建設業界全体には大きな課題が存在します。それが、職人不足や過重労働などの問題です。建設業が社会的な需要のある業界であっても、生産性を向上させ、賃金を上げるための施策を実行しなければ、業界が直面する問題は解決できず、人手不足の解消も期待できません。
さらに、設備工事・内装工事業界も後継者不足により事業承継の問題を抱えており、後継者が見つからなければ廃業リスクも高まります。
本稿では、設備工事・内装工事業界の概要、問題点、事業承継対策としてのM&Aについて詳しく解説していきます。
目次
設備工事業について見ていきましょう。これは、住宅や店舗、ビルやマンションなどの建築物に使用されるさまざまな設備を導入するための工事全般を指します。主に、建物内の電気、ガス、通信、防災などの設備を設置する作業が含まれます。
設備工事には、電気工事、管工事、電気通信工事、機械器具設置工事などが代表的です。一般的に、設備工事は建築分野の中でも生活に必要な設備全般に関わる工事であり、一つの事業者が全てを担当するのではなく、各分野の専門家が独立して行います。
内装仕上工事業は、木材や石膏ボード、壁紙、床材、タイル、ふすま、畳などの各種材料を使用して、建物の内装仕上げを行う工事全般を意味します。個人住宅、商業施設、ビルやマンションなど、ありとあらゆる建物の内装関連をカバーする工事です。
内装仕上げ工事は、建設工事の中でも最も一般的な種類であり、新築、改築、修繕、リフォームなどの全ての工程に関与しています。特に、リフォーム工事は内装仕上げ工事そのものであると言っても過言ではありません。
建設業界において、建物の完成に向けて重要な役割を果たす工事には、設備工事や内装仕上げ工事があります。これらの工事は、民間工事と公共工事の両方で行われ、業界の収益基盤を形成しています。
設備工事業者や内装仕上げ工事業者は、さまざまな方法で仕事を受注しており、いくつかの典型的なパターンが存在します。
・一括請負方式
大手の建設業者が工事全体を受注し、設備工事や内装仕上げ工事の一部を下請け業者に再発注する方法です。
・別途工事方式
建設業者とは別に、設備工事業者や内装仕上げ工事業者が直接発注者から工事を請け負う方法です。
建設業界全体、特に設備工事や内装工事を含む分野では、多くの課題が存在しています。
• 労働時間が長いが、適切な賃金が確保できていない
• 仕事量の安定感がなく、過不足が激しい
• 3K(きつい、汚い、危険)の代表職種として認知されている
• 若い労働者の流入が少なく、女性が活躍する場も限られている
• 中小企業を中心に、週休2日制が確保できていない
• 社会保険への加入が遅れている中小建設業者が多い
これらの課題は、特に中小企業を中心とした建設業界が抱える問題であり、過酷な労働環境や賃金水準の低さが業界全体の若年労働者の流入を阻害している要因ともなっています。
建設業界は現在、人手不足の状況に直面しており、その状況が業界全体に影響していることが、いくつかのグラフで示されています。建設業界の就業者数が年々減少する中で、技術者や技能者の数も同様に減少していることが確認できます。また、業界内での高齢化が進行する一方で、若年労働者が業界に参入しづらい状況が続いています(図1参照)。
(図1)「建設業就業者の現状」
このような状況が続くと、将来的に建設業界の担い手が減少し、高齢化した技術者や技能者が持つ貴重な技術や技能が若手に引き継がれず、業界全体が業績不振に陥ることが予測されます。それがさらに社会インフラや老朽化した建物の整備ができなくなり、大きな事故につながる恐れもあります。
しかし、国もこのような状況を放置しているわけではありません。働き方改革の推進や工事の適正化、労働者の処遇改善、建設現場の生産性向上など、具体的な対策が講じられており、建設業界の課題解決に向けて取り組みが進められています。具体的な対策については、国土交通省の公式ウェブサイトが参考になります(図2参照)。
(図2) 「生産性の向上への取組等」
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
設備工事や内装工事業界における市場規模に大きく影響を与える要素である、「新設住宅着工戸数」、「住宅リフォーム市場の動向」、「建設投資額の推移」を詳しく分析すると、2つの図から以下の2点が読み取れます。
• 新設住宅着工戸数は、2006年に総戸数で130万戸近くまで増加したものの、その後は減少し続け、2021年現在では
約90万戸前後に落ち着いています。
• 新設住宅市場が減少傾向にある中、住宅リフォーム市場は堅調に推移しており、市場規模は約6.2兆円を下回ること
なく、2023年度には約6.5兆円を確保する見込みです(図3、4参照)。
(図3)「新設住宅着工戸数の推移(総戸数、持家系・借家系別)」
出典:国土交通省/住宅着工統計
(図4)「住宅リフォーム市場に関する調査(2022年)」
建設業界全体の市場規模およびその推移について、以下の図を基に説明します。
国土交通省が発表した建設業界の市場規模を示す建設投資額の推移を見ると、ピーク時の1992年度には約84兆円でしたが、2011年度には約42兆円へと大幅に減少しています。
その後、建設投資額は増加傾向に転じ、2021年度には約58.4兆円(公共部門22.8兆円、民間部門35.6兆円)に上がる見込みです(2021年11月調査に基づく)。
建設投資の内訳をみると、約4割が政府の建設投資や公共工事、残りの約6割が民間の建設投資によるものです。
また、公共工事の内容では土木部門が大半を占め、民間工事の中では建築部門が多いことが特徴的です(図5参照)。
(図5) 「建設業の働き方改革の課題と現状」
先程示した図によれば、建設投資額は2012年度頃から右肩上がりの状況が続いており、特に民間建設投資部門が増加基調で推移していることがわかります。
新設住宅着工戸数に関しては、出生数の低下により、将来的な増加は期待できませんが、住宅リフォーム市場は堅調に推移しているため、設備・内装工事への需要は一定期間続くものと見込まれます。
しかしながら、設備・内装工事業を含む建設業界の競合状況はなお厳しい状況が続いています。
物価面においては、日本全体の物価だけでなく建築業界でも建設資材の高騰が顕著であり、さらに受注競争の激化により、建設コストが大幅に上昇し、利益が圧迫されている状況が続いています。
建設業界には、約47万先(2022年度末)の様々なタイプの工事業者が存在しており、都市部や地方問わず、売上高が数千万円から数十億円までの中堅・中小建築業者が多く見られます。株式市場に上場しているような大規模建設事業者は、全体に占める数は非常に少ないのが現状です。
限られた利益を巡って、中小業者間では日々過当な競争が繰り広げられている状況が続いています。
競合が厳しい建設業界ではありますが、本章では業界特性と併せて、中小企業のM&A動向に焦点を当てて解説していきます。
建築業界独自の事情として、経営者がM&Aに関心を寄せる背景に、業界全体の高齢化が挙げられます。他の業界でも同様の傾向が見られますが、特に建設業界においてはその傾向が強いことが指摘されています。これは労働者だけでなく、経営者層においても高齢化が進んでいることが影響しています。
また後継者問題について、帝国データバンクの2022年実施の後継者不在率調査では、全国・全業種平均で57.2%、建設業界に絞ると63.4%(職別工事業で67.1%、設備工事業で63.7%)という高さが示されています。
建設業界においてM&Aが行われた場合、売り手と買い手双方にどのような利点が存在するのでしょうか。以下では、それぞれの立場でのメリットを詳しく解説していきます。
売り手のメリット
• 後継者不在の解消と事業承継がスムーズに行える
• 従業員の雇用が保護され、取引先との関係が維持できる
• 保有株式の譲渡により、創業者に利益が確保できる
• 買い手の経営資源を活用し、運営コストの削減が実現できる
• 経営の安定化が図れる
• 不採算部門の譲渡を通じて、自社の経営資源を採算性の高い部門に集中させることができ、安定した経営が可能とな
る
買い手のメリット
• 技術や資格を持つ人材を一度に確保でき、人材不足が解消されるだけでなく、ビジネスの成長を促進できる
• 建築業界では関連する隣接業種が多く存在するため、M&Aを通じてシナジー効果が見込める
• 事業で使用する資材や機材の共同利用が可能になり、スケールメリットによるコスト削減が実現できる
(株)ユアテックと空調企業(株)のM&A
買い手であるユアテックは、宮城県仙台市を本社とする東北電力グループの総合設備会社です。一方、売り手となる空調企業は、宮城県仙台市に本社を構え、東北各地及び東京エリアで空調・給排水設備の総合サービスを提供する設備工事業者です。
2020年7月に行われたこのM&Aにより、ユアテックは空調企業の全株式を取得し、買収を完了しました。このM&Aの狙いは、施工体制の強化と、営業面での相乗効果を追求することでした。
(株)四電工と有元温調(株)によるM&A事例
買い手である(株)四電工は、香川県高松市を拠点とする建設業者で、建築設備工事や電力供給設備工事などの各種設備工事を主事業としています。
一方、売り手である有元温調(株)は兵庫県神戸市を本社とし、関西圏を中心に空調・菅工事事業を展開する空調設備工事業者です。
2018年2月に行われたこのM&Aでは、四電工が有元温調の株式を100%取得し、子会社化しました。M&Aの目的は、関西圏での空調・菅工事事業の強化やシナジーの獲得を狙ったものでした。
(株)エー・ディー・デザインビルドと(株)澄川工務店のM&A事例
(株)エー・ディー・デザインビルドは、東京都千代田区にある建築工事業を手がける(株)エー・ディー・ワークスの子会社で建設工事を営んでいます。売り手である(株)澄川工務店は東京都稲城市を拠点に内装工事を行う建設業者です。
2019年6月に実施されたM&Aでは、エー・ディー・デザインビルドが澄川工務店の全株式を取得し、その後、吸収合併しました。M&Aの目的は、エー・ディー・デザインビルドの手がける建設部門の事業規模をさらに拡大させることでした。
東宝ファシリティーズ(株)と(株)シコーのM&A事例
買い手である東宝ファシリティーズ(株)は、東京都千代田区に本社を構え、総合マネジメント事業や賃貸物件管理代行・施設運営代行事業を手掛けるビル管理業者です。売り手である(株)シコーは、東京都世田谷区を拠点に商業施設の内装工事監理業務を強みとする内装工事業者です。
2021年11月に行われたM&Aでは、東宝ファシリティーズが株式譲渡により(株)シコーの全株式を取得しました。このM&Aの目的は、東宝グループの建設関連事業の業容拡大を図るためでした。
本稿では、設備工事・内装工事業界のM&Aと事例について、建設業全般の動向も絡めて詳細に解説してまいりました。
建設業は社会に不可欠な業界でありながら、生産性の向上があまり進んでおらず、職人不足や経営者の高齢化も大きな課題となっています。
このような背景から、建設業の諸課題を解決する施策のひとつとして、M&Aが今後も増加することが予想されます。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事