会計事務所のM&A活用で高齢化と後継者不足を乗り越える方法
会計事務所の後継者不足や高齢化はどう解決できるのでしょうか?本記事では会計事務所M&Aの仕組みと成功ポイントを具体的に解説し、事業承継と成長の両立を目指す方法を紹介します。
目次
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
会計事務所を取り巻く環境は急速に変化しています。最も大きな要因は所長税理士の高齢化と後継者不足です。日本税理士会連合会が2014年に公表した統計によれば、60歳以上の税理士は全体の54%を占め、そのうち約30%が60代です。定年制度がないことに加え、資格取得の難しさから若手税理士が十分に育っていないため、世代交代が進まず平均年齢が高止まりしています。所長が高齢の場合、身体的負担が増すだけでなく、最新のクラウド会計やデジタルツールへの対応が難しくなり、経営の将来像が不透明になります。この構造的課題を解消する実務的な手段として、会計事務所M&Aが注目されています。
高齢化が進む事務所では「代表の体調悪化=経営停止」というリスクが顕在化します。また、資格業であるため親族や職員が後継候補でも試験合格が必須で、タイミングによっては事業を引き継げません。M&Aを活用すれば、若い税理士を抱える譲受企業へバトンを渡し、クライアントや従業員を守りながら円滑に事業を承継できます。
ゼロから開業するより既存事務所を譲り受ける方が顧客・スタッフ・運営ノウハウを一括で獲得でき、立ち上げまでの時間と資金を節約できます。税理士法改正以降の競争激化やデジタル対応など外部環境の変化を踏まえると、M&Aは合理的な成長戦略となっています。
後継者不在は廃業リスクを直接的に高めます。譲受企業が若手税理士を複数擁していれば、将来の経営体制が安定し、事務所名やサービス品質も維持できます。
事務所を閉じれば職員は職を失いますが、M&Aで事業が存続すれば雇用が守られます。大手グループに加わるケースでは、研修制度や報酬体系が改善される可能性もあります。
閉鎖時には顧問先が新たな事務所を探す負担を負います。M&Aにより既存契約を譲受企業へ円滑に引き継げば、クライアントは業務を中断することなく安心して依頼を継続できます。譲渡企業の税理士が一定期間サポートを続ければ、信頼関係はさらに強固になります。
譲受企業が多拠点展開する大手であれば、ブランド力や経営資源を背景としたシナジーで設備投資や新サービス開発が加速します。財務面の不安が軽減し、従業員・顧客双方にメリットを還元できます。
譲渡企業の所在地をそのまま拠点化すれば、新規開拓コストを抑えて商圏を広げられます。既存の地域密着ネットワークにもすぐアクセスでき、売上増が期待できます。
税理士資格は難関であり、人材採用は容易ではありません。M&Aにより専門人材と現場経験を一括で獲得できるため、人材戦略上の大きなアドバンテージとなります。
コンサルティングや経営分析に強みを持つ事務所を譲り受ければ、新たなノウハウを社内に取り込み、顧客への提供価値を高められます。これにより価格競争に巻き込まれず、付加価値型ビジネスへ転換できます。
ここでは会計事務所同士のM&A件数が年々増えている背景を、原文と参考で挙げられた四つの要因に沿って解説します。
バブル期に独立した税理士が60〜70歳代となり、資格者の子どもが後継を望まない場合が増えています。税理士試験自体が難関であるため、親族内承継は年々難度を増しています。結果として、長年培ってきた顧客基盤を維持するには外部の若手税理士が在籍する譲受企業へ承継する方が現実的な選択肢となっています。
税理士法の改正で競争が激化する中、新規開業は顧客獲得までの赤字期間が長く、高コストです。既に顧客とスタッフが整った事務所を譲り受ければ、キャッシュフローを即座に得られ、リスクを低減できます。
ゼロから拠点を立ち上げる場合と比較して、M&Aは数年分の成長を一挙に前倒しできます。顧客契約の維持、業務フローの整備、人材教育などに要する膨大な時間をショートカットできるため、資源を高度な付加価値サービスへ集中投下できます。
2000年代以前は「士業の看板を売るのは後ろ向き」との心理的抵抗が強かったものの、現在は『持続的発展のための選択肢』として前向きに評価される風潮が定着しました。市場が成熟期に入る中で、複数事務所の専門性を束ねることで顧客サービスを高度化しようとする取り組みが増えています。
高齢化を解消するには、譲受企業に若手税理士が在籍しているかを必ずチェックしましょう。加えて、顧客層やサービス方針が自社と極端に乖離していないかを確認することで、移行期の混乱を防げます。
M&A後に雇用条件が悪化すると士気が低下し、人材流出による顧客離れを招きかねません。役職や賃金テーブル、研修制度について具体的に合意文書に落とし込むことが円滑な承継に直結します。
クライアントが安心感を抱くカギは『顔が見える引継ぎ』です。譲渡企業担当者が一定期間同行し、個別面談を行う計画を策定することで、委託解除リスクを最小化できます。
会計事務所の価値は『人』に大きく依存します。所長以外に事務所運営を担う税理士や熟練スタッフが存在するか、また譲受後に彼らが残留する意思を持っているかを精査しましょう。
顧客数・業種・平均報酬額を分析し、特定顧客への依存が高すぎないかを確認します。また、顧客と所長の信頼関係が強すぎる場合、所長引退で離脱するリスクも予測しておく必要があります。
譲受後に表面化する未払残業代や訴訟案件があれば、譲受企業の財務に影響を与えます。事業譲渡スキームでは資産負債を個別に移転するため、契約書で具体的に帰属を区分することが大切です。
譲渡企業が強みとする国際税務やM&Aアドバイザリーなどの専門分野が、譲受企業の事業ポートフォリオにどのような収益貢献をもたらすか数値で検証します。専門スタッフの活用方法やクロスセル戦略も併せて設計すると、買収効果を最大化できます。
年間売上1,000万円〜1億円の案件は成立しやすいレンジです。売上規模が目安金額を下回る場合は、取引前に顧客開拓や単価改善に取り組むことで、交渉を有利に進められます。
M&Aはステークホルダーの不安を招くイベントです。従業員には早期に雇用条件を提示し、顧客にはサービスの継続性と新たなメリットをわかりやすく伝えることが信頼維持の近道です。
仲介会社やファイナンシャル・アドバイザーを活用することで、目線合わせ・価格算定・契約書作成を効率化できます。第三者が間に入ることで、感情的対立や言った言わないのトラブルを防げる点も大きな利点です。
三つのモデルケースをあらためて振り返ると、年間売上3,000万円規模の事務所でも後継者不在という単一課題をM&Aで解決できることがわかります。また、売上6,000万円の事例では代表が第一線を退きたいという個人事情にM&Aが応え、サービス拡大を目的とする譲渡も存在しました。これらは規模や目的が異なってもM&Aが柔軟に課題解決ツールとして機能することを示しています。
M&Aによって譲渡企業は経営から退く自由を得られ、譲受企業は人材と顧客を獲得し、クライアントは途切れないサービスを受け続けるという三方良しの構図が実現します。このような実例を踏まえれば、M&Aは単なる譲受ではなく、業界全体の持続的な発展を支える選択肢といえるでしょう。
M&Aを円滑に進めるには、段階ごとにチェックポイントを整理しながら計画的に進めることが不可欠です。ここでは会計事務所M&Aで一般的に採用される五つのステップを詳しく見ていきます。
最初のステップは、譲渡企業・譲受企業ともに「何を実現したいか」を具体化することです。譲渡側は売却価格や従業員の待遇、譲受側は事業規模やエリア・専門性など、譲渡後の姿を数値と条件で整理します。この段階で目的を曖昧にしたまま進むと、後で条件の食い違いが発覚し、交渉が長期化する恐れがあります。
M&A仲介会社や金融機関が仲介役となり、双方の希望条件にマッチする相手を探します。ここで重要なのは、財務規模や地理条件だけでなく、経営理念やクライアント層の相性まで確認することです。理念が乖離している場合、統合作業で従業員や顧客が離脱するリスクが高まります。
価格、支払方法、従業員処遇、クライアント引継ぎ方法などを詳細に協議します。従業員が安心できる雇用条件や、クライアントが納得できるサポート体制を契約書に明文化することで、後日のトラブルを防げます。
譲受企業が財務状況・法務・税務・労務面を徹底調査し、潜在債務や訴訟リスクを把握します。会計事務所に特有のポイントとしては、顧客との長期顧問契約の継続性や、税務調査対応歴、職員の離職予定なども重要なチェック項目です。
デューデリジェンスの結果を踏まえて必要に応じて再交渉し、最終契約書に署名します。クロージング後は、クライアント説明会の開催や従業員へのオリエンテーションなど、統合プロセスを円滑に進めるための実務が始まります。
M&Aは多くの利点をもたらしますが、同時に特有のリスクも伴います。ここでは原文と参考で指摘された三つの留意事項を整理し、実務上の対策を示します。
個人事業の会計事務所では株式会社化していないケースが多いため、株式譲渡によるM&Aは原則不可能です。そのため、資産・負債・契約を個別に移転する事業譲渡スキームを採用するのが一般的です。事業譲渡では譲渡対象を細かく区分できる一方、手続が複雑化しやすいので専門家のサポートが欠かせません。
M&Aを思い立ってすぐに進めようとすると、財務資料や契約書の整理不足が表面化し、デューデリジェンスで評価が下がる原因になります。少なくとも1〜2年程度前から承継計画を立て、月次決算の精度向上や重要契約の更新確認を行うことで、取引価格と交渉力を高められます。
M&A後は譲受企業とクライアント間で契約を結び直す必要があります。この際、報酬体系やサービス範囲の変更が発生すると解約リスクが高まります。譲渡企業の税理士が移行期間に同行説明を行い、クライアントの不安を解消することで、解約率を最小限に抑えられます。
会計事務所の適正価格を算定するには、複数のアプローチを組み合わせることが望ましいとされています。
最もシンプルな方法は「年間顧問報酬=売却価格」とする考え方です。例えば年間3,000万円の顧問報酬があれば、価格も3,000万円前後が一つの目安となります。顧問契約は解約可能性があるため、報酬額の裏付けとなる顧客満足度や継続率の開示が交渉を左右します。
正常営業利益の3〜6倍を売却価格とする手法も一般的です。利益水準が安定していれば3倍、成長余地が大きい場合は6倍程度まで評価されるケースがあります。
資産と負債を時価で再評価し、差額を純資産価値とする方法です。無形資産である顧客関係やノウハウをどこまで資産計上するかが論点になります。顧客資産を合理的に計上するためには、顧問契約の継続率や平均取引期間など客観的データが求められます。
将来のキャッシュフロー予測を割引率で現在価値に換算し、企業価値を算定します。長期的な成長計画を持ち、顧問契約が更新ベースで継続する見込みが高い事務所に適した手法です。予測の前提となる顧客数増加率や報酬単価の根拠を明示することで、買い手の信頼を獲得できます。
専門家のサポートなしにM&Aをまとめるのは容易ではありません。三つのチャネルを踏まえ、選定のポイントを整理します。
銀行や証券会社、独立系仲介会社は豊富な案件ネットワークを持ち、条件に合う相手を短期間で紹介できます。報酬体系(成功報酬・着手金)や士業事務所案件の取扱実績を確認し、比較検討すると良いでしょう。
士業特有の業務フローや規制を熟知しているため、細かな実務に即した助言が期待できます。買い手候補としてだけでなく、仲介役としても機能するため、条件調整がスムーズに進む場合があります。
譲渡希望者が自社サイトや業界紙で直接買い手を募集するケースも増えています。仲介手数料を抑えられる一方で、条件詰めが甘くなるリスクがあるため、契約書作成やデューデリジェンスには第三者専門家を必ず関与させましょう。
専門家選定時のチェックリスト
会計事務所M&Aは後継者不足を解消し、譲受企業の事業拡大にも直結する有効な手段です。適切な価格算定と丁寧なステークホルダー対応、専門家の活用を組み合わせることで、リスクを抑えつつ持続的な発展が可能となります。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画