運送業
M&A事例、メリット、再編
物流業界は、2024年問題という大きな課題に直面しています。アメリカのAmazonが日本で浸透し、物流業界に大きな変革が起こっています。インターネットを利用した通販が急速に拡大し、商品を注文すると翌日、遅くとも2-3日で届くようになりました。さらにネットスーパーの普及により、食料品も自宅に届くようになり、外出せずに生活できる日常が一般化しています。しかし、物流業界にはドライバー不足の問題が慢性化しており、物流事業者には大きな負担がかかっています。この状況を解決するために、物流業界ではテクノロジーの導入やM&Aの波が押し寄せています。
目次
全日本トラック協会の統計データによれば、トラックドライバーの年間所得は全産業の平均と比べて、大型トラック運転者で約5%、中小型トラック運転者で約12%低い状況です。また、インターネット通販が普及する以前から、物流業界ではドライバー不足が問題視されていました。流通量の増加が続く一方で、発送コストの抑制や間接コストの増加が厳しい現実となっています。
このような状況の中、慢性的なドライバー不足は深刻化し、離職率の増加が懸念されます。トラック運転者の有効求人倍率は、平成22年前後から全業種の平均を上回り、令和に入るころには全職種平均より約2倍程度の高さになっています。しかし、これだけの求人があってもすぐに戦力になる労働者がいるわけではありません。大型免許の取得や運転のノウハウ習得には時間がかかりますし、トラックドライバーの労働環境悪化は、業界だけでなく社会全体に悪影響を及ぼします。
その悪影響として、以下のような問題が挙げられます。
• 就業中の事故の多発
運転中の事故は、一般車両を巻き込む危険性があります。また、事故により横転したトラックは、高速道路の通行止め
を長引かせ、経済活動に支障が出ることがあります。
• 輸送時間の長時間化
輸送の担い手が不足することで、輸送時間が長期化する可能性があります。これにより、通販やネットスーパーのサー
ビスの価値が低下し、消費者は直接お店に行く方が早いと判断するかもしれません。また、輸送中の事故が報じられる
と、物流業者ではなく発送元のブランドイメージが損なわれることがあります。
このような状況を解決するために、2024年に施行される働き方改革関連法が物流業界に適用されることが期待されて
います。その中で、自動車運転業における時間外労働が年間960時間に制限されることが予定されています。これによ
り、物流業界の労働環境改善が期待される一方で、2024年問題と呼ばれる大きな問題に取り組む必要があります。
(トラック運転者の年間労働時間の推移)
出典:厚生労働省
出典:厚生労働省(作成は国土交通省)
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
この法律は2024年ではなく、2019年に施行されました(ただし、大企業のみ。中小企業は2020年施行)。物流業界以外にも、建設業や医療業界にも大きな影響があり、猶予期間が設けられました。当初、物流業界にも以下の規定が適用される予定でしたが、現場の混乱を避けるために対象外となりました。
• 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満
• 2~6カ月の平均労働時間が80時間以内
物流業界の労働状況が改善しない場合、上記の規定が適用される可能性もあります。また、この法律は罰則付きで、違反した場合は6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性があります(告発された場合)。
物流業界の2024年問題がもたらす影響は 以下のようなものが考えられます。
労働時間が制限されることで、ドライバーの収入が減少する可能性があります。また、物流会社にとっても、大幅な収益減少が懸念されています。利用者にとっては、時間指定ができなくなったり、再配達や転送が利用しづらくなるといった問題が生じるかもしれません。
ECなどで急増する依頼数に対応するため、物流会社が値上げを検討することもあります。この影響は甚大で、物流を前提としたビジネスモデルを持つ事業者の収益が悪化することが予想されます。特に、長距離や離島輸送のケースでは、運賃が2倍以上になる可能性もあり、地域経済への悪影響が懸念されます。また、これまでサービスとして提供されていた職場や家庭への引き取りサービスにも影響が出る可能性がある。
労働時間制限が自発的に行われる結果として、繁忙期である12月に問題が発生するリスクが懸念されています。さらに、月次や一定期間内での管理が強化されることで、ドライバーの時間指定対応や再配達が難しくなることも考えられます。加えて、これらの管理コストが増大し、事業者における間接コストが増えることで、荷主への影響が生じる可能性もあります。
物流業界における2024年問題の解決策として、M&Aが注目されています。M&Aには完全株式取得から資本業務提携までさまざまな形態が存在しますが、今回は2社が連携し事業シナジーを創出するM&Aを取り上げます。
物流業界でのM&Aの最大の特徴は、スケールメリットが期待できる点です。具体的には以下のような効果があります。
• 工場の大型化・自動化による作業効率の向上やリスクの削減
• 経営改善や売上向上を通じた荷主に対するブランディング力の向上
• 現場ノウハウを持つ人材の確保による売上効率の上昇
また、自社サービスを客観的に評価してもらうことで、改善点や更なるサービス向上が実現できます。
AIやロボットへの投資が促進される
物流事業者が狙うM&A対象は同業に限らず、テクノロジー開発企業との提携もあります。これにより以下のようなメリットが期待できます。
• 自社にカスタマイズした自動化技術の導入
• 保守や追加サービスの効率化
• 競合への高品質サービス提供の抑制
開発企業にとっても、確実な取引先確保や後ろ盾が期待でき、優秀な開発人材の獲得も可能になります。
M&Aが完了した後は、PMI(Post Merger Integration)測定によってその効果が評価されます。物流業界同士のM&Aの効果は、コスト削減や配送効率化の実現を通じて計測されます。
物流業界で実際に行われた近年のM&A事例を詳しく見てみましょう。
物流業界でM&Aを積極的に展開しているSBSホールディングスによる典型的な事例です。古河物流は電子部品や自動車、精密機械などの輸送ノウハウにおいて実績があります。そのため、SBSホールディングスはこのM&Aを通じて、対応領域を拡大することが狙いとされています。
荷主による物流会社のM&A事例です。家電量販業のビックカメラは、2018年に大型家電の配送や設置に強みを持つエスケーサービスを子会社化しました。これは、ECを含む自宅配送サービスを拡充する一環として行われたと考えられます。
コンサルティング会社であるアクセンチュアによるM&A事例です。トランコムITSは、物流システム構築などのITサービスを提供しており、さらに外部へのサプライチェーン変革支援事業も展開しています。このM&Aは、アクセンチュアの販売サービス拡充と祖業強化を目指すものです。
2024年問題は、物流業界の労働力不足を顕在化させ、私たち利用者にもデメリットをもたらす可能性が高い問題です。しかしこの問題により、業界が長年抱えてきた過労問題や構造的な課題を解決するチャンスが巡ってきます。また、AIや自動化の導入、業務コストの見直しなどを通じて、物流業界の効率化が進むことが期待されます。物流業界におけるM&A活動の活発化は、そうした構造改革を促す一助となることでしょう。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画