この記事では、宿泊業(旅館やホテルなど)のM&A動向に関する詳細な説明を行います。
現在の宿泊業界では、特にホテル業態において、外国人観光客の増加に伴い、民泊需要により国内のホテル数が増えています。しかし、この業界は慢性的な人手不足に悩まされており、その理由として、働く環境が他の業界と比べて厳しいことが挙げられます。高級な旅館業態でも類似の問題が起こっています。
一方で、ホテルや旅館などの宿泊業の経営者の中には、後継者が見つからなかったり、事業の業績が悪化して施設のリニューアルが難しい状況にある会社も少なくありません。そこで、この記事では宿泊業界の業界情報や外部環境について説明し、実際に行われた中小企業のM&A事例も取り上げます。
目次
ホテルや旅館などの宿泊業は、日本標準産業分類において旅館業として分類されます。
参照先:総務省/日本標準産業分類
旅館業は「人を宿泊させる」という意味であり、アパートや借り間部屋などは含まれません。また、旅館業は「ホテル営業」「旅館営業」「簡易宿泊所営業」「下宿営業」の4種類に分けられます。
具体的には、ホテル営業は「洋式の構造及び設備を主とする施設を設けてする営業」と定義されており、旅館営業は「和式の構造及び設備を主とする施設を設けてする営業」とされています。「簡易宿泊所営業」には民宿やペンション、山小屋、カプセルホテルなどが含まれ、「下宿営業」は1か月以上の期間単位で宿泊させる業態となります。
参照先:厚生労働省/旅館業法概要
ホテル・旅館等の宿泊業は、利用者に対して宿泊・飲食・挙式などの様々なサービスを提供する事業を展開しています。また、施設ごとに利用ターゲットを選び、例えば高級志向、ビジネス用、家族向けなど、明確にコンセプトが分かれているのが特徴です。
しかし、ホテル・旅館業界では、24時間365日営業の施設が多いため、労働条件が厳しく、これが従業員の慢性的な人材不足につながっています。
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
以上の課題を解決するためにも、宿泊業における外部環境を十分に考慮し、経営戦略や施設運営に適切に反映させることが重要です。
宿泊業界、特にホテルや旅館などの分野における市場規模は、2016年の時点で約5兆円に達していました(帝国データバンク調べ)。しかし、新型コロナウィルスの影響により、我が国の観光業界は2020年以降、約3年間で大幅な落ち込みが続いたことが明らかになっています。
その一方で、最近の帝国データバンクの業績動向調査によると、旅館やホテル業界のうち、4割以上が増収を見込んでいるとされ、2022年度の宿泊業界全体の市場規模は3兆円台に回復すると予想されています。
参照先: 帝国データバンク「旅館・ホテル業界動向調査(2022年度業績見通し)」
ここでは、過去の宿泊業界の動向を振り返ってみましょう。国土交通省観光庁のデータによると、過去10年間(2008年〜2018年)の宿泊業全体の施設数は、84,411軒から82,150軒(-2.7%)へと減少傾向が続いていることがわかります。
施設数全体の減少要因は、2008年から2018年の10年間で旅館の数が大幅に減少したことが主であり、50,846軒から38,622軒(-24%)へと減っています。一方で、ホテルの数はこの間に9,603軒から10,402軒(+8.3%)へと増加し、2013年から2018年の5年間においても、+6%の増加基調が続いていることが示されています。
(図1)「ホテルの件数と客室数の推移」
参照先: 観光庁観光産業課「観光や宿泊業を取り巻く現状及び課題等について/宿泊施設数の現状と推移(2019年1月28日調べ)」
ホテル業界の活況の背後には、訪日外国人旅行者数の増加が主な要因とされています(インバウンド効果)。同じく国土交通省観光庁のデータによれば、2018年には訪日外国人旅行者数が初めて3,000万人を突破し、過去最高を記録しています。過去10年間でみると、訪日外国人旅行者数は3.7倍にまで増加しているのです。
ただし、新型コロナウィルスの影響により、世界的に観光業に大きな打撃を受けたことから、訪日外国人旅行者数も大幅に減少しています。
(図2)「訪日外国人旅行者数の推移」
参照先:観光省/令和3年度観光白書について/日本の観光動向(訪日外国人旅行者数)
しかしながら、新型コロナウィルスの弱毒化やワクチン接種の普及により、ウィルスの社会への影響が徐々に弱まりつつあることから、今後国内外への旅行や観光地を訪れる人々が増えることが期待されています。このような状況を背景に、宿泊業界、特にホテル業界の未来は明るいものと考えられます。
ホテルや宿泊業において、国内外の旅行者を惹きつけて売上を確保することが最も重要な課題です。しかし、競合する業者が数多く存在し、目標達成は容易ではありません。
ホテルにとっての第一の競合者は、もちろん他社が運営するホテルです。さらに、衰退している旅館業界においても、一泊の宿泊費が5万円以上する高級業態の旅館や、逆に新業態として増加中の低価格を売りにしている簡易宿泊所なども競合者と言えます。
他方で、宿泊業界には異業種からの参入も活発であり、異業種ならではの新しい視点で宿泊業に進出してくる企業は、従来からの宿泊業者にとってある意味脅威となります。
また、古くから経営しているホテルや旅館の中には、設備施設の老朽化や経営環境の変化にサービスがうまく対応できず、利用客が減少し資金不足に陥っている事業者も存在します。そのようなホテル・旅館は、資本力やノウハウを持った大手企業等からの買収や資金援助を受けて、経営の打開策を図る必要があります。
宿泊業界が直面する主な課題は以下の4つです。
• 稼働率の維持
• 施設・設備の維持
• 人材不足の解消
• 後継者不足の解消
これらの課題を解決することが、宿泊業界における経営の成功へのカギとなります。
宿泊業において最も重要な課題の一つが、稼働率の維持であります。ホテルや旅館などの宿泊施設は、年間を通じて繁忙期と閑散期が必ず存在しています。
繁忙期と閑散期の差を埋め、利用者の利用頻度を高めることで稼働率をより高く保つことが求められています。創意工夫や独自のサービスで集客を図ることが重要です。
宿泊業のもう一つの課題が、施設や設備の維持になります。宿泊施設は多くの顧客を受け入れるために、大規模な施設や設備が必要です。
さらに、シーズンや市場環境の変化に対応するために、設備の入れ替えや定期的な施設改修が不可欠です。これにより、大きな資本力が求められる業態となっています。
人材不足問題も宿泊業において深刻な課題の一つとなっています。特に、宿泊業は24時間365日稼働する施設が多いため、勤務形態が厳しい面があります。
低賃金で長時間働くことが求められる施設も多く、高い離職率が続いており、慢性的な人材不足が顕在化しています。加えて、インバウンド需要の増加により、ホテルの建設ラッシュが続いており、人材の供給が追い付かない状況が続いています。
外国人採用を含むグローバル対応が可能な人材の確保や、接客ロボットなどのテクノロジー活用による人材不足の補完が求められているのです。
宿泊業において、後継者不足も大きな課題となっています。宿泊業以外の業態でも同様の問題を抱えており、多くのホテルや旅館の経営者が70代を超えても第一線で活躍しています。
経営者の子供たちが別の仕事に就いていたり、事業継承に意思がないため、後継者が決まらない事例が多く見受けられます。この問題が解決されないまま、資金調達難などの理由で廃業が増えることが懸念されています。
廃業によって取引先や従業員に迷惑がかかることを避けるため、後継者不足を解消して事業を継続していく方法が模索されています。
ホテル・旅館等の宿泊業界では、経営が順調であっても後継者が見つからなかったり、資金難や人材不足等の理由から打開策が見つからない経営者にとって、M&Aは大きな解決策となり得ます。
ホテル・旅館の経営主体は大半が中小企業であり、大手同業者だけでなく、資本力や経営ノウハウを持った異業種(例えば不動産業、飲食業、建設業)や投資ファンドも買い手候補となり得ます。
買い手にとって、M&Aを通じて好立地の物件を手に入れたり、事業基盤の拡大が図れる点が魅力的です。さらに、設備施設だけでなく、熟練スタッフ、ノウハウ、ブランド等も一緒に手に入るため、初期コストの抑制や成長に向けた時間コストの節約も可能です。
売り手にとってもM&Aにはメリットが大きく、後継者問題の解決や、譲渡対価を創業者の老後資金や別の事業資金に充てることができます。また、事業を大手企業に引き継いでもらうことで、取引先との契約の継続や従業員の雇用維持が可能となります。
M&Aにおいては、スタッフ・取引先・ノウハウ等の無形資産(のれん)にも高い価値が付くことが一般的であり、売却益の最大化が実現できます。
このように、宿泊業に関してM&Aは買い手・売り手双方に多くのメリットがあるため、検討する意義は大いにあると言えます。
宿泊業におけるM&Aによる買収・譲渡等の事例を、3つピックアップしてご紹介します。この場では、譲渡対象がホテルに限定されていますが、熱海市のような高名な温泉地にある高級旅館がM&Aの対象となる事例も多く見られます。
本事例では、買い手の霞が関キャピタルが不動産業であり、売り手のメゾンドツーリズム京都がホテルを経営しているというケースです。売り手のメゾンドツーリズム京都は、ホテルや旅館、飲食店などの経営を幅広く手掛けている企業であります。
一方、買い手の霞が関キャピタルは本業として不動産業を展開していますが、経営の多角化を目指し、2021年4月に売り手が保有する「ホテル京都木屋町」を獲得する目的で、メゾンドツーリズム京都の全株式を取得し、子会社化することに成功しました。
このM&A事例は、ホテル同士である同業者間における取引ケースです。売り手のホテル小田急静岡は、小田急電鉄の子会社であり、「ホテルセンチュリー静岡」の運営を行っています。
一方、買い手のブリーズベイホテルは、ホテル運営や企業再生を行う会社です。売り手である小田急電鉄は、子会社のホテル小田急静岡が経営難に陥っているため、売却を決断。買い手のブリーズベイホテルは、自社の資本やノウハウをホテル小田急静岡に注入することで再生が可能と判断し、購入を決めました。2020年3月に株式譲渡を行い、M&Aが成立しています。
ホテルや旅館などの宿泊業におけるM&A件数は、今後も後継者問題の解消や競合者の台頭など厳しい外部環境の変化に伴い、さらなる増加が予想されます。業界全体は依然として厳しい状況が続いていますが、新型コロナウイルスの収束が見込まれることから、観光業に対する需要は再拡大の兆しがあります。そのため、2023年以降、宿泊業のM&Aが再び活発化すると考えられます。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画