会計事務所のM&A戦略:高齢化時代の事業承継と成長の鍵

会計事務所M&Aの意義と実施プロセスを詳しく解説。売り手・買い手のメリット、価格相場、成功のポイントまで網羅。高齢化時代の事業承継と成長戦略としてのM&Aの可能性を探ります。

目次

  1. 税理士業界における高齢化の現状
  2. 会計事務所M&Aにおける売り手の利点
  3. 会計事務所M&Aにおける買い手の利点
  4. 会計事務所M&Aの実施プロセス
  5. 会計事務所M&A実施時の留意事項
  6. 会計事務所の売却価格の目安
  7. 会計事務所M&A成功のカギ
  8. 会計事務所におけるM&A活用事例
  9. 会計事務所M&Aの具体的事例
  10. まとめ

税理士業界における高齢化の現状

会計事務所を取り巻く環境は、他の業界と同様に大きな変化を迎えています。特に注目すべきは、税理士の高齢化が急速に進んでいることです。この傾向は、業界全体に様々な影響を及ぼしています。

60代が中心となる税理士の年齢構成

日本税理士会連合会が2014年に公表したデータによると、60歳以上の税理士が全体の54%を超えており、その中でも60代の税理士が約30%を占めています。次いで50代と40代の税理士が多くなっています。このデータから、税理士の高齢化が顕著に進んでいることが明らかです。

税理士の高齢化が進む背景

税理士の平均年齢が高くなっている主な理由として、定年退職制度がないことが挙げられます。多くの税理士は、65歳を過ぎても体力の続く限り働き続けることができます。このことが、業界全体の平均年齢を押し上げる要因となっています。

高齢の税理士が代表を務める事務所では、後継者不足が深刻な問題となっています。事業を引き継ぎたい子どもや孫がいても、税理士試験に合格しなければ税理士になることはできません。このため、後継者問題の解決が難しくなっているのです。

このような状況下で、会計事務所のM&A(合併・買収)が注目を集めています。M&Aは、後継者問題の解決策の一つとして、また事業の継続と発展を図る手段として、重要な選択肢となっています。

会計事務所M&Aにおける売り手の利点

会計事務所のM&Aを検討する際、売り手にとって様々なメリットがあります。これらの利点を理解することで、M&Aが事業継続や発展のための有効な選択肢であることがわかります。

後継者不足問題の解決

M&Aを実施することで、売り手は後継者問題を解決できます。税理士資格を持つ買い手に事業を引き継ぐことで、長年築き上げてきた会計事務所を存続させることができます。ただし、M&Aを検討する際は、買い手の年齢も考慮する必要があります。後継者問題の根本的な解決を目指すのであれば、比較的若い税理士を抱える買い手を選ぶことも一案です。

従業員の雇用継続

M&Aによって、従業員の雇用を維持できる可能性が高まります。会計事務所を閉鎖する場合、従業員を解雇せざるを得なくなりますが、M&Aを通じて事業を譲渡することで、従業員の雇用を守る道が開けます。ただし、M&A後の従業員の処遇については買い手の判断に委ねられる部分もあるため、契約締結前に十分な交渉を行うことが重要です。

クライアントの円滑な引継ぎ

M&Aを実施することで、長年信頼関係を築いてきたクライアントを円滑に引き継ぐことができます。会計事務所を閉鎖する場合、クライアントは新たな会計事務所を探す必要に迫られますが、M&Aによってクライアントを引き継ぐことができれば、クライアントの負担を軽減し、これまでの信頼関係を維持することができます。さらに、売り手の税理士がM&A後も買い手に残る形でサポートを続けられれば、クライアントにとってより安心感のある移行が可能となります。

経営基盤の強化と事業発展

特に買い手が大手の会計事務所である場合、経済力を背景としたシナジー効果により、事業の安定化や促進が期待できます。買い手の豊富な経営資源、知名度、ブランド力を活用することで、売り手にとって大きな魅力となります。特に財務面での懸念が軽減される点は、重要なメリットとして挙げられます。

これらの利点を総合的に考慮すると、会計事務所のM&Aは売り手にとって有効な選択肢となり得ることがわかります。ただし、M&Aの実施に当たっては、慎重な検討と準備が必要です。

会計事務所M&Aにおける買い手の利点

会計事務所のM&Aは、買い手にとっても多くのメリットがあります。これらの利点を理解することで、M&Aが事業拡大や競争力強化の有効な手段であることがわかります。

新たな地域への事業展開

M&Aを通じて、買い手は新しい地域での事業展開が可能になります。これまで対応できなかった地域の案件も受注できるようになり、事業エリアの拡大につながります。エリアの拡大は直接的に売上増加に結びつく可能性が高く、また、新たな地域に進出する際のリスクを最小限に抑えながら業務を拡大できる点も大きな利点です。

有能な人材の確保

M&Aにより、売り手が抱えている税理士や従業員をそのまま雇用できることも大きなメリットです。税理士の資格は難関であり、専門性の高い人材はとても貴重です。M&Aを通じて優秀な人材を確保できれば、将来的な事業拡大に向けて強力な基盤を築くことができます。ただし、新たに迎え入れる税理士や従業員が退職しないよう、十分な配慮と適切な待遇を提供することが重要です。

サービス範囲の拡大

会計事務所の中には、コンサルティングや経営分析を得意とする事務所もあります。そのような特色ある事務所とのM&Aを通じて、自社にはなかった専門性やノウハウを獲得することができます。これにより、サービスの幅を広げ、より多様なクライアントのニーズに応えられるようになります。新たなノウハウや人材を確保することで、これまで取り組んでいなかった事業領域にも進出できる体制が整います。

これらの利点を活かすことで、買い手は事業規模の拡大だけでなく、サービスの質の向上や競争力の強化も図ることができます。ただし、M&Aの成功には慎重な検討とデューデリジェンス(企業価値評価)が不可欠です。

次に、会計事務所M&Aの実施プロセスについて説明します。

会計事務所M&Aの実施プロセス

会計事務所のM&Aを成功させるためには、適切なプロセスを踏むことが重要です。一般的な会計事務所M&Aのスキームは以下のようになります。

1. 希望条件の整理: まず、売り手と買い手それぞれが、M&Aに関する希望条件を明確にします。売り手は売却価格や
        従業員の処遇などを、買い手は求める事業規模や地域などを整理します。

2. 買い手とのマッチング: 適切な買い手を見つけることが重要です。M&A仲介会社や金融機関などを通じて、条件に
        合う買い手を探します。

3. 契約の交渉: 双方の条件が合致したら、具体的な契約条件の交渉に入ります。売却価格、従業員の処遇、クライア
        ントの引継ぎ方法などについて詳細に協議します。

4. デューデリジェンス(買収監査・企業調査): 買い手が売り手の事業内容、財務状況、法的リスクなどを詳細に調
        査します。この段階で問題が発見された場合、契約条件の再交渉が必要になることもあります。

5. 最終合意: デューデリジェンスの結果に問題がなければ、最終的な契約内容について合意します。この段階で正式
        な契約書を作成し、署名を交わします。

このプロセスを丁寧に進めることで、双方にとって満足のいくM&Aを実現できる可能性が高まります。特に、デューデリジェンスの段階では、専門家のサポートを受けることが望ましいでしょう。

会計事務所M&A実施時の留意事項

会計事務所のM&Aを進める際には、いくつかの重要な点に注意する必要があります。

株式譲渡方式によるM&Aの制限

会計事務所のM&Aでは、株式譲渡の形式を取ることができない点に注意が必要です。多くの場合、個人の税理士が運営する会計事務所は法人化されていないため、株式会社ではありません。そのため、制度上、株式譲渡によるM&Aは不可能です。

代わりに一般的に用いられる手法は事業譲渡です。事業譲渡では、会計事務所の資産、負債、契約関係などを個別に譲渡することになります。この方式では、より細かい調整が可能になる一方で、手続が複雑になる可能性があります。

綿密なM&A準備の必要性

M&Aの実現には一定の時間がかかるため、計画的に進めることが極めて重要です。相手探しからデューデリジェンスの実施に至るまで、多くのステップを踏む必要があります。

M&Aを検討する際には、まず現状を十分に分析し、実情や目的に沿った事業承継計画を立てることが重要です。財務状況の整理、重要な契約内容の確認、従業員の処遇に関する方針決定など、準備すべき事項は多岐にわたります。これらの準備を怠ると、M&Aプロセスの途中で問題が発生し、取引が頓挫するリスクが高まります。

クライアントとの契約継続リスク

M&Aを実施した場合、買い手とクライアントとの契約は基本的に新たに結び直すことになります。この過程で、一部のクライアントとの契約が解消される可能性があることを認識しておく必要があります。

クライアントが困らないよう、売り手には買い手とクライアントをつなぐ重要な役割があります。M&Aの目的や買い手の特徴、サービスの継続性などについて、クライアントに丁寧に説明することが求められます。また、可能な限り売り手の税理士がサポートを続けるなど、クライアントの不安を軽減する取り組みも重要です。

これらの留意点を十分に理解し、適切に対応することで、スムーズなM&Aの実現と、その後の事業継続が可能となります。

会計事務所の売却価格の目安

会計事務所のM&Aを検討する際、売却価格の設定は重要な課題の一つです。一般的な会計事務所の売却価格相場について説明します。

多くの場合、会計事務所の売却価格は1年間の顧問報酬を基準に算出されます。例えば、年間顧問報酬が3,000万円の場合、M&Aの金額も3,000万円前後となることが多いです。

また、別の算出方法として、(正常)営業利益の3〜6年分を基準とする方法も広く用いられています。この方法では、営業利益が1,000万円の場合、おおよそ3,000万円〜6,000万円が売却価格の目安となります。

ただし、これらはあくまで一般的な目安であり、実際の売却価格はデューデリジェンス(買収監査・企業調査)の結果によって変動する可能性があります。そのため、M&Aを検討する際は、事前準備を十分に整えておくことが重要です。

時価純資産法とDCF法による評価

コンサルティングや経営分析を業務の一部としている会計事務所が買い手となる場合、時価純資産法やDCF法(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法)で算出した企業価値を基準として売却価格を決定するケースもあります。

1. 時価純資産法: この方法は、企業が保有する全ての資産の市場価格の合計から、全ての負債を差し引いた金額を企
        業価値とする評価方法です。会計事務所の場合、有形資産だけでなく、顧客関係や知的財産などの無形資産も考慮
        に入れる必要があります。

2. DCF法: DCF法は、将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて計算する方法です。会計事務所の将来の収益
        予測に基づいて企業価値を算出するため、成長性の高い事務所や長期的な事業計画を持つ事務所の評価に適してい
         ます。

これらの方法を用いることで、より精緻な企業価値評価が可能になります。ただし、これらの評価方法は専門的な知識と経験を要するため、公認会計士や税理士などの専門家のサポートを受けることが望ましいでしょう。

会計事務所の売却価格を決定する際は、上記のような一般的な相場観を参考にしつつ、個々の事務所の特性や将来性、市場環境などを総合的に考慮することが重要です。また、売り手と買い手の双方が納得できる価格設定を目指すことで、円滑なM&Aの実現につながります。

会計事務所M&A成功のカギ

会計事務所のM&Aを成功させるためには、いくつかの重要なポイントがあります。ここでは、M&Aを成功に導くための主要な要素について説明します。

年間売上1,000万円超の達成

会計事務所のM&Aを成功させる重要なポイントの一つは、売上高を1,000万円以上にすることです。一般的に、会計事務所のM&Aでは、売上高1,000万円〜1億円の案件が比較的成立しやすい傾向にあります。

一定以上の売上高を確保している会計事務所は、買い手からのニーズが高くなります。これは、すでに安定した顧客基盤があり、一定の収益性が見込めるためです。売上が足りていない場合は、まず1,000万円以上の売上獲得を目指すことで、M&Aの相手を見つけやすくなります。

従業員・顧客への丁寧な説明

M&Aを成功させるもう一つの重要なポイントは、従業員や顧客への丁寧な説明です。会計事務所を支える従業員やお世話になってきた顧客に対しては、M&A後の待遇やM&Aに至った経緯などを詳しく説明する義務があります。

従業員に対しては、M&A後の雇用条件や役割の変更などについて、できるだけ早い段階で明確に説明することが重要です。また、顧客に対しては、サービスの継続性や質の維持、さらにはM&Aによって期待できる新たなメリットなどについて説明することが求められます。

このような丁寧な説明は、買い手がM&A後もスムーズに経営を進めていくために不可欠です。会計事務所の業界においても、他の業界と同様に信頼関係やつながりが非常に重要であることを忘れてはいけません。

専門家への相談と活用

M&Aを確実に成功させたい場合、専門家への相談が効果的です。M&A仲介会社、ファイナンシャル・アドバイザー、戦略コンサルタントなどの専門家に依頼することで、M&Aの締結をスムーズに進められるだけでなく、より有利な条件を引き出せる可能性も高まります。

専門家は、M&Aの各段階で以下のようなサポートを提供できます。

1. 相手探し:適切な譲渡先や譲受先の選定

2. 価値評価:適正な売却価格の算定

3. 交渉サポート:契約条件の交渉

4. デューデリジェンス:適切な調査と分析

5. 法務・税務アドバイス:M&Aに関連する法的・税務的な助言

専門家の知見を活用することで、M&Aプロセスの各段階でのリスクを軽減し、より円滑な取引の実現が期待できます。

これらのポイントを押さえることで、会計事務所のM&Aをより成功に導くことができるでしょう。M&Aは単なる事業の売買ではなく、長年築き上げてきた信頼と実績を次の世代に引き継ぐ重要な機会です。慎重かつ戦略的に進めることが、成功への近道となります。

会計事務所におけるM&A活用事例

会計事務所のM&Aは、様々な状況で活用されています。ここでは、具体的な活用事例を紹介し、M&Aがどのように会計事務所の課題解決や成長戦略に貢献しているかを説明します。

1. 代表者の引退: 会計事務所を運営している税理士が引退を考えている場合、M&Aは有効な選択肢となります。
        M&Aを通じて事業を譲渡することで、代表の立場を降りつつも、一介の税理士として活動を続けることが可能で
        す。これにより、長年築いてきた顧客との関係を維持しながら、経営の負担から解放されることができます。

2. 後継者不足の解消: 多くの会計事務所が直面している後継者不足の問題に対して、M&Aは効果的な解決策となりま
        す。特に、子どもや親族に適切な後継者候補がいない場合、M&Aを通じて事業を引き継ぐことで、長年築き上げて
        きた事務所の存続を図ることができます。

3. 経営難の打開: 経営状況が厳しい会計事務所にとって、M&Aは事業継続の手段となり得ます。より規模の大きな事
        務所や経営基盤の安定した事務所との統合により、案件を安定的に受注し、従業員の雇用を守ることができます。
        また、経営資源の共有によってコスト削減や業務効率化を図ることも可能です。

4. 事業拡大の加速: 成長を目指す会計事務所にとって、M&Aは事業拡大を加速させる手段となります。新たな地域へ
        の進出や、異なる専門性を持つ事務所の買収を通じて、短期間で事業規模を拡大し、サービスの幅を広げることが
        できます。

5. 専門性の獲得: 特定の分野(例:国際税務、M&Aアドバイザリー)に強みを持つ事務所を買収することで、自社の
        専門性を補完し、総合的なサービス提供体制を構築できます。これにより、より幅広い顧客ニーズに応えることが
        可能になります。

6. デジタル化への対応: ITやデジタル技術の活用に長けた事務所とのM&Aを通じて、自社のデジタル化を加速させる
        ことができます。これにより、業務効率の向上や新たなサービス展開が可能になります。

7. 人材確保: 人材獲得が困難な状況下で、M&Aは即戦力となる人材を確保する手段となります。特に、専門性の高い
        税理士や公認会計士を抱える事務所の買収は、人材戦略の観点からも有効です。

これらの活用事例から分かるように、M&Aは会計事務所にとって単なる事業売却や買収の手段ではなく、様々な経営課題を解決し、成長を実現するための戦略的ツールとなっています。各事務所の状況や目的に応じて、M&Aを効果的に活用することが重要です。

会計事務所M&Aの具体的事例

会計事務所のM&Aの実態をより具体的に理解するため、いくつかの事例を紹介します。これらの事例は、M&Aが実際にどのように行われ、どのような結果をもたらしたかを示しています。

年間売上(予想売却額)

事業所歴

クライアント数

職員数

M&Aにいたる背景

事例1

3,000万円

30

50

4

後継者不在

事例2

6,000万円

35

60

6

代表を辞したい

事例3

3,000万円

30

45

4

サービスを拡大したい


これらの事例から、会計事務所のM&Aが様々な規模や背景で行われていることがわかります。また、M&Aを通じて、後継者問題の解決、事業の継続、サービスの拡大など、多様な目的が達成されています。

M&Aの成功には、売り手と買い手の条件が合致することが重要です。金銭面だけでなく、経営方針やクライアントへのサービス提供方針など、様々な要素を考慮して相手を選定することが、円滑なM&Aの実現につながります。

これらの事例は、会計事務所のM&Aが単なる事業の売買ではなく、双方にとって価値を生み出す戦略的な選択肢となり得ることを示しています。自身の事務所の状況や目標に照らし合わせ、M&Aが有効な選択肢となるかどうかを慎重に検討することが重要です。

まとめ

会計事務所のM&Aは、業界の高齢化や後継者不足という課題に対する有効な解決策となっています。売り手にとっては事業承継の手段として、買い手にとっては事業拡大の機会として、双方にメリットがあります。M&Aを成功させるためには、適切な価格設定、丁寧な従業員・顧客対応、専門家の活用が重要です。慎重に準備し、戦略的にアプローチすることで、会計事務所のM&Aは業界の持続的な発展に寄与する重要な選択肢となるでしょう。

著者|土屋 賢治 マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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