Powered by みつき税理士法人

建築業界のM&A業界再編事例で学ぶ課題解決策の解説

建築会社のM&Aは本当に課題を解決できるのでしょうか。本記事では2025年問題や人材不足に直面する建築業界の現状を整理し、成功事例から学べる実践的なメリットや注意点をやさしく解説します。

目次

  1. 建築業界の現状と特徴
  2. 建築業界を取り巻く市場環境
  3. 建築会社におけるM&A取引の実態
  4. 建築業界のM&A成功事例
  5. 大手建設会社の再編動向とM&Aの波及効果
  6. 建築会社M&Aが増加する背景と目的別効果
  7. 建築会社M&Aの今後の展望
  8. まとめ

建築業界の現状と特徴

建築業界は日本経済を支える基幹産業ですが、現在は「2025年問題」に象徴される急激な環境変化と後継者不足に直面しています。特にベテラン技術者の大量退職が目前に迫り、技術や技能をどのように承継するかが喫緊の課題です。さらに働き方改革関連法への対応が求められ、長時間労働の是正や週休二日制の導入が急務となっています。こうした状況下で、M&Aは経営資源を補完しながら事業を持続させる有効な手段として注目されています。

建築業は29種工事を扱う許可制産業で元請と下請が重層化

建設業法では「建設工事の完成を請け負う営業」を建設業と定義し、建築工事・土木工事など29種に分類しています。建築工事は住宅や商業施設など地上の構造物を対象とし、元請・下請を問わず請負契約で成り立ちます。また、総合建設業(ゼネコン)が頂点に立つピラミッド状の重層下請構造が形成されている点が大きな特徴です。


許可制度が参入障壁となり地域密着の中小企業が多数を占有

建設業を営むには国土交通大臣もしくは都道府県知事の許可が必須で、一般建設業許可と特定建設業許可に大別されます。特定建設業許可を取得すれば、建築工事業で7,000万円を超える下請契約を締結できますが、財務基盤や技術者数など厳しい要件を満たす必要があります。そのため約47万社の多くは中小規模で地域密着型の経営を続けており、公共工事入札で大手と競合する場面も増えています。

公共工事が約4割を占め資材高騰で利益率が低下

建設投資額はピークの1992年度に84兆円だったものの、2011年度には42兆円まで縮小し、その後2021年度には58.4兆円へ回復しました。公共部門が約4割、民間部門が約6割を占め、近年は民間建設投資が増加傾向にあります。しかし建設資材価格の高騰や受注競争の激化により利益率は圧迫され、特に中小建築会社では原価管理と人件費のバランスが経営課題となっています。

建築業界を取り巻く市場環境

建築市場は国内総支出の約一割を占める巨大市場ですが、その構造は地域特性や景気動向に大きく左右されます。特に都市部と地方の格差は顕著で、関東地方の建設出来高は四国地方の十倍以上です。2024年以降も資材価格の変動や民間投資の先行きにより、地域ごとの受注機会に差が生じると予想されます。

市場規模は回復傾向もピーク時の約7割にとどまる

1990年代初頭のバブル期と比較すると、建設投資額は長期的に減少してきましたが、東日本大震災からの復興需要や大型再開発案件により一時的に持ち直しています。2021年度の建設投資額は58.4兆円で、公共22.8兆円、民間35.6兆円という構成です。民間部門の伸長は建築分野がけん引しており、老朽化建築物の建替需要や物流施設の整備が背景にあります。


ゼネコン上位と中小企業で受注機会に大きな開き

建設業界にはスーパーゼネコンを筆頭に準大手・中堅・地方ゼネコンまで多様なプレーヤーが存在します。年間完成工事高1兆円超のスーパーゼネコンは研究開発や海外展開で存在感を示す一方、売上高数十億円規模の中小建築会社は地域密着型の小規模案件を主力としています。総数約47万社のうち大半を中小が占めるものの、公共工事の入札要件や経営事項審査の点数でハンディを抱え、案件獲得競争は年々厳しさを増しています。

労働環境の改善と技術承継が急務となる2025年問題

2024年に始まった働き方改革関連法の適用で、時間外労働の上限規制や週休二日制の導入が進みますが、建築現場では長時間労働が依然として常態化しています。賃金水準が他産業より低いことも若手離れを招き、技術者の高齢化が加速しています。2025年には多くの熟練技能者が65歳を迎え大量退職が見込まれるため、ICT施工や建設ロボットなど生産性向上策と並行して、外部から人材・技術を取り込むM&Aへの関心が高まっています。

建築会社におけるM&A取引の実態

建築業界でM&Aが活発化する背景には、経営者の高齢化と後継者不足、人材確保競争の激化があります。2018年には建設業界のM&A件数が108件と過去最多を記録し、その後も人手不足解消や商圏拡大を目的とする取引が続いています。

売り手のメリットは雇用維持と株式譲渡益の獲得

譲渡企業にとって、M&Aは後継者不在でも従業員の雇用と取引先との関係を守りながら事業を存続させる選択肢です。株式譲渡によって創業者利益を確保でき、譲受企業との経営資源共有により仕入や資材調達のスケールメリットも得られます。


買い手は有資格者の確保と隣接業種シナジーを期待

譲受企業側は建築士や施工管理技士など有資格者を一括で迎え入れられるため、技術者不足を即時解消できます。さらに既存エリアの前後工程を取り込むことで、土木・建築・改修といった隣接分野を拡大し、機材の共同利用でコスト削減が可能です。

建築会社M&Aの主な目的別取引パターン

建築会社が実際に活用するM&A手法は、目的によって大きく三つに分けられます。第一に「地域補完型」です。隣接地域の同業者を取り込むことで、公共工事の入札資格や営業基盤を広げ、移動コストを抑えつつ受注件数を増やす狙いがあります。第二に「技術補完型」で、特殊工法や地盤改良など自社にない高付加価値技術を持つ企業を傘下に収めることで総合受注力を高めるケースです。第三が「人材確保型」で、有資格者や若手技術者を大量に抱える企業を譲受し、慢性的な人手不足を補います。これらはいずれも建築業界固有の課題を根本から解決するアプローチとして評価されています。

デューデリジェンスで特に重視される許可と現場管理体制

建築会社同士のM&Aでは、財務・税務面の検証に加えて建設業許可の有効性、各工事の元請・下請区分、現場監督体制と安全管理の実務が重要視されます。許可更新に必要な専任技術者が在籍しているか、施工体制台帳や作業員名簿の整備状況は買い手のリスク判断材料となります。さらに公共工事受注実績や経営事項審査点数もシナジー試算の前提となるため、専門家による詳細なデューデリジェンスが不可欠です。

価格算定は工事残高と技術者数が評価のカギ

建築会社の企業価値は一般的なDCF法だけでなく、手持ち工事残高や保有資格者数、保有機材の再取得原価も加味して算定します。特に土木・建築一式工事の大型案件を複数抱える場合、進行基準による収益計上方法が異なるため、案件ごとに粗利率を精査した上で価格交渉が行われます。

建築業界M&Aで頻出するスキームは株式譲渡と事業譲渡

取引スキームとしてはオーナー株式をそのまま譲る株式譲渡が主流ですが、公共工事入札資格の維持や建設業許可の承継を重視する場合は会社分割や吸収合併が採択されることもあります。一方、不要資産を切り離して身軽な状態で譲渡したい場合には、営業譲渡や第三者割当増資を組み合わせるケースもあります。

譲渡後の統合フェーズで注意すべき労務と安全管理

M&A成立後、最も重要なのは現場の労務管理と安全管理の統一です。建築会社は現場ごとに下請階層や協力会社が異なるため、元請責任の所在を明確にしないと労災リスクが高まります。譲受企業は早期に安全基準と就業規則を統一し、技能者の処遇改善を可視化することで従業員の離職を防ぎます

建築業界のM&A成功事例

建築会社のM&Aは理論だけでなく、実際の取引で顕著な成果を上げています。ここでは相互補完型の好例であるアートフォースジャパンと塚本工務店の取引を通じて、技術統合の具体的な効果を確認します。

アートフォースジャパンが塚本工務店を買収し技術を相互補完

2017年に地盤調査・改良を得意とするアートフォースジャパンは、土木建築一式工事の実績がある塚本工務店を買収しました。両社は得意分野が異なるため、地盤改良から上部構造まで一貫施工体制を構築し、顧客への提案力を高めることに成功しました。買収後わずか3年でTOKYO PROMarketに上場した事実は、M&Aが成長加速装置として機能した証拠といえます。


一貫施工体制が受注単価と利益率を押し上げた

地盤改良工事と建築営繕工事を同時提案することで、元請からの信頼が高まり大型案件の受注比率が拡大しました。また、共同で機材を調達・使用した結果、固定費が削減され、利益率が向上しています。

ナガワが鳥海建工を買収しモジュール建築事業を強化

2020年9月、ユニットハウス事業を主力とするナガワは、建築・土木一式の鳥海建工を子会社化しました。モジュール建築技術と現場施工力が結びついたことで、第二の収益の柱を構築し、災害復旧需要にも迅速に対応できる体制を整えています。

サーラコーポレーションが宮下工務店を傘下に収め地域基盤を強化

2019年6月、エネルギー事業などを展開するサーラコーポレーションは、住宅部門を担う子会社サーラ住宅を通じて宮下工務店を完全子会社化しました。静岡県を中心に分譲住宅や注文住宅を手掛ける宮下工務店を取り込むことで、東海エリアの住宅需要にワンストップで応えられる体制を確立し、顧客接点を増やしています。


地理的補完で施工範囲を拡大し資材調達コストを圧縮

同一県内で営業拠点を共有できるため移動時間と間接費が削減され、共同購買による資材単価の低減も実現しています。さらに設計力と土地仕入ノウハウを相互活用することで短工期提案が可能となり、受注競争力が高まりました。

大手建設会社の再編動向とM&Aの波及効果

建築業界では2013年前後から中堅ゼネコンの合併・買収が顕著になり、業界ピラミッドの中層に位置する企業が再編の主役となりました。こうした動きは地域密着型の中小建築会社にも連鎖し、系列企業や協力会社の統合が進む土壌を形成しています。

安藤建設と間組の合併で誕生した安藤ハザマが技術補完型再編の発端

2013年、土木に強みを持つ間組と建築に実績を誇る安藤建設が統合し、技術補完型のシナジーを示しました。この成功例は同業に「専門分野を補い合うM&A」の価値を知らしめ、後続案件の呼び水となっています。

ハウスメーカーが中堅ゼネコンを買収し業界の垣根を越える

大和ハウスによるフジタの子会社化、積水ハウスによる鴻池組の傘下入りなど、住宅系大手がゼネコンを取り込む動きも活発化しました。これは自社施工力を高め、公共工事分野への参入障壁を下げる戦略であり、今後も同様のクロスボーダー型再編が増えると見込まれます。

建築会社M&Aが増加する背景と目的別効果

建設投資が回復基調にある一方、技能者数はピーク時の7割強にとどまり、人手不足と高齢化が慢性化しています。企業はM&Aを通じて人材・技術・許可を一括で確保し、急増する案件に応じた生産体制を整えています。

事業拡大で受注エリアと案件規模を拡げる

バブル崩壊後の長期停滞で縮小した受注高を取り戻すには、隣接地域への商圏拡大と高付加価値工事への参入が不可欠です。M&Aにより既存拠点を横串でつなぎ、設備投資リスクを抑えながら早期に売上規模を押し上げることができます。

人手不足解消で技能継承を円滑化し若年層定着を図る

若手人材が建築業界を敬遠する要因として、長時間労働と賃金格差が挙げられます。譲受企業は譲渡企業のベテラン技術者から技能を継承しつつ、待遇改善と週休二日制を導入して労働環境を整備することで、定着率を高め将来の採用活動を優位に進められます。

コスト削減と収益安定化を同時に達成するスケールメリット

共同購買による資材原価低減や共通機材の稼働率向上は、M&A直後から効果を発揮します。さらに公共工事と民間建築の受注ポートフォリオを組み合わせることで景気変動リスクを平準化し、キャッシュフローの安定を図れます。

建築会社M&Aの今後の展望

2024年以降、働き方改革関連法の完全適用により月60時間超の時間外労働に対する割増率が引き上げられました。長時間労働是正は避けられず、施工現場の工期管理や人員配置を柔軟に行う体制が求められます。こうした運営負荷を単独で賄うのは難しいため、M&Aを通じた統合が一層加速する見込みです。

コロナショック後の需要変動に備えるリスク分散型再編

2020年のコロナ禍は一時的に民間投資を縮小させましたが、復興需要や環境対応ビルの建替需要が新たな市場を生んでいます。不採算工事の削減や採算重視姿勢を徹底した大手各社は、次の景気後退局面に備え地域子会社や専門工事会社を再編し、資源を重点分野に集中させる動きを強めています。

外国人労働者と建設ロボットの導入が協業の軸に

政府は特定技能制度を拡充して建設分野への外国人受入れを促進しています。また建設ロボットや自立型ロボットの開発が進み、重作業や危険作業を代替しつつ品質を担保できる環境が整いつつあります。これら新技術に投資する際にもM&Aで資本と知見を共有する動きが有効といえます。

中小建築会社は専門性を武器に連携先を選択する時代へ

47万社の中小建築会社は、許可要件を満たす技術者や機材を保持するなど独自の強みを持っています。譲渡を検討する場合、自社の専門性や地域密着性を活かせる譲受企業を選定することで、従業員・取引先の安心感を高め、統合後のシナジーを最大化できます。

まとめ

建築業界のM&Aは、後継者不足、人手不足、地域格差という三重苦を解決する現実的な手段です。成功事例に共通する鍵は「技術・地域・人材」の相互補完にあり、買い手と売り手が互いの強みを活かせば成長加速と雇用維持を両立できます。2025年問題を前に、建築会社は早期に最適なパートナーを見極め、持続的な事業継続に踏み出すことが重要です。

著者|土屋 賢治 マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

相続の教科書