医療機器卸業界M&Aで事業承継と成長を加速する戦略の解説
医療機器卸M&Aで会社を守り成長を加速できるでしょうか?結論は「できます」。本記事は、業界の現状から成功事例、注意点までを網羅し、初めてM&Aを検討する経営者でも理解できるように、専門用語をかみ砕いて解説します。
売り手と買い手それぞれの視点から、実務に役立つ知識を豊富な事例と共に紹介します。
目次
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
医療機器卸売業界は、医療機器メーカーから機器を仕入れ、病院や診療所へ届ける専門性の高い流通業です。歯科用の診療ユニットから最新の画像診断装置まで幅広い製品を扱い、人命に直結する器具を滞りなく供給する責任を担います。厚生労働省が公表した2023年の市場統計では、生産額2兆6,747億円、輸入額3兆3,217億円と拡大傾向が続き、卸業者はおよそ6兆円規模の市場を舞台に競争しています。輸入比率の高さは海外メーカーとのパートナーシップや独占販売権取得など、卸企業の戦略に大きな影響を及ぼします。
医療現場では機器の故障や欠品が生命に関わるため、卸企業は24時間体制の緊急配送や定期点検を行い、在庫を切らさない体制を構築しています。営業担当者は製品の特性・手術方法・メンテナンス手順を理解し、医師や臨床工学技士から信頼を得て初めて取引が成立します。この「人に依存する商慣習」が業界の参入障壁となる一方、買収による人材確保がM&Aの大きな動機になります。
医薬品医療機器等法では、診断・治療・予防を目的とする装置や消耗品をまとめて「医療機器」と定義し、人体へのリスクに応じてクラス分類しています。卸売事業者は「医療機器製造販売業許可」や「高度管理医療機器販売業許可」など複数の許可・届出を取得しなければ販売ができません。譲受企業はデューデリジェンスで許認可の有効性を確認し、承継後に行政手続を滞りなく引き継ぐ必要があります。
許可取得の有無は買収価値に直結します。特に高度管理医療機器は厳格な保守管理が求められるため、倉庫の設備基準や管理者の資格、苦情対応体制が整備済みかを細かく確認することが必須です。売り手側は日常から法令順守を徹底し、監査記録や研修記録を整理しておくことで、買収交渉を有利に進められます。
近年、医療費の増加と高齢化を背景に医療機器需要が高まり、業界全体で再編が加速しています。市場の25%を占める大手5社は規模の経済を武器に中小企業の買収を進め、仕入価格交渉力と物流効率を高めています。一方、中小企業同士も連携や合併で専門特化と地域密着を両立させようとする動きが活発化しました。
2023年12月、ヤマシタヘルスケアホールディングスは整形外科機器に強い鹿児島オルソ・メディカルを買収し、九州南部でのシェアを一気に拡大しました。類似の取引は各地で相次ぎ、販売網のブロック化が進んでいます。売り手企業にとってはグループの購買力や物流網を利用できるメリットが大きく、買収提案が増す中でタイミングを逃さない決断が求められます。
大手同士の合併のみならず、県単位で強みを持つ中小卸同士が対等合併し、医療機関との関係を維持しながらエリア拡大に乗り出す例も増えました。新規エリア参入時の「地元医療機関の信頼」という壁を低コストで突破できるため、M&Aは有力な戦略です。
帝国データバンクによると卸売業の後継者不在率は54.6%。M&Aは経営者のバトンを第三者へ渡し、従業員の雇用も取引先との契約も丸ごと残せる現実的な選択肢です。
譲渡対価は営業利益数年分と時価純資産の合計が目安となり、税金と手数料を差し引いても引退後の資金を十分に確保できます。
銀行借入の個人保証が解除されるケースが多く、経営責任と資金繰りの重圧から解放されます。
大手グループの取扱商材やITインフラを活用すれば、単独では難しかった新サービスや周辺ビジネスへの展開が容易になります。
医療機器卸売業は地元医療機関との長年の関係性が売上の源泉です。拠点をゼロから開設するより、既存企業を買収した方がドクターの信頼を含めて一体で取得でき、市場投入までの時間を大幅に短縮できます。
特定分野に強みを持つ卸を取り込むことで、自社に不足する高収益製品をポートフォリオへ加えられます。特に海外メーカーの独占販売権が付随する場合、価格交渉力を高める武器となります。
取扱数量が増えればメーカーとの価格交渉力が向上し、共同物流や在庫統合によるコスト削減効果も得られます。これが大手が中小を積極的に買う最大の理由です。
医療機器卸売業は人材の経験値に依存するため、買収で得られる営業チームは無形資産です。人材確保が難しい地方都市ほどM&Aの価値は高まります。
利益が出ている時期は営業利益倍率が高く評価され、買い手の選択肢も広がります。
厚生労働省の政策変更や市場再編期など、外部環境が好転しているタイミングを狙うことで譲渡条件が良くなります。
買い手は法令違反リスクを嫌うため、社内規程・保守点検記録・教育体制を事前に整え、デューデリジェンスでプラス評価を得ましょう。
得意先ドクターが離脱しないよう、トップ面談や共同訪問をスケジュール化することで買い手の不安を解消します。
税理士・弁護士・仲介会社を活用し、価格以外の条件(雇用維持・役員残留期間・ロイヤリティ)を明確化すると交渉がスムーズです。
価格交渉だけに集中するとドクターの信頼が揺らぎます。譲渡後のフォローアップ体制や共同学会出展など、関係維持の具体策を提示し安心感を与えましょう。
医療機器価格の上限や保険償還価格は国の方針次第で変動します。買収検討時は将来キャッシュフローを政策シナリオ別に試算することが欠かせません。
高額在庫が滞留していないか、定期点検契約が適切に履行されているかを確認しないと、買収後に多額の是正費用が発生する恐れがあります。
取扱商品の補完性や物流統合効果をExcelベースで算定し、統合計画に具体的なKPIを設定することで、投資回収リスクを最小化できます。
営業インセンティブ制度や評価基準が買い手と売り手で異なる場合は、統合プロジェクトチームを発足し6か月以内の制度整合を目指します。
2021年12月の株式譲渡では、福祉用具サービスの顧客基盤を取り込みメディカルサービス事業を拡充しました。譲渡企業は大手資本の経営資源で成長機会を得て、買収企業は地方ニーズに即したサービスラインを補完できています。
2021年10月、内視鏡機器に強い佐野器械を子会社化し、京都・滋賀エリアの医療機関ネットワークを獲得しました。既存グループの物流と組み合わせることで高効率の供給体制を構築し、売上とサービス品質を同時に伸ばしています。
2023年12月の取引により、整形外科手術器材の専門ノウハウと地域密着営業網を獲得し、南九州エリアでの医療支援体制を拡大しました。買い手はスケールメリットを、売り手は研究開発リソースへのアクセスを得ています。
これらの事例は、目的に応じた戦略設計が成功の鍵であることを示しています。
医療機器卸M&Aでは「相場感」と「手法選択」が成功の出発点になります。相場を誤ると高値づかみや安売りにつながり、手法を誤ると税務・許認可・人材の引継で想定外のトラブルが起こります。
相場は企業規模や保有許認可、得意先の数、販売権の有無で変動します。一般に評価額は営業利益数年分と時価純資産を合算した水準が目安です。自社把握が難しい場合は仲介会社やFAにバリュエーションの見積を依頼し、複数社の提示額を比較することで適正レンジを把握できます。
株式譲渡はシンプルで全権利義務を一括承継できる反面、偶発債務も引き継ぐためデューデリジェンスを厚めに行います。事業譲渡は必要部門のみ取得できリスクを絞れますが、許認可や取引契約の再締結が必要です。会社分割はのれん計上や税務コントロールに長けていますが手続が複雑です。目的とリスク許容度で使い分けましょう。
厚生労働省の政策や医療費抑制策は業界全体の収益構造を左右します。買い手が意欲的な時期は譲渡条件が好転しやすく、売り手側は企業価値が高いうちに交渉を進めると有利です。
自社の利益水準が高い時期は買い手が提示する倍率も高くなります。逆に在庫負担や借入金が膨らむと提示価格が下がるため、黒字決算を維持しつつ交渉を始めるのが理想です。
大手がシェア拡大を急ぐ局面では、複数の買い手が競合し売り手優位の入札環境が生まれます。業界ニュースや仲介会社のレポートで買収意欲の高まりを感じたら、すぐに専門家へ相談し資料を整えましょう。
医療機器卸は許認可、在庫、取引先依存度など固有リスクが多岐にわたります。買い手は網羅的な調査を行い、売り手は正確な情報開示で信頼を獲得します。
売掛金回収状況、在庫評価、粉飾の有無を重点確認します。スケールメリットを見込む場合でも、滞留在庫の評価減や実効税率の変動を織り込んだシナリオで投資回収を試算します。
医療機器製造販売業許可や高度管理医療機器販売業許可を適切に維持しているか、更新期限や要件を調査します。薬事法違反歴や行政指導の履歴がある場合は買収後のリスクが大きいため、譲渡契約に表明保証条項を盛り込んで保護します。
高額機器の在庫水準、返品条件、保守契約の内容まで確認します。得意先別売上の上位偏重率が高い場合は、主要医療機関のキーマン面談を行い取引継続の意思を確かめます。
成約はゴールではなくスタートです。PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)計画を欠くと、せっかくのシナジーが霧散します。
営業担当には成功報酬型インセンティブを導入し、モチベーションを維持します。キーマンには早期に役職と評価制度を提示し離職を防止します。
物流拠点の再配置や在庫管理システムの統合を最初の100日計画に組み込みます。共同仕入れの価格交渉は統合効果が最も早く顕在化するため、優先順位を高く設定しましょう。
金融機関、商工会議所、M&A仲介会社はそれぞれ得意領域が異なります。
大型案件や資金調達を伴うM&Aでは投資銀行やメガバンクが力を発揮します。中小企業は商工会議所の無料支援を利用することで低コストでアドバイスを得られますが、細かな交渉サポートは限定的です。
仲介会社は幅広いネットワークで最適な相手を探せます。成功報酬制を採用している場合が多く、成約に向けた動きが迅速です。一方で早期成約を急ぐあまり条件交渉が不十分になるリスクがあるため、複数社を比較し相性を確認することが重要です。
チェックリストを実行すると、交渉段階の落とし穴と統合後の摩擦を最小限に抑えられます。
医療機器卸M&Aは、後継者不在の解決から事業成長まで多彩なメリットがあります。相場と手法を正しく理解し、タイミングを逃さず、デューデリジェンスとPMIを丁寧に実施することが成功への近道です。専門家の支援を受けながら、一貫した計画で企業価値を高めましょう。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画