流通M&Aで課題解決と成長加速を実現する戦略と事例を解説
「流通M&Aで会社を伸ばせるのか?」という疑問に即答します。小売・卸売の最新動向、課題、そしてM&Aを活用した具体的な成長戦略を、専門家がやさしく詳しく解説します。
目次
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
流通業界は、メーカーが生産した商品を最終消費者へ届ける一連のプロセスを担います。仕入、保管、物流、販売、そして情報管理まで幅広い機能が連携し、私たちの日常を支えています。近年はECサイトや大型ショッピングモールの普及により、製造業者と消費者が直接つながるケースが増加しました。こうした「流通の中抜き」は業界構造を揺さぶり、譲渡企業・譲受企業の双方にとってM&Aが重要な選択肢となっています。
流通業界は大きく「小売業」と「卸売業」に分かれます。小売業はスーパーマーケットやコンビニエンスストアなどが代表例で、消費者に少量販売を行います。一方、卸売業は大量仕入と大量販売で小売業を支えます。両者は規模や役割は異なりますが、共通して消費者ニーズを敏感に捉える力が求められます。
仕入から販売まで一貫管理できる柔軟性
企業によっては仕入・物流・販売・マーケティングを縦断的に担うケースも珍しくありません。この多機能性こそが流通業界の強みであり、M&Aにより業務領域を素早く補完できる土台となります。
ここでは、流通=小売・卸売と定義しつつ、広義では運輸業・交通業まで含まれることとします。物流網を押さえることで在庫回転が高まり、デジタル化が進む現在はデータ連携も不可欠です。
外部環境には経済状況、技術革新、競合関係、法制度など多様な要因があります。特に新型コロナウイルスの影響で巣ごもり需要が拡大し、ECと物流の需要は急増しました。一方で消費者の嗜好は物から体験・デジタルコンテンツへとシフトし、物理的な商品の需要が減少する兆しも見られます。この二面性が市場機会とリスクを同時にもたらし、企業は事業ポートフォリオの見直しを迫られています。
小売販売額・物流市場は成長していますが、伸び率を押し上げる要因の多くはEC需要です。原文が示す「小売の販売額の推移」「物流17業種総市場規模推移」のように、数値はコロナ禍で急伸しました。ただし体験志向の高まりやインフレによる購買力低下が、将来の消費財需要を押し下げる可能性もあります。
技術革新と法制度整備が参入障壁を変える
キャッシュレス決済やIoT物流、規制緩和などにより新規参入が容易になる一方、データ管理やセキュリティといった新たなコストも発生します。M&Aで専門ノウハウを獲得し、迅速に環境変化へ対応する動きが活発化しています。
企業が成長を続けるには、課題を正確に理解し、M&Aを使って補完する必要があります。
体験型サービスやデジタルコンテンツの台頭で「モノ消費」は縮小傾向です。実店舗中心の譲渡企業は販売チャネルを多角化せねばなりません。譲受企業によるEC基盤の取り込みは、双方にとって有効な戦略です。
オンラインショッピング拡大で配送量が急増する一方、ドライバー不足は深刻です。運輸業者の獲得や物流センターの共同運営を目的に、水平・垂直M&Aが進んでいます。
燃料費は物流コストに直結します。スケールメリットを追求する統合や、燃費効率の高い車両を保有する企業の買収は、短期でコストを下げる有力策です。
流通業界は、企業数・従業員数の多さだけでなく「流通の中抜き」という構造変化を背景に、他業界以上にM&Aが盛んです。
ECプラットフォームやSNSを活用したD2Cは、製造企業が直接消費者へ商品を届けるモデルです。従来の仲介機能が弱まるため、卸売・小売は価値を再定義しなければなりません。その一手として、サービス多角化や顧客基盤拡張を狙ったM&Aが加速しています。
中小流通企業の退出と再編が進行
特に中小規模の譲渡企業は競争力維持が難しく、譲受企業にグループ入りしてスケールメリットを得るケースが増加しています。
1. 販売チャネルの拡大
実店舗企業がEC企業と統合し全国販売を実現。
2. コスト構造の改善
共同仕入により量的割引が適用され原価が低下。
3. 地域ドミナント強化
同一地域の競合を傘下に収めシェアを拡大。
譲渡企業にとってM&Aは、単なる「会社を手放す手段」ではなく、企業価値や従業員の将来を守る有効策です。ここでは主な五つの利点を整理します。
非上場株式を譲受企業へ換金することで、創業者は廃業より多くの利益を得られます。同時に社名や雇用、取引先が残るため、長年築いた事業の灯を絶やさずに済みます。
大手グループ入りで経営基盤が安定すると、人材募集の間口が広がり、専門性の高い人材確保が容易になります。
金融機関の借入保証を経営者個人が負うケースは多いですが、M&Aによって債務保証の見直しが行われると、引退後のリスクが軽減されます。
譲受企業が運営するECサイトや複数店舗網を活用し、これまで地元中心だった商品が全国の消費者へ届くようになります。
グループ全体の発注量が増えればスケールメリットが働き、量的割引価格が適用されて原価率が改善します。赤字の店舗でも一転して黒字化した事例が多く報告されています。
譲受企業にとっても、既存の事業を強化しながら新たな成長機会を得られるのが流通M&Aの醍醐味です。
日用品を扱う企業が家具やインテリアを手に取れるようになれば、既存顧客へ提案できる範囲が広がります。両社の商品を掛け合わせたセット販売は高い付加価値を生みます。
時間と費用が掛かるゼロからの出店ではなく、地元で根付いた小売業を子会社化することで、その地域の顧客基盤をそのまま引き継げます。
同一エリアの競合をグループ化すればシェアが高まり、仕入価格交渉力も向上します。消費者の来店頻度を維持しやすく、物流効率も改善します。
譲渡企業が有する顧客リストや熟練スタッフを取り込むことで、譲受企業は立ち上げ時の新規開拓コストを削減しながらサービス品質を担保できます。
実際に行われたM&Aは、戦略意図を理解する良い教材です。ここでは四つの事例を概観します。
業務提携で成果を確認した両社は、M&Aにより食品や雑貨を融合した新形態店舗を展開しました。ユニーのスーパーマーケット網とドンキホーテのPB開発力が結び付き、来店客数と売上を大幅に伸ばしました。
計画的に地域密着型スーパーを傘下に収め、市場シェアと顧客接点を強化。高価格帯の百貨店顧客を日常使いのスーパーへ誘導し、クロスセルを実現しました。
第三者割当増資によりファイズHDが議決権51%を取得。ブリリアントは国際貨物の知見を活かし、ファイズは国内配送網を拡充。互いの弱点を補完する形で物流プラットフォームを強固にしました。
物流施設をファンドへ譲渡し、資金を新規開発へ再投資する循環モデルを構築。投資法人は安定分配金を確保し、CREはアセットライトで成長ドライバーを加速しました。
流通業界は事業規模が大きいほど原価が下がる「規模の経済」が働きやすく、統合インセンティブが強いのが特徴です。加えて、後継者不足が深刻化し、隣接業界とのシナジーを狙った買収も活発化しています。
ライバルより先に仕入コストを下げられれば、値下げ競争でも利益を確保できます。ECサイトの台頭で価格比較が容易になった今、コスト優位性はさらに重要です。
小売店主や卸売業経営者の高齢化が進む中、後継者不在の企業は事業承継型M&Aを検討する傾向が高まっています。譲受企業にとっては優良店舗や拠点を手に入れる好機です。
物流企業が倉庫内でリテールメディアを展開したり、小売企業がデジタルマーケティング会社を取り込んだりと、業界の垣根を越えた連携が増えています。
流通M&Aは、規模の経済やチャネル多角化、人材確保など多面的なメリットを提供し、譲渡企業の事業存続と譲受企業の成長を同時に実現します。後継者不足やデジタル化の波が続く限り、流通業界の再編は今後も進展するでしょう。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事