企業買収とは?手法・費用・リスクを中小企業向けに解説
企業買収の意味、株式譲渡・事業譲渡などの手法、費用、税務・会計リスク、デューデリジェンス、PMIまで解説します。事業承継や成長投資として買収を検討する経営者が、価格判断や従業員対応の要点を整理できる内容です。
目次

企業買収とは、他社の株式や事業を取得し、経営権を得る取引です。M&A(合併・買収)の一形態であり、自社だけでは時間がかかる事業拡大、人材獲得、技術取得、販路拡大を短期間で実現する方法として使われます。
中小企業では、買い手が売り手オーナーから株式を取得し、会社を子会社化する株式譲渡がよく使われます。一方で、必要な事業だけを引き継ぎたい場合は、事業譲渡や会社分割が検討されることもあります。買収は「会社を丸ごと買う」だけではありません。何を引き継ぎ、何を引き継がないかを決める設計が重要です。
経営権を考えるときは、株式数だけでなく議決権の割合を見る必要があります。一般に議決権の過半数を取得すれば、取締役の選任など普通決議事項を主導しやすくなります。さらに3分の2以上を取得すると、定款変更、合併、会社分割、事業譲渡などの特別決議にも対応しやすくなります。
ただし、非上場会社では株式に譲渡制限が付いていることが多く、株式譲渡には会社の承認が必要になる場合があります。株主構成が複雑な会社では、少数株主への対応が買収の進み方を左右することも。意外と多い落とし穴です。
日本のM&A市場は、近年、件数・金額とも高水準で推移しています。2025年には日本企業のM&A金額が35兆円を超える規模となり、2026年にかけても事業承継、非公開化、海外企業買収、AI・DX・ESG分野の技術獲得などを目的とした取引が注目されています。
中小企業では、後継者不在の会社を買収し、雇用や取引先を引き継ぐ事業承継型M&Aが増えています。買い手にとっては、既存の設備、顧客、従業員、ノウハウをまとめて引き継げる点が魅力です。売り手にとっても、廃業ではなく第三者承継を選べる可能性があります。
企業買収の魅力は、時間を買えることです。新しい拠点を作り、人を採用し、営業網を整え、技術を育てるには年単位の時間がかかります。買収では、それらを一定の対価で一括取得できます。
ただし、買収は「買えば終わり」ではありません。期待したシナジーが出なければ、買収価格が高すぎたという結果になり、財務を圧迫します。買収前の判断と買収後の運営を分けて考えないことが大切です。
買い手側のメリットは、既存事業の強化、新規事業への早期参入、人材とノウハウの獲得、販路拡大、シナジー効果の実現です。特に中小企業では、熟練社員や地域の取引先を一度に引き継げる点が大きな価値になります。
ゼロから新規事業を立ち上げる場合、市場調査、採用、教育、設備投資、営業活動を順番に進める必要があります。買収では、すでに動いている事業を引き継ぐため、立ち上げ期間を短縮できます。DXやAI関連の技術を持つ会社を買収するケースも、この考え方に近いです。
シナジー効果とは、複数の会社が一緒になることで、単独では得られない効果が生まれることです。たとえば、買い手の営業網で売り手の商品を販売する、共同購買で仕入単価を下げる、重複する管理業務を整理する、といった形です。
企業買収では、表面上の決算書だけでは見えないリスクを引き継ぐことがあります。たとえば未払い残業代、退職給付の不足、税務調査で指摘される可能性、取引先との口約束、係争中の問題などです。
簿外債務とは、貸借対照表に十分に表れていない負債です。偶発債務とは、現時点では確定していないものの、将来負担が発生する可能性のあるリスクです。株式譲渡で会社全体を買う場合、こうしたリスクも原則として会社に残ります。
事業譲渡なら引き継ぐ資産・負債を選べますが、取引先契約や許認可、従業員の同意など個別対応が増えます。リスクを減らすほど、手続は重くなりやすい。このバランスを見誤ると、交渉が止まります。
買収後にキーマンが退職すると、顧客対応、技術、現場管理が一気に弱くなることがあります。また、買収価格に将来の収益力を大きく織り込んだ場合、買収後の業績が想定を下回ると、会計上の損失につながることがあります。
たとえば連結会計や事業譲渡等の会計処理では、取得原価と、受け入れた資産・負債へ配分された純額との差額がのれんとなることがあります。株式譲渡では、買い手の個別決算では通常、取得した株式として処理されるため、のれんの扱いは会計処理の前提により変わります。
企業買収では、目的に合わせてスキームを選びます。スキームとは、取引の法的な形のことです。どのスキームを選ぶかで、引き継ぐ範囲、税金、手続、従業員対応、許認可、金融機関対応が変わります。
株式譲渡は、売り手株主が保有する株式を買い手に譲渡し、会社の支配権を移す方法です。対象会社そのものは存続するため、取引先との契約、従業員との雇用契約、許認可が原則として会社に残り、事業を継続しやすい特徴があります。
一方で、会社全体を引き継ぐため、簿外債務や税務リスクも残ります。買い手は、財務・税務・法務のデューデリジェンス(買収監査)で実態を確認し、必要に応じて価格調整や補償条項を契約に入れる必要があります。
事業譲渡は、特定の事業、資産、負債、契約を個別に譲り受ける方法です。不要な負債を引き継がない設計ができるため、買い手にとってリスクを限定しやすい面があります。
ただし、契約の移転、従業員の転籍、許認可の取り直しなどが必要になることがあります。税務面では、売り手は譲渡益への法人税や課税資産の消費税、買い手は不動産を取得する場合の不動産取得税などを確認します。税目ごとに負担者が違うため、早い段階で整理しておくことが重要です。
会社分割は、会社の一部事業を別会社や既存会社に承継させる方法です。権利義務を包括的に承継できる場合があるため、事業譲渡より運営をつなぎやすいことがあります。
一方で、会社法上の手続、債権者保護手続、税務上の適格要件など、専門的な確認事項が増えます。グループ再編や複数事業を持つ会社の一部切り出しで使われやすいスキームです。
TOB(株式公開買付け)は、上場企業の株式を市場外で一定期間・一定価格により買い集める方法です。友好的買収でも、同意なき買収でも使われることがあります。上場会社では金融商品取引法、開示規制、株主対応、取締役会の判断が重要になります。
非上場の中小企業ではTOBを使う場面は通常多くありません。オーナー経営者が買収を検討する場合は、まず株式譲渡、事業譲渡、会社分割の違いを理解する方が実務的です。
買収で最も判断が止まりやすいのは価格です。売り手は会社の歴史や将来性を高く見ます。買い手はリスクと回収可能性を重く見ます。どちらも自然な反応です。
そのため、価格は単なる計算結果ではなく、複数の評価方法、デューデリジェンス結果、交渉条件を組み合わせて決まります。
企業価値評価では、一般に純資産価額法、類似会社比較法、DCF法などを使います。純資産価額法は、資産と負債を時価に近づけて会社の土台となる価値を見る方法です。類似会社比較法は、同じような会社や取引事例を参考にします。DCF法は、将来の利益やキャッシュフローを現在価値に直す方法です。
中小企業では、役員報酬、不動産、保険、親族取引、不要資産、借入金、個人保証などが価値に影響します。決算書の数字だけで判断すると、実態を見誤ることがあります。
買収に必要な資金は、株式や事業の取得代金だけではありません。専門家報酬、デューデリジェンス費用、契約書作成費用、金融機関手数料、PMI費用なども発生します。案件の規模や複雑さによって大きく変わるため、早い段階で資金計画に入れておく必要があります。
なお、株式譲渡そのものによる株主変更は、通常は株主名簿の更新で整理され、商業登記の対象にはなりません。役員変更、商号変更、本店移転などが同時に発生する場合には、別途、登記費用がかかることがあります。
費用項目 概算額 備考
株式取得代金 1,000,000,000円 企業価値算定結果
仲介成功報酬 30,000,000円 レーマン方式3%(5億円以下5%、残額1%)
デューデリジェンス費用 12,000,000円 財務・税務・法務・ビジネス
弁護士費用 5,000,000円 契約書作成と交渉
役員変更等がある場合の登記費用 1,500,000円 株式譲渡承認議事録等
PMI初期投資 25,000,000円 システム統合・人事制度改定
合計 1,073,500,000円 買収対価の約7.3%が諸費用
非上場株式を取得する場合、株式の購入代価に加え、購入のために直接要した費用が取得価額に含まれるかが問題になります。通信費や名義書換料など、取得価額に含めなくてよいと整理されているものもありますが、M&A関連費用は発生時期や目的によって判断が分かれることがあります。
また、赤字会社を買収した場合でも、繰越欠損金を自由に使えるわけではありません。一定の要件や制限があり、節税だけを目的にした買収は危険です。事業上の合理性が先。税務メリットは副次的に見るべきです。
のれんは、将来の収益力やブランド、顧客基盤などを見込んで支払った価値を表す会計上の概念です。買収時には「将来の利益を見込んだ価値」として説明できますが、買収後に利益が出なければ、減損などの会計処理が必要になる可能性があります。
のれんを減らすために価格を下げればよい、という単純な話ではありません。重要なのは、価格の根拠を明確にし、買収後にその根拠を実現できるかを検証することです。M&A実務では、ここで判断が止まることがあります。
最終契約では、価格、支払条件、表明保証、補償、クロージング条件、従業員対応などを定めます。クロージングでは、株式や資産の移転、代金決済、名義変更などを行います。その直後からPMI(M&A後の統合プロセス)が始まります。
買収は契約締結がゴールではありません。むしろ、買収後に何を統合し、何を残すかで成果が変わります。PMIを軽く見ると、従業員の離職、取引先の不安、業務混乱、システム不整合が起きやすくなります。
買収後の従業員は、給与、役職、勤務地、評価制度、社名、取引先との関係を不安に感じます。経営者が曖昧な説明をすると、現場は悪い方向に想像しがちです。買収目的、変えること、変えないことを早い段階で伝える必要があります。
営業責任者、工場長、経理担当、技術者など、会社の運営を支えるキーマンが抜けると、買収価値が大きく下がります。待遇維持だけでなく、買収後の役割、権限、評価方法を具体的に示すことが大切です。
PMIでは、すぐ統合するものと、しばらく残すものを分けます。会計・資金管理・コンプライアンスは早めに整えるべきですが、営業方法や現場文化まで急に変えると反発を招くことがあります。買い手の正しさを押しつけないこと。これも実務上の重要点です。
共同購買でコストを下げる、顧客紹介を始める、月次決算を早めるなど、早く成果が見える取り組みを作ると、統合への納得感が高まります。買収前に期待したシナジーを、買収後の行動計画に落とし込むことが必要です。
企業買収を考えるときは、相手会社だけでなく、市場環境や制度も見る必要があります。近年は中小企業の事業承継型M&Aに加え、大企業の非公開化、海外企業買収、AI・DX・ESG領域の買収が活発です。買い手候補が増えるほど、よい会社には複数の提案が集まります。
後継者不在の会社を買う場合は、従業員、取引先、金融機関、個人保証の引き継ぎが重要になります。新規事業参入を目的にする場合は、買収後もその事業を伸ばせる人材が自社にいるかを見ます。海外企業を買う場合は、現地法令、為替、文化、税務、会計基準の違いも確認が必要です。
上場会社を買収する場合は、TOB、大量保有報告、インサイダー取引規制、取締役会の対応、少数株主保護などが関係します。経済産業省の買収行動指針では、企業価値の向上と株主利益の確保に資する買収が望ましいという考え方が示されています。
敵対的買収は、対象会社の経営陣の同意を得ずに進める買収です。上場会社ではTOBや委任状争奪戦が問題になることがあります。一方、非上場の中小企業では株式譲渡制限や株主構成の影響が大きく、通常はオーナーや主要株主の同意を得て進める友好的な買収が中心です。
買収防衛策としては、ポイズンピル、黄金株、ホワイトナイト、自社株買いなどが知られていますが、導入には会社法、株主平等原則、企業価値への影響を慎重に検討する必要があります。名前だけで選ぶものではありません。
企業買収は、成長投資にも事業承継にも使える有効な手段ですが、価格、スキーム、税務、簿外債務、人材流出、PMIを一体で見なければ成功しません。買収目的を明確にし、自社で担える範囲と専門家に任せる範囲を整理することが、後悔しない判断につながります。
著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事
編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人