食品業界のM&A戦略と課題を最新事例から解説
食品業界でM&Aを考えていますか?本記事では市場規模や課題、動向、メリット・デメリット、成功事例まで網羅的に解説し、スムーズな譲受・譲渡を実現するポイントをお伝えします。
目次:
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
食品業界は、原材料を仕入れ、工場で加工し、飲料や食料品として販売して利益を得る産業です。畜産食料品や水産食料品、缶詰、調味料、糖類、製粉、パン・菓子、動植物油脂などを製造する事業者が該当します。味の素、日本ハム、明治ホールディングス、森永乳業などの大手企業が代表例です。
ここでは、業界の流通構造、安全性への配慮、原料依存度、季節変動、賞味期限対応といった特性を整理しつつ、食品製造に携わる譲渡企業・譲受企業双方がどのような経営判断を迫られているのかを確認します。
食品製造業界では加工業者、卸売業者、小売業者、飲食店など多くの事業者が関わります。複数の仲介者を経由することで製品が消費者に届くため、各段階でコストとリードタイムが発生します。特に譲受を検討する企業にとっては、流通ネットワークをどのように効率化するかが重要な検討事項となります。
消費者が口にする食品の安全性は最優先事項です。異物混入や病原菌の発生は、信用失墜につながります。製造ラインの衛生管理や検査体制にはコストがかかりますが、譲渡後も維持することでブランド信頼を守り、長期的な売上を支えることができます。
日本の食料自給率は低く、多くの原料を海外から調達しています。海外依存は資金流出だけでなく、長距離輸送による賞味期限の短縮リスクを伴います。為替変動や国際情勢による価格変動も大きく、在庫管理や調達先の分散が欠かせません。
農畜水産物は季節や作況によって収穫量が変わります。食品製造企業は、需給変動に合わせて生産量やスタッフ数を柔軟に調整する必要があります。人件費や設備稼働率の最適化は、低利益率のビジネスモデルを支える鍵となります。
消費者庁の食品表示基準では、賞味期限や消費期限の設定は企業自身が科学的に行うよう求められています。基準は詳細に定義されていないため、各社がテストや検証を通じて期限を設定する必要があります。譲受企業は、対象企業が持つノウハウや検査体制を正確に把握し、統合後に品質基準を統一することが求められます。
出典:第166回 食品・農林水産業界(マールオンライン)
2021年度の食品製造業売上高は41兆6,385億円で前年度比1.2%減でしたが、営業利益率は2.9%と26.1%増加し、縮小傾向から持ち直しの兆しが見えています。売上高上位企業の多くが2021~2022年度に増収を達成しており、市場全体としては緩やかな回復局面に入っています。
一方で、海外製品の輸入拡大は国内メーカーの競争環境を厳しくしています。飲食業は直接の競合となりにくいものの、価格競争やブランド力では海外メーカーとの比較が避けられません。海外原料依存度の高さはコスト面の負担につながり、為替リスクを伴います。
日本では人口減少と少子高齢化が進行し、一人当たりの食品消費量が減少傾向にあります。また、共働き家庭や単身世帯の増加により、自炊の機会が減り、簡便食品や外食サービスの利用が拡大しています。こうしたライフスタイルの変化は、新製品開発や販売チャネルの多角化を迫る要因です。
国内需要の頭打ちを補うため、多くの食品製造企業が海外展開を進めています。輸出や現地生産は売上拡大の機会となる一方で、輸入食品との競争激化という課題も生じます。譲受を通じて海外ネットワークを取り込む動きは、リスク分散と成長加速の両面で有効です
食品製造企業は低利益率構造と原価高騰に直面しています。加えて、人口減少や自炊機会の減少が市場規模を縮小させています。ここでは、業界全体が抱える課題を確認し、その克服に向けたM&Aの可能性を考えます。
大量生産・大量消費によるコスト削減モデルは、他社との価格競争を招きます。差別化が難しいために利益率が低下しやすく、収益力の向上が課題です。
急激な資源価格の変動や物流網の混乱は、食品製造企業の経営を圧迫しています。特に冷蔵・冷凍食品を扱う場合、エネルギーコストが大きく増加する点が無視できません。
中小規模の食品製造企業では経営者の高齢化が進み、後継者不在が深刻です。早期の承継体制構築が求められています。
SDGsへの意識が高まり、食品ロス削減や環境配慮型生産への転換が急務となっています。工程自動化やリサイクル技術の導入を進めるには投資負担が伴いますが、M&Aにより技術を持つ企業を取り込む手法が注目されています。
食品業界では、水平統合と垂直統合の両面でM&Aが活発化しています。成熟した中小メーカーが大手に譲渡するケースや、卸売・商社・小売が製造部門を取り込む動きが目立ちます。さらに、バイオテクノロジーやフードテック分野への投資も進み、多角化・国際化を狙う企業が増えています。
同業者間での譲受は、生産規模拡大によるコスト削減や技術融合を通じ、新製品開発を促進します。市場が縮小するセグメントでは、経営資源を集約し競争力を維持する再編が進んでいます。
卸売業者や商社、小売企業が製造企業を譲受し、プライベートブランドの開発力向上や物流効率化を狙う動きも活発です。原材料調達から製造、販売までをグループ内で完結させることで、リードタイム短縮と収益性向上を実現します。
バイオテクノロジーやアグリテックなど成長期待の高い分野では、投資ファンドや総合商社が資本参加し、経営支援を行う事例が増加しています。これにより、従来型製造企業も先端技術を取り込み、競争優位を築くことが可能になります。めることができます。綿密な計画、適切な交渉、そして効果的なPMIの実施が、M&A成功の鍵となります。
現在、食品製造業界でM&Aが盛り上がる理由として以下が指摘されています。
これらはいずれも、譲渡企業・譲受企業双方にとって市場拡大と事業選択の好機となります。また、少子高齢化や後継者不足といった構造的課題に対応する手段としてもM&Aが選択される傾向にあります。
健康志向やサステナビリティ志向の高まりは、新製品の開発スピードを早める要因です。譲受により既存ブランドや研究開発力を獲得すれば、消費者トレンドに迅速に応える体制を構築できます。これは参考資料で示された「消費者の嗜好変化対応」に合致します。
食品安全や品質管理に関する規制は厳格です。譲渡前後で基準を満たす設備や検査フローを共有し、グループ全体で統一することで、法令順守コストの削減とブランド信頼向上の両立が図れます。参考資料にある「譲受企業状況による追加投資リスク」を低減するポイントになります。
デューデリジェンスで確認すべき5つの項目
工程自動化やリサイクル技術を既に導入している企業を譲受することで、食品廃棄物削減のノウハウを短期間で獲得できます。SDGs時代において環境対応は企業価値を高める要素となりうるため、M&A戦略で優先度を上げる企業が増えています。
海外展開成功のポイントを共有
海外展開では、現地の食習慣や規制を踏まえた商品開発が不可欠です。例えば、味付けやパッケージ表示を現地仕様に合わせることで販売機会が広がります。譲受企業が保有する現地ネットワークや流通ノウハウは、スムーズな市場浸透に直結します。現地工場を保有する譲渡企業を取り込むことが出来れば、関税や輸送コストの削減にもつながり、収益性を高められます。
ブランド信頼を守る統合後のコミュニケーション
統合後は従業員や既存取引先に対して方針を明確に伝え、品質維持への取り組みを発信することが不可欠です。これにより、企業文化の違いによる混乱を防ぎ、顧客離れを最小限に抑えられます。
食品業界ではスケールメリットや技術移転効果が大きいため、譲受企業・譲渡企業の双方に多面的な利点があります。ここでは代表的なメリットを具体例とともにまとめます。
メリットが大きい一方で、譲受企業・譲渡企業は統合後に生じるリスクを軽減するための準備が欠かせません。
具体的な事例を通じて、効果的な統合シナリオとリスク管理手法を確認します。
ダスキンは清掃事業に経営資源を集中するため、アイスクリームOEM子会社の蜂屋乳業を持株会社バンリューへ譲渡しました。譲渡企業は非中核事業から撤退し、譲受企業はOEM製造力を獲得してグループ全体の製品ポートフォリオを拡大しました。
三井物産はフローズンスイーツメーカー五洋食品産業を譲受し、東南アジアを中心に海外販路を強化しました。商社のグローバルネットワークとメーカーの製造技術を融合し、海外現地仕様の新商品を投入することでシナジーを創出しています。
飲食店経営と水産業を手掛ける三光マーケティングフーズは、小売業を営む海商の全事業を取得しました。水産加工から小売までを一気通貫で担う体制を構築し、鮮度管理と価格競争力を高めています。
健康志向食品で知られるフジッコは、中華惣菜メーカーのフーズパレットを譲受しました。惣菜セグメントのラインアップを拡大し、女性や高齢者向けのヘルシーメニューを開発することで付加価値を高めています。
食品製造業のM&Aは品質・税務・労務など多岐にわたる専門性が必要です。税理士法人グループが伴走することで、統合効果を最大化できます。
M&Aアドバイザリー、弁護士、公認会計士が協働し、目的設定、ターゲット選定、バリュエーション、契約交渉、クロージングを一気通貫で支援します。
設備投資減価償却や在庫評価、移転価格税制など製造業特有の税務リスクを事前に洗い出し、適正な譲受価額を算定します。
クロージング後は品質基準統一、人事制度整備、原材料共同購買のスケジュールを策定し、100日プランでモニタリングします。
最後に、譲渡企業・譲受企業が円滑なM&Aを進めるためのチェックポイントを整理します。
売上拡大かコスト削減か、海外展開か後継者対策か、目的を絞り込むことで譲受先・譲渡先の選定精度が高まります。
財務諸表の整備、内部統制構築、品質管理記録の整備を早期に行うことで、デューデリジェンス時の指摘事項を減らせます。
税理士法人と連携し、税務リスクの早期発見やスキーム設計を行うことで、想定外の費用負担を回避できます。
M&A目的と統合後の方針を説明し、雇用や供給体制が継続することを示すことで、モチベーション低下や取引停止を防ぎます。
食品製造業界のM&Aは、市場縮小やコスト高騰、後継者不足といった課題を一挙に解決しつつ、成長分野へ挑戦できる有効な選択肢です。譲受企業・譲渡企業双方がメリットとリスクを把握し、専門家と協働して準備を進めることで、統合効果を最大化し持続的発展を実現できます。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画