信金が担う地域密着型M&Aと事業承継を解説
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信用金庫(以下、信金)は地域金融の中核として、中小企業の日常的な資金繰りを長年支えてきました。2024年3月末時点で全国の信金店舗数は7,077店と減少傾向にある一方、中小企業向け貸出残高は2019年度末の46兆8,264億円から2023年度末に54兆4,043億円へと増加しています。店舗網が縮小しても地元企業を下支えする融資姿勢はむしろ強まり、運転資金需要への対応が拡大している点が特徴です。
こうした流れの中で信金が力を入れているのが事業承継・事業譲渡といった小規模M&Aの支援です。後継者難を抱える企業の増加に合わせ、信金は独自ネットワークを活用したマッチングや外部専門機関との連携を強化し、地域経済を維持・発展させる役割を果たしています。最新の動向としては、信金中央金庫とトランビが共同運営するオンラインプラットフォーム「しんきんトランビプラス」が代表例です。信金が取引先企業の情報登録からマッチング先の紹介まで伴走し、地理的ハンディを超えた成約を後押ししています。
また、支援件数の増加も顕著です。全国の信金によるM&A・事業承継支援実績は2009年度の36件から2023年度には578件(うち事業承継関連361件)へ拡大しました。小規模ながら地域に根差した案件を数多く手掛け、専門部署設置や外部アドバイザー導入など体制整備も進んでいます。
店舗統廃合が進む背景にはデジタル化と人口減少があります。しかし中小企業向け貸出残高は増加基調で、運転資金比率が設備資金を上回る状態が続いています。つまり、信金は日々の資金繰り支援を通じて地域企業との関係を深め、M&A相談の入り口として機能しているのです。
信金が得意とするのは、取引金額が比較的小さい地域企業間の譲受・譲渡です。地元企業の実態を深く把握しているため、経営者同士の価値観まで踏まえたマッチングが可能です。支援の中心は事業承継であり、後継者難を解決する手段として信金の伴走支援が評価されています。
オンラインマッチングの整備により、従来はエリア外だった企業ともつながりやすくなりました。加えて、税理士法人やM&A仲介会社など外部専門家と合同チームを組むことで、デューデリジェンスや統合後支援までをカバーするケースが増えています。信金単独では不足しがちな専門性を補完し、総合的サービスへ進化している点が最新トレンドです。
信金は譲受企業・譲渡企業の双方に寄り添い、地域経済を循環させる3つの基礎的役割を果たします。
譲受資金を自己資金だけで賄うのは難しく、信金の融資が重要な資金源となります。長年の取引履歴と経営者の人柄を踏まえた柔軟な審査により、地域企業の成長戦略を後押しします。特に買収資金の一部を地元金融機関が引き受けることで、M&Aプロセス全体が円滑化する傾向があります。
譲渡企業が信金から融資を受けている場合、信金は債権者としてM&A条件に深く関わります。債権者保護規定に基づき、買収後も債務が適切に履行されるか確認し、必要に応じて返済スケジュールの再編やデットエクイティスワップを検討します。とりわけ債務超過企業の再生型M&Aでは、信金の協調姿勢が成功可否を大きく左右します。
信金は企業価値評価や財務分析を通じて、経営者の不安を解消するアドバイスを提供します。市場分析や事業計画策定を支援し、譲受企業・譲渡企業双方の合意形成を後押しする役割です。地域に根差した情報網を活かし、同業者紹介や統合後のフォローまで含めた「伴走型支援」が信金ならではの特徴となっています。
譲受企業が信金から融資を受ける際、審査では以下の4点が総合的に判断されます。
財務指標だけでなく、長年の取引実績や返済履歴など定性的情報を評価します。地域密着型金融ならではの顔の見える関係性が、柔軟な条件設定を可能にします。
シナジー効果や成長戦略の実現性に加え、雇用維持や地元産業連携など地域全体への貢献度も重要視されます。
譲受価額が企業価値に見合っているか、キャッシュフローを圧迫しないかを精査し、無理のない返済計画を前提に融資可否を判断します。
不動産や設備などの物的担保に加え、経営者保証や将来キャッシュフロー評価を組み合わせるなど、信金は地域企業の実情に応じた担保設定を行います。高額担保を必ずしも求めない点が大きな利点です。
信金は融資だけでなく、戦略立案や相手探しまで一体で支援する「アドバイザリー機能」を強化しています。地元企業を長年観察して得た定性情報を基に、経営者の価値観や地域経済への波及効果を踏まえた提案を行う点が銀行や仲介会社と異なります。さらに、信金中央金庫などの共同プラットフォームを通じて遠隔地とのマッチングも実現しつつあるため、規模の小さな企業でも選択肢が広がっています。
経営者が「将来どう承継しようか」と悩んだ段階から、信金は無料相談窓口として機能します。決算書の読み解きや業界動向の共有など、初歩的な質問にも丁寧に回答し、M&Aの全体像を整理します。専門用語が多いM&Aですが、信金職員が日頃から接している顧客の言葉に置き換えて説明するため、経営者は安心して計画を練ることができます。
信金は地元商工会や異業種交流会などに深く関与し、経営者同士の非公開情報を多く持っています。そのため財務数値では把握しづらい「経営者の人柄」「社風」まで考慮したマッチングができます。特に後継者承継では、従業員の雇用維持や取引先の継続が重視されるため、地域の口コミを把握する信金の紹介は成約率が高い傾向にあります。
信金はアドバイザリーと同時に融資判断ができるため、成約のスピードが上がります。財務DD結果を内部で共有しながら金額・期間・返済方法を即時に提案できるほか、保証協会付き融資や制度融資の活用で金利負担を抑える仕組みも示します。これにより、譲受企業は資金繰りを気にせず交渉に集中できます。
信金を活用する際は、メリットだけでなく費用・体制・利益相反の面を確認することが大切です。
信金の手数料は仲介会社より低めといわれますが、着手金・中間金・成功報酬の内訳や上限率は信金ごとに異なります。案件規模が小さい場合、パーセンテージより最低報酬額が重くのしかかるケースもあるため、複数社の見積を取って納得のいくコスト設計を行いましょう。
同じ信金が売り手と買い手を同時支援する場合、どちらの利益を優先すべきか判断が難しくなることがあります。交渉フェーズに入る前に「専任担当を分ける」「外部専門家に意見書を依頼する」といった仕組みを明確にし、客観性を担保することが重要です。
店舗規模が小さい信金には専門部署がなく、案件を外部へ丸ごと委託するケースもあります。専門部署の有無、担当者の経験年数、外部アドバイザーとの連携範囲を事前に確認することで、期待するサービスレベルと実際のサポートのギャップを防げます。
信金を軸にしつつ、他の機関を併用することで視野が広がり、条件交渉力も高まります。
仲介会社は豊富な実績とデータベースを持ち、希望条件に合致する相手を広域から探します。デューデリジェンス、条件交渉、クロージング支援までワンストップで対応する点が魅力です。一方で報酬体系が高額な傾向にあるため、コスト対効果の検証が欠かせません。
オンラインで匿名掲載できるため、情報漏えいリスクを抑えつつ全国の買い手と接触可能です。ただし、条件交渉や契約書作成は自己責任で進める必要があり、交渉力や専門知識が求められます。
地方銀行やメガバンクはシンジケートローンやファンドとの連携により、多額の買収資金を調達できます。全国レベルのネットワークを活かし、異業種間のクロスボーダーM&Aにも対応可能ですが、小規模案件では優先度が下がることがあります。
2018年の合併では、預金量が1兆円超へ拡大し、ニセコ地区や新幹線延伸を見据えたインフラ投資需要を取り込みました。信金同士が統合することで広域ネットワークと資金力を強化し、地域企業への融資枠も拡大しています。
2019年に結ばれた業務提携は、重複する営業エリアを活かして取引先企業同士をマッチングし、共同イベントで販路拡大を支援する取り組みです。人口減少時代における信金間連携のモデルケースとして注目されています。
2023年、岡崎信金はフィンテック企業OLTAと資本業務提携し、オンライン完結型の売掛債権早期資金化サービスを提供開始しました。これにより、小規模事業者も非対面で迅速に資金調達できるようになり、M&A後の運転資金不安を軽減する選択肢が増えました。
信用金庫は地元情報と融資を活かし中小企業M&Aを伴走支援する頼れる存在ですが、専門人材や情報範囲には限界もあります。費用・利益相反・対応規模を確認し、必要に応じて仲介会社や税理士と連携することで、地域密着の強みを最大化しながら安全に事業承継を進めましょう。
著者|土屋 賢治 マネージャー/M&Aアドバイザー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画