アパレル業界で注目されるブランドM&A。従来の知名度を活用し短期間での事業拡大を可能にする手法として、国内外で多くの事例が生まれています。本記事では、最新の背景やメリット、成功事例から異業種参入の実態までをわかりやすく解説し、ブランドの価値と戦略的活用を詳しく紹介します。
目次
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
ブランドM&Aとは、自分で一からブランドを作り上げるのではなく、すでに世の中で認知度の高いブランドを譲り受けることで、短い時間で事業を拡大できる手法をいいます。たとえば、アパレル企業が自社で新しいブランドを立ち上げるのは時間もコストもかかりますが、すでに人気のあるブランドをM&Aで取得すれば、あらかじめブランド名やイメージが確立されています。これによって、スピーディーな展開が可能になるのです。
また、この方法はアパレル業界だけでなく、飲料業界や化粧品業界などでも広く行われています。たとえば、国内の大手企業が海外ブランドを取得することで、その国の市場に一気に進出するケースや、異なる業種からアパレルに参入して新しい市場を開拓するケースも増えています。
ブランドは企業にとって大切な「無形資産」です。商品そのものよりも、“どこのブランドなのか”“そのブランドにどんなイメージがあるのか”という点が、消費者の購買意欲に強く影響を与えます。特にアパレル業界では、服のデザインや価格だけでなく、「あの有名ブランドだからほしい」という気持ちが購入につながることが多いです。
近年のアパレル業界は、ファストファッションブランドの台頭や消費者ニーズの多様化といった変化が激しい市場になっています。一つのブランドが長期間にわたって支持されるためには、トレンド対応やマーケティング戦略が欠かせません。また、ECサイトやSNSの普及によって、従来の店舗販売だけでなく、オンラインでの訴求力や魅力もますます重要になっています。
こうした環境下で「ブランドの価値を高める」「新しいブランドを素早く育てる」ことを狙い、すでに知名度を持つブランドをM&Aによって獲得する動きが活発になっているのです。
アパレル企業がブランドM&Aを選ぶ背景には、市場の成熟や後継者問題など、さまざまな理由があります。
日本のファッション消費は多くのブランドで既に飽和状態に近く、新ブランドを一から育てるのは時間もコストもかかります。そこで、認知度のあるブランドを取得することは、すでに固定ファンを取り込めるメリットが大きいと考えられています。
新しくブランドを立ち上げるには、広告宣伝や店舗展開など多額の投資が必要です。成功するまでに長い時間がかかり、失敗のリスクも大きいため、効率的な成長を求める企業は既存ブランドを手に入れる道を選ぶことがあります。
アパレル市場全体の成長が鈍化しているときには、他社のブランドを取り込み、より大きな規模で勝負するほうが有利になります。同時に、IT企業や投資ファンドなど異業種がアパレルブランドを手に入れることで、相乗効果を狙うケースも増えています。
オンライン販売やSNSマーケティングを重視する時代になり、従来型の企業がデジタルやECに強いブランドを取得するパターンもあります。デジタル技術を持たない企業にとって、ITノウハウを持つブランドを活用できるのは大きな利点です。
海外からのファストファッションやスポーツブランドが国内市場で存在感を増していることで、国内企業の競争は激しくなっています。対抗するため、海外で人気の高いブランドを取得し、グローバルに成長を図る企業も目立ちます。
中小のアパレルメーカーやファミリーブランドが抱える課題として、後継者がいないために廃業を検討しなければならないケースがあります。そこでブランドM&Aを通じて事業を継続させ、ブランドの存続や社員の雇用を守る道を選ぶのです。
ブランドM&Aは、譲渡企業(売り手)と譲受企業(買い手)の双方にメリットがあります。
ブランド存続
せっかく築き上げたブランドを残しつつ、資金を得られます。経営が厳しい場合や後継者が見つからない場合でも、ブランドが消滅しない可能性があります。
事業継続のチャンス
規模の小さいアパレルブランドでも、大手企業の傘下に入ることで新たな資源を活用でき、結果的にブランドが発展することもあります。
資金調達
ブランドを譲渡することで得た資金を、新しい事業への投資や負債の返済にあてられます。経営資源を整理し、本当に力を注ぎたい事業へ集中できるのです。
迅速な事業拡大
既に有名なブランド名や顧客基盤を活用し、短期間で市場に認知してもらえます。新規ブランドの立ち上げと比べ、大幅に時間を短縮できるでしょう。
多角化
異なるテイストや価格帯のブランドを複数持つことで、さまざまな顧客層にアプローチできます。リスク分散や収益源の増加にもつながります。
シナジー効果
共通の製造ルートや流通チャネルを利用することで、コスト削減や収益アップが見込まれます。人材やノウハウの共有も、企業全体を強化する好機になります。
新たな顧客層の取り込み
別の年代や嗜好をターゲットにしているブランドを手に入れれば、それまでリーチできなかった市場へ簡単に入れるようになります。
先に挙げた背景を具体的に知るため、アパレル業界で行われているブランドM&Aの代表的な事例を見てみます。これらの事例は、後継者不足の解消や事業多角化、EC強化など、さまざまな目的で実施されています。
あるアパレル大手ホールディングスが、女性向けメディアを運営する会社をM&Aによって手に入れたケースです。新規顧客をオンラインから取り込むためにデジタル化を推進し、既存ブランドと合わせて認知度を高めています。
フォーマルウェアに強みをもつ企画会社が、カジュアル系ブランドを譲り受けて自社サイトで展開した事例です。異なる分野を取り込み、多角化とリスク分散を同時に行っています。
投資ファンドと繊維商社が共同でセレクトショップを運営する企業をスポンサー支援した例です。EC事業強化や在庫管理の合理化を進め、新たにオンラインストアを設けることでさらなる売上拡大を狙いました。
従来型の店舗販売が中心の企業が、ECに特化した会社を買収したパターンです。すでに構築されていたオンライン販売ルートを活用し、自社ブランドのデジタル戦略を加速させました。
老舗のバッグメーカーが、自社ブランドを後継者不在の中で別企業へ譲渡。技術と歴史を生かしてブランドを存続させることに成功し、過去の製造ノウハウが引き継がれています。
カタログ通販大手が、大きいサイズ専門ECサイト運営会社を完全子会社化した事例です。特殊サイズの服というニッチ市場でまとめてシェアを獲得し、顧客満足度を高めました。
ブランドバッグをレンタルするビジネスモデルを持つ企業が買収され、新規ビジネスの獲得とシェアリングエコノミーへの進出を果たしました。単なる商品販売だけでなく、サービス形態の多様化が行われています。
アウトドアブランドがアパレル大手グループの子会社となり、ECや海外事業を強化。アウトドア市場での知名度を活かし、アクティブユーザーを取り込む狙いがあります。
オーダースーツの老舗とメンズウェア小売が統合し、生産から販売までを一貫管理する形を構築。両社の強みを活かして、より高品質かつ迅速に商品を提供しています。
日本の企業が海外のストリートブランドを買収することで、グローバルな顧客層を獲得。国内外の展開にシナジーを生み出し、新たな成長機会を創出しています。
これらの事例から、単にブランド名を得るだけでなく、ノウハウや販売チャネル、デジタル技術などを取り込める点がブランドM&Aの大きな特徴であるとわかります。
異業種の企業がアパレルブランドを譲り受けるケースも増加しています。IT企業や投資ファンドがアパレル製造会社に出資し、新たなブランドを育てる動きや、SNSマーケティングのノウハウを活かしてD2C(消費者直販)ビジネスを展開する動きも活発です。
例えば、大手ITグループがファッションECサイト運営会社を子会社化し、オンラインショッピングの利便性や顧客データの活用によって一気にシェアを拡大した事例があります。こうした異業種参入は、アパレル業界に新風を吹き込み、既存企業との競争をさらに活性化させています。
アパレルブランドにはライセンス契約という仕組みがあります。これは海外ブランドの名前やロゴを使用する権利を得て、自国内で製造や販売を行う方法です。けれども、ライセンス契約は期間が決まっていたり、契約の条件によって途中でブランド名が使えなくなるリスクがあります。実際に、海外の著名ブランドとのライセンス契約が終了し、名称やデザインを変更せざるを得なくなった例もあります。
一方で、M&Aによってブランド自体を譲り受ければ、ライセンス契約の更新を心配する必要がありません。長期的な視点でブランド価値を育てられるのが大きなメリットです。
また、アパレル業界には後継者不足という課題も存在します。ファミリーブランドが長年の歴史を持っていても、次世代の経営者がいない場合、ブランドは消滅の危機に立たされることがあります。そこで後継者問題を解決するために、M&Aが積極的に利用されています。ブランドの知名度やファンコミュニティを守りつつ、企業としての存続も図れるからです。
ブランドM&Aを成功させるには、単にブランド名を取得するだけでなく、次のようなポイントに注意が必要です。
事前にブランドの歴史やファン層、商品の特性を正しく把握しておかないと、買収後にイメージや品質をうまく引き継げない場合があります。
自社の事業ポートフォリオや成長戦略に合致したブランドを選ぶことが大切です。まったく方向性の異なるブランドを取得してしまうと、経営資源を無駄にしてしまう恐れがあります。
買収先企業のスタッフや文化を尊重しながら、うまく統合を進めていくことがポイントです。従来のノウハウや人材を活かしつつ、新しい方針を打ち出すためには丁寧なコミュニケーションが欠かせません。
M&Aが成立してからが本番ともいえます。流通網の再編や新商品の企画、人材育成などをスピーディーに行い、ブランド力をさらに高める仕組みづくりが求められます。
必ずしもブランドを譲り受けるM&Aがベストとは限りません。ライセンス契約という手段もあります。双方の利点やコストを比較し、自社の事情に合った方法を選択することが重要です。
アパレル業界以外でもブランドを譲り受けるM&Aは活発に行われています。たとえば、飲料業界では有名ブランドを手に入れることで、日本での市場展開を一気に進める企業が多く見られます。かつて大塚ホールディングス株式会社が「クリスタルガイザー」のブランドを持つ飲料水メーカーに出資し、またアサヒグループホールディングス株式会社が「カルピス」を取得した事例が代表的です。
こうした動きはアパレル業界にも通じるところが多く、新規ブランドの育成に時間をかけるよりも、既存ブランドのファンや販売網を活用して早期に売上を伸ばせる点がメリットとして挙げられます。また、ライセンス契約ではなくブランドそのものを取得すれば、長期的にブランド名を使い続けることができるため、経営戦略に安定感が生まれます。
一方で、ライセンス契約は一定期間だけブランドを使用できる仕組みなので、契約終了後にブランド名を使えなくなるリスクも否めません。アパレル業界での「バーバリー」の事例のように、ブランド名が使えなくなると販売戦略そのものを大幅に変更せざるを得なくなり、顧客の混乱を招く可能性があります。
ブランドM&Aであれば、そうしたリスクを回避しながら、独自の施策でブランドイメージを変化させたり、新商品の開発を行ったりといった柔軟な対応が可能になります。そのため、海外展開を目指す企業や、既存顧客の更なる取り込みを狙う企業などにとって、有力な選択肢となっているのです。
ブランドM&Aが成功すると、企業は短期間で製品ラインナップや市場認知度を高めることができます。新しい顧客との接点を得るだけでなく、既存の顧客に対してもブランド力の相乗効果を提供できるでしょう。たとえば、強いブランドイメージを持つ企業が複数ブランドを展開すれば、それぞれのブランド顧客にクロスセリングを行える可能性があり、売上拡大が見込めます。
一方で、ブランドM&Aにはリスクも存在します。買収したブランドが想定ほどの売上を生まなかったり、企業文化の違いから統合に失敗したりすることもあります。そのため、事前のデューデリジェンスをしっかり行い、ブランドの本当の価値を見極めることが重要です。付加価値がどこにあるのかを把握できれば、買収後に必要な施策も立てやすくなるでしょう。
アパレル業界では季節による需要変動も大きく、人気ブランドが一定のシーズンだけ集中して売れるケースもあります。複数のブランドを持つことで、年間を通して売上を安定させたり、より広い顧客層にアプローチできたりする利点があります。カジュアル系やフォーマル系、アウトドア系やスポーツ系といった形でブランドポートフォリオを組み合わせることで、企業全体の存在感を高める戦略が多く見られます。
同時に、製造や流通の統合を進めることでコスト削減を図り、それぞれのブランドが持つファンコミュニティを活かしたキャンペーン展開を行うなど、シナジー効果は多岐にわたります。ただし、ブランド同士のターゲットがあまりにも異なりすぎると、企業側の運営体制が複雑化してしまうデメリットもあるため、慎重な検討が求められます。
市場が成熟し、新たなブランドを一から育てるのが難しいとされるアパレル業界では、ブランドM&Aが幅広く活用されています。すでに名を築いたブランドの顧客層や知名度、販売チャネルを短期間で取り込めるメリットは大きく、異業種からの参入も後を絶ちません。ただし、M&Aによって得たブランドを上手に伸ばすには、十分な調査と計画、そして買収後の体制整備が欠かせません。しっかりと手順を踏んでブランドの価値を引き継ぎ、さらなる成長へと繋げていくことが大切です。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事