製薬会社のM&A戦略と成功事例で学ぶ業界再編のポイントを解説
製薬会社M&Aはなぜ活発なのか?結論から言えば、新薬開発の負担増と市場縮小への対応策として、技術や販路を一気に獲得できるM&Aが最適な解決策だからです。本記事では、その背景や成功事例、注意点を具体的に解説します。
目次
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
製薬・医薬品業界は、人々の健康と命を守る医薬品を研究開発し、製造・販売する企業で構成されています。業界の最大の特徴は、新薬創出に必要な専門性の高さと膨大な投資額、そして長い開発期間です。1つの化合物が医薬品として市場に出るまでには、9年から17年もの年月と数百億円規模の研究開発費がかかると言われています。
さらに、医薬品を扱う以上、安全性と有効性を担保するために法規制が厳格です。日本では「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」に基づく審査が必須であり、治験・承認審査・製造販売後の安全対策まで一貫した管理が求められます。
こうした背景から、業界には「開発に成功すれば特許期間中は独占販売できるが、失敗のリスクも大きい」という構造的なハイリスク・ハイリターン性が存在します。
新薬開発には、生物学・化学・薬理学など幅広い学問領域の知見が必要です。研究段階だけでなく、毒性試験や臨床試験、製造工程の最適化など多岐にわたる工程が連鎖しており、どこか1つでも躓けば開発断念を余儀なくされます。このため、スタートアップや中小企業は資本力の壁に直面しやすく、近年では大手との提携やM&Aで研究を加速させる動きが活発です。
医薬品は大きく「医療用医薬品」と「一般医薬品(OTC医薬品)」に分かれます。
両市場の顧客や販売チャネルは異なり、M&A戦略を検討する際には、対象企業がどちらの領域で強みを持つかを見極めることが重要です。
IQVIAの統計によると、2022年の日本医薬品市場は約10兆9,394億円に達しました。新型コロナ感染症の影響を経てもなお、2023年には売上高が初めて11兆円を突破し、抗腫瘍剤の需要拡大が全体を牽引しています。しかし国内需要の成長率は鈍化傾向で、少子高齢化と薬価引き下げが利益を圧迫しています。
これらの要因により、製薬各社は新たな成長基盤を求め、海外展開やM&Aを積極化させています。
外部環境の急激な変化は、研究開発型企業だけでなく後発品メーカーやOTCメーカーにも影響を及ぼしています。
政府主導のジェネリック推進により、先発薬メーカーは特許切れ後の売上減を補う方策としてライフサイクルマネジメントやバイオシミラー開発に挑んでいます。一方、後発品メーカーは安定供給体制の構築と品質確保への投資負担が増大し、経営統合を模索するケースが増えています。
長期収載品は薬価改定の影響を受けやすく、製造コストを下回る価格設定となるリスクがあります。そのため、事業ポートフォリオを見直し、収益性の低い製品は譲渡または生産委託に切り替える動きが活発です。こうしたアセットライト化の一環として、工場やブランド単位のM&Aが増加しています。
国内市場が飽和する一方で、新興国や米国市場では高い成長余地があります。大手企業は自社の強み領域以外を切り離し、革新的治療分野や希少疾患向け製品に資源を集中。中小バイオベンチャーは技術力を武器に大手と提携し、パイプラインを早期にグローバル展開する道を選んでいます。
業界再編の加速とともに、国内外で大型・中型問わずM&Aが急増しています。研究開発コストの高騰と成功確率の低下により、外部パートナーから技術や候補品を取り込む「オープンイノベーション型M&A」が主流となりつつあります。
新薬1品目あたりの平均開発費は世界的に増え続けており、費用とリスクを分散するために有望な技術を持つスタートアップや中堅企業を早期買収するケースが増加しています。買収後はプラットフォーム技術や臨床データを迅速に社内に統合し、タイムトゥマーケットを短縮するのが狙いです。
大手企業は既存パイプラインの空白領域を埋めるため、希少疾病薬や細胞・遺伝子治療など新興領域の開発企業をターゲットとしています。買収により臨床第Ⅰ相やⅡ相の候補品を一括取得し、開発終盤のリスクと費用を抑える戦略が定着しています。
国内需要の伸び悩みを受け、アジア・北米・欧州の新市場を獲得するために海外企業を買収する動きが顕著です。特に武田薬品工業が2019年にアイルランドのシャイアー社を約7兆円で買収した案件は、巨大投資によってグローバルプレゼンスを一気に高めた象徴的な事例です。海外ネットワークを得ることで、既存製品の販路拡大と新製品上市のスピードアップが期待されます。
トーア紡コーポレーションがムサシノ製薬を子会社化したように、繊維など異業種企業がヘルスケア分野へ参入するケースも増えています。消費者向けブランド力やデジタルマーケティング力を活かし、健康食品やOTC医薬品を拡充する狙いです。製薬会社側も非医療用領域の知見を取り込み、ポートフォリオ多角化を図る相互補完型のM&Aが登場しています。
M&Aは単なる資本移動ではなく、経営戦略実現の手段です。目的を正確に理解することで、自社の立場に沿った交渉ポイントを整理できます。
ここでは、近年特に注目を集めた事例を通じて、M&Aの具体的な効果と学びを整理します。
2019年、小林製薬は梅丹本舗の発行済株式を100%取得しました。
狙い
長寿ブランド「梅丹本舗」の認知度と、小林製薬の研究・開発体制を融合し、ヘルスケア部門を強化。
ポイント
90年以上続くブランドへの信頼を研究開発型企業が取り込むことで、新カテゴリ製品をスピーディーに上市できる体制を確立しました。
2021年、ロート製薬は天藤製薬の株式67.19%を取得。
狙い
「ボラギノール(R)」ブランドを活用し、国内外OTC市場での競争力を高める。
特徴
天藤製薬が持つ老舗ブランド力とロート製薬の海外販売網を組み合わせ、アジア市場での売上拡大を図っています。
2020年、皮膚外用剤を主力とする岩城製薬は、鳥居薬品佐倉工場を取得しました。
狙い
大型外用剤の受託生産および自社ブランド製品の増産体制を確立し、需給逼迫リスクを回避。
特徴
既存の研究チームと鳥居薬品の製造ノウハウを組み合わせ、製品ライフサイクル終盤まで安定供給を実現。
2017年、杏林製薬は産総研発ベンチャーであるジェイタスを完全子会社化しました。
狙い
感染症診断技術を獲得し、治療薬と診断薬を組み合わせたソリューションを提供。
ポイント
バイオセンサー技術を取り込むことで、治療前検査から投薬後の効果判定まで一体化したビジネスモデルを構築。
2022年、繊維大手トーア紡コーポレーションはムサシノ製薬を子会社化しました。
狙い
ヘルスケア事業の拡大と生活者向けブランドの獲得。
特徴
ファブリック技術とスキンケア処方技術を融合し、アパレルと化粧品を横断した新商品を開発。
2019年1月、武田薬品工業はアイルランドの大手製薬会社シャイアーを約7兆円で買収し、日本企業史上最大級のクロスボーダーM&Aを実現しました。
狙い
希少疾患・消化器・神経領域でのパイプライン補完と、先進国新興国双方での販路統合。
成果
買収後の統合作業によりR&D投資を一元化し、コストシナジーと売上シナジーの両立を図ったことが注目されます。
2021年、医薬品卸大手メディパルホールディングスはジェネリック専業の日医工に対し第三者割当増資を引受け9.9%出資しました。
目的
後発品の安定供給体制を確立し、サプライチェーン全体で品質保証を徹底。
ポイント
卸と製造の垂直連携により、製販一体のコスト最適化とトレーサビリティ強化を実現。
2019年、シオノギヘルスケアは宝ヘルスケアの株式を取得後に吸収合併し、タカラバイオの健康食品事業も承継しました。
目的
超高齢社会に対応した機能性食品ポートフォリオを強化。
特徴
医薬品メーカーの品質管理基準を健康食品に適用し、エビデンス重視のブランド育成を図ります。
2018年、大塚製薬は米国バイオベンチャーのVisterra社を買収しました。
狙い
低分子依存から脱却し、抗体医薬を新たな成長ドライバーに位置づける。
ポイント
AIを活用した抗体設計技術を内製化し、感染症・希少疾患領域での製品化を加速。
2021年、バイオベンチャーのファーマフーズは明治薬品の議決権比率を3分の2超へ引き上げ子会社化しました。
目的
機能性食品のOEM生産能力と海外EC販路を同時に獲得。
特徴
研究開発ベンチャーと製造販売企業の垂直統合により、スピード感ある市場投入を実現。
製薬業界のM&Aは金額規模が大きく、研究成果が企業価値に直結するため、デューデリジェンスの範囲が広い点が特徴です。
目的を具体的に数値化し、達成状況をレビューできるKPIを設定することで交渉後の齟齬を防ぎます。
内部監査と薬事コンプライアンス部門を早期に統合し、品質指標や逸脱管理プロセスを統一します。
共同研究プロジェクトを早期に立ち上げ、タウンホールやインセンティブ共有でエンゲージメントを高めます。
工場統合と品質基準共通化により、在庫回転率向上と欠品リスク低減を同時に実現します。
越境ECを通じ、海外消費者に直接販売し高い利益率を確保します。
AI創薬、バイオシミラーへの投資が収益構造転換の鍵になります。
テック系スタートアップとの連携が進み、業界の境界が曖昧になります。
クロスボーダーM&Aは引き続き増加し、新興国市場や希少疾病薬でのプレゼンス向上が不可欠です。
製薬会社のM&Aは、研究開発負担の軽減と新市場開拓を同時に実現する有力な成長戦略です。多様な事例が示す通り、目的を明確にしてリスクを洗い出し、PMIで人材・技術を生かし切れば、高収益と社会的価値を両立する未来が開けます。今後もAI創薬や異業種連携が進む中、戦略的M&Aの意義はますます高まるでしょう。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事