医療機器卸 M&A成功の鍵:業界動向と実践的アプローチ

医療機器卸業界のM&A動向や成功のポイントを詳しく解説します。売り手・買い手それぞれのメリット、注意点、最新の事例など、M&A成功に向けた実践的な情報をお届けします。

目次

  1. 医療機器卸売業界の概要
  2. 医療機器卸売業界におけるM&Aの最新動向
  3. 医療機器卸売業界のM&Aがもたらすメリット
  4. 医療機器卸売業界のM&A成功へのポイント
  5. 医療機器卸売業界のM&A事例紹介
  6. まとめ

医療機器卸売業界の概要

医療機器卸売業界は、医療機器メーカーから製品を仕入れ、病院や診療所などの医療機関に販売するビジネスモデルを展開しています。日本標準産業分類によると、医療機器卸売業は、レントゲン装置、吸入器、歯科医療機器などの「医療機器」を主に取り扱う事業者を指します。

「医療機器」とは

「医療機器」とは、人間や動物の病気の診断・治療・予防を目的として使用される器具や機械のことを指します。また、身体の構造や機能に影響を及ぼす製品も含まれますが、再生医療製品は対象外となります。これらの定義は、医薬品医療機器等法(旧薬事法)によって定められています。

医療機器販売の為の許可・届出

医療機器の販売を行うためには、以下のような許可や届出が必要となります。

1. 「医療機器製造販売業許可」:第1種から第3種までの区分があります。

2. 「高度管理医療機器等の販売業及び賃貸業の許可」:高度に管理が必要な医療機器や保守管理が特定された医療機
    器の販売に必要です。

3. 一般的な管理医療機器の販売に関する都道府県知事への届出

これらの許可や届出は、医療機器卸売業を営む上で重要な要件となります。業界参入や事業拡大を検討する際には、これらの規制を十分に理解し、適切に対応することが求められます。

医療機器卸売業界におけるM&Aの最新動向

近年、医療機器への需要が増加し、医療機器卸売業界も堅調に推移しています。この状況下で、業界再編が積極的に進行しており、M&Aを活用した動きが活発化しています。さらに、市場拡大が期待される業界であることから、医療機器卸売業界におけるM&Aの動向に対する注目度も高まっています。

大手企業による積極的な買収

市場拡大が見込まれる医療機器卸売業界では、競争力向上を目指した大手企業によるM&Aが増加しています。医療機器卸売企業は特定の地域で強みを持つことが多いため、M&Aによる新たな市場獲得は大手企業にとって魅力的な戦略となっています。

一方で、大手企業による市場シェア拡大の影響で、中小規模の医療機器卸売企業は厳しい状況に置かれることがあります。このような状況に対する防衛策として、経営基盤の強化を目的とした中小企業によるM&Aも増加傾向にあります。

同業者間の合併増加

同業者間の合併事例も増加しています。大手医療機器卸売企業同士が競争力を強化する目的で合併するケースが代表的です。また、競争力強化、ノウハウの活用、事業エリアの拡大などを目的に、中小医療機器卸売企業同士の合併も増加する可能性があります。

これらの動向が続くことで、業界再編がさらに加速すると予想されます。医療機器卸売業界に携わる企業は、これらの動向を注視し、自社の戦略を適切に立案することが重要です。

医療機器卸売業界のM&Aがもたらすメリット

医療機器卸売業界におけるM&Aは、売り手側と買い手側の双方にメリットをもたらします。それぞれの立場からメリットを詳しく見ていきましょう。

売り手側のメリット

1. 事業承継対策と雇用の維持が可能: 

帝国データバンクの2022年の動向調査によれば、卸売業における後継者不在率は54.6%に達しています。医療機器卸売業界も後継者不在の企業が多く、事業承継が困難になることがあります。M&Aは後継者不在の企業にとって、事業承継問題を解決する有力な手段となります。会社や事業、従業員の雇用を買い手企業に引き継ぐことで、事業の存続が可能となります。

2. 創業者利益を享受できる: 

経営者は会社や事業の売却を行うことで、売却利益を得ることができます。売却金額は一般的に営業利益の数年分と時価純資産に相当する金額となります。仲介会社への手数料と譲渡益に対する税金などを差し引いた金額が手取り金額となるため、まとまった額のキャッシュを手に入れることが可能です。

3. 負債や個人保証、資金繰りの悩みから解放される: 

中小企業では、経営者が個人保証を行い、金融機関から借入しているケースが一般的です。M&Aによって会社を売却する際は、譲渡会社の借入金に関する個人保証も通常は解除されます。さらに、事業運営に対する責任がなくなるため、資金繰りの悩みからも解放されます。

4. 買い手企業のリソースを活用できる: 

買い手の傘下に入ることで、その企業が持つ取扱商材、販売網、資金力などのリソースを活用して自社の事業を運営することができます。その結果、独自に事業を展開する場合に比べて、収益の安定化や事業拡大、新しいビジネスチャンスの創出が容易になります。

買い手側のメリット

1. 新規地域への事業拡大が可能になる: 

他エリアの医療機器卸売事業を買収することで、未進出の地域や国外への進出が可能になります。特に、医療機器卸売業界では中小企業が特定の地域で密着型のビジネスを展開しているケースが多く見られるため、未進出地域へのビジネス展開が円滑に行われる点は大きなメリットです。

2. 事業規模拡大による売上成長とスケールメリットの獲得: 

同業他社を買収することで、買収した事業分だけ売上が増加します。また、売り手とのシナジー効果により、各社が個別に事業を行う場合よりも効率的に収益を出すことが可能となります。さらに、一括仕入れや医療機器輸送の効率化、部門の統廃合などを行うことで、コスト削減によるスケールメリットも期待できます。

3. 優秀な人材、医療機関との繋がり、新規機器等の経営資源の確保が可能: 

医療機器メーカーや卸会社の買収を行うことで、優秀な人材(営業担当や技術者等)や医療機関とのネットワーク、新しい医療機器のラインナップといった経営資源を売り手から獲得することができます。このような経営資源の獲得は、技術力の向上、収益性や成長性の強化、新たなビジネスチャンスの創出などにつながります。

4. 事業立ち上げや拡大に要する時間を短縮できる: 

M&Aは、売り手が有する経営資源を全て取得できるため、自社だけの力で新規事業への参入や既存事業の拡大を図るよりも、目標達成までの時間を短縮することができます。特に、他業種からの医療機器卸売事業への参入や、医療機器卸売会社が他業種に新規参入する場合、ノウハウや知名度がない状態からのスタートとなるため、M&Aによる時間短縮効果は大きいと言えます。

医療機器卸売業界のM&A成功へのポイント

医療機器卸売業界でM&Aを成功させるためには、売り手側と買い手側それぞれが押さえるべきポイントがあります。以下にそれぞれの立場からのポイントを解説します。

売り手が押さえるべきポイント

1. タイミングを見極めて決断する: 

会社の譲渡を検討するタイミングとしては、資金繰りの悪化や後継者不在、従業員の雇用維持、人材不足などのネガティブな理由がきっかけとなることがあります。しかし、景気が良く自社に利益が出ている時期や、従業員に成長余地がある時期が、M&Aにおける最適なタイミングとなります。企業価値が高い状態でM&Aを行うことで、より有利な条件での譲渡が可能となります。

2. 会社の状況や世の中の情勢を考慮して決断する: 

経営者が会社の譲渡を検討する際、年齢や健康状態など「個人的な事情」が理由となることが多いですが、「会社の状況」や「世の中の情勢」を重視した理由とタイミングで決断した方が、より良いタイミングでのM&Aを実現できます。特に、医療機器卸売業界は変化が激しく、個人の事情だけで判断すると、最適なタイミングを逸する危険があるため、より冷静な判断が求められます。

3. 専門家のサポートを活用する: 

業界の流れは一瞬で変わる可能性があるため、迷っている場合などは、専門家に相談し、情報収集を行うことが大切です。M&A専門の仲介会社や税理士、弁護士などの専門家のアドバイスを受けることで、より適切な判断が可能になります。

買い手が注意すべきポイント

1. 取引先(医療機関)との関係性を重視する: 

取引先(医療機関等)との関係性には特に注意が必要です。取引先との関係が安定しているか否かはM&Aの成否に直結します。M&Aが成功する企業は、価格交渉だけでなく、どのように売り手に協力をしてもらい、既存得意先であるドクターや関係者との関係を継続していくかに着目して交渉を進めています。一方、M&Aがうまくいかない企業は、価格交渉ばかりに目が行ってしまい、「取引先(医療機関)との関係性維持」を疎かにしてしまいがちです。

2. 厚生労働省の動向を把握する: 

医療機器卸売業界は、厚生労働省の政策や規制の影響を大きく受けます。国の施策や厚生労働省の指導のトレンドをチェックし、会社の将来性やM&Aのタイミングを見極める必要があります。例えば、医療費抑制策や医療機器の承認基準の変更などは、業界全体に大きな影響を与える可能性があります。

3. デューデリジェンスを徹底する: 

売り手の財務状況、法務リスク、事業の実態などを詳細に調査するデューデリジェンスは、M&Aの成功に不可欠です。特に医療機器卸売業界では、取引先との関係性や許認可の状況、在庫管理の実態などを慎重に確認する必要があります。

4. シナジー効果を正確に評価する: 

M&Aを行う際は、単に規模を拡大するだけでM&Aを行う際は、単に規模を拡大するだけでなく、シナジー効果を正確に評価することが重要です。例えば、取扱商品の補完性、販売網の拡大、コスト削減の可能性などを具体的に検討し、M&A後の統合計画に反映させることが求められます。

4. 統合後の組織体制を事前に検討する: 

M&A成立後の組織統合は、成功の鍵を握る重要な要素です。人事制度の統合、業務プロセスの標準化、企業文化の融合などについて、事前に十分な検討と計画立案を行うことが望ましいです。特に、医療機器卸売業界では、営業担当者の顧客との関係性が重要であるため、人材の流出を防ぐための施策も考慮する必要があります。

医療機器卸売業界のM&A事例紹介

医療機器卸売業界では、様々なM&A事例が見られます。以下に、近年の注目すべき事例をいくつか紹介します。

ホームケアサービス山口のフランスベッドホールディングスへの譲渡

o 実行時期:2021年12月

o スキーム:株式譲渡

o 目的:メディカルサービス事業の基盤強化

フランスベッドホールディングスは、ベッドや家具類、療養ベッド・福祉用具などの製造・仕入、レンタル・小売および卸売を行っている企業です。この譲渡により、福祉用具のサービス事業や特定施設入居者生活介護事業を展開するホームケアサービス山口の全株式を取得しました。

佐野器械のメディアスホールディングスへの譲渡

o 実行時期:2021年10月

o スキーム:株式譲渡

o 目的:販売エリアの拡大

メディアスホールディングスは、医療機器販売や医療材料の物流管理を行うグループ会社の経営管理を手掛けています。この譲渡により、医療機器の販売および修理を手掛ける佐野器械の全株式を取得し、販売エリアの拡大を図りました。

日本信用リースの芙蓉総合リースへの譲渡

o 実行時期:2021年3月

o スキーム:株式譲渡

o 目的:医療・福祉事業の強化

芙蓉総合リースは、様々な機器のリースおよび割賦販売業務を手掛けています。この譲渡により、介護福祉用具、医療機器、情報機器のリース・割賦販売を手掛ける日本信用リースの株式を取得して子会社化し、医療・福祉事業の強化を図りました。

プロトセラの東和薬品への譲渡

o 実行時期:2021年3月

o スキーム:第三者割当増資引受

o 目的:検査事業の立ち上げ

医薬品製造・販売分野で事業を展開している東和薬品が、疾病リスクの検査分野や診断・治療用の医薬品研究開発、販売事業を手がけるプロトセラの株式を、全体の77.1%取得しました。この取得により、東和薬品は検査事業への参入を図りました。

これらの事例から、医療機器卸売業界におけるM&Aは、事業基盤の強化や販売エリアの拡大、新規事業への参入など、様々な目的で行われていることがわかります。

まとめ

医療機器卸売業界におけるM&Aは、業界再編や事業拡大の重要な手段として注目されています。売り手、買い手双方にメリットがあり、適切に実行することで企業価値の向上につながります。成功のためには、業界特有の課題や動向を理解し、取引先との関係性維持や厚生労働省の政策動向に注意を払うことが重要です。M&Aを検討する際は、専門家のサポートを受けながら慎重に進めることをお勧めします。

著者|土屋 賢治 マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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