居酒屋のM&A業界動向や成功戦略と価格設定の解説
居酒屋M&Aを成功させる第一歩は、自社と市場の現状を正確に見極めることです。本記事では、縮小するアルコール需要下でも利益を伸ばすための戦略、適正価格の算定法、交渉時の注意点を実例付きで分かりやすく説明します。
目次
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
居酒屋は日本独自の飲食文化を体験できる場所です。主にアルコールを提供しながら、家庭料理から専門料理まで幅広いメニューを用意し、友人や同僚との交流の場になっています。昔ながらの大衆酒場、立ち飲み店、コンセプト型店舗など多様な形態が存在し、2020年代には地元食材や特定料理に特化した専門居酒屋が増加しました。カジュアルな雰囲気と豊富な品揃えが特長で、仕事帰りに一杯だけ寄る「ちょい飲み」需要にも対応しやすい柔軟性を備えています。
居酒屋の主な特徴は次の5つです。
【居酒屋業界の形態変化と課題への対応】
1990年代のチェーン化ブーム以降、低価格帯均一料金モデルが定着しましたが、その後の食の多様化に合わせて専門性の高い小規模店が支持を集めています。例えば地魚を売りにする海鮮居酒屋やジビエ専門店、クラフトビール中心のパブ型居酒屋など、提供価値を明確にした店がSNSで話題になり、新たな集客チャネルを開拓しています。逆に画一的なメニュー構成と大型立地に依存する従来型チェーンは固定費負担が重く、集客減少時に収益が急落しやすい構造です。そのため、ブランド再編や小型店への転換を図る動きが盛んです。
居酒屋市場は1990年代の拡大期を経て、近年は縮小傾向です。背景には宴会需要とアルコール需要の長期低迷があります。国税庁統計によれば、成人一人当たりの酒類消費量は1996年度の100リットル超から2021年度には74.3リットルまで減少しました。平成8年度をピークに販売数量も約16%減り、特に20代の飲酒習慣者は男性で約10%、女性で4%台と大幅に減少しています。
宴会需要に影響した要因は以下の通りです。
加えてコロナ禍は外食控えと家飲み志向を加速させました。ホットペッパーグルメ調査では、家で飲酒する機会が増えたと回答した人は約2割に上っています。これに対抗してファミレスやラーメン店がアルコール提供を拡充し、居酒屋以外の選択肢が豊富になりました。
【アルコール需要の定量データ】
国税庁「酒のしおり」によると、酒類販売数量は1996年度の9,657千キロリットルをピークに2019年度には8,128千キロリットルまで減少しました。特にビール系飲料の落ち込みが大きく、RTDやアルコール度数低めの商品がシェアを伸ばしています。健康志向と多様な嗜好が同時進行する市場では、「ノンアル」「微アル」商品の導入が居酒屋集客の成否を左右するトレンドになっています。
厳しい市場環境を乗り切るため、居酒屋事業者は譲受企業との連携を通じて経営資源を補完しようとしています。主な目的は三つです。
競争力の強化
同業者同士の水平統合で仕入れボリュームを確保し、物流を効率化。
経営改善
赤字店舗のテコ入れ、マーケティング強化、IT導入などにより収益構造を刷新。
事業承継
後継者不在のオーナーがブランドと従業員を守りつつ出口戦略を実現。
特に個人経営店や地域チェーンは、単独での資金調達やDX投資が難しく、資本力のある企業との協業を急ぐケースが目立ちます。M&Aは時間とコストを短縮し、複数店舗の一括取得でドミナント戦略を進める手段となります。
【M&Aを後押しする金融環境】
低金利が続く中、地域金融機関は飲食業向けの融資に慎重姿勢を強め、一方で保証協会付き融資に頼る小規模店は資金繰りが難しくなっています。その結果、M&A仲介会社へ相談し、信用補完力の高い譲受企業の傘下に入ることで実質的に資本を注入してもらう事例が増えています。金融機関も経営者保証リスクが軽減されるため、買収後の追加融資に応じやすく、結果として再投資サイクルが回りやすくなります。
M&Aは譲渡企業と譲受企業がそれぞれ異なる課題を解決する手段です。以下に双方の主要メリットを整理します。
立場 主なメリット 具体例
譲渡企業 事業継続と雇用維持 後継者問題解決、従業員の雇用守る
ブランド力の活用 大手グループの知名度で集客向上
経営資源の獲得 資金・人材・ノウハウの補完
個人保証の解除 借入金リスクの軽減
譲受企業 新規エリア・顧客の獲得 地域密着型店舗の顧客基盤を引継
店舗・設備の即時活用 内装投資を抑え短期で開業
メニュー・コンセプトの多様化 居酒屋既存ブランドを吸収
シナジー効果の創出 共同仕入れで原価率低減
海外展開を目指す大手企業が現地で既に支持されている日本式居酒屋を買収する事例も増えています。逆に酒類メーカーが直営チェーンを取り込み、販路拡大とブランド訴求を図るケースもあります。
M&Aは実行後の統合プロセスが成否を左右します。留意点は次のとおりです。
【譲渡企業の心理的ハードル】
オーナー経営者にとって店名やレシピは「我が子」のような存在です。M&Aプロセスでは、ブランド存続方針や従業員処遇を丁寧に示すことが信頼構築に繋がります。譲受企業はトップ面談で将来像を共有し、現場スタッフへの説明会を用意することで離職リスクを最小化できます。
【クロスボーダーM&Aの潮流】
日本式居酒屋はアジア・北米を中心に「IZAKAYA」として人気が高まっています。大手外食グループは海外フランチャイズ展開に加え、現地オペレーターの買収で短期に市場参入する戦略を採用しています。2019年のダイナックHDによるハワイ和食レストランの買収はその代表例で、既存顧客基盤を活かしブランド認知を高めました。為替円安局面では海外投資額が膨らみやすいものの、日本国内の成長停滞を補う手段として今後も注目されます。
【デューデリジェンスで重点確認すべき項目】
【ケーススタディ:シナジーが失敗した例】
ある地域チェーンでは、買収後にメニュー統一を急ぎ、看板商品の提供を停止した結果、常連客が離れ売上が30%減少しました。さらに人事制度を急激に変更したためスタッフの離職率も高まり、予定していたシナジーが実現しませんでした。この事例は「段階的統合」と「顧客・従業員への配慮」の重要性を示しています。
【税務上の留意点】
譲渡企業側では株式譲渡益課税と消費税インボイス対応が、譲受企業側ではのれん償却期間(会計基準により20年以内)と繰延税金負債の計上がポイントになります。税効果を見込んだ上で価格交渉を行うことで、実質負担額を適正化できます。税理士と早期に連携してシミュレーションを行うことが不可欠です。
適正な取引価格を決めることは、譲渡企業・譲受企業の双方にとって最重要項目です。価格が高すぎれば回収負担が重くなり、低すぎれば売却側の財務改善が進みません。ここでは、相場観と算定手順を整理します。
取引相場は店舗規模とブランド力で大きく変動する
価格が妥当でも、統合後の運営が失敗すれば投資は回収できません。成功の要諦は次の五点です。
独自メニューの原価率、客単価、リピート率などを開示し、譲受企業にとっての魅力を明確にします。
役員の処遇や従業員雇用の維持期間など、事前に社内合意を形成しておくことで交渉がスムーズになります。
店舗運営・購買・人事・ITの担当者で構成し、統合スケジュールと責任者を明示します。
メニュー・価格変更はフェーズを分け、一気に変えないことで既存顧客の離反を防ぎます。
税理士はスキーム選択と資金繰りシミュレーション、弁護士は契約書レビューと許認可承継を担当し、それぞれの領域でリスクを抑制します。
複数の専門家が連携することで、バリュエーションとリスク管理をワンストップで行える体制が整います。
以下の事例は、目的別にM&Aを活用した代表例です。
年 譲受企業 譲渡企業 主な目的 スキーム 特色
2019 ダイナックHD RESTAURANT 海外展開 株式取得→子会社化 ハワイ市場に進出し
SUNTORY U.S.A. ブランド力向上
2023 鳥貴族HD ダイキチシステム ポートフォリオ拡大 株式譲渡 焼き鳥業態を獲得し
シナジー創出
2019 SFP HD クルークダイニング 独自ブランド育成 株式譲渡 共同仕入でコスト最
適化
2018 やまや つぼ八 店舗網拡大 株式取得 酒類販売と飲食運営
で相乗効果
これらの成功要因は、既存ブランドの強みを尊重しつつ、譲受企業側の資本力とノウハウを投入して相乗効果を最大化した点にあります。逆に、ブランド改変を急ぎ顧客離れを招いたケースは、統合計画の甘さが失敗要因として指摘されています。
居酒屋M&Aは、市場縮小という逆風下で事業を成長させる有効な手段です。適正な価格設定、強みの明確化、従業員と顧客への配慮、そして専門家を交えた慎重な統合計画が成功の決め手となります。実例に学び、自社の条件を整理した上で最適な相談先を選択し、Win-Winとなる取引を目指しましょう。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事