近年、IT業界ではM&Aが盛んに行われており、日本国内のM&Aの約3分の1がIT業界での事例であると言われています。
企業がM&Aを進める理由としては、経営者の高齢化や後継者不足による事業承継、経営不振の脱却、成長戦略の一環など様々な背景が存在します。
特にデータ活用が重要視されるIT業界において、M&Aの主な目的は、事業承継を目的としたM&Aも存在しますが、特筆すべきは若い経営者が中心となり、必要な技術やノウハウ、人材を取り込むことで企業の戦略的発展を目指している点です。
本記事では、IT業界の概要、抱える課題、M&Aの動向や事例を通じて解決策を詳しく解説していきます。
目次
IT業界の定義を確認しておきましょう。ITは「Information Technology」の略であり、IT業界とは情報技術に関連する業界を指します。しかし、情報技術業は多くの業種や職種が絡み合っており、さまざまな技術・サービスを提供しているため、一概に定義することは困難です。
さらに、近年ではIT企業の業種間の境界が曖昧になっており、かつてのハードウェア・ソフトウェア・アプリケーションといった区分が難しくなっています。現代では便宜上、以下のような分類が一般的に用いられています。
• ハードウェア
• ソフトウェア
• アプリケーション
• クラウドサービス
• プラットフォーム
• インフラ・セキュリティ・ネットワーキング
現在のIT業界では、これらの異なる領域が相互に連携し、統合されたサービスが提供されることが一般的となっています。
IT業界の業界特性として顕著なのは、発注形態が多重下請型構造であるという点です。
この構造を理解しやすくするために、建設業界の下請システムを考えてみましょう。建築や土木一式工事の発注者から総合建設業者へ発注された仕事が、それぞれの専門分野を持つ2次、3次、4次下請け企業に分けられて発注されるシステムです。
IT業界でも類似した多重下請型構造が存在しており、具体的にはシステム構築を例に挙げて説明します。
• 顧客がシステム構築を依頼するシステムインテグレーター(SIer)が発注を受け、個々のサブシステムを統合して機
能させる仕事を行います。
• 大手SIerが、受けた発注を細分化し、中堅・中小規模のIT企業に再発注します。
• 中小規模のIT企業は、スタッフやエンジニアの不足等から全ての業務をこなせない場合があり、さらに孫請けの零細
IT企業に再々発注することがあります。
• 最終的に、仕事全体の工程管理を行うのが大手SIerとなります。
このような仕事の流れから、IT業界が多重下請型構造であると言われています。
IT業界は現在、AIやビッグデータ、IoT(Internet of Things)、クラウドサービスなどのトレンド技術による需要の増加で右肩上がりの成長を続けています。しかし、その一方で業界課題も存在し、解決が求められています。それらの課題は以下の4つとなります。
■IT系人材の不足
IT系人材の不足について、経済産業省が公表しているIT系人材の長期推移予想によれば、2018年の段階ですでにIT系人材が十分に供給されておらず、今後の需要の伸びを考慮しても必要な人数には達しないもようです。さらに、2030年までには約45万人のIT系人材が不足すると予測されており、この問題が放置されることでIT業界が深刻な影響を受けることが予想されます。
■経営者の高齢化
経営者の高齢化の問題。IT業界においては、経営者の年齢層が他業界に比べて幅広く、特に中規模のソフトウェア関連企業では1980年~1990年代に設立された会社が多いため、経営者が現在70歳代になっていることが少なくありません。このため、事業承継の問題が急務となっています。
■変化の激しい事業環境への対応
変化の激しい事業環境への対応も課題として挙げられます。IT業界は技術革新の中心であり、毎年のように新しい技術が誕生しています。しかし、中小規模のIT企業にとって新しい技術の開発や導入は人的、資金的面で難しいことがあります。そのため、適切な対策が求められています。
■重層的請負型構造
IT業界において重層的請負型構造が課題となっていることについて。大手企業が受託した業務を数多くの下請け企業に再委託する構造が取られており、IT企業の大多数は中小企業になっています。このため、下請けや孫請け企業になると企業利益が少なくなり、従業員への待遇も低くなる傾向があります。この状況では優秀なIT人材の確保が難しく、資金不足から自力での成長が厳しい企業が多いため、資金調達や人材確保の対策が必要となっています。
「IT系人材の不足 」
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
先ほどIT業界についての「業界定義」では大まかに5つのカテゴリに分けて説明いたしました。しかし、経済産業省による業務区分に基づくと、次の3つの分類にまとめられます。
• ソフトウェア業
• 情報処理・提供サービス業
• インターネット附随サービス業
競合業態については、かつてはシステム開発会社が業界を牽引していましたが、現在では業界の垣根を超えたボーダレスが進行し、さまざまな企業がM&Aや資本・業務提携などの手段を通じて新規参入を促進しています。
今後は、WebメディアやEC、スマートフォンアプリに加えて、IoTやAI、VR、ARなどの新技術がトレンドとなることで、競合業態はさらに多様化していくことが予想されます。一方で、IT業界に所属する企業は、資本力が弱く若い社員が多く在籍していることが多いため、単独では生き残りが難しい場合もあります。
そのため、資金調達やM&Aによる会社買収などを通じて競争力を強化する動きが今後も盛んになると考えられます。
「IT業界のM&A件数推移」
2010年~2022年までのM&A件数の推移について見ていきたいと思います。グラフを見ると、この12年間で件数が約7倍にまで伸びているのが分かります。これらの件数は公表されているものに限られているため、基本的には買い手が開示義務を負った上場企業であるケースが多いです。開示義務のない非上場企業を買い手としたM&Aの件数を含めると、上記の件数の1.5倍はあるとも言われています。M&Aという経営オプションが広く企業に浸透してきているという背景もありますが、特にIT業種のM&A件数が多い理由としては、次の2つが挙げられます。
・新規上場企業の約4割がIT業種であり、上場後の企業価値の向上のための手法としてM&Aが活用されている。
・日本のIT産業が誕生したのが1960年以降、特に1980年~2000年代に爆発的に企業数が増えた業界であり、当時30歳から40歳という年齢で、エンジニア(またはトップ営業)兼経営者兼株主として創業された方が高齢を迎え、株式の承継問題解決の手法としてM&Aが活用されている。
・下請け(受託開発)からの転換を図り、自社サービスの強化や利益率の増加などを目指すことができる
・大手IT企業グループへのジョインによって、独自では難しい事業の拡大や業績の向上、海外市場への進出などが可能に
なる
・エンジニアの教育体制を強化し、待遇を改善することで、定着率を高め、生産性の向上を図ることができる
・収益性の低い事業を手放すことによって、より有望な事業・サービス領域に経営資源を集中し、収益性を高めることが
可能になる
・会社や事業部門の売却による利益を得ることができる
・オーナー経営者としての様々な重荷から解放され、アクティブに活動できる
・優秀なエンジニアや技術者を一定確保することが可能である
・AIをはじめとする最先端技術を手に入れることができる
・将来性のある分野への参入により、安定した収益源を構築することが見込める
・先進国市場への進出や海外拠点の増強を通じて、グローバルな競争力を高めることが可能である
・事業の拡大に伴う開発拠点の整理統合により、コスト削減の効果を期待することができる
以下の3つの事例では、IT業界で活発に行われているM&Aの狙いやシナジー効果について詳しく見ていきます。
•(株)テンダと三友テクノロジー(株)のM&A
•(株)クロスデバイスと(株)T-imageのM&A
• アライドアーキテクツ(株)とメタデータ(株)の資本・業務提携/(株)エイジアとメタデータ(株)の資本・業
務提携
AIやクラウドを活用した自動作成ソフト/ツールの開発を手がけるテンダが、ソフトウェア受託開発企業である三友テクノロジーを子会社化しました。M&Aの目的は、IT/DX人材の確保や顧客基盤の拡大、単価と間接生産性の改善など、両社の技術力やノウハウを活かしたシナジー効果が期待されるためです。
VR事業やシステム開発、WEB制作等を展開しているクロスデバイスが、WEB制作及びコンサル、VR事業を手がけるT-imageを子会社化しました。このM&Aの狙いは、VR事業と関西圏での業務強化、WEB制作のデザイン性向上を図ることです。
アライドアーキテクツが提供するソーシャルメディア支援サービスに、メタデータのテキスト解析分野の高い技術力を連携させることが目的です。また、エイジアがメタデータと自然言語解析技術やAI技術等を活用したマーケティングソリューションの共同開発を行うことが目的です。
IT業界は新しい技術が次々と開発されることで、関係企業も短期間でその姿を迅速に変化させていく必要があります。しかし、多くのIT企業は資本力が乏しく、変化に対応することが容易ではありません。その課題を解決する方法のひとつがM&Aです。
新陳代謝が激しい業界であるIT業界では、今後もM&Aが高い水準で推移することが予想されます。M&Aを活用してシナジー効果を追求し、競争力を維持していくことが、IT企業の成長戦略の一環として重要であると言えるでしょう。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事