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製薬会社のM&A戦略と成功事例で学ぶ業界再編のポイントを解説

製薬会社M&Aはなぜ活発なのか?結論から言えば、新薬開発の負担増と市場縮小への対応策として、技術や販路を一気に獲得できるM&Aが最適な解決策だからです。本記事では、その背景や成功事例、注意点を具体的に解説します。

目次

  1. 製薬・医薬品業界の概要を理解してM&Aの土台を固める
  2. 業界の市場規模と動向を押さえて成長余地を測る
  3. 製薬会社を取り巻く環境変化と経営課題を整理する
  4. 製薬・医薬品業界におけるM&Aの動向と特徴をつかむ 
  5. 製薬会社がM&Aに踏み切る目的を売り手・買い手双方から探る
  6. 注目すべきM&A事例から学ぶ成功のポイント
  7. 製薬会社M&A成功のための注意点と手続プロセスを押さえる
  8. 製薬業界M&Aの今後の課題と展望を読み解く
  9. 製薬会社M&Aを活用するメリットまとめ
  10. まとめ

製薬・医薬品業界の概要を理解してM&Aの土台を固める

製薬・医薬品業界は、人々の健康と命を守る医薬品を研究開発し、製造・販売する企業で構成されています。業界の最大の特徴は、新薬創出に必要な専門性の高さと膨大な投資額、そして長い開発期間です。1つの化合物が医薬品として市場に出るまでには、9年から17年もの年月と数百億円規模の研究開発費がかかると言われています。

さらに、医薬品を扱う以上、安全性と有効性を担保するために法規制が厳格です。日本では「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」に基づく審査が必須であり、治験・承認審査・製造販売後の安全対策まで一貫した管理が求められます。

こうした背景から、業界には「開発に成功すれば特許期間中は独占販売できるが、失敗のリスクも大きい」という構造的なハイリスク・ハイリターン性が存在します。

高度な専門性と長期的投資が業界の競争軸になる理由

新薬開発には、生物学・化学・薬理学など幅広い学問領域の知見が必要です。研究段階だけでなく、毒性試験や臨床試験、製造工程の最適化など多岐にわたる工程が連鎖しており、どこか1つでも躓けば開発断念を余儀なくされます。このため、スタートアップや中小企業は資本力の壁に直面しやすく、近年では大手との提携やM&Aで研究を加速させる動きが活発です。

医療用医薬品と一般医薬品が作る二極化市場

医薬品は大きく「医療用医薬品」と「一般医薬品(OTC医薬品)」に分かれます。


  • 医療用医薬品は医師の処方箋が必要で、効果が高い半面、副作用リスクも高いため、公定価格である薬価によって価格が決まります。市場シェアは全体の9割以上を占めており、研究開発型メーカーの収益基盤です。
  • 一般医薬品はドラッグストアなどで処方箋なしに購入でき、安全性が高い代わりに治療効果は穏やかです。製薬会社が自由に価格設定でき、第1類から第3類までリスク区分が設けられています。

両市場の顧客や販売チャネルは異なり、M&A戦略を検討する際には、対象企業がどちらの領域で強みを持つかを見極めることが重要です。

業界の市場規模と動向を押さえて成長余地を測る

IQVIAの統計によると、2022年の日本医薬品市場は約10兆9,394億円に達しました。新型コロナ感染症の影響を経てもなお、2023年には売上高が初めて11兆円を突破し、抗腫瘍剤の需要拡大が全体を牽引しています。しかし国内需要の成長率は鈍化傾向で、少子高齢化と薬価引き下げが利益を圧迫しています。

国内成長鈍化の3大要因を読み解く

  1. 高齢化による医療費増大
     
    高齢者人口の増加に伴い医療費は年々膨張し、政府は医療財政の持続性確保を最優先課題としています。

  2. 薬価引き下げ政策の強化 
     かつては2年に1度だった薬価改定が2021年度から毎年実施されるようになり、特許切れ品を多く抱えるメーカーの収益を直撃しています。

  3. ジェネリック医薬品の急拡大
     
    厚生労働省は2023年度末までに使用割合80%を目標とし、2022年段階で79.0%を達成しました。新薬メーカーは価格競争を強いられ、収益モデルの転換が急務です。


これらの要因により、製薬各社は新たな成長基盤を求め、海外展開やM&Aを積極化させています。

製薬会社を取り巻く環境変化と経営課題を整理する

外部環境の急激な変化は、研究開発型企業だけでなく後発品メーカーやOTCメーカーにも影響を及ぼしています。

ジェネリック医薬品の普及が競争構造を変える

政府主導のジェネリック推進により、先発薬メーカーは特許切れ後の売上減を補う方策としてライフサイクルマネジメントやバイオシミラー開発に挑んでいます。一方、後発品メーカーは安定供給体制の構築と品質確保への投資負担が増大し、経営統合を模索するケースが増えています。

薬価毎年改定が利益モデルを圧迫する現実

長期収載品は薬価改定の影響を受けやすく、製造コストを下回る価格設定となるリスクがあります。そのため、事業ポートフォリオを見直し、収益性の低い製品は譲渡または生産委託に切り替える動きが活発です。こうしたアセットライト化の一環として、工場やブランド単位のM&Aが増加しています。

グローバル競争と事業選択・集中の必要性

国内市場が飽和する一方で、新興国や米国市場では高い成長余地があります。大手企業は自社の強み領域以外を切り離し、革新的治療分野や希少疾患向け製品に資源を集中。中小バイオベンチャーは技術力を武器に大手と提携し、パイプラインを早期にグローバル展開する道を選んでいます。

製薬・医薬品業界におけるM&Aの動向と特徴をつかむ

業界再編の加速とともに、国内外で大型・中型問わずM&Aが急増しています。研究開発コストの高騰と成功確率の低下により、外部パートナーから技術や候補品を取り込む「オープンイノベーション型M&A」が主流となりつつあります。

研究開発コスト上昇への対応策としてのM&A

新薬1品目あたりの平均開発費は世界的に増え続けており、費用とリスクを分散するために有望な技術を持つスタートアップや中堅企業を早期買収するケースが増加しています。買収後はプラットフォーム技術や臨床データを迅速に社内に統合し、タイムトゥマーケットを短縮するのが狙いです。

パイプライン強化を目的とした買収の増加

大手企業は既存パイプラインの空白領域を埋めるため、希少疾病薬や細胞・遺伝子治療など新興領域の開発企業をターゲットとしています。買収により臨床第Ⅰ相やⅡ相の候補品を一括取得し、開発終盤のリスクと費用を抑える戦略が定着しています。

市場拡大と地域多角化を狙うクロスボーダーM&A

国内需要の伸び悩みを受け、アジア・北米・欧州の新市場を獲得するために海外企業を買収する動きが顕著です。特に武田薬品工業が2019年にアイルランドのシャイアー社を約7兆円で買収した案件は、巨大投資によってグローバルプレゼンスを一気に高めた象徴的な事例です。海外ネットワークを得ることで、既存製品の販路拡大と新製品上市のスピードアップが期待されます。

異業種参入とヘルスケア領域拡大がもたらす新潮流

トーア紡コーポレーションがムサシノ製薬を子会社化したように、繊維など異業種企業がヘルスケア分野へ参入するケースも増えています。消費者向けブランド力やデジタルマーケティング力を活かし、健康食品やOTC医薬品を拡充する狙いです。製薬会社側も非医療用領域の知見を取り込み、ポートフォリオ多角化を図る相互補完型のM&Aが登場しています。

製薬会社がM&Aに踏み切る目的を売り手・買い手双方から探る

M&Aは単なる資本移動ではなく、経営戦略実現の手段です。目的を正確に理解することで、自社の立場に沿った交渉ポイントを整理できます。

売り手側がM&Aを選択する4つの理由

  1. 研究開発の加速
     
    大手の資本と開発インフラを活用することで、革新的アイデアを早期に医薬品として具現化できます。

  2. 後継者問題の解決
     
    特に創業者色の強い中小メーカーでは経営者の高齢化が深刻で、M&Aが事業継続策となります。

  3. 経営資源の集中
     
    シナジーの薄い製品や工場を譲渡し、得意分野に経営資源を集中させることで競争力を高めます。

  4. グローバル展開の足がかり 
     海外大手との提携により、規制対応や販路構築のハードルを一気に下げられます。

買い手側が享受できる5つのメリット

  1. 優秀な人材・施設を一括獲得
     
    研究員や生産設備を内製で揃えるより低リスク・短期間で取り込めます。

  2. 新市場への参入
     
    対象企業の販売ネットワークを活用し、地域や治療領域を拡大できます。

  3. パイプラインの拡充
     
    臨床段階の候補品を取り込むことで、継続的な新製品投入が可能になります。

  4. 技術融合によるイノベーション 
    それぞれの得意分野を組み合わせ、新しい治療ソリューションを創出できます。

  5. 規模の経済によるコスト低減 
     研究・製造・販売の固定費を分散し、原価率と販管費を低減することで利益率を向上させます。

注目すべきM&A事例から学ぶ成功のポイント

ここでは、近年特に注目を集めた事例を通じて、M&Aの具体的な効果と学びを整理します。

小林製薬による梅丹本舗買収でブランドと研究力を両立

2019年、小林製薬は梅丹本舗の発行済株式を100%取得しました。


狙い
長寿ブランド「梅丹本舗」の認知度と、小林製薬の研究・開発体制を融合し、ヘルスケア部門を強化。


ポイント
90年以上続くブランドへの信頼を研究開発型企業が取り込むことで、新カテゴリ製品をスピーディーに上市できる体制を確立しました。

ロート製薬による天藤製薬子会社化でグローバルOTC戦略を加速

2021年、ロート製薬は天藤製薬の株式67.19%を取得。


狙い
「ボラギノール(R)」ブランドを活用し、国内外OTC市場での競争力を高める。


特徴
天藤製薬が持つ老舗ブランド力とロート製薬の海外販売網を組み合わせ、アジア市場での売上拡大を図っています。

岩城製薬による鳥居薬品佐倉工場取得で製造能力を底上げ

2020年、皮膚外用剤を主力とする岩城製薬は、鳥居薬品佐倉工場を取得しました。


狙い

大型外用剤の受託生産および自社ブランド製品の増産体制を確立し、需給逼迫リスクを回避。


特徴

既存の研究チームと鳥居薬品の製造ノウハウを組み合わせ、製品ライフサイクル終盤まで安定供給を実現。

杏林製薬がジェイタスを買収し診断技術を取り込む

2017年、杏林製薬は産総研発ベンチャーであるジェイタスを完全子会社化しました。


狙い

感染症診断技術を獲得し、治療薬と診断薬を組み合わせたソリューションを提供。


ポイント

バイオセンサー技術を取り込むことで、治療前検査から投薬後の効果判定まで一体化したビジネスモデルを構築。

トーア紡コーポレーションがムサシノ製薬を子会社化し異業種シナジーを創出

2022年、繊維大手トーア紡コーポレーションはムサシノ製薬を子会社化しました。


狙い

ヘルスケア事業の拡大と生活者向けブランドの獲得。


特徴

ファブリック技術とスキンケア処方技術を融合し、アパレルと化粧品を横断した新商品を開発。

武田薬品工業によるシャイアー買収で世界級プレイヤーへ躍進

2019年1月、武田薬品工業はアイルランドの大手製薬会社シャイアーを約7兆円で買収し、日本企業史上最大級のクロスボーダーM&Aを実現しました。


狙い

希少疾患・消化器・神経領域でのパイプライン補完と、先進国新興国双方での販路統合。


成果

買収後の統合作業によりR&D投資を一元化し、コストシナジーと売上シナジーの両立を図ったことが注目されます。

メディパルホールディングスと日医工の資本業務提携で後発品供給を強化

2021年、医薬品卸大手メディパルホールディングスはジェネリック専業の日医工に対し第三者割当増資を引受け9.9%出資しました。


目的

後発品の安定供給体制を確立し、サプライチェーン全体で品質保証を徹底。


ポイント

卸と製造の垂直連携により、製販一体のコスト最適化とトレーサビリティ強化を実現。

シオノギヘルスケアが宝ヘルスケアを吸収合併し健康食品領域を拡大

2019年、シオノギヘルスケアは宝ヘルスケアの株式を取得後に吸収合併し、タカラバイオの健康食品事業も承継しました。


目的

超高齢社会に対応した機能性食品ポートフォリオを強化。


特徴

医薬品メーカーの品質管理基準を健康食品に適用し、エビデンス重視のブランド育成を図ります。

大塚製薬が米Visterra社を買収し抗体創薬基盤を獲得

2018年、大塚製薬は米国バイオベンチャーのVisterra社を買収しました。


狙い

低分子依存から脱却し、抗体医薬を新たな成長ドライバーに位置づける。


ポイント

AIを活用した抗体設計技術を内製化し、感染症・希少疾患領域での製品化を加速。

ファーマフーズが明治薬品を子会社化して生産網と越境ECを統合

2021年、バイオベンチャーのファーマフーズは明治薬品の議決権比率を3分の2超へ引き上げ子会社化しました。


目的

機能性食品のOEM生産能力と海外EC販路を同時に獲得。


特徴

研究開発ベンチャーと製造販売企業の垂直統合により、スピード感ある市場投入を実現。

製薬会社M&A成功のための注意点と手続プロセスを押さえる

製薬業界のM&Aは金額規模が大きく、研究成果が企業価値に直結するため、デューデリジェンスの範囲が広い点が特徴です。

技術・知財デューデリジェンスが最重要

  • 研究パイプラインの段階と成功確率を把握し、リスクアジャストNPVで評価する。
  • 特許権の存続期間や共同研究契約の制限条項を綿密に確認し、買収後の権利トラブルを回避する。

薬事・規制リスクの検証で承認プロセスを見極める

  • 治験進捗、副作用報告、GMP適合性などの課題を洗い出し、市場投入スケジュール遅延リスクを最小化。

PMI(統合後マネジメント)の成否が価値創造を左右

  • 人材流出防止のため、インセンティブ設計とキャリアパスを提示し、キーパーソンのモチベーションを維持。

M&A目的を明確にし交渉を妥協しない姿勢が重要

目的を具体的に数値化し、達成状況をレビューできるKPIを設定することで交渉後の齟齬を防ぎます。

クロージング後のガバナンス体制再設計でリスクを抑える

内部監査と薬事コンプライアンス部門を早期に統合し、品質指標や逸脱管理プロセスを統一します。

人材統合ではカルチャーフィットと専門性の両立が鍵

共同研究プロジェクトを早期に立ち上げ、タウンホールやインセンティブ共有でエンゲージメントを高めます。

サプライチェーン統合でコストシナジーを最大化

工場統合と品質基準共通化により、在庫回転率向上と欠品リスク低減を同時に実現します。

ECチャネルと越境ECの活用で収益性を向上

越境ECを通じ、海外消費者に直接販売し高い利益率を確保します。

製薬業界M&Aの今後の課題と展望を読み解く

薬価下落と収益低下にどう対処するか

AI創薬、バイオシミラーへの投資が収益構造転換の鍵になります。

AI創薬とデジタルヘルスが再編を加速

テック系スタートアップとの連携が進み、業界の境界が曖昧になります。

海外市場と希少疾病薬が成長ドライバー

クロスボーダーM&Aは引き続き増加し、新興国市場や希少疾病薬でのプレゼンス向上が不可欠です。

製薬会社M&Aを活用するメリットまとめ

  • 研究開発パイプラインと技術基盤を短期取得し、イノベーションを加速できる
  • 海外販路やECチャネルを取り込むことで売上規模を拡大し、収益性を向上できる
  • 経営資源の選択と集中により、収益性の低い事業を整理できる
  • 後継者問題を抱える中小企業が事業継続性を確保できる
  • シナジー効果により研究・製造・販売のスケールメリットを享受できる

まとめ

製薬会社のM&Aは、研究開発負担の軽減と新市場開拓を同時に実現する有力な成長戦略です。多様な事例が示す通り、目的を明確にしてリスクを洗い出し、PMIで人材・技術を生かし切れば、高収益と社会的価値を両立する未来が開けます。今後もAI創薬や異業種連携が進む中、戦略的M&Aの意義はますます高まるでしょう。

著者|竹川 満 マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

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