ライザップのM&A戦略による急成長と挫折、そして現在の事業戦略を詳細に解説します。成功と失敗の要因を分析し、企業成長における教訓を探ります。
目次
ライザップ(RIZAP)は、多くの人々に知られるパーソナルトレーニングジム「RIZAP」を展開する企業として有名です。正式名称はRIZAPグループ株式会社であり、健康食品の通信販売会社を前身としています。
ライザップの特徴は、健康・美容関連、アパレル、出版など、多岐にわたる分野の企業をM&A(合併・買収)によって子会社化し、急速な成長を遂げたことにあります。この戦略により、ライザップは短期間で事業規模を拡大し、多角的な事業展開を実現しました。
テレビCMや雑誌広告など、積極的なマーケティング戦略も採用し、ブランド認知度を高めることに成功しています。「結果にコミットする」というキャッチフレーズは、多くの人々の記憶に残る印象的なメッセージとなりました。
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
ライザップが採用したM&A戦略は、急速な事業拡大と多角化を目指したものでした。その特徴は以下の2点に集約されます。
ライザップのM&A戦略の特徴の一つは、PMI(Post Merger Integration:統合プロセス)に重点を置いたことです。具体的には以下のような取り組みを行いました:
1. 経営不振企業の買収と再建:財務状況が芳しくない企業を取得し、経営改善を図ることで価値向上を目指しまし
た。
2. 統合責任者の明確化:M&A後の統合を円滑に進めるため、責任者を明確に定めました。
3. 事前準備の徹底:M&A実行前から統合に向けた準備を十分に行い、スムーズな統合を目指しました。
このようなPMIへの注力は、買収後の混乱を最小限に抑え、迅速な相乗効果の創出を狙ったものでした。
ライザップのM&A戦略のもう一つの特徴は、自社の強みであるマーケティング力を最大限に活用したことです。
1. 通信販売のノウハウ活用:前身の通信販売事業で培ったノウハウを、買収した企業の商品・サービスの販売促進に
応用しました。
2. メディア関連企業の活用:買収したメディア関連企業を通じて、効果的な広告宣伝を展開しました。
3. 大規模広告の実施:テレビCMや折込チラシなど、大規模な広告宣伝を積極的に行い、買収企業の商品・サービスの
認知度向上を図りました。
これらの戦略により、ライザップは買収した企業の商品やサービスを効果的に市場に浸透させ、売上向上を目指しました。
ライザップは多くの企業を子会社化することで事業を拡大してきました。
M&Aを通じて、ライザップは美容・健康関連事業からライフスタイル全般にわたる幅広い分野に事業を拡大しました。
以下に、特筆すべき10の事例を紹介します。
1. 株式会社ジャパンギャルズ(2007年1月)
o 事業内容:美容機器、化粧品の製造、OEM製造販売
o 特徴:多数の特許を保有し、豊富な実績を持つ企業
2. 株式会社エンジェリーベ(2013年5月)
o 事業内容:マタニティ関連用品の店舗・通信販売
o 特徴:2018年3月に類似ジャンルを扱うマルコ株式会社に譲渡
3. イデアインターナショナル(現・BRUNO株式会社)(2013年9月)
o 事業内容:インテリア・キッチン雑貨、化粧品の取り扱い
o 特徴:2021年10月にBRUNO株式会社に社名変更
4. 夢展望株式会社(2015年3月)
o 事業内容:若年層向けアパレル小売
o 特徴:女性をターゲットとした衣料品販売がコア事業
5. マルコ株式会社(現・MRKホールディングス株式会社)(2016年7月)
o 事業内容:体型補正下着の販売
o 特徴:2018年10月にMRKホールディングス株式会社に社名変更
6. 株式会社ジーンズメイト(現・REXT株式会社)(2017年2月)
o 特徴:M&A後に黒字化を達成
7. 株式会社ぱど(2017年3月)
o 事業内容:フリーペーパー発行
o 特徴:2019年11月に個人投資家に譲渡
8. 堀田丸正株式会社(2017年6月)
o 事業内容:和装品などの卸売
9. 株式会社サンケイリビング新聞社(2018年3月)
o 事業内容:全国都市圏でのフリーペーパー発行
o 特徴:株式会社ぱどとの事業統合を推進
10. 株式会社湘南ベルマーレ(2018年4月)
o 特徴:日本プロサッカーリーグ加盟クラブの経営権取得
ライザップが推進したM&A戦略は、急速な事業拡大をもたらしました。
ライザップのM&A戦略は急速な成長をもたらした一方で、財務面での課題や経営の複雑化といった問題も引き起こしました。結果として、当初の期待通りの成果を上げることができず、経営戦略の見直しを迫られることとなりました。
その主な特徴と結果は以下の通りです。
1. 短期間での規模拡大:
o 子会社数が最大85社にまで増加
o 多角的な事業ポートフォリオの構築
2. PMI(統合プロセス)の徹底:
o 買収企業の短期間での業績改善を目指す
o 統合プロセスの標準化と効率化
3. 大規模広告戦略の展開:
o グループ全体でのマーケティング力の強化
o ブランド認知度の向上
しかしながら、この急速な拡大戦略は同時に大きな課題も生み出しました。
4. 財務面での問題:
o 2019年3月期に193億円の大幅な赤字を計上
o 買収企業の業績改善が想定通りに進まず
5. 経営資源の分散:
o 多数の子会社管理による経営負担の増大
o 各事業の深耕が不十分
6. シナジー効果の未実現:
o 異業種企業の買収によるグループ内連携の困難さ
o 期待した相乗効果が十分に発揮されず
ライザップのM&A戦略が期待通りの成果を上げられなかった背景には、いくつかの要因が存在します。主な失敗要因を以下に解説します。
「負ののれん」の利益計上は、ライザップのM&A戦略失敗の一因となりました。
1. 「負ののれん」とは:
o 買収価格が買収対象企業の時価純資産額を下回る場合に発生
o 会計上、特別利益として計上可能
2. ライザップの対応:
o 多くのM&Aで「負ののれん」を利益として計上
o 短期的な利益のかさ上げにつながった
3. 問題点:
o 実質的な収益力の向上を伴わない利益計上
o 企業の実態を正確に反映しない財務状況の形成
この「負ののれん」の利益計上により、ライザップの財務状況が実態よりも良好に見える状況が生まれ、適切な経営判断を妨げる一因となりました。
ライザップは多くの場合、経営不振企業を買収し、その立て直しを図ろうとしましたが、この戦略にも課題がありました。
1. 時間の制約:
o 多数の企業を短期間で買収
o 各企業の詳細な分析や改善策の立案に十分な時間を確保できず
2. 経営資源の分散:
o 多くの子会社の同時管理による経営負担の増大
o 各企業への十分な経営資源の投入が困難に
3. 業界知識の不足:
o 異なる業界の企業を多数買収
o 各業界特有の課題への対応が不十分
結果として、買収した企業の多くで期待通りの業績改善が実現せず、グループ全体の収益性向上につながりませんでした。
ライザップは多様な業種の企業をM&Aの対象としましたが、この戦略も失敗の一因となりました。
1. シナジー効果の欠如:
o 異なる業種間での事業連携が困難
o 期待した相乗効果が十分に発揮されず
2. 経営ノウハウの不足:
o 異業種の経営に必要な専門知識やスキルの不足
o 適切な経営判断や戦略立案が困難に
3. リスク分散の過度な追求:
o 多様な業種への進出によるリスク分散を意図
o 結果として、経営資源の分散と非効率を招く
これらの要因により、ライザップのM&A戦略は当初の期待通りの成果を上げることができず、大幅な赤字計上という結果につながりました。この経験を踏まえ、ライザップは経営戦略の見直しを迫られることとなりました。
ライザップは、過去のM&A戦略の反省を踏まえ、現在は事業の選択と集中を進めています。2023年9月時点で、グループ企業数は26社まで整理され、主に以下の3つの事業分野に注力しています。
ライザップの中核事業として、美容とヘルスケア分野に重点を置いています。
1. パーソナルトレーニングジム「RIZAP」の運営
o 個別指導による効果的なボディメイクプログラムの提供
o 「結果にコミットする」というブランドコンセプトの継続
2. コンビニジム「chocoZAP」の展開
o 低価格帯でアクセスしやすい新しいジム形態
o 若年層や時間に制約のある顧客層の取り込み
3. 関連商品の販売
o 体型補正下着の提供
o 美容関連用品の開発と販売
o 健康食品のラインナップ拡充
これらの事業を通じて、ライザップは総合的な美容・健康ソリューションを提供し、顧客の生活の質向上を目指しています。
美容・ヘルスケア分野に加え、ライザップは顧客の生活全般をサポートするライフスタイル関連事業も展開しています。
1. エンターテインメント商品
o 音楽、映像、ゲームなどの販売
o デジタルコンテンツの提供
2. インテリア雑貨
o BRUNO株式会社を中心としたキッチン用品やインテリア商品の開発・販売
o デザイン性の高い生活雑貨の提供
3. アパレル事業
o REXT株式会社(旧ジーンズメイト)や夢展望株式会社によるファッション商品の展開
o 幅広い年齢層をターゲットとした衣料品の提供
4. スポーツ用品
o フィットネス関連商品の開発・販売
o スポーツウェアやトレーニング機器の提供
5. リユース事業
o 中古品の買取・販売店舗の運営
o 環境に配慮した循環型ビジネスモデルの推進
6. 住宅・リフォーム事業
o 顧客の住環境改善サポート
o 健康的な生活をサポートする住空間の提案
これらの多様な事業を通じて、ライザップは顧客のライフスタイル全般をサポートし、付加価値の高いサービス提供を目指しています。
ライザップは、グループ内のシナジー(相乗効果)を最大化するためのインベストメント事業も展開しています。
1. 機能会社の活用
o グループ会社間の連携を支援する機能会社の設立・運営
o 経営資源の効率的な配分と活用
2. メディア関連企業の活用
o 株式会社サンケイリビング新聞社などのメディア企業を通じた情報発信
o グループ全体のマーケティング力強化
3. 専門商社の活用
o 堀田丸正株式会社などの専門商社を通じた流通網の拡大
o 効率的な商品供給体制の構築
4. スポーツビジネスの展開
o 株式会社湘南ベルマーレの運営を通じたスポーツ関連ビジネスの拡大
o 健康増進と地域貢献の両立
これらのインベストメント事業を通じて、ライザップはグループ全体の経営効率を高め、収益の安定化と成長を目指しています。
ライザップのM&A戦略は、急速な成長をもたらした一方で、財務面での課題や経営の複雑化を引き起こしました。「負ののれん」の利益計上問題、買収企業の経営改善の困難さ、異業種企業へのM&A展開などが失敗の要因となりました。現在は事業の選択と集中を進め、美容・ヘルスケア分野を中心に、ライフスタイル全般をサポートする総合的なサービス提供を目指しています。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事