ゲーム業界のM&A最新動向と事例から学ぶ競争力向上と成長戦略
ゲーム業界でM&Aを活用するメリットは何でしょうか?結論から言えば、優秀な人材・人気IP・最新技術を短期間で手に入れ、競争力を飛躍的に高められる点にあります。本記事ではその理由と成功の秘訣を詳しく解説します。
目次
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
ゲーム業界は、ゲーム機のハードウェアを設計する企業から、ゲームソフトを開発するスタジオ、完成したタイトルを販売・配信するプラットフォーム運営会社まで、企画・開発・製造・販売・配信の全工程が集約された巨大なエンターテインメント産業です。技術革新の速度が速く、市場ニーズも移ろいやすいため、各企業は柔軟に事業領域をまたいで連携しながら競争力を高めています。特に最近はオンライン機能や課金モデルの多様化により、ユーザーの遊び方と収益構造が大きく変わり続けています。
ゲーム機製造会社、ゲームソフト開発会社、ソーシャルゲーム開発会社、オンラインゲームプラットフォーム開発会社の四分類は原則として役割ごとに整理できますが、実際には一社が複数領域を担う例が多く見られます。たとえばハードメーカーが自社IPのソフトを内製したり、ソフトメーカーがモバイル向け配信事業を併営するといった垂直統合・水平拡張が進んでおり、境界は年々曖昧になっています。
ファミコン時代には数名規模で完結した開発体制が、現代では数十人から数百人規模へ拡大しています。大規模なオープンワールドや高精細グラフィックを実現するには、プログラマー、デザイナー、サウンド、オンライン運営など多職種が協働する必要があるためです。その結果、開発機能を外部スタジオへ委託したり、優秀なクリエイターを新規に獲得する動機が強まり、M&Aが有力な選択肢となっています。
角川アスキー総合研究所『ファミ通ゲーム白書2022』によれば、2021年の世界ゲームコンテンツ市場規模は21兆8,927億円で前年比約6%増加しました。日本国内市場も2兆円を超え、前年比99.2%と高水準を維持しています。外出自粛の影響でゲーム人口が増加したことに加え、eスポーツやストリーミング視聴など周辺ビジネスの拡充が業界全体を後押ししています。
特別なハードを必要とせず手軽に始められるスマートフォンアプリは、4,231万人と推計される国内ユーザーを中心に市場を牽引しています。売り切り型だった従来の家庭用ゲームと異なり、アイテム課金やバトルパスなどの継続課金モデルが主流となり、配信後も長期運営が求められるようになりました。これに伴い運営体制の大型化と人材不足が顕在化し、人材確保を目的としたM&Aの意義が高まっています。
2021年の国内eスポーツ市場規模は約87億円とされています。観戦文化の浸透はゲームタイトルの長寿命化に寄与し、開発企業にとっては大会対応やバランス調整を継続する体力が不可欠です。このような運営力強化を狙い、配信技術や大会運営ノウハウを持つ企業を譲受する事例もみられます。
自社IPを複数プラットフォームへ同時展開する動きが加速しています。収益源を単一ハードに依存するとヒットの波に左右されやすいため、PC・家庭用・モバイルを横断することでユーザー接点を増やし、安定したキャッシュフローを確保する狙いがあります。
定額制ゲームサービスの普及により、「遊び放題」への期待が高まっています。プラットフォーム大手は自社サブスクリプションの価値を高めるために、豊富なタイトルを短期間で確保できる譲受企業を積極的に探索しています。
5G普及と端末性能向上により、モバイルゲームでも高精細3D表現が標準化しつつあります。これに伴い開発コストが家庭用ゲームと同等に達するケースも現れ、資金調達とリスク分散の手段としてM&Aの重要性が高まっています。
ソーシャルゲームスタジオや人気IP保有会社の譲受により、プラットフォームの魅力度を高める戦略が目立ちます。豊富なコンテンツはユーザーの継続率を押し上げ、他社サービスとの差別化に直結します。
サブスクリプション事業に強みを持つ企業や、VR・AR技術に特化したスタジオの譲受が相次いでいます。将来のメタバース需要を見据えた基盤づくりとして位置付けられています。
人口減少が進む国内だけでなく、成長余地の大きい海外市場を獲得するため、海外デベロッパーとの提携や譲受が増えています。北米や東南アジアのスタジオをグループ化し、現地での開発ノウハウとマーケティングチャネルを取り込む動きが顕著です。
ゲーム業界のM&Aは、譲渡企業と譲受企業で狙いが異なりますが、双方に明確なメリットが存在します。
株式譲渡により創業者は蓄積した企業価値を実現利益として回収できます。開発費回収を早期に行い次の挑戦資金に充てられる点も魅力です。さらに大手グループの傘下に入れば資金力とブランドを活用でき、IPや従業員の将来を守れます。適切な譲受先が見つかれば、後継者不在でも事業を承継できるため、廃業回避と雇用維持に直結します。
優秀なクリエイターやエンジニアを即座に確保できる点は、開発期間短縮と品質向上につながります。またヒットタイトルを抱える企業を譲受すれば、継続的な収益源を得られるうえ、新作開発リスクを抑えられます。営業拠点統合や重複機能削減によりコストを抑えられる点も魅力で、異業種からの新規参入ルートとしても活用されています。
開発ジャンルやターゲット市場が補完関係にあるかを事前に精査し、1+1が2を超える体制を描くことが不可欠です。
流行変動が早い業界では、IP価値が最も高い時期に譲渡・譲受を実行することが双方の利益を最大化します。
譲渡企業はユーザー数や累計課金額など具体的指標で優位性を示すことで、譲受企業から正当な評価を得やすくなります。
将来の拡張性やクロスメディア展開のポテンシャルを含めて価値を算定し、価格交渉の土台を整えます。
譲受後に主要スタッフが離脱すると開発ノウハウが失われます。報酬体系や評価制度の調整を通じて双方の文化を尊重し、長期的な協力関係を築くことが重要です。
譲渡企業が経営難に直面した場合でも、譲受企業の資本力を背景に事業を継続できれば従業員の雇用を守ることができます。一方で譲受企業は拠点統合や運営フローの標準化を通じて重複コストを削減でき、経営効率を改善できます。この「雇用維持とコスト最適化の両立」は、ゲーム業界におけるM&Aが社会的にも評価される理由の一つです。
近年はIT企業やメディア企業など、ゲーム業界外のプレイヤーがM&Aを通じて参入する動きが目立ちます。新規参入者は既存の枠に捉われないサービス設計やマーケティング手法を持ち込み、市場全体の活性化に寄与しています。譲渡企業にとっても、これまでにない販路や技術連携の機会が得られるため、選択肢が広がっています。
クロスボーダーM&Aを通じて現地スタジオをグループ化すると、言語対応や文化的背景を踏まえたゲーム設計の知見を自社に取り込めます。たとえば北米デベロッパーが保有するシネマティック表現や東南アジアスタジオのモバイル最適化技術は、日本国内だけでは得にくい強みです。こうしたノウハウは自社タイトルのグローバル展開速度を高め、ヒット確率を向上させます。
これらの動向と成功要因を踏まえると、ゲームM&Aは単なる企業規模の拡大策ではなく、技術革新と市場多様化に対応するための本質的な経営戦略であることが分かります。後半では、任天堂やソニーなど主要企業の譲受事例を取り上げ、実際にどのようなシナジーが生まれたかを具体的に確認していきます。
読者の皆さまが自社の状況に即したM&A戦略を描く際には、ここまでに整理した市場環境・目的・成功のカギを照らし合わせることで、自社の強みと補完関係を持つ相手企業像が浮かび上がります。次章以降の具体的な事例分析が、その検討をさらに後押しするヒントとなれば幸いです。
ここからは実際に行われた主要M&Aを題材に、譲渡企業と譲受企業それぞれが得た成果を検証します。いずれも規模や目的が異なるものの、共通して「人材・技術・IP・市場」を短期間で獲得する戦略が見て取れます。
開発体制を安定確保し人気IPを継続育成
2021年3月、任天堂はカナダ拠点のNext Level Gamesを子会社化しました。『ルイージマンション』シリーズで培ったアクションゲーム開発力を社内に取り込み、北米市場向け大型タイトルの開発スピードと品質を高める狙いです。譲渡側は大手グループの資金と販売網を得て、シリーズの継続開発とスタッフの雇用維持を実現しました。結果として任天堂は外注比率を抑えつつ開発ラインを確保し、譲渡企業は安定したプロジェクト供給を受けるという相互補完型シナジーが形成されました。
ハード特化型スタジオ連携で新分野へ布石
ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)は2021年9月、英国Firespriteを譲受しました。最先端ハードに最適化したソフト開発力を持つ同社と8年以上協力してきた実績を正式に社内へ取り込み、PlayStation 5やVRタイトルのラインナップを強化する狙いです。譲渡側はグローバルIPを扱う機会と豊富な開発予算を獲得し、譲受側は独占タイトルの差別化要素を確保しました。
オンライン運営体制強化で顧客基盤を深耕
2022年4月、オンラインゲーム運営に実績を持つサイバーステップは、インターネットゲーム配信事業者ネッチを子会社化しました。大型クレーンゲームアプリの運営ノウハウを吸収し、ユーザー基盤を共有することで課金機会を増やすシナジーを期待しています。譲渡企業は経営基盤が強まり、運営コストの分散とサービス品質向上が可能となりました。
687億ドルの大型取引でサブスク競争を加速
2022年1月に発表された本取引は、Xbox Game Passの価値向上とメタバース構想の加速が主目的です。『Call of Duty』『Diablo』など世界的IPを一挙に取得したことで、定額制サービス加入者の拡大が見込まれます。譲渡企業側は巨大プラットフォームの投資力を得て開発環境を刷新し、人材流出リスクを軽減しました。
クロスボーダーM&Aで東アジア市場を相互攻略
2021年11月、中国のテンセントは日本のWake Up Interactiveを約50億円超で子会社化しました。モバイル・PC両方を手がける同社の技術と日本国内の開発ネットワークを得ることで、テンセントは日本市場での競争力を高めました。譲渡側は中国向け配信チャネルを獲得し、作品の海外展開スピードを加速させています。
任天堂・SIEなどハードメーカーは、外部スタジオを子会社化して長期的に開発ラインを維持しています。これは技術革新が早い市場で「人員とノウハウを自前で持つ」ことが最大のリスクヘッジであると示しています。
マイクロソフトの大型買収は、定額制サービスにおける「独占タイトル」の重要性を象徴しました。自社で創出するより既存IPを取得したほうが加入者増加を見込みやすい点が、投資判断を後押ししています。
サイバーステップ×ネッチのように、運営効率やユーザー維持施策を高度化できるスタジオは、高収益化を目指すプラットフォームから評価されやすい傾向があります。
テンセント×Wake Up Interactiveの取引は、急成長地域の知見と成熟市場の品質管理手法を結合する好例です。異文化融合を図った組織設計が成功すれば、グローバルIP創出の可能性が高まります。
今回取り上げた事例はいずれも、譲受完了後に大規模な人材流出が報告されていません。報酬制度の統合や独自文化の尊重など、ソフト面の施策がM&Aの成果を左右することが裏付けられています。
まずは開発分野・IP資産・人材構成・海外展開状況を定量的に整理し、補完関係が強いパートナー像を明確にします。
候補企業の技術領域、ユーザー層、財務状況を比較し、シナジー創出の確度が高い順に優先度を付けます。
譲渡交渉では価格だけでなく、開発理念やIPの将来像が一致するかを丁寧に確認します。一致度合いが高いほど統合作業が円滑になり、スタッフ定着率も向上します。
人事・開発ツール・プロジェクト管理を段階的に統合するロードマップを策定し、買収完了後90日以内に成果を可視化できる指標を設定します。
財務・税務・法務のデューデリジェンスを行い、買収価額とクロージング手続きを最適化します。特に海外取引では為替・コンプライアンスリスクを多角的に検証することが重要です。
人気IPの継続運営とサブスク収益の増加により、研究開発やマーケティングへ再投資できる資金が蓄積されます。
異なる文化や経験を持つクリエイターが協働することで、新たなゲームジャンルや表現手法が生まれやすくなり、中長期的な競争優位につながります。
縦横に統合された開発・配信体制により、クロスプレイやクラウドセーブなどユーザー価値の高い機能を迅速に提供できます。結果として優良コミュニティが形成され、長期的なファンベース拡大が期待できます。
取得IPと既存IPの相互活用により、映像化・音楽配信・グッズ販売といったメディアミックス展開がしやすくなり、ライセンス収入の多様化が見込まれます。
ゲームM&Aは人材・技術・IPを一括取得し、競争力を短期的に高める最適解です。成功には相互補完できる相手選定、文化融合、人材維持策が不可欠。適切な統合計画で継続成長を実現しましょう。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画