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保育園M&Aの手法から価格相場まで重要ポイントを解説

保育園M&Aは、後継者問題や人材不足、経営効率化など多様な課題を一度に解決できる有効策です。本記事では相場の目安、代表的な手法、許認可や雇用契約の注意点まで、丁寧に解説します。

目次

  1. 保育園・保育所とは何かと分類
  2. 保育園M&Aが活発化する背景
  3. 保育園M&Aのメリット
  4. 保育園M&Aのデメリットとリスク
  5. 保育園M&Aの価格相場
  6. 保育園M&Aの代表的な手法
  7. 保育園の事業譲渡で注意すべき点
  8. 社会福祉法人の保育園M&A特有のルール
  9. M&Aを成功させるための事前準備
  10. 保育園M&Aの具体的な手続フロー
  11. 保育園M&Aの主要事例から学ぶポイント
  12. PMIで失敗しないためのチェックリスト
  13. 保育園M&A成功のカギと専門家活用
  14. まとめ

保育園・保育所とは何かと分類

保育園M&Aを理解するためには、まず保育園そのものがどのような施設かを把握する必要があります。保育園は児童福祉法で定められた「保育所」の俗称で、0歳から小学校就学前までの乳幼児を預かり、保護者に代わって保育を行う施設です。

保育園には国の基準を満たして都道府県知事に認可された認可保育所のほか、自治体が独自基準を設けて認可する認証・認定保育園、企業が従業員向けに設置する企業主導型保育園、さらには設置基準を満たす定員6〜19名の小規模保育園など、多様な形態があります。これらを総称して本記事では「保育園」と呼びます。

こうした多様化は、2000年の主体制限撤廃によって株式会社など民間企業が参入できるようになったことが背景です。結果として、公立保育園の民営化や私立保育所の増加が進み、保育園業界全体が再編期を迎えています。

公営と私営で異なる運営主体

公営保育園は自治体が設置・運営し、地域の福祉インフラとしての役割が大きい一方で、私営保育園は社会福祉法人や株式会社、学校法人など多様な主体が担います。私営の中でも認可保育園では社会福祉法人が約8割強と依然多数ですが、営利法人の存在感も年々高まっています。

私営保育園は自由度の高い経営や資金調達が可能である反面、許認可や保育士配置など公的基準の遵守が求められるため、運営コストと経営効率のバランスが重要課題です。

保育園・保育所・幼稚園の違いを整理

  • 保育園:0歳〜就学前、長時間保育を提供し、生活習慣の形成を支援します。
  • 保育所:制度上は保育園と同義ですが、短時間保育が中心で施設機能はほぼ同じです。
  • 幼稚園:3歳〜6歳を対象とし、遊びを通じた教育で社会性や基礎学力の土台を育みます。
利用対象年齢と目的の違いがあるものの、近年は認定こども園など就学前教育・保育を一体で提供する試みも進んでいます。

保育園M&Aが活発化する背景

保育園業界では、少子化による需要減と共働き世帯の増加という相反する要因が交錯しています。厚生労働省の資料によれば、保育所の利用児童数は2025年をピークに減少へ転じる見込みです。

一方で都市部では待機児童対策として認可保育所の新設が続き、地方では定員割れが拡大しているなど、エリア格差が顕在化しています。このミスマッチを是正する手段として、M&Aを活用した経営統合や再編が急増しているのです。

また、保育サービス事業者の上場や異業種からの参入が相次ぎ、資本力のある企業が買収を通じてシェアを拡大しています。JPホールディングスや学研ホールディングス、AIAIグループなどの動きは典型例で、事業規模の拡大とノウハウ共有による経営効率化が狙いとされています。

2025年問題が与える影響

保育所利用児童数がピークアウトすると、定員割れリスクが高い園は運営難に陥る可能性があります。その前に大手グループへ合流し経営基盤を強化したい売却ニーズが高まり、買手側も将来の需要変動を織り込んでポートフォリオ調整を図る動きが強まっています。

保育園M&Aのメリット

譲渡企業側のメリットは資金化と承継

財務面

 株式または事業を売却することで資産を現金化でき、次の投資や借入返済に充当可能です。

経営面

 グループ入りにより人材育成やシステム投資を効率化でき、単独では難しい課題を解決できます。

承継面

 後継者不在という深刻な問題をプロの経営者へバトンタッチする形で解消し、従業員と園児の未来を守れます。

譲受企業側のメリットは規模拡大とシナジー

顧客基盤の獲得

 既存園を引き継ぐことで入園児童と保護者コミュニティをそのまま確保できます。

ノウハウ吸収

 地域に根ざした運営ノウハウや優秀な保育士を取り込むことでサービスの質を底上げできます。

コスト最適化

 複数園の一括仕入れやICTシステム統合で運営コストを削減し、利益率を高められます。

保育園M&Aのデメリットとリスク

関係者の不安と文化摩擦

M&Aによるオーナー交代は、保育方針の変更などへの懸念から保護者や職員に不安を与えがちです。理念や文化が大きく異なる場合、離職や退園のリスクが高まります。

追加コストと投資負担

設備改修や人員再配置、許認可手続のやり直しなど、買収後に想定外の費用が発生することがあります。財務デューデリジェンスで簿外債務や老朽施設の修繕コストを把握し、価格に反映することが欠かせません。

M&A失敗による二重損失

シナジーが思ったほど発揮できない場合、買い手は投資資金を回収できず、売り手は園のブランド価値を毀損させる恐れがあります。買収後のPMI(経営統合)が鍵となります。

保育園M&Aの価格相場

保育園の評価額は立地、定員、稼働率、法人形態(株式会社か社会福祉法人か)によって大きく変動します。

  • 黒字経営の小規模園:数千万円程度
  • 地域有数の複数園を有する法人:数億円〜数十億円

一般的には時価純資産法に営業権を加える簡易評価を出発点とし、EBITDA倍率やDCF法で補正しながら交渉価格を決定します。需要が高い認可保育園はプレミアムが乗りやすい点も特徴です。

交渉を有利に進めるポイント

  • 財務諸表を早期に整理し、赤字部門の原因を可視化する
  • 定員充足率や延長保育の利用実績など将来キャッシュフローを示す指標を提示する
  • 許認可の更新状況や保育士配置計画を明確にし、リスク要因を低減させる

保育園M&Aの代表的な手法

株式譲渡はスピードと簡便さが強み

株式会社が運営主体の場合、発行済株式をすべて譲渡する方法がもっとも一般的です。オーナー株主の交代だけで施設と従業員、契約関係がそのまま移転するため、承継コストが抑えられます。ただし簿外債務まで包括的に引き継ぐ点は要注意です。

合併で法人格ごと一体化

吸収合併や新設合併は、複数の保育園をまとめて事業規模を拡大したい場合に適しています。労務コストや本部機能を統合しやすい反面、買い手が全責任を負うためデューデリジェンスを入念に行う必要があります。

事業譲渡は対象園を選別できる柔軟な方法

一部の園のみを切り離したい時には、資産と営業権を個別に譲渡する事業譲渡が有効です。会社は存続するため株主構成を変えずに済みますが、契約の再締結や許認可の再取得など手続が煩雑で、従業員・保護者への説明も欠かせません。

保育園の事業譲渡で注意すべき点

許認可の名義変更に時間がかかる

認可保育園の場合、設置者が変わると新規に認可を取り直す手続が必要になるケースがあります。自治体ごとに運営基準や審査期間が異なるため、クロージング後すぐに事業を引き継げないリスクを考慮し、余裕を持ったスケジュールを立てましょう。

賃貸借や給食・清掃の外部委託契約

施設が賃借物件である場合、オーナーとの再契約が必須です。また給食や清掃を外注している場合は取引先の合意を取り直す必要があります。契約書に名義変更条項があるか事前確認が不可欠です。

保護者・従業員との再契約リスク

個人情報の取り扱い同意書や保育契約は園ごとに締結されているため、事業譲渡後は再度契約を締結し直すケースがほとんどです。保護者説明会を開き、運営方針が継続されることを丁寧に伝えることで不安を軽減できます。

社会福祉法人の保育園M&A特有のルール

理事長・評議員の交代による経営権承継

株式の概念がないため、理事や評議員を交代させて支配権を移すのが一般的です。社会福祉法第27条は、理事長らに特別な利益を与えることを禁じているため、高額な退職慰労金や対価設定は認められません。

余剰金の法人外流出は禁止

社会福祉法人が得た利益は、児童福祉サービスの質向上や施設整備に充当する必要があります。譲渡対価を不当に外部の第三者へ支払うことは、所轄庁から是正を求められる恐れがあります。

吸収合併・事業譲渡は所轄庁の認可が前提

合併契約の決議、債権者保護手続、官報公告、登記など一連の手続が社会福祉法で定められています。タイムラインを短縮するためには、所轄庁との事前協議と必要書類の整備が鍵となります。

M&Aを成功させるための事前準備

プレデューデリジェンスで自園を客観視

譲渡を検討し始めたら、3〜5年前の財務データを整理し、潜在債務や未解決の行政指導がないかを洗い出します。児童配置基準や労務管理に違反がある場合は、改善計画を示してリスクを下げることが高値売却への近道です。

専門家チームの活用

税理士・社会保険労務士・M&Aアドバイザーを早期に組成することで、適正評価額の把握とスムーズな交渉を進められます。特に社会福祉法人のケースでは所轄庁対応経験のある専門家が重要です。

保育園M&Aの具体的な手続フロー

保育園M&Aは一般企業のM&Aと大枠は同じですが、児童福祉法や社会福祉法、自治体条例など複数の許認可が絡むため、各段階で専門家の支援が不可欠です。ここでは典型的な10ステップを小学生でもたどれるように順番どおり説明します。

ステップ1 検討と情報収集で目的を明確化する

譲渡企業・譲受企業双方が「なぜM&Aを行いたいのか」を整理します。後継者問題の解決、人材不足の補完、規模拡大など目的を言語化すると、次の行動方針が決めやすくなります。

ステップ2 自社分析とプレデューデリジェンスを行う

財務諸表や保育士配置、人員定着率、行政監査の指摘事項を棚卸しし、譲渡価格やシナジーに影響する課題を洗い出します。この事前点検が甘いと後工程で価格調整が発生しやすいため、時間を惜しまないことがポイントです。

ステップ3 仲介会社や顧問税理士の選任で専門家チームを固める

仲介会社は候補探しや交渉窓口を担う一方、税理士は株価算定やストラクチャー検討で欠かせない役割を担います。経験豊富で保育園案件に実績のある専門家を選ぶと、自治体対応を含めたサポートが受けられます。

ステップ4 譲受企業候補をリストアップする

仲介会社はロングリストを作り、条件に合う企業をショートリストへ絞り込みます。保護者や職員の不安を抑えるため、保育理念が近い企業を優先候補とする考え方が安全です。

ステップ5 トップ面談で理念とビジョンを確認する

数字だけでなく、保育方針や人材育成方針が一致しているかを経営者同士が直接確認します。ここで食い違いを放置すると、クロージング後のPMIで文化摩擦が起きやすくなります。

ステップ6 意向表明書で大枠条件を共有する

譲受企業は想定価格、スキーム、実行予定日、雇用維持方針などを文書化し、譲渡企業は合意の可否を判断します。法的拘束力はありませんが、以降の交渉基盤となる重要書類です。

ステップ7 基本合意書で独占交渉期間を設定する

価格帯とスキームが固まったら、譲渡企業は独占交渉権を与え、譲受企業はデューデリジェンスの準備に進みます。保育園案件では自治体ヒアリングの順番も合意書に盛り込み、許認可期間の遅延リスクを最小化します。

ステップ8 デューデリジェンスで詳細調査を実施する

財務・税務だけでなく、保育士の人件費構成や園舎耐震状況、消防・給食設備の基準適合性など実地チェックが必要です。社会福祉法人の場合は基本財産や補助金の返還義務も調べます。

ステップ9 最終契約とクロージングを行う

調査結果を反映し価格を最終確定し、株式譲渡契約や事業譲渡契約を締結します。譲渡対価の支払いと同時に株券交付や事業資産の移転、自治体への届出が行われ、法的に所有権が移転します。

ステップ10 PMIで統合効果を実現する 

クロージング直後から、園名変更の周知、システム統一、給与テーブルの再設計などを計画的に進めます。保護者説明会を早期に開き、職員にはキャリアアップの道筋を示すことで安心感を高め、離職を防ぎます。

保育園M&Aの主要事例から学ぶポイント

実際の成約事例を振り返ると、成功パターンと注意点が浮かび上がります。ここでは代表的な4ケースを要点だけ整理します。

学研HDが朝日新聞社から放課後支援事業を取得し多角化を加速

教育コンテンツと保育サービスを組み合わせ、既存シェアを相互送客で伸ばすシナジーが目的でした。メディア企業から教育企業への譲渡で理念を共有しやすく、PMIが円滑に進んだ好例です。

ミアヘルサがライフサポートを子会社化し運営エリアを補完

首都圏内で園の分布が重複しなかったため、統合後も競合せずにネットワークが拡充しました。地理的補完があると職員異動や共同研修が実施しやすく、コスト削減効果が高まります。

学研HDがJPホールディングス株式を取得し業務提携へ発展

少数株主として参画し、相互の強みを見ながら段階的統合を図る「資本参加+業務提携」モデルです。いきなり買収するよりもリスクを分散し、文化摩擦を段階的に吸収できる利点があります。

プリインターナショナルスクールが介護事業者へ法人譲渡した事例

異業種ながら高齢者施設と保育園の複合拠点を構想することで、地域コミュニティ活性化を狙った好例です。仲介業者を活用し、合意形成までに十分な説明会を開いたことが円滑な譲渡につながりました。

PMIで失敗しないためのチェックリスト

職員の処遇とキャリアを早期に提示する

評価制度や昇給モデルを具体的に示し、不安を軽減します。

保護者向けコミュニケーションを多層的に設計する

説明会・FAQ配布・個別面談を組み合わせると信頼を維持しやすくなります。

ICTや購買システム統合は段階的に実施する

いきなりシステムを切り替えると保育現場が混乱します。並行稼働期間を設けてトラブルを防止します。

ソフトとハードの投資計画を3年単位で作る

老朽園舎の改修や研修費用など中期視点で資金繰りを見通すことで、融資や補助金活用がスムーズになります。

保育園M&A成功のカギと専門家活用

税理士は価格算定と税務ストラクチャーの最適化を担う

譲渡益課税やみなし配当、消費税の扱いなどを整理し、手取額を最大化します。

弁護士は許認可と契約リスクを法的に点検する

特に社会福祉法人の定款変更手続や評議員会招集手順は専門知識が必須です。

M&Aアドバイザーは交渉とスケジュールを統合管理する

自治体との事前調整や関係先説明のタイミングまで含め、全体工程を見える化してくれます。

金融機関は資金調達と保証枠拡大を支援する

事業計画と返済スケジュールをセットで提示することで、安定した運転資金を確保できます。

まとめ

保育園M&Aは許認可や雇用契約の特殊性から難易度が高いものの、目的を明確にし専門家と協働すれば、後継者問題、事業拡大、経営効率化を同時にかなえられます。準備段階でリスクを洗い出し、理念共有とPMIを丁寧に行うことが成功への近道です。

著者|土屋 賢治 マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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