設備工事M&Aの最新動向と課題や具体的事例も解説
設備工事業界でM&Aを進めるとき、何から考えればよいのでしょうか?本記事では市場規模や最新動向、直面する課題、成功の秘訣から具体的事例まで、小学生にもわかる言葉で税理士が丁寧に解説します。
目次
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
設備工事業界は、建物やインフラを「使える状態」に仕上げる最後の要となる業界です。電気・ガス・上下水道・空調・通信・防災など、人が安全かつ快適に暮らすための設備を設計し、施工し、保守まで担います。建設業29業種の一角を占めますが、その仕事は建物完成後の利便性を左右するため、建設プロジェクト全体の価値を決める存在といえます。
照明・受変電・LAN配線を扱う電気設備、空調配管や給排水を担う管工事、消火設備や避難設備を設置する防災工事、プラントや立体駐車場を据え付ける機械器具設置工事など、担当範囲は多彩です。いずれも生活インフラに直結しているため需要は恒常的に存在し、市場は景気変動の影響を受けにくい特徴があります。
電気工事士や管工事施工管理技士など高度な資格と経験が必要です。一社ですべてを賄うより、電気設備工事会社・管工事会社・電気通信工事会社・防災設備工事会社などが分業し、プロジェクトごとにチームを組む形が主流となっています。
設備工事会社はゼネコンや発注者との力関係、受注形態によって利益構造が大きく変わります。
業界の約半数がゼネコンからの一括発注に依存しています。下位層の下請に位置付けられると契約単価は低く、労務費のしわ寄せが発生しやすいため利益率が圧迫されがちです。国土交通省も価格転嫁の適正化や技能者処遇改善を進めていますが、構造的な課題は残ります。
大型案件はゼネコンが元請となって全体を統括するため、ゼネコンの受注状況や資本政策が設備工事会社の売上を左右します。複数ゼネコンと取引関係を築き、需要変動リスクを分散することが中小企業の重要戦略です。
電気・上下水道・防災設備は公共工事比率が高く、国や地方自治体の予算や補助制度の変更が即座に受注高へ反映されます。行政動向を日常的にモニタリングし、補助制度への対応力を高めることが求められます。
設備工事の受注形態は大きく三つに分類されます。従来主流だった一式請負が減少し、リニューアル工事や高機能設備更新の増加で別途工事が拡大しています。
一式請負は低利益だが工程責任が軽い
ゼネコンが工事全体を一括受注し、その一部を設備工事会社へ下請再発注する方式です。工程管理責任は限定的ですが、利益配分はゼネコン主導となり低利益構造に陥りやすい点が課題です。
別途工事は高収益も責任範囲が広い
発注者がゼネコンを介さず設備工事会社へ直接発注する方式です。元請として高い利益率を得る可能性がありますが、安全・品質・工程の全責任を負い、資金繰りや労務管理の負担が増します。
コストオン方式は価格透明性が高いが調整が不可欠
発注者と価格を合意し、その費用に管理費を上乗せしてゼネコンに発注する方式です。価格透明性とスピードに優れますが、上乗せ費用の妥当性を巡る調整が欠かせません。
人材・コスト・環境の三拍子に加え、経営者高齢化が深刻さを増しています。
帝国データバンクの2024年調査によると設備工事業の後継者不在率は60.1%で、全業種平均52.1%を大きく上回ります。親族内承継が難しい中小企業が多く、経営者の高齢化と重なり廃業選択が増加しています。
世界的な建築需要の高まりで資材価格が高騰し、人件費も増加しています。中小企業は価格転嫁が難しく、利益率が年々低下する傾向にあります。
若年層の就業者が少なく、技能者・技術者の平均年齢は上昇を続けています。数年後には大量退職期を迎えると予測され、技能継承の担い手不足が深刻です。
長時間労働や休日出勤が常態化し、3Kイメージが強い現場がいまだに多いのが現実です。働き方改革関連法への対応が遅れると若手人材の流出が加速します。
国土交通省が2025年3月に公表した建設工事施工統計によれば、2024年度の設備工事市場規模は約37兆円です。完成工事高は3兆7,188億円(前年比14.5%増)、元請完成工事高は1兆9,362億円(同15.0%増)といずれも二桁成長を記録し、建設業全体の伸びを上回りました。
電気工事業約13兆円、管工事業約10兆円、機械器具設置工事業約8兆円はいずれも二桁成長を達成しました。設備工事全体で建設業の約21.5%を占める規模に拡大しています。
携帯基地局やデータセンター建設など情報インフラ投資、工場・物流施設の新設や改修、省エネ改装といった民間需要が市場をけん引しました。維持・修繕工事も前年比16.8%増と好調です。
東京都だけで元請完成工事高の36%を占めるなど都市部集中が顕著です。資材高騰の影響を受けつつも、価格転嫁と案件増加により業界全体の付加価値額は前年比20.1%増と大幅に伸びました。
設備工事業界では経営者の高齢化と後継者不在、人材不足、事業規模拡大を目的としてM&Aが活発化しています。譲渡企業は会社の存続と従業員雇用の維持を図り、譲受企業は技術者や有資格者の確保と顧客基盤拡大を狙います。2024年11月公表の帝国データバンク調査で後継者不在率60.1%と示されたことは、M&A需要の大きさを裏付ける象徴的な数字です。
株式譲渡により保有株式を現金化し、退職資金を得つつ従業員の雇用と取引先との関係を維持できます。また譲受企業の資金力やノウハウを活用して経営を安定化させることも可能です。
資格保有者や技能者を一括確保でき、隣接分野とのシナジーで事業成長スピードを高められます。設備・機材の共同利用でスケールメリットを享受し、コスト削減を実現できる点も大きな魅力です。
老朽化したビルや施設のインフラ整備、賃貸物件リノベーション需要が拡大しており、設備工事のニーズは今後も増す見込みです。慢性的な人手不足と経営者高齢化が続く限り、M&Aは課題解決の有力手段としてさらに増加すると予測されます。
譲渡企業と譲受企業がそれぞれの優先事項を整理し、情報開示とデューデリジェンスを徹底することが成功の鍵です。
設備工事業界では地域拡大や技術補完を目的としたM&Aが相次いでいます。ここでは代表的な事例を簡潔に紹介します。
北恵は2023年4月、福岡県の古賀文化瓦工業所を買収し地場施工力を獲得しました。
2022年12月の取引により配管・消防工事の技術を取り込み商圏を拡大しました。
2022年9月に群馬県の電気通信工事会社を買収し北関東基盤を固めました。
2022年7月、北海道の電気機器メーカーを取得し技術融合を図りました。
2022年4月、マンション電気設備工事の人材と施工実績を手中に収め事業拡大を狙いました。
M&Aの基本手法は株式譲渡と事業譲渡の二つです。
譲渡企業の資産・負債・人材を包括承継するため、手続は比較的簡単で事業継続性が高い一方、簿外債務も引継ぐリスクがあります。
特定事業だけを切り出せるので柔軟性が高い半面、従業員再雇用や権利義務移転など個別契約が必要で手続が煩雑です。
資料提出が遅れると全工程が停滞するため、初期段階で必要情報を整理しておくことが肝要です。
株価算定には修正純資産法、類似会社比較法、DCF法があり、未上場中小企業では修正純資産法が用いられるケースが多いです。個人株主が株式譲渡で得た売却益は20.315%の分離課税が適用され、M&A手数料は譲渡益から控除可能です。
引退時期を決め、経営情報を整理し、従業員ケアを徹底したうえで、中小M&A実績が豊富な専門家へ早期相談することが成功の近道です。経営者の健康悪化や業界再編の波が来る前に決断するほうが企業価値を保ちやすくなります。
設備工事業界では市場規模拡大と深刻な人材不足、経営者高齢化が同時進行しています。M&Aは後継者問題の解決、技術者確保、事業エリア拡大を同時に実現する有力な戦略です。
設備工事業界のM&Aは、後継者不在、人材不足、事業拡大という三つの課題を同時に解消できる実践的手段です。譲渡企業は承継実現と創業者利潤を確保し、譲受企業は技術と顧客基盤を獲得して成長を加速できます。適切な準備と専門家支援により、双方がWin-Winとなる取引が実現します。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事