製薬会社のM&Aが活発化しています。業界を取り巻く環境変化や、M&Aの目的、注目すべき事例を解説。市場動向や企業戦略を理解し、製薬業界の未来を展望します。
目次
製薬・医薬品業界は、人々の健康と生命を支える重要な役割を担う産業です。この業界は、医薬品の研究開発、製造、販売に携わる企業や組織で構成されています。
製薬・医薬品業界には、以下のような特徴があります。
1. 高度な専門性:新薬の開発には高度な科学技術と専門知識が必要です。
2. 長期的な研究開発:新薬の開発には9年から17年もの期間と、数百億円規模の投資が必要です。
3. 特許保護:新薬は特許によって保護され、一定期間の独占販売が可能です。
4. 厳格な規制:「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」に基づく厳格な規制があり
ます。
5. 市場の二極化:医療用医薬品と一般医薬品(OTC医薬品)の2つの市場があります。
医薬品は大きく分けて、医療用医薬品と一般医薬品の2種類に分類されます。
1. 医療用医薬品
o 処方箋が必要
o 効果が強く、副作用のリスクも高い
o 薬価制度により価格が決定
o 市場の90%以上を占める
2. 一般医薬品(OTC医薬品)
o 処方箋なしで購入可能
o 比較的安全性が高い
o 製薬会社が価格を自由に設定
o 第1類、第2類、第3類の3段階に分類
これらの特徴を理解することで、製薬・医薬品業界の構造と、そこで行われるM&Aの背景をより深く理解することができます。
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
製薬・医薬品業界は、日本経済において重要な位置を占めています。IQVIAの調査によると、2022年(1~12月)における日本の医薬品市場規模は約10兆9,394億円に達しています。この規模は、世界的に見ても注目に値するものです。
しかしながら、国内市場の成長は鈍化傾向にあります。その主な要因として、以下の点が挙げられます。
1. 高齢化による医療費増大
2. 政府による薬価引き下げ政策
3. ジェネリック医薬品の普及
これらの要因により、国内製薬会社は新たな成長戦略を模索する必要に迫られています。その結果、海外市場への展開やM&Aによる事業拡大が活発化しています。
製薬・医薬品会社を取り巻く環境は、近年大きく変化しています。以下に主な動向を解説します。
政府は医療費抑制策の一環として、ジェネリック医薬品の使用を積極的に推進しています。厚生労働省は、2023年度末までにジェネリック医薬品の使用割合を80%にする目標を掲げました。2022年9月の調査では、すでに79.0%を達成しています。
この政策により、新薬を開発する製薬会社は、ジェネリック医薬品との競争にさらされることになり、事業戦略の見直しを迫られています。
従来2年に1度だった薬価改定が、2021年度以降毎年実施されるようになりました。これにより、製薬会社の収益性に大きな影響が出ています。特に、長期収載品(特許切れの先発医薬品)を多く抱える企業にとっては、厳しい経営環境となっています。
国内市場の成長鈍化を受けて、多くの製薬会社が海外市場への展開を加速させています。これに伴い、国際的な競争が激化しています。また、自社の強みを活かせる分野に経営資源を集中させるため、事業の選択と集中も進んでいます。
これらの状況を背景に、業界再編の動きが活発化しており、M&Aが重要な戦略オプションとなっています。
製薬・医薬品業界におけるM&Aは、近年ますます活発化しています。その背景には、以下のような要因があります。
1. 研究開発コストの上昇:新薬開発には莫大な費用と時間がかかるため、M&Aによって効率化を図る動きが増えてい
ます。
2. パイプラインの強化:有望な新薬候補や技術を持つ企業を買収することで、自社の開発パイプラインを強化する動
きが見られます。
3. 市場拡大:新たな地域や治療領域への進出を目的としたM&Aも増加しています。
4. 規模の経済:大型M&Aにより、研究開発や製造、販売などの面でスケールメリットを追求する動きがあります。
これらの要因により、国内外を問わず、大小様々な規模のM&Aが行われています。特に、海外企業の買収や、異業種からの参入なども注目されています。
製薬会社がM&Aを行う目的は、売り手側(売り手)と買い手側(買い手)で異なります。それぞれの立場から、M&Aの主な目的を見ていきましょう。
1. 研究開発の加速:大手企業の資本を活用することで、研究開発に関わる資金的制約を緩和し、革新的な医薬品の開
発を加速できます。
2. 後継者問題の解決:特に中小企業において深刻な後継者不足の問題を、M&Aによって解決することができます。
3. 経営資源の有効活用:自社の強みを活かせない事業や製品を譲渡することで、経営資源を注力分野に集中させるこ
とができます。
4. グローバル展開の足がかり:海外大手企業との提携やM&Aにより、国際市場への展開を加速させることができま
す。
1. 優秀な人材・施設の獲得:M&Aにより、優秀な研究員や先進的な研究施設を一度に獲得することができます。これ
により、新薬開発の速度と効率が向上します。
2. 新市場への参入:新たな地域市場や特定の治療領域にアクセスする手段として、M&Aは効果的です。既存の販売ネ
ットワークや顧客基盤を活用できます。
3. パイプラインの拡充:有望な新薬候補を持つ企業を買収することで、自社の開発パイプラインを迅速に強化できま
す。
4. シナジー効果の創出:技術や知識の融合により、新たな価値を生み出す可能性があります。例えば、異なる専門分
野を持つ企業同士のM&Aは、革新的な医薬品開発につながる可能性があります。
5. 規模の拡大:大型M&Aにより、研究開発費の効率化や製造コストの削減、販売力の強化など、様々なスケールメリ
ットを追求できます。
これらの目的を達成するため、製薬会社は戦略的にM&Aを活用しています。次の章では、具体的なM&A事例を見ていきましょう。
製薬・医薬品業界では、様々な規模や目的のM&Aが行われています。ここでは、近年注目を集めた事例をいくつか紹介します。
2019年、小林製薬は梅丹本舗の全株式を取得しました。
• 目的:ヘルスケア部門の強化
• 特徴:90年以上の歴史を持つ梅丹本舗のブランド力と、小林製薬の研究・開発能力の融合を狙ったM&A
2021年、ロート製薬は天藤製薬の株式67.19%を取得し、子会社化しました。
• 目的:一般医薬品のリーディングカンパニーを目指す
• 特徴:江戸時代後期創業の老舗企業である天藤製薬の「ボラギノール(R)」ブランドの活用と海外展開を計画
2020年、岩城製薬は鳥居薬品の佐倉工場を取得しました。
• 目的:製造能力の拡大とシナジー効果の創出
• 特徴:皮膚外用剤を主力とする岩城製薬が、製造施設を拡充することで事業基盤を強化
2017年、杏林製薬はジェイタスの全株式を取得しました。
• 目的:診断技術の獲得と事業領域の拡大
• 特徴:産総研発ベンチャーであるジェイタスの技術を活用し、感染症診断など新たな事業展開を計画
2022年、トーア紡コーポレーションはムサシノ製薬を子会社化しました。
• 目的:ヘルスケア事業の拡大
• 特徴:異業種からの参入事例。商品開発および販売チャネルの獲得によるシナジー効果を狙う
これらの事例から、製薬・医薬品業界のM&Aが、単なる規模拡大だけでなく、技術獲得、事業領域拡大、ブランド力強化など、多様な目的で行われていることがわかります。
製薬・医薬品業界のM&Aは、市場環境の変化や競争激化を背景に活発化しています。新薬開発の効率化、パイプライン強化、市場拡大などを目的に、様々な形態のM&Aが行われています。今後も業界再編が進む中、戦略的なM&Aがますます重要になると予想されます。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事