企業買収は、ある会社が他の会社・事業をグループに取り込むM&Aです。本記事では、企業買収の全体像が理解できるよう、近年の動向から成功ポイントまで説明いたします。
目次
企業買収とは、他の企業の株式(事業)を取得するM&A取引です。企業価値(事業価値)は特殊な算式で算出されつつも、売り手・買い手が合意した価格で売買が成立します。買収後は、他の企業(事業)は、買い手企業の子会社等のグループ会社(事業部)となります。
近年、新型コロナウイルスの影響で日本企業の2020年、M&A件数は減少しましたが、2021年には復調し過去最高件数を記録し、さらに2022年には4,304件と過去最高件数を記録、2023年も4,015件と高水準で、今後もM&A件数は増加傾向にあると言えます。
中小企業・小規模事業者の中には、2025年までに70歳を超える経営者が約245万人おり、そのうち約127万人は後継者が未定という状況です。これは日本企業全体の約1/3を占め、後継者不足は深刻な問題となっています。この問題を受けて、中小企業庁は2021年に中小M&A推進計画を策定し、国を挙げてM&Aを推進する方針を打ち出しています。
買い手企業のM&A戦略により、企業買収の目的はさまざまです。以下に代表的な例を紹介し、自社のM&A戦略策定の参考になればと思います。
買い手が譲渡対象企業や事業を買収することで、設備や人材、ノウハウや販売網など、目に見える資産から技術力や営業力など目に見えない資産まで、さまざまな経営資源を獲得できます。経営資源の獲得は、事業拡大や新規事業立ち上げ時に必要な要素であり、企業買収によって短期間で効率的に経営資源を手に入れることができます。
日本全国で、又は特定の地域で、市場シェアを高めるために、同業他社の買収が検討されることがあります。
また、グループ内の組織再編として、グループ企業間で事業を統合したり、子会社化させたりすることを指します。組織再編を通じて、企業の競争力を高めたり、コスト削減効果を得たりと、経営の効率化を図ることができます。組織再編を目的とした買収の場合、株式交換や株式移転、会社分割といった手法が用いられることが一般的です。
企業買収を行うことで、他の業種への進出や事業の多角化を実現し、経営リスクの分散が期待できます。事業の多角化とは、企業が主力としている業種とは異なる分野での事業展開を指す経営戦略です。例えば、ある企業の主要事業の収益性が低下した場合でも、他の多角化した事業で利益を上げることができるため、経営の安定性が高まります。
企業買収において、赤字が続く企業を買収した場合、買収する企業はその赤字企業の繰越欠損金を引き継ぐことができます。繰越欠損金を引き継いだ企業は、一定の条件下でその欠損金を会計上の利益と相殺させることが可能であり、法人税の節税効果を享受できるケースがあります。ただし、使える繰越欠損金には制限があるため、注意が必要です。
企業買収には、買い手による買収提案に対して、売り手の経営陣が同意しているか否かという観点から、「友好的買収」と「敵対的買収」との2つに分けられます。
売り手と買収企業が協議を重ね、売り手の取締役会で株式譲渡に同意を得て行われる買収方法です。
企業買収により、買収企業が経営基盤を強化する目的で実行すると、様々なメリットがあります。以下にその一部を紹介いたします。
企業買収は他社が運営する企業を取得するため、過去の事業運営状況を完全に把握することは難しいです。さらに、企業文化や社風も異なるため、統合や統一が容易ではありません。企業買収後、過去の運営状況や企業文化などの調整に起因するデメリットが存在します。以下にその代表例を挙げます。
株式譲渡スキームなどの手法で企業全体を買収する場合、簿外債務や偶発債務も引き継ぐリスクが存在します。簿外債務は、未払い賃金や退職給付債務といった貸借対照表に計上されていない債務を指します。偶発債務は、現時点では債務とは認識されていないものの、将来的に訴訟や賠償請求が発生する可能性のあるリスクを指します。
企業買収後には、譲渡対象企業と買い手のシナジー効果を最大限に引き出すため、PMI(経営統合プロセス)が欠かせません。PMIでは、人員配置、人事制度、労働条件などをグループ方針に沿って統合することが求められ、従業員にとっての負担が大きくなる可能性があります。そのため、慎重かつ十分な実施が求められます。
PMI(統合プロセス)が不十分な場合、買い手の役員や従業員との関係が悪化し、譲渡対象企業の人材が離職するか、異動を拒否するケースがあります。PMIにおける労働環境や人事評価制度の変更は、人材流出の要因となる可能性があるため、慎重な対応が求められます。
「のれん」とは、譲渡対象企業の時価純資産と買収対価額の差額を指します。買収当初に想定していた収益力が実際には低い場合、のれんを減損損失や株式評価損として計上する必要があります。買収金額の高掴みは買い手の業績に大きな影響を与えることになるため、注意が必要です。
企業買収の手法は、譲渡(譲受)の対象となるものや企業買収の狙いによって異なります。ここでは、いくつかの代表的な企業買収の方法を紹介しますので、参考にしてみてください。
株式譲渡は、譲受候補企業が譲渡対象企業の発行済み株式を購入し、経営権を獲得する方法です。株主総会の承認(定款による)や債権者保護手続が不要で、手続が比較的簡単に進められる点が利点とされます。
買い手が譲渡対象企業を完全子会社化する際に、株式取得の対価としてお互いの株式を交換することを株式交換と言います。買い手にとっては、買収資金の準備が不要であることや、一定の条件を満たせば少数株主を強制的に排除し、100%子会社化が可能になるなどのメリットがあります。
第三者割当増資は、特定の第三者に譲渡対象企業の新株を割り当てて発行する方法です。財務状態が悪化している企業の買収や、資本提携、関連会社化を目的に利用されることが多いです。資金調達策としても活用できるため、譲渡対象企業には利点があります。
事業譲渡は、買収対象企業が経営する事業の全部または一部を取得する方法です。事業譲渡は、単に事業用資産や権利義務の売買だけでなく、ノウハウなど無形資産も含まれることが特徴です。買い手にとって、譲受する資産・負債を限定できる点や、簿外債務や偶発債務などのリスクを引き継がなくて済む点がメリットとされます。
会社分割は、企業が保有する権利義務の全部または一部を、他の会社が取得する方法です。会社分割には新設分割と吸収分割の2種類があります。新設分割では新会社に譲渡対象企業の保有する権利義務を承継し、吸収分割では買い手が継承します。譲渡対象の選択ができる点は事業譲渡と同様ですが、譲渡対象企業が保有する権利義務も譲渡できるため、譲受後の運営がスムーズに行えるという利点があります。
企業買収にかかる費用には、企業を買収する費用だけでなく、仲介会社への手数料やデューデリジェンス(買収監査・企業調査)実施費用なども含まれます。企業買収の価格は、譲渡対象企業の規模や目に見えない価値(ノウハウや取引先など)によって大きく変わることがあります。
企業買収を成功させるために必要なポイントを解説します。企業買収を検討する際に、以下のポイントを参考にしてください。
企業買収が成功するための鍵として、シナジー効果を見極めることが重要です。譲渡対象企業と買い手が同じグループになることで得られるシナジー効果は、双方の経営基盤を強化することができます。具体的なシナジー効果としては、以下が挙げられます。
• グループ売上の増加
• 大量仕入れによる単価交渉力の向上
• 物流網拡大による輸送体制の効率化
様々なシナジー効果を想定し、最適な経営戦略を立案することが不可欠です。
企業買収に伴い、譲渡対象企業の事業や人材などの資産だけでなく、リスクも引き継ぐことになります。そのため、買い手はデューデリジェンスを徹底して行うことが重要です。主なリスクには、以下のようなものがあります。
• 未払い残業代や退職給付債務などの簿外負債
• 訴訟による損害賠償請求が発生する可能性がある偶発債務
デューデリジェンスには、財務・税務・法務・ビジネス等の専門知識が必要なため、専門家への依頼が推奨されます。
自社と比較して規模の大きな企業を買収すると、買収リスクも高まります。買収価格が高額である場合、失敗した際に買い手が大きな損失を被り、再起不能となる可能性もあります。また、買収企業の規模が大きいほど、買収後のPMI(経営統合プロセス)において検討事項が増えるため、多くの時間と労力が必要となります。企業買収の経験値がまだ十分ではない場合、大規模な企業買収は避けるべきです。
企業買収は、買収完了時点で終わりではありません。業務フローや人材交流、人事評価制度や管理システムなど、両社の統合作業が不可欠です。想定通りのシナジー効果を実現するためには、買収検討と同時にPMI(統合プロセス)を準備し、迅速かつスムーズなPMIの遂行が重要です。
企業買収は、検討フェーズごとに専門知識が求められるため、自社だけで検討を進めることは困難です。スムーズな買収を実現するためには、早期に信頼できるアドバイザリー会社や専門会社に依頼することが望ましいです。
特にプロジェクト初期段階での譲渡案件のソーシングには、売り案件の掘り起こしに長けたM&A会社を利用することが考えられます。
企業買収は、売り手・買い手双方にとってメリットがあることが必要です。そのため、事前の調査や買収後のPMI(統合プロセス)の徹底を重視することで、双方にとって成功した企業買収を実現できるでしょう。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事