社会福祉法人M&Aの実態と承継手順を詳しく解説

社会福祉法人のM&Aは、非営利性や公益性を踏まえた特有のルールや手続が求められます。合併や事業譲渡、理事長交代による経営権譲渡など多様なスキームが存在するため、注意点を十分に理解したうえで進めることが大切です。本記事では社会福祉法人M&Aの特徴やメリット、手続の流れを詳しく解説します。

目次

  1. 社会福祉法人とは
  2. 経営相談が増加する理由と背景
  3. 社会福祉法人M&Aの特徴
  4. M&A・事業承継の目的とメリット
  5. 社会福祉法人M&A 3つのスキーム
  6. 社会福祉法人M&Aの手続と流れ
  7. M&Aにおける注意点や違法になるケース
  8. まとめ

社会福祉法人とは

社会福祉法人とは、社会福祉法に基づいて設立され、主に第1種社会福祉事業と第2種社会福祉事業を行う非営利法人のことです。株式を発行して営利を追求する一般企業とは異なり、公共性・公益性が高く、営利性を目的としない点に大きな特徴があります。具体的には、特別養護老人ホームや児童養護施設といった第1種社会福祉事業に加え、保育所や訪問介護などの第2種社会福祉事業を展開できます。また、子育て支援事業や老人ホームの経営などの公益事業や、貸ビルなどの収益事業を行う余地がある点も特徴です。

ただし、社会福祉法人は非営利法人であるため、法人外への資金流出や経営権売買が認められていません。こうした制限が存在することから、一般的な株式会社とは異なる手法や留意点を踏まえて検討する必要があります。

経営相談が増加する理由と背景

近年、社会福祉法人の経営に関する相談が増加している理由として、主に次の3点が挙げられます。


経営者の高齢化と後継者不在

社会福祉法人は家族経営や1法人1施設といった小規模形態のものも多く、経営者が高齢になってから後継者が見つからず、法人や事業の継続が難しくなるケースがあります。


施設の老朽化

長年にわたって社会福祉事業を続けているうちに、建物や設備が老朽化し、大規模修繕や建て替えが必要となる時期を迎えます。高齢となった理事長が新たに借入をしてまで施設を維持することを避けたいと考え、経営から退こうとするケースもあります。


赤字法人の増加

社会福祉法人では赤字法人の割合が拡大傾向にあるといわれています。光熱費や人件費の上昇などにより採算が悪化し、赤字経営になるリスクが高まっています。特に小規模な法人ほど、経営安定が難しいのが現状です。


これらの背景から、社会福祉法人の事業を維持しつつ円滑に次世代へ承継するために、M&Aや事業承継といった手法を検討する法人が増えています。

社会福祉法人M&Aの特徴

社会福祉法人のM&Aは、株式会社などの一般法人とは異なり、非営利性や公益性が強く求められます。具体的には、合併や事業譲渡を行う際に所轄官庁の許認可が必要となるなど、多くの制限や事前協議が必要です。また、年度をまたいで手続きを行うと重複作業が生じるケースもあるため、計画的に進めることが求められます。


厚生労働省は、社会福祉法人が合併や事業譲渡を実施する際の手続や注意点をまとめたガイドラインやマニュアルを公表しており、これを参照することで具体的な手続や流れを把握できます。ただし、ガイドラインに記載されている内容に加えて、各法人の事情や所轄庁の指導方針によって対応が変わる可能性があるため、事前に行政と協議しながら慎重に進めることが重要です。


さらに、社会福祉法人外への不適切な資金の流出や、対価性のない支出は認められていません。そのため、合併や事業譲渡の際に発生する対価の扱いには注意が必要です。事業価値と対価が釣り合っているかどうかは、許可を得るうえでも大きなポイントになります。

M&A・事業承継の目的とメリット

社会福祉法人のM&A・事業承継には、主に以下のような目的やメリットがあります。


法人・事業の継続

後継者不在や高齢化などにより、事業を維持できない法人にとって、M&Aや事業承継は組織自体を存続させる有効な手段となります。事業が継続されることで、地域社会への福祉サービス提供や職員の雇用維持が可能になります。


経営・事業の安定化

経営基盤の強化を図ることで、施設の建て替えや修繕のための資金を確保したり、新規事業の開設を進めたりすることも検討しやすくなります。特に大規模法人や経営の安定した法人同士が合併すると、人的リソースやノウハウが共有でき、法人全体の発展につながりやすいといえます。


サービス品質の向上

M&Aによって運営体制が見直され、重複する業務が効率化されます。資金や人材が確保しやすくなるため、より質の高い福祉サービスを提供しやすくなります。


地域への貢献拡大

複数の社会福祉法人が統合されることで、地域に対して多様な福祉サービスを提供できるようになります。これにより、地域ニーズに応じた柔軟な対応が期待できます。

社会福祉法人M&A 3つのスキーム

社会福祉法人のM&A手法として、主に3つのスキームが挙げられます。

1. 合併
社会福祉法人同士が1つの法人に統合される方法で、一般法人との合併は認められません。合併には「吸収合併」と「新設合併」の2種類がありますが、実務上は「吸収合併」の形で進めるケースがほとんどです。合併を行うには所轄官庁の許可が必須で、事前協議や合理的な資産評価などが必要です。

2.事業譲渡
法人が運営する特定の事業を別の組織へ譲渡する方法です。土地や建物などの有形資産だけでなく、従業員、ノウハウなどの無形資産も含めて譲渡できます。株式会社などの一般法人が譲受側となる場合でも、社会福祉法人が行っている独占的な事業を引き継ぐには、新たに社会福祉法人として許認可を受けるなどの手続が必要です。

3.経営権の譲渡(理事長交代)
社会福祉法人の理事長をはじめとする経営陣が退任し、新たな理事長や理事を選任することで実質的に経営権を譲る方法です。合併や事業譲渡と比べると手続が少なく、費用面や期間的な負担が軽減される場合があります。ただし、退任する理事長に対する金銭的な対価は、社会福祉法人の性質上、慎重な検討が必要です。

社会福祉法人M&Aの手続と流れ

続いて、社会福祉法人がM&Aを行う際の基本的な流れを紹介します。具体的な必要書類や詳細な手続は、厚生労働省が公表している「合併・事業譲渡等マニュアル」にまとめられています。


相手方との調整

M&Aの目的や条件、事業領域の確認、人員配置の検討など、譲渡側・譲受側で事前に十分な協議を行います。双方で目指す方向性のすり合わせを行い、不明点を解消しておくことが重要です。


法的な手続

合併や事業譲渡のケースでは、必要となる許可や届け出の内容が異なります。いずれの場合も、所轄官庁への許認可申請が必須となり、提出書類や審査プロセスに時間がかかることが多いです。


関係者への説明

M&Aが具体化したら、利用者やそのご家族、職員など、関係者全員への事前説明が不可欠です。M&Aを行う背景、今後の運営体制、職員の雇用・給与に関する内容、サービスの変更点などを丁寧に周知することで、混乱を防ぎながらスムーズな事業承継を目指します。特に事業譲渡を行う場合には、職員が新たな法人へ移籍するための合意や、労働条件の確認・同意が必要になる場合があるため、早めの段階で詳細を説明することが大切です。


最終手続

上記までの調整や許認可手続が完了したら、合併・事業譲渡に伴う各種システム統合や制度整備、資産の移転を実行します。社会福祉法人の場合、公的補助金で取得した財産の扱いや、定款記載の基本財産の変更などが必要になるケースが多いため、所轄官庁との協議を念入りに行いながら手続きを完了させます。最終的に、行政への届出・報告が受理されることでM&Aは終了となります。

M&Aにおける注意点や違法になるケース

社会福祉法人がM&Aを行う際には、以下のような点に留意しないと違法行為として処分を受ける恐れがあります。


経営権の売買

社会福祉法人には出資持分がなく、経営権を金銭で売買することは認められていません。理事長交代によって実質的に経営権を譲渡する手法は存在しますが、金銭を伴う売買という形になると違法行為に該当する可能性が高まります。


不適切な資金移動

M&Aに際して法人の資金を私的に流用したり、新旧経営陣間で不適切に資金をやり取りすると、背任や横領などの罪に問われる可能性があります。社会福祉法人は高い公益性が求められるため、法人外への対価性のない支出が厳しく制限されている点に注意しなければなりません。


許認可なしで手続きを進める

合併や事業譲渡では、所轄庁の許可や行政への事前協議が必要となります。所定の許認可を受けずにM&Aを完了すると、無効や違法とみなされる恐れがあります。


利益相反取引

社会福祉法人は公益性を守るため、法人内外の利益相反取引に対して非常に厳格です。M&Aであっても、利害関係者同士の不正な取引が発覚すれば違法と判断される可能性があります。


職員・利用者への説明不足

合併・事業譲渡後に、職員や利用者が想定外の不利益を被るような状況が生じると、トラブルへ発展しやすくなります。説明不足や同意書の不備は、労働紛争や信頼失墜を引き起こすリスクがあるため慎重に対応しましょう。

まとめ

社会福祉法人のM&Aは、非営利性や公益性を考慮した特有のルールや許認可が必要となり、慎重な準備と専門家のサポートが不可欠です。経営者の高齢化や施設の老朽化などに対する有効な手段である一方、違法行為が厳しく取り締まられる領域でもあります。メリットとリスクを十分に理解し、計画的に進めることで、地域社会の福祉サービスを持続的に発展させることが可能となるでしょう。

著者|土屋 賢治 マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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