ドラッグストアM&Aの再編動向と会社売却判断の実務要点
ドラッグストアM&Aは、大手集中、調剤強化、食品・DX投資を背景に再編が進んでいます。中小店舗の経営者が売却を検討する際に見るべき業界動向、譲渡価値、従業員対応、交渉準備を、後継者不在や薬剤師採用難への対応も含めて整理します。
目次

▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
ドラッグストア業界のM&A(合併・買収)は、単なる店舗数拡大の手段ではなくなっています。以前は「まだ出店できる地域を探す」競争でしたが、現在は限られた商圏、人材、調剤機能、顧客データを取り合う段階に入っています。
ドラッグストアは、医薬品、化粧品、日用品、食品を扱う小売業です。ただし、一般的な小売店と違い、医薬品販売には制度上のルールがあります。一般用医薬品はリスクに応じて分類され、販売時の情報提供や相談対応では薬剤師または登録販売者が重要な役割を担います。処方箋調剤を行う店舗では、薬剤師の確保も欠かせません。厚生労働省も、医薬品の販売制度としてリスク区分ごとの販売方法を整理しています。
経済産業省の商業動態統計では、ドラッグストアの販売動向が継続的に公表されています。食品、調剤医薬品、日用品などの商品別動向を確認できるため、業界の変化を見るうえで重要な統計です。
販売額は長期的に拡大してきました。特に食品の取り扱いが増え、従来の「薬と化粧品の店」から、生活必需品を広く扱う店舗へ変わっています。一方で、成長しているから中小店舗も安心、とは言い切れません。食品は集客力がありますが、粗利率は高くないことが多く、価格競争に巻き込まれやすいためです。
2025年12月には、ツルハホールディングスを株式交換完全親会社、ウエルシアホールディングスを株式交換完全子会社とする経営統合が実現しました。公表資料では、両社合わせて売上高2兆円超の日本最大のドラッグストアチェーンになったとされています。
さらにイオンは、ツルハホールディングスに対するTOB(株式公開買付け)を2025年12月から2026年1月にかけて実施しました。その後、ツルハホールディングスはイオンの連結子会社となり、2026年4月時点ではイオンが議決権50.9%を保有する体制になっています。
これは中小ドラッグストアにとっても無関係ではありません。大手の仕入れ力、物流網、PB(プライベートブランド)商品、アプリ、調剤システムが強くなるほど、単独で同じ土俵に立つことは難しくなります。
大型統合だけでなく、地域チェーンを取り込む動きも目立ちます。マツキヨココカラ&カンパニーは、子会社を通じて九州北部の新生堂薬局の株式を取得し、地方チェーンの取り込みを進めています。また、東京都・埼玉県でドラッグストア・調剤薬局を20店舗展開するユニバーサルドラッグについても、子会社による株式取得が公表されています。
スギホールディングスも、調剤機能の強化や地域シェア拡大を進めています。2025年9月にセキ薬品を持分法適用関連会社とした後、2026年4月には追加取得による連結子会社化を決定しました。公表資料では、店舗運営、人材育成、DXシステム、物流網などの融合が目的として説明されています。
買い手がドラッグストアを譲り受ける理由は、売上を足し算するためだけではありません。実務では、店舗、人材、調剤機能、データ・仕組みをまとめて取得できる点が重視されます。
大手が特に重視するのが調剤機能です。処方箋を受け付ける店舗は、患者が定期的に来店する接点になります。高齢化が進む地域では、服薬相談、在宅対応、健康相談の役割も大きくなります。
調剤併設店舗がある会社は、物販だけの店舗よりも買い手に説明しやすい強みを持ちます。処方箋枚数、近隣医療機関との関係、薬剤師の人数、在宅対応の有無などが評価対象になりやすいためです。
ただし、単に調剤室があるだけでは十分ではありません。処方箋が特定の医療機関に偏りすぎていないか、薬剤師が退職した場合に運営が止まらないか、調剤過誤やクレームの管理ができているかも見られます。
近年のドラッグストアは、食品を低価格で販売し、来店頻度を高める戦略を取ることが多くなっています。いわゆるフード&ドラッグ型の店舗です。
食品で来店頻度を上げ、医薬品、化粧品、日用品、PB商品で利益を確保する設計になりやすい一方、食品を扱うには仕入れ量、在庫管理、物流、廃棄管理が重要です。中小店舗が単独で十分な価格競争力を持つには限界があります。ここがM&Aの背景になります。
人材不足も大きな理由です。特に薬剤師、登録販売者、店長経験者は、採用しようとしてもすぐに確保できません。買い手にとって、地域に根付いた有資格者を引き継げることは、店舗そのものと同じくらい価値があります。
売り手側も、この点を過小評価しないことが大切です。資格者の人数、勤続年数、年齢構成、勤務シフト、退職リスクを整理しておくと、買い手に対して自社の価値を伝えやすくなります。
アプリ、公式EC、ポイント会員、AI発注、電子棚札、在庫管理、調剤システムなど、ドラッグストアの運営にはデジタル投資が欠かせません。便利な仕組みほど、導入費用と運用負担が重くなります。
中小店舗では、システムを入れても使いこなす人材が不足しがちです。意外と多い落とし穴です。買い手のシステムに乗ることで改善できる場合もありますが、移行時にはPOSデータ、会員データ、調剤関連データ、個人情報管理の確認が必要になります。
親族や従業員に後継者がいない場合、第三者承継としてM&Aを検討する意味があります。廃業すると、店舗、雇用、地域の買い物利便性、医療機関との関係が途切れる可能性があります。
M&Aであれば、買い手に経営を引き継いでもらいながら、従業員の雇用や地域の店舗機能を残せる可能性があります。これは、地方の中小ドラッグストアでは特に重要です。
経営者が70代になってから動き出すケースも珍しくありません。ただ、売却には資料整理、買い手探索、条件交渉、デューデリジェンス、最終契約が必要です。デューデリジェンスとは、買い手が財務、税務、法務、労務などを調べる手続です。
準備に時間がかかります。引退希望時期の2〜3年前から、自社の価値と課題を確認しておくと安心です。
薬剤師の採用費、人件費、調剤機器、在庫管理システム、改装費、食品売場の冷蔵設備など、必要な投資は増えています。投資を続ければ競争力を保てますが、投資回収までの期間も長くなります。
借入を増やして単独成長を目指すのか。大手の傘下で店舗機能を残すのか。ここで判断が止まることがあります。M&Aは、その比較の中で検討すべき選択肢です。
近隣に大手チェーンが出店すると、価格、ポイント、品ぞろえ、営業時間、アプリ販促で差が出やすくなります。顧客が一気に離れるとは限りませんが、徐々に客数や粗利率が下がることもあります。
赤字になってからでは、買い手から見た魅力が下がります。まだ地域顧客が残っており、有資格者も定着している段階であれば、ドミナント強化を狙う買い手から評価される可能性があります。ドミナントとは、特定地域に集中して店舗を展開し、認知度や物流効率を高める考え方です。
ドラッグストアの譲渡価格は、店舗数だけで決まりません。買い手は「買収後にどれだけ利益を出せるか」「どのリスクを引き継ぐか」を見ています。
中小企業のM&Aでは、純資産、営業利益、EBITDA、将来収益、類似会社の倍率などを組み合わせて価格を考えることが一般的です。EBITDAとは、利息、税金、減価償却費などを差し引く前の利益に近い指標で、会社の稼ぐ力を見るために使われます。
土地建物を持っている場合は、含み益や担保状況も確認されます。賃貸店舗が多い場合は、賃貸借契約の引継ぎ、更新条件、原状回復義務が重要です。
評価されやすいのは、地域での認知度、調剤併設店舗、薬剤師・登録販売者の定着、黒字店舗の比率、在庫管理の精度、近隣医療機関との関係、駐車場や生活動線に合った立地です。
また、買い手が既に周辺地域で店舗を持っている場合、自社の店舗網が買い手の空白地帯を埋めることがあります。この場合、単独の利益以上にシナジーを説明できる可能性があります。シナジーとは、統合によって生まれる追加の効果です。
一方、価格を下げやすい要素もあります。過大在庫、期限切れ商品の管理不足、医薬品販売や労務管理上の不備、退職予定の薬剤師への依存、役員貸付金、オーナー個人との不明確な取引などです。
小さな不備でも、買い手から見ると「買収後に追加費用が出るかもしれない」と映ります。早めに整理すれば、価格交渉で不要な減額を避けやすくなります。
売り手側のメリットは、後継者問題の解決だけではありません。譲渡対価を得られること、個人保証の解除を金融機関と協議しやすくなること、従業員の雇用を残せる可能性があることも大きな利点です。
個人保証は自動的に外れるわけではありません。株式譲渡の条件、借入先金融機関の承認、買い手の信用力などを踏まえて調整します。また、会社や株式を譲渡した場合は税金が発生するため、譲渡価格だけでなく手取り額も確認する必要があります。
買い手側には、新規出店より短い時間で商圏を獲得できる利点があります。新規出店では物件探索、採用、認知獲得に時間がかかりますが、M&Aなら既存の店舗、人材、顧客、取引関係をまとめて引き継げます。
さらに、仕入れ・物流・システム・PB商品の統合により、コストを下げられる可能性があります。こうした買い手側のメリットを理解しておくと、売り手は自社の強みを価格交渉で伝えやすくなります。
株式譲渡では、会社そのものの株主が変わるため、雇用契約は原則として会社に残ります。事業譲渡では、雇用の引継ぎに個別対応が必要になるため、スキームによって扱いが異なります。スキームとは、株式譲渡や事業譲渡など、M&Aの取引方法のことです。
実務では、買い手も有資格者や現場スタッフを必要としているため、直ちに人員削減を前提とするケースばかりではありません。むしろ、人材を引き継げることが買収目的になっている場合もあります。
一方で、変化は起こります。給与制度、評価制度、福利厚生、シフト管理、接客基準、売場づくり、PB商品の取り扱い、発注ルールなどが買い手側の基準に近づくことがあります。
ここで説明が遅れると、従業員は「何か隠されているのでは」と感じます。M&A実務では、情報開示のタイミングを守秘義務との関係で慎重に決めつつ、開示後は短期間で説明会、個別面談、Q&Aを行うことが重要です。
大手グループに入ることで、研修制度、福利厚生、本部職、店長、エリアマネージャー、調剤専門職などの選択肢が広がる場合があります。もちろん、すべてが良い変化とは限りません。異動範囲や評価基準の変更に不安を持つ人もいます。
だからこそ、良い面だけを伝えるのではなく、変わる点と変わらない点を分けて説明することが大切です。
ドラッグストアは、医薬品卸、食品卸、化粧品メーカー、医療機関、介護施設、金融機関など、多くの相手と関係しています。M&A後に仕入れ先が変わる場合や、支払条件、取引口座、発注方法が変わる場合もあります。
特に調剤機能がある店舗では、近隣医療機関との信頼関係が重要です。買い手と一緒に挨拶する、店舗名や担当者変更の予定を早めに伝えるなど、地域の不安を抑える段取りが必要になります。
良い買い手を探す前に、自社を説明できる状態にすることが先です。買い手は、資料が整っている会社ほど安心して検討できます。
複数店舗を運営している場合、全社の利益だけでは不十分です。店舗ごとの売上、粗利、人件費、家賃、営業時間、処方箋枚数、駐車場の有無、競合状況を整理しておくと、買い手は買収後の計画を立てやすくなります。
赤字店舗がある場合も、隠す必要はありません。理由を説明できることが重要です。人員不足による一時的な赤字なのか、商圏そのものが弱いのかで評価は変わります。
医薬品販売や調剤には、店舗ごとの許認可、管理者、薬剤師体制、掲示事項、記録管理などが関わります。労務面では、雇用契約書、就業規則、残業代、社会保険、退職予定者、未消化有給休暇も確認対象です。
M&Aの途中で労務問題が見つかると、価格調整や契約条件に影響します。大きな問題ではないと思っていたことが、買い手の社内審査で止まる原因になることもあります。
会社売却では、譲渡価格だけを見て判断すると後悔することがあります。従業員の雇用、店舗名の扱い、経営者の引退時期、一定期間の引継ぎ、個人保証の解除、役員退職金、競業避止義務、取引先への説明方法なども重要です。
競業避止義務とは、売却後に同じ地域や同じ事業で競合する行為を一定期間制限する約束です。範囲が広すぎると、売却後の活動に影響します。契約前に確認が必要です。
M&Aは、買い手探しだけでなく、企業価値算定、税務、法務、労務、金融機関対応、PMI(M&A後の統合プロセス)まで関係します。特にドラッグストアでは、医薬品販売、調剤、人材、店舗契約、在庫、個人情報など、確認項目が多くなります。
早い段階で相談すると、売却するかどうかを決める前に、自社の価値、課題、想定される買い手、準備すべき資料を把握できます。売却を急がない場合でも、将来の選択肢を持つための情報整理になります。
ドラッグストア業界は、大手統合、調剤強化、食品・DX投資、人材不足を背景に再編が進んでいます。中小店舗の会社売却は、後継者問題の解決だけでなく、雇用や地域の店舗機能を残す選択肢にもなります。早めに店舗別採算、人材、許認可、希望条件を整理し、自社に合う承継方法を比較することが大切です。
著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事
編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人