宿泊業旅館M&A活用で事業承継を成功へ導く方法を事例で解説
宿泊業旅館M&A活用で経営課題解決と円滑に承継する方法を解説
宿泊業旅館M&Aの進め方を知りたいですか?本記事では市場環境から課題、成功事例まで専門家がわかりやすく解説します。
目次
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
宿泊業は旅館業法で「人を宿泊させる事業」と定義され、ホテル営業・旅館営業・簡易宿泊所営業・下宿営業の4つに区分されます。ホテル営業は洋式設備を備えた施設、旅館営業は和式設備を中心とする施設を指し、簡易宿泊所には民宿やカプセルホテルが含まれます。下宿営業は1か月以上の長期滞在を前提とした形態で、学生寮や社員寮に近い位置づけです。
宿泊施設は、目的や価格帯でさらに細分化されます。例えば、宿泊とレジャーを組み合わせたリゾートホテル、短期出張者向けのビジネスホテル、温泉と伝統的サービスを売りにする旅館などが挙げられます。各施設は「どの利用者に、どんな体験を提供するか」を明確にし、施設運営戦略を構築しています。
宿泊業の魅力は、単に寝泊まりを提供するだけでなく、地域文化や土地の魅力を体験価値として提供できる点にあります。近年はインバウンド需要の拡大で、旅館が提供する「和」の体験が世界的に評価される一方、価格競争が激しい簡易宿泊所も増加しています。施設の多様化は顧客選択肢を広げる一方、各事業者には明確な差別化戦略が求められています。
2016年の宿泊業界市場規模は約5兆円でしたが、2020年からの新型コロナウイルス拡大で大幅に縮小しました。訪日外国人旅行者数は2019年に3,000万人を突破したものの、2021年には歴史的水準まで減少しました。しかし2022年度には宿泊業全体で3兆円台へ回復が見込まれ、帝国データバンク調査では旅館・ホテル企業の4割強が増収を予想しています。
過去10年間で施設数は約2.7%減少しましたが、旅館は24%減少した一方、ホテルは8.3%増加しました。特に2013~2018年はホテルが6%増加し、簡易宿泊所の新規参入も活発でした。こうした動向の背景には、
が挙げられます。
インバウンド需要はコロナ禍で一時的に姿を消しましたが、ワクチン普及と水際措置の緩和により戻りつつあります。観光庁は今後も国を挙げて誘客戦略を推進すると表明しており、宿泊単価の上昇が利益率向上を後押ししています。その一方、国内旅行者の消費額は2019年比ほぼ横ばいで回復し、地方観光地では需要平準化策が急務となっています。
宿泊業界は利用者の体験価値向上と経営効率化を同時に求められる産業であり、以下の課題に直面しています。
繁忙期と閑散期の差を縮小し、通年稼働率を高めるためには以下がポイントです。
施設改修や客室リニューアルには多額の資金が必要です。資金調達難に陥る前に、
が不可欠となります。
24時間365日運営が一般的な宿泊業では、
などで離職率を下げる工夫が求められます。
経営者が高齢化するなか、家族が別の職に就く例も多く、
が重要です。
課題解決には自助努力だけでなく、資金力やノウハウを持つ譲受企業との連携が効果的です。特に後継者問題を抱える中小旅館・ホテルでは、譲受企業へ株式を譲渡しつつ現経営陣が一定期間経営に関与する「段階的承継」を選択するケースが増えています。これにより従業員の雇用や取引先との関係を維持しながら円滑な引継ぎが可能です。
宿泊施設の事業承継をM&Aで行うと、譲渡企業・譲受企業の双方が大きな利益を得られます。
譲受企業は土地建物だけでなく、運営ノウハウやブランド力、リピーター顧客、OTA上の高評価など無形資産もまとめて獲得できます。開業コストや立ち上げ期間を短縮できるため、投資回収までの時間が大幅に短くなります。さらに既存従業員をそのまま雇用することで、サービス品質を保持したまま即戦力人材を確保できます。
譲渡企業は経営権を信頼できる譲受企業へ引き渡すことで、従業員の雇用と顧客サービスを継続できます。株式売却で得た譲渡対価は、経営者個人の老後資金や新規ビジネス資金として活用可能です。のれんが高く評価されやすい宿泊業では、適切な価格交渉により想定以上の売却益を得る例も少なくありません。
宿泊業M&Aでは「段階的承継」方式が利用されることも多く、取引後しばらく現経営者が相談役として残ることで、従業員や取引先の不安を最小限に抑えられます。実際、旅館の女将が一定期間残り接客を指導したことで、譲受企業による運営が軌道に乗ったケースも報告されています。
近年は資本力を持つ異業種や投資ファンドが地域ホテル・旅館に積極投資する流れが顕著です。
不動産・建設・飲食といった異業種企業は、シナジーを見込んで宿泊施設を取得しています。自社物件の稼働向上や、既存顧客へのクロスセルを図れる点が魅力です。
霞が関キャピタルがホテル京都木屋町を取得
不動産業を主軸とする霞が関キャピタルは、2021年4月にホテル京都木屋町を運営するメゾンドツーリズム京都を子会社化。自社の不動産再生ノウハウを活用し、施設価値を高めています。
ブリーズベイホテルがホテル小田急静岡を再生
企業再生に強みを持つブリーズベイホテルは、2020年3月に経営難だったホテル小田急静岡を株式譲渡で取得。資本注入と運営ノウハウにより、客室稼働率を改善し黒字化を実現しました。
ハウステンボスが自社ホテルを統合しブランド強化
テーマパーク運営会社ハウステンボスは、2021年5月に園内ホテルを運営するウォーターマークホテル長崎を買収。滞在型リゾートとしてのブランドを強化し、園内消費額の最大化を図りました。
最新事例 神戸北野ホテルなど地方高級施設の取得
2024年10月にはエイチ・ワイ・ホスピタリティ・エンタープライズが神戸北野ホテルの不動産を取得し、運営と所有を一体管理する体制を構築しました。同年12月には温故知新がホテルシーズン日南を完全子会社化するなど、地方の高付加価値ホテルを対象としたM&Aが続いています。
これらの事例に共通するのは、譲受企業が「土地・建物・ブランド・人材」をワンストップで確保し、短期間で収益化を図っている点です。また、資本注入と施設改修により、地域全体の観光活性化を促す好循環も生まれています。
ワクチン普及と水際措置緩和に伴い、2023年以降の宿泊業市場は回復基調にあります。
需要回復により客室単価が上昇し、EBITDA倍率で算出される企業価値が増加。譲渡企業は売却好機を迎えています。
脱炭素社会への対応として、省エネ設備導入や地産地消レストランを併設するホテルが注目を集めています。環境配慮をPRできる施設は、ESG投資を行うファンドから高評価を受け、M&A市場でも関心が高まります。
OTA手数料負担を抑えるため、自社予約エンジンとSNS広告を組み合わせた直販比率向上策が浸透中。譲受企業がマーケティング体制を強化することで、買収後のキャッシュフロー改善が見込まれます。
案件発掘からクロージング後まで、専門家チームによる多角的サポートが不可欠です。
宿泊施設の価値は土地建物だけでなく、口コミ評価やリピーター率など無形資産が大きく影響します。財務諸表と運営指標を総合して譲渡価格を決定することが重要です。
サービス品質は人に依存するため、従業員の雇用条件や取引先契約を維持する方針を示し、安心感を与えることがPMI成功の第一歩となります。
システム統合やブランド刷新は段階的に行い、顧客体験の一貫性を保つことが重要です。PMIを怠ると稼働率が急落し、買収効果が薄れる恐れがあります。
譲渡企業は早期に専門家に相談し、希望条件を整理した上で譲受企業候補を選定しましょう。譲受企業側も事前のデューデリジェンスを徹底し、設備投資計画や人材配置計画を策定しておくことで、クロージング後の混乱を最小化できます。
宿泊業M&Aは、後継者不在や資金調達難を抱える譲渡企業と、成長機会を求める譲受企業の双方に有効な選択肢です。市場回復と環境配慮需要の高まりで案件価値は上昇傾向にあります。専門家の助言を得て適正価格と円滑な引継ぎを実現し、地域観光の発展につなげましょう。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画