旅行代理店M&Aの最新動向と成功への実践的戦略を解説
旅行代理店M&Aで成功するには何が必要でしょうか?本記事では、業界の現状と課題、最新トレンド、成功事例、注意点を分かりやすく解説し、すぐに実践できるポイントを示します。
目次
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
旅行業界を理解するうえで、まず旅行代理店と旅行会社の違いを押さえることが欠かせません。旅行会社は旅行商品の企画や造成を行う主体であり、一方の旅行代理店はその商品を消費者に届ける販売窓口です。両者は役割を分担しながら、旅行者に安全で魅力的な体験を提供してきました。
旅行代理店は、地域に密着した店舗や独自の顧客ネットワークを通じ、旅行会社が作ったツアーや宿泊プランを販売します。対面での丁寧なヒアリングや専門知識に基づく提案は、オンラインでは得にくい安心感を生み、旅行者と旅行会社を結ぶ重要な橋渡し役となっています。
旅行会社は取り扱う旅行範囲により3つに分類されます。第1種旅行業者は国内外の旅行を企画・実施し、第2種旅行業者は国内旅行のみを対象とします。第3種旅行業者は一定の条件下で国内旅行を取り扱います。これらの会社が造成したツアーを旅行代理店が販売することで、全国の旅行者に多彩な選択肢が提供されています。
3種類の旅行業者ごとの特徴を整理
第1種旅行業者は海外旅行を企画できるため航空券の手配力に強みを持ち、大規模投資が必要な分、資本力の高い企業が多いです。第2種旅行業者は国内旅行のパッケージ造成に特化し、地域観光資源を組み込んだツアーを多数展開します。第3種旅行業者は営業区域や運送期間に条件がある一方、ニッチな需要に応える小回りの利いた商品が作りやすい点が特徴です。
旅行代理店が提供し続ける3つの価値
1.顔が見える相談環境
2.危機時のサポート体制
3.地域情報に基づくオーダーメイド提案
これらの価値はオンラインサービスでは代替しにくく、特に高齢層や団体旅行で選ばれる大きな理由となっています。
インターネットの普及は、旅行商品の検索から予約、決済までをワンストップで完結させ、旅行者の行動を大きく変えました。便利さが増す一方で、旅行代理店・旅行会社は新たな課題に直面しています。
オンライン予約サイトやメタサーチの台頭により、旅行商品は簡単に比較されるようになりました。その結果、価格競争が激しくなり、各社は利益率の低下に悩まされています。とりわけ中小規模の旅行代理店は値下げ競争に巻き込まれやすく、収益基盤が揺らぎやすい状況です。
SNSや口コミサイトが普及し、旅行者自ら航空券や宿泊施設を組み合わせる個人手配旅行が増えています。パッケージツアーの需要が減少するなか、旅行代理店は専門性の高いテーマ型旅行や体験型観光の提案など、価格以外の価値を打ち出すことが求められています。
入国制限の緩和に伴い訪日観光は急速に回復し、国内旅行も政府支援策により活性化しています。一方で旅行者は安全衛生やサステナブルツーリズムを重視し、マイクロツーリズムやワーケーションといった新しいスタイルを選ぶ傾向が強まっています。旅行代理店・旅行会社は非接触型サービスや衛生対策を整えつつ、こうした多様なニーズに応える商品開発を進めています。
インターネット普及による具体的な影響
オンライン化は利便性を高める一方、ブランド力の弱い中小代理店には厳しい競争を強いる結果となりました。
個人手配旅行の増加に伴う代理店の対策
こうした施策により、「価格以外の価値」を示すことが差別化の鍵を握ります。
コロナ後に注目される5つの旅行テーマ
1.リベンジ消費を満たすラグジュアリー体験
2.感染対策を重視した少人数プラン
3.地域に分散するマイクロツーリズム
4.ワーケーションやブレジャー(仕事+余暇)
5.サステナブルツーリズム
旅行代理店はこれらのテーマを取り込むことで、新規顧客の獲得と単価向上を図っています。
市場環境の急激な変化に対応するため、旅行代理店を巡るM&Aは活発化しています。大手同士の統合から地域代理店の買収、OTA企業との提携まで、その形態は多様です。
旅行代理店利用者の減少と価格競争の激化を背景に、大手同士が統合してスケールメリットを追求する動きが目立ちます。統合により販促費やシステム開発費を分担でき、市場シェアを確保しやすくなります。
大手旅行会社は、地方に強い代理店を買収して自社の販売網を補完しています。これによりオフラインの顧客接点を増やし、多様化する旅行ニーズに応える体制を整えています。また、専門性の高い代理店を取得することで、アドベンチャーツアーやラグジュアリー旅行など新しい分野へ迅速に参入できます。
オンライン専業のOTAは豊富な宿泊・交通在庫と高度な顧客データ分析を強みとします。従来型代理店や旅行会社がOTAを買収・提携することで、オンラインとオフラインを融合したオムニチャネル戦略を確立し、シームレスな顧客体験を提供しています。これにより、予約システム開発コストを抑えつつグローバル展開を加速できます。
大手統合が進む背景にある四つの狙い
統合後はブランド統一による信頼性向上や、仕入交渉力の強化も期待できます。
OTA提携で得られる具体的メリット
提携は単なる販売チャンネルの追加にとどまらず、顧客体験全体の改善につながります。
M&Aの目的は売り手と買い手で異なりますが、共通するのは双方が経営課題を解決し、将来の成長を実現する点にあります。
中小規模の代理店では財務体質の脆弱さや専門人材の不足、後継者不在が大きな悩みです。大手グループに参画することで資金繰りが改善し、ITシステムやマーケティングノウハウを活用できるようになります。従業員の雇用が守られ、ブランド力も向上するため、長年築いた地域の信頼を維持しながら事業を継続できます。
買い手はM&Aによって優秀な人材と顧客基盤を一括で獲得できます。特定地域や専門分野に強い代理店を傘下に収めることで、立ち上げコストを抑えながら事業領域を拡大できます。また、オンライン販売力と地域密着サービスを組み合わせることで、新たな価値を生み出すシナジー効果が期待できます。
旅行関連サービスや保険、レンタカーなど周辺産業の企業が旅行代理店を買収するケースも増えています。異業種の視点や技術が取り入れられることで、従来にない商品やサービスが生まれ、業界全体の活性化につながっています。
M&Aが失敗しないためのチェックポイント
これらを事前に検証し、統合後にモニタリングを行うことでM&Aリスクを最小化できます。
具体的な事例を把握することで、M&Aの狙いと効果をより鮮明に理解できます。
2021年、レジャー予約サイト「アソビュー!」を運営するアソビュー株式会社は、アウトドア専門予約サイト「SOTOASOBI」を提供する株式会社そとあそびを買収しました。
この統合により、アソビューはアウトドアレジャー分野の専門コンテンツを獲得し、既存ユーザーに加えてアウトドア愛好家を新たに取り込みました。さらに、アソビューの予約システムとマーケティングノウハウを「SOTOASOBI」に適用することで、送客効率を高めています。アウトドア需要の高まりが続くなか、両社の強みを掛け合わせることで市場シェアを拡大する狙いが明確です。
2019年、オンライン旅行事業を展開する旧エボラブルアジア(現エアトリ)は、ハワイ旅行専門ブランド「ファーストワイズ」を運営するセブンフォーセブンエンタープライズを子会社化しました。
買収後、エアトリはハワイ現地法人を活用してオフラインサービスを強化し、オンライン販売との融合を実現しました。中長距離ツアー事業を一気に拡大したことで、ハワイ市場における競争優位を確立しています。オンラインとオフラインの販売網を組み合わせたことで、ユーザーは予約から現地サポートまで一貫したサービスを受けられるようになりました。
2021年に令和トラベルが実施した第三者割当増資は、旅行業界のデジタル化を牽引する象徴的な事例です。同社はアプリ開発に強みを持つ人材を集中的に採用し、海外旅行パッケージのスマート予約体験を実現しました。資金調達で得たリソースを、デジタルマーケティングの強化や海外ホテルとの直取引に投じ、価格競争力とUXの両立を図っています。コロナ後の需要回復局面に合わせて投資タイミングを計ったことで、急速な事業拡大に成功しました。
2024年8月、HISはコンテナホテルを全国展開するデベロップへ出資し持分法適用会社化を発表しました。インバウンド復活で顧客が特定地域に集中する「オーバーツーリズム」や宿泊施設不足の課題に対し、HISの集客力とデベロップの低コスト宿泊インフラを結び付ける狙いです。旅行代理店が宿泊事業へ踏み込むことで、顧客体験を一気通貫で提供でき、収益源の多角化も進みます。
2024年4月、エアトリはマーケティング人材マッチングプラットフォームを運営するGROWTHを子会社化しました。旅行商品の販促は季節変動が大きく専門知識が必要ですが、GROWTHの副業人材ネットワークを活用することで繁忙期に合わせて高スキル人材を確保できます。マッチング事業自体が新たな収益源となり、事業ポートフォリオを広げた好例です。
前半で触れたシナジー効果とタイミングに加え、実務面での成功要因を見ていきましょう。
買い手は財務・税務・法務・人事・ITの観点から詳細に調査し、簿外債務やコンプライアンスリスクを把握する必要があります。旅行代理店の場合、取引先との委託契約や旅行業登録の要件充足、個人情報保護の体制も重点確認ポイントです。適切なデューデリジェンスは買収価格の妥当性を裏付け、クロージング後のトラブルを未然に防ぎます。
統合後の価値創出はクロージング時点で半分以上決まるといわれます。組織文化を尊重しながら、権限系統やITシステムを段階的に統合するロードマップを描くことが不可欠です。予約プラットフォームや顧客データベースは売上直結のクリティカル領域となるため、早期にガバナンスを確立し、現場の混乱を最小限に抑えることが成功の鍵です。
統合によってブランド名や店舗デザインが変わる際は、顧客にわかりやすく伝え、不安を取り除くことが重要です。店頭スタッフによる丁寧な説明や、統合効果を訴求するキャンペーンはロイヤルティ維持に直結します。
M&Aは八つのステップに分かれます。
1.事前準備
2.候補先リストアップ
3.ノンネームシート送付と一次交渉
4.トップ面談・基本合意
5.デューデリジェンス
6.最終契約締結
7.クロージング
8.PMI
中小規模案件で約6か月、大規模案件では1年超が目安です。
仲介会社は譲渡企業と譲受企業のマッチングから契約書作成まで一貫支援し、複数候補を比較検討できます。
中立的な立場で課題整理をサポートし、初期相談として活用しやすい窓口です。
取引銀行は財務状況を理解しており、買収資金調達や専門家紹介が期待できます。
株式譲渡や事業譲渡の価格はEBITDA倍率を基準に決定されます。都市型代理店では8〜10倍、地域密着型では4〜6倍が目安です。ただし季節変動や外部要因が大きいため、複数年平均で見る必要があります。
買い手は過去3年平均EBITDAに倍率を掛けた理論価格から簿外債務などを控除して最終提示額を決定します。
ブランド認知度やオンライン予約比率、専門人材の数などは数値化しづらいものの、将来キャッシュフローに大きく影響します。
シーズナリティと為替影響を反映
為替変動と燃油サーチャージによる利益変動をシナリオ別に検証し、妥当性を高めます。
同規模売上でも①高いリピート率、②AI活用による効率化、③インバウンド最適化 を備えた代理店は評価倍率が跳ね上がり、企業価値100億円に到達し得ます。
旅行業登録の名義変更や保証金の引継ぎ、前受金管理、消費税区分、約款改訂リスクを明確にします。オンライン比率が高い場合はPCI DSSやGDPRなど国際規制への適合も要確認です。
複数案件を並行する場合でもDDとPMIを疎かにせず、小規模案件から学びリスクを分散することで成功確率を高められます。
旅行代理店M&Aは市場変化への最適解です。シナジー創出、的確なタイミング、企業価値評価、統合計画、税務法務管理を丁寧に行えば、事業拡大と雇用維持を両立し、将来の持続的成長を実現できます。専門家と連携し、段階的に取り組むことが成功への近道です。早期準備と情報開示が信頼構築を後押しし、買い手・売り手双方の満足度を最大化します。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事