立てることが重要です。

専門家と連携し正確な税額を試算する

法人税率は所得金額や会社規模で異なり、売却時期や方法によっても負担が変動します。税理士に相談し、譲渡益と繰延措置を試算することで、適正な売却価額の設定と資金計画が行えます。

譲渡益の圧縮と資金繰りを両立させる税務計画

  • 圧縮記帳の活用
  • 償却資産の見直し
  • クロスボーダー案件の消費税対応


これらを組み合わせることで純手取り額を最大化しながら次の投資に備えられます。

中小企業が事業売却を選択する理由

事業売却は譲渡企業が抱える課題を解決し、成長戦略を描くための有効な手段です。

後継者不足や経営資源不足を解消する

  • 後継者不在
  • 経営資源の不足
  • 市場環境の変化

事業売却がもたらす譲渡企業の利点

事業売却には財務と戦略の両面で多くのメリットがあります。

売却益で資金を調達しポートフォリオを最適化

  1. 売却益の活用
  2. 事業ポートフォリオの再構築
  3. 企業文化と雇用の維持

事業売却に伴う譲渡企業の課題

メリットがある一方、譲渡企業は複数の課題に直面します。

長期化するプロセスと競業避止義務への備え

  • 売却プロセスの長期化
  • 競業避止義務
  • 事業別財務諸表の作成

早期準備と専門家チームの活用で負担を軽減

  1. スケジュール管理
  2. 競業避止義務の緩和交渉
  3. 財務資料の整備
  4. 従業員とのコミュニケーション

中小企業の事業売却における価格指標

譲渡企業が適正価格を設定するには客観的評価指標の把握が不可欠です。

EBITDA倍率や純資産価額で相場を把握する

  • EBITDA倍率法(二〜五倍が目安)
  • 純資産価額法(のれん価値を加算)
  • DCF法(将来CFを現在価値に換算)
  • 類似企業比較法(規模差の補正が必要)


なお、指標ごとの数値は業界や景況感で大きく変動するため、直近の取引事例と比較して妥当性を検証する作業も欠かせません。

高額売却を実現する条件

事業を高値で譲渡するには譲受企業にとっての魅力を最大化する準備が必要です。

成長性と競争優位性を具体的に示す

  1. 成長性の裏付け
  2. 競争優位性の証明
  3. リスクの低減
  4. 顧客基盤の強固さ
  5. 経営者の協力体制

事業売却決断の重要ポイント

事業売却を最終判断する場面では、感情に流されず客観的な基準で検討することが求められます。売却後も残る事業や従業員に与える影響まで視野を広げ、複数の選択肢を比較したうえで最良の道を選びましょう。

売却範囲と資産・負債の線引きを明確にする

まず、全部売却か一部売却かを決定し、譲渡対象となる資産・負債・契約・人材を詳細にリスト化します。特に不動産や知的財産の扱いは、売却後の経営に直結するため慎重な線引きが欠かせません。

税金負担を試算し資金計画を立てる

法人税・消費税・固定資産税などの税負担を事前に算定し、手取り資金を把握します。繰越欠損金や圧縮記帳の活用可能性を確認し、売却後の投資や負債返済に充てる計画を立案することで資金ショートを防げます。

従業員の同意と情報共有で組織不安を抑える

従業員には早めに情報を開示し、雇用条件や配置転換の方針を説明して同意を得ることが重要です。キーパーソンの処遇は譲受企業と交渉し、退職リスクを最小化しましょう。

中小企業の事業売却成功例

成功事例を知ることで、自社に応用できるポイントが見えてきます。以下では規模や目的の異なる三つの事例を紹介します。

計測機器メーカーが施工会社に製造部門を売却した事例

  • 垂直統合でシナジーを創出
  • 全従業員の雇用を維持
  • 技術力の継承で譲受企業の競争力が向上

後継者不在のメッキ加工業が同業へ売却した事例

  • 高品質技術が買い手の生産ラインに貢献
  • 従業員の雇用継続を条件に交渉成立
  • 業界再編の流れに乗り遅れず企業価値を保全

不採算部門整理のため小売業のみを高値で売却した事例

  • 黒字部門を切り出し売却資金で製造部門を整理
  • 売却目的を明確化し交渉を有利に運営
  • 価格交渉で将来成長分を加味し企業価値を最大化

中小企業の事業売却プロセス

事業売却は複数の段階を踏んで進行します。それぞれの段階で必要な準備を怠らないことが成功への近道です。

売却事業と買い手の選定を計画的に進める

売却対象を確定したら、市場調査で潜在買い手をリストアップし、M&Aアドバイザーとともにアプローチを開始します。秘密保持契約の締結後、事業概要書を提供し興味度を確認します。

基本合意からデューデリジェンスまでの留意点

基本合意書には価格レンジ、独占交渉期間、主要条件を明記します。その後のデューデリジェンスでは財務・法務・税務・労務の資料を準備し、買い手の質問に即答できる体制を整えます。

最終契約とクロージングで抜け漏れを防ぐ

最終契約書には競業避止義務や表明保証を盛り込み、効力発生日を明確に設定します。クロージングでは資産移転、従業員の雇用契約、取引先への通知を一括で実行し、トラブルを防止します。

事業売却後の会計処理

売却が完了したら、譲渡益と資産移転を正確に仕訳し、財務諸表へ反映します。売却資産の簿価計上、受取対価の認識、譲渡損益の算定を誤ると後の税務調査で指摘を受ける可能性があるため、公認会計士に確認を依頼しましょう。

のれんや税効果会計の取扱いに注意する

のれんの発生有無を確認し、発生した場合は適切に償却計上します。税効果会計を適用する際は繰延税金資産の回収可能性を検証することが必要です。

中小企業の事業売却における留意事項

譲渡企業が見落としがちな細部にも注意を払い、リスクを抑えながら交渉を進めましょう。

個人資産と法人資産を事前に整理する

不動産や車両が経営者個人名義になっていないか、関連当事者取引が市場価格から逸脱していないかを確認し、売却前に整理します。

交渉では柔軟性とWin‐Winの視点を保つ

譲れない条件と譲歩可能な条件を切り分け、段階的売却や支払方法の工夫など複数案を提示することで、買い手との関係を良好に保てます。

冷静な意思決定で後悔を防ぐ

専門家の客観的意見を取り入れ、十分な検討期間を設けたうえで最終決断を下します。

事業売却に関する専門家への相談

売却プロセス全体を通じて、各分野の専門家を適切に活用することでリスクを低減し価値を最大化できます。

M&Aアドバイザーが買い手探索と交渉を主導

市場動向に精通したアドバイザーは、合致度の高い買い手を紹介し、価格交渉を円滑に進めます。

税理士・公認会計士が税務と会計処理を支援

譲渡益課税や会計基準の選択など複雑な論点を整理し、適正な財務情報を作成します。

弁護士が契約書と法的リスクをチェック

競業避止義務の範囲や表明保証の文言など、将来紛争に発展しやすい条項を事前に調整します。

経営コンサルタントが売却後の成長戦略を提案

譲渡後の新規事業立ち上げや既存事業の拡大計画を策定し、売却資金を有効活用するための指針を示します。

まとめ

事業売却は中小企業が後継者問題や資金不足を解決し、成長戦略を実現する有力な手段です。売却範囲・税務・従業員対応を慎重に検討し、専門家と協力して交渉と手続を進めることで、企業価値を最大化しつつ円滑な事業移行を達成できます。

著者|土屋 賢治  マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

相続の教科書