歯科M&Aの基本概念から具体的な成功事例まで、歯科医院経営者必見の情報を網羅。後継者問題や経営効率化に悩む方に、M&Aのメリットとリスク、成功のポイントを詳しく解説します。
目次
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
歯科医院M&Aとは、歯科医院の経営権や資産を他の個人や法人に譲渡する取引のことを指します。この手法は、歯科医院の経営効率化や後継者問題の解決など、様々な課題に対応するための選択肢として注目されています。
歯科医院M&Aでは、株式譲渡や事業譲渡、役員や従業員の交代、吸収合併、分割などの手法が用いられます。これらの方法は、歯科医院の経営課題や目的に応じて適切に選択されます。
歯科医院M&Aを理解する上で、関連する重要な用語があります。特に「事業承継」と「居抜き売却」は、しばしばM&Aと混同されることがあるため、その違いを理解することが重要です。
事業承継は、親族や役員、従業員、第三者、企業などに事業の経営権を引き継ぐ過程全般を指す広い概念です。一方、M&Aはその手段の一つとして位置付けられます。事業承継の方法としてM&Aを選択することもありますが、すべての事業承継がM&Aというわけではありません。
居抜き売却は、店舗の物件や内装、設備のみを譲渡する方法です。M&Aとの大きな違いは、企業や事業そのものを売却するわけではない点です。M&Aの場合、売り手の企業が持つノウハウやブランド力、従業員、取引先との契約なども含めて売却の対象となります。つまり、M&Aはより包括的な事業の引き継ぎを意味します。
歯科医院M&Aの市場は、近年注目を集めています。その背景には、歯科医院特有の課題や社会的な変化があります。
歯科医院では、経営者の世代交代が進んでいないことが大きな問題となっています。2023年時点で、日本国内の歯科医院の58.6%が60歳以上の代表者によって経営されています。多くの歯科医院では、創業者が後継者を置かずに高齢になるまで経営を続け、最終的に廃業や解散を選択するケースが少なくありません。
このような状況は、地域の歯科医療サービスの供給不足や質の低下につながる恐れがあります。そのため、M&Aによる事業承継は、売り手と買い手だけでなく、地域社会にとっても大きなメリットがあると言えます。
M&Aの代替手段として、居抜き売却による譲渡も検討されることがあります。居抜きによる開業は、M&Aと同様に、全くの新規開院と比べてコストを抑えられるメリットがあります。
しかし、M&Aと異なり、従業員や患者は引き継がれません。買い手は新たに従業員を採用するコストがかかり、新規患者の獲得にも努める必要があります。また、機材のメンテナンスや更新など、予想外の費用が発生する可能性もあります。
売り手にとっても、従業員の雇用が守られないことや、自身が築いたブランドやノウハウが失われる可能性があることは考慮すべき点です。
歯科医院M&Aには、様々なメリットがあります。ここでは、主要な利点について詳しく見ていきます。
歯科医院M&Aの最大のメリットの一つは、地域の歯科医療サービス提供を継続的に確保できる点です。公益社団法人日本歯科総合研究機構の調査によると、歯科医療機関の管理者の30.8%が、2040年には周辺の歯科診療所が現在よりも減少すると予測しています。
近年、後継者不足などの理由で廃業を選択する歯科医院が増加傾向にあります。このような状況下で、M&Aを通じて歯科医院を存続させることは、地域の歯科医療サービスを維持する上で非常に重要な役割を果たします。
歯科医院M&Aのもう一つの大きなメリットは、医院スタッフの雇用を確保できる点です。歯科医院を廃業する場合、そこで働いていた歯科医師や歯科衛生士、受付スタッフなどは新たな就職先を探す必要が生じます。
一方、M&Aによる事業承継では、通常、従業員も引き継がれます。これにより、スタッフは慣れ親しんだ環境で継続して働くことができ、突然の失業リスクを回避できます。また、買い手にとっても、経験豊富なスタッフをそのまま雇用できることは、医院運営の円滑な継続につながる大きなメリットとなります。
歯科医院M&Aには多くのメリットがある一方で、いくつかの課題や懸念事項も存在します。これらを十分に理解し、適切に対処することが、M&Aの成功につながります。
歯科医院M&Aにおける最大の懸念の一つは、患者の信頼を損なう可能性があることです。歯科治療は非常に個人的なサービスであり、多くの患者は特定の歯科医師との信頼関係に基づいて通院を続けています。
M&Aによって医院の代表者が変わると、以下のような変化が生じる可能性があります。
1. 医師の技術レベルの変化
2. 医院の診療方針の変更
3. 患者対応や雰囲気の変化
これらの変化により、長年通っていた患者が不安を感じ、他の医院に転院してしまうリスクがあります。患者の流出は、医院の経営に直接的な影響を与える可能性があるため、慎重に対処する必要があります。
M&Aは従業員のモチベーションにも影響を与える可能性があります。特に、以下のような場合にモチベーションの低下が起こりやすいです。
1. 長年の院長との信頼関係が基盤となって働いていた場合
2. 労働条件や評価システムが大きく変更される場合
3. 新しい経営方針や診療方針に適応できない場合
従業員のモチベーション低下は、サービスの質の低下や患者満足度の低下につながる可能性があります。そのため、M&A後の従業員ケアや新しい組織文化の構築には特に注意を払う必要があります。
歯科医院M&Aは複数のステップを経て進行します。各段階を理解し、適切に対応することが成功への鍵となります。以下に、一般的なM&Aのプロセスを詳しく説明します。
M&Aの第一歩は、適切な譲渡先または譲受先を見つけることです。この段階では、以下のような方法が一般的に用いられます。
• M&A専門機関の利用
• 金融機関の紹介サービスの活用
• FA(ファイナンシャル・アドバイザー)の起用
• M&A仲介会社の利用
• M&Aマッチングサイトの活用
それぞれの方法には特徴があり、医院の状況や希望に応じて最適な手段を選択することが重要です。
適切な相手が見つかったら、次は基本合意の締結に向けて動き出します。この段階では以下のステップを踏みます。
1. 秘密保持契約(NDA)の締結
2. 双方の希望条件の提示と交渉
3. 基本合意書の作成と締結
基本合意書には、取引の基本的な条件や今後の進め方などが記載されます。この段階ではまだ法的拘束力のある最終契約ではありませんが、M&Aを進める上での重要な指針となります。
基本合意が締結されたら、次は詳細な企業調査(デューデリジェンス)を行います。この段階では、買い手が売り手の医院について綿密な調査を行います。主な調査項目には以下のようなものがあります。
1. 財務状況(資産、負債、収益性など)
2. 法務関係(契約内容、訴訟リスクなど)
3. 人事関係(従業員の状況、労務管理など)
4. 業務内容(診療内容、患者数、設備の状態など)
5. IT システム(電子カルテ、予約システムなど)
この調査により、医院の実態やリスクを正確に把握し、適切な取引条件を決定するための基礎情報を得ることができます。
デューデリジェンスの結果を踏まえ、双方に問題がなければM&A契約を締結します。この契約書には以下のような内容が含まれます。
1. 取引の対象と範囲
2. 取引価格と支払い条件
3. 譲渡資産・負債の明細
4. 表明保証条項
5. 従業員の処遇
6. クロージング(取引完了)の条件
7. 契約不履行時の対応
契約内容は法的拘束力を持つため、弁護士などの専門家のアドバイスを受けながら慎重に作成することが重要です。
最後に、クロージング(成約)を行います。この段階で以下の手続が行われます。
1. 売買代金の支払い
2. 医院の引き渡し
3. 株式や事業の譲渡手続
4. 各種届出(保健所への届出、健康保険医療機関の指定申請など)
クロージングが完了すれば、正式にM&Aが成立したことになります。
歯科医院M&Aには様々な費用が発生します。主な費用について詳しく解説します。
M&A仲介会社などに支払う手数料は、一般的に以下のような内訳になっています。
1. 相談料:初期相談や情報提供に対する費用
2. 着手金:M&Aプロセスを開始する際に支払う費用
3. 中間金:一定の進捗に応じて支払う費用
4. 成功報酬:M&Aが成立した際に支払う最終的な手数料
これらの費用は通常、売り手と買い手の両方が負担します。ただし、相談料や着手金、中間金を請求しない仲介会社もあるため、事前に確認することが重要です。
歯科医院の売却価格は、医院の規模や立地、設備、患者数などによって大きく異なります。
一般的な相場は以下の通りです。
• 平均的な歯科医院の売却相場:2,000万円〜3,000万円程度
• 新規開業の場合の必要資金:最低でも5,000万円程度
M&Aによる承継は、新規開業よりも低コストで事業を始められる点が大きな魅力となっています。ただし、実際の価格決定には、専門家による評価や市場調査が必要不可欠です。
歯科医院M&Aを成功させるためには、いくつかの重要なポイントがあります。ここでは、特に注意すべき2つの点について詳しく解説します。
歯科医院M&Aでは、単に経営権や資産を譲渡するだけでなく、医院が築いてきた文化や理念を承継することが非常に重要です。そのためには、売り手の院長が以下のような点について、買い手の院長や代表者に丁寧に説明することが求められます。
1. 医院の沿革と地域での役割
2. 患者との関係性構築の方法
3. スタッフの特性と育成方針
4. 診療方針や得意分野
5. 地域の他の医療機関との連携状況
これらの情報を共有することで、医院が長年かけて構築してきた価値を損なうことなく、スムーズな事業承継を実現できます。また、患者や従業員の不安を軽減し、信頼関係を維持することにもつながります。
デューデリジェンス(買収監査・企業調査)は、M&Aの成否を大きく左右する重要なプロセスです。歯科医院のM&Aでは、一般的な企業のM&Aとは異なる視点での調査が必要となります。具体的には以下のような点に注意が必要です。
1. 医療機器の状態と更新時期
2. 患者データの管理状況と個人情報保護の体制
3. スタッフの資格や経験、継続勤務の意思
4. 地域における医院の評判や信頼度
5. 診療報酬の請求状況と適正性
6. 感染対策や医療安全管理の体制
これらの点について入念な調査を行うことで、M&A後に発生しうるリスクを事前に把握し、適切な対策を講じることができます。また、調査結果は適正な取引価格の算定にも重要な役割を果たします。
歯科医院M&Aの実際の成功事例を見ることで、その効果や注意点をより具体的に理解することができます。ここでは、3つの代表的な成功例を紹介します。
愛媛県にある個人経営の歯科クリニックでは、後継者不足を理由にM&Aを実施しました。このケースでの成功のポイントは以下の通りです。
• 売り手が重視したのは金銭面だけでなく、「地域の患者を優先する」という経営方針の継続でした。
• マッチングの結果、同じ価値観を持つ買い手が見つかりました。
• 大きなトラブルもなく、スムーズに譲渡が完了しました。
この事例から、単なる経営権の移転ではなく、医院の理念や地域への貢献意識を共有できる相手を選ぶことの重要性が分かります。
70代の院長が経営する歯科クリニックでのM&A事例です。この事例の特徴は以下の通りです。
• 契約締結からクリニック引き継ぎまでに4ヶ月の期間を設けました。
• この期間中、買い手は技術や診療方針を学び、患者や従業員との信頼関係を築きました。
• 結果として、M&A後の患者離れを防ぎ、売上の増加にも成功しました。
この事例は、十分な引き継ぎ期間を設けることの重要性を示しています。特に歯科医院のような個人的なサービス業では、こうした丁寧な引き継ぎが成功の鍵となります。
沖縄にある歯科クリニックが、医療法人による買収を受け入れた事例です。この事例の特徴は以下の通りです。
• 売り手の院長は40代と比較的若く、引退ではなく法人内で勤務を続けることを選択しました。
• 個人経営から法人経営への移行により、経営の安定化と規模の拡大を図りました。
• 若手院長の経験とエネルギーを活かしつつ、大規模法人のリソースを活用する win-win の関係を構築しました。
この事例は、M&Aが必ずしも完全な経営権の移転を意味するわけではなく、様々な形態があり得ることを示しています。
歯科医院M&Aを成功させるためには、いくつかの重要な要素があります。ここでは、特に重要な2つのポイントについて詳しく解説します。
歯科医院M&Aの成功には、医院の価値を適切に評価することが不可欠です。適正な価値評価には以下のような要素を考慮する必要があります。
1. 財務状況(売上高、利益率、キャッシュフローなど)
2. 資産価値(医療機器、設備、不動産など)
3. 無形資産(患者データベース、地域での評判、スタッフの技術力など)
4. 立地条件と競合状況
5. 将来の成長可能性
これらの要素を総合的に評価し、適正な価格を設定することが、双方にとって納得のいくM&Aにつながります。
歯科医院M&Aは複雑なプロセスであり、法務、財務、税務など多岐にわたる専門知識が必要です。そのため、以下のような専門家との連携が成功の鍵となります。
1. M&Aアドバイザー:全体のプロセス管理や戦略立案をサポート
2. 公認会計士・税理士:財務分析や税務対策をアドバイス
3. 弁護士:契約書の作成や法的リスクの評価を担当
4. 歯科経営コンサルタント:業界特有の課題や機会を分析
これらの専門家と適切に連携することで、リスクを最小化し、スムーズなM&Aの実現が可能となります。
歯科医院M&Aは、後継者問題の解決や経営効率化など、様々な課題に対応するための有効な手段です。地域医療の継続性確保や従業員の雇用維持など、多くのメリットがある一方で、患者の信頼低下リスクや従業員のモチベーション変化など、慎重に対処すべき課題もあります。成功のためには、適切な価値評価と専門家との連携が不可欠です。歯科医院M&Aを検討する際は、これらの点を十分に考慮し、慎重に進めることが重要です。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事