M&A公認会計士の役割と依頼先選びの実務ポイント解説

会社売却や買収の判断で迷う経営者向けに、M&Aで公認会計士に依頼すべき場面を財務DD、企業価値評価、スキーム検討、PMIまで整理します。税理士・弁護士との違いや依頼先の選び方、費用確認、相談前に整える資料も解説します。

目次

  1. M&A公認会計士が必要になる判断場面
  2. 財務DDと価値評価で確認する数字
  3. スキーム選択と税務で手取りを守る
  4. PMIと会計統合で取引後の混乱を防ぐ
  5. 依頼先タイプと他士業との使い分け
  6. 公認会計士へ相談する前の準備
  7. まとめ

M&Aにおいて公認会計士を活用して企業を守る戦略を解説

▶目次ページ:M&Aの相談先(士業)

M&A公認会計士が必要になる判断場面

M&A(合併・買収)で公認会計士が重視されるのは、会社の実力が最終的には数字に表れるためです。決算書の利益、借入金、在庫、不動産、役員貸付金、退職金、未払費用などは、譲渡価格や契約条件に直接影響します。

公認会計士は、監査証明業務を独占業務とする国家資格者です。監査とは、会社が作成した決算書が会計基準に沿っているかを、第三者の立場で確認する業務をいいます。M&Aでは、この監査で磨かれた帳簿確認、証憑照合、経営者への質問、内部統制の理解が、買収前の調査や企業価値評価に生かされます。

中小企業の会社売却では、「利益は出ているのに希望価格に届かない」「買い手から急に価格を下げられた」という場面があります。意外と多い落とし穴です。原因は、正常な利益が整理されていない、不要資産や簿外債務の説明が不足している、税引後の手取り額を事前に試算していない、といった数字の準備不足にあります。

売り手経営者にとっての役割

売り手経営者にとって公認会計士は、自社の決算書を買い手目線で読み替える専門家です。過年度の一時的な費用、役員報酬、関連会社取引、遊休資産、金融機関借入、個人保証の状況を整理し、買い手に説明しやすい形へ整えます。

譲渡価格の交渉では、経営者の思いと買い手の評価がずれることがあります。公認会計士が関与すると、なぜその価格レンジになるのか、どの財務項目が減額要因になるのかを客観的に説明しやすくなります。感情論だけで交渉が進むことを避ける効果があります。

買い手企業にとっての役割

買い手企業にとって公認会計士は、投資判断の安全性を高める専門家です。買収前に財務デューデリジェンス(財務DD)を行い、対象会社の利益が継続するか、資産に実在性があるか、未払債務や保証債務などの簿外債務がないかを確認します。

買収価格は、将来の利益やキャッシュフローを前提に決まります。ここに過大な見込みが入ると、買収後にのれんの減損や資金繰り悪化につながります。公認会計士は、事業計画の前提と実績数値の整合性を見て、無理のある買収を避ける判断材料を示します。

財務DDと価値評価で確認する数字

M&A実務では、最初の面談で好印象だった会社でも、財務DDで条件が変わることがあります。公認会計士の役割は、相手を疑うことではありません。取引後に問題化しそうな数字を、契約前に見える状態にすることです。

財務DDで洗い出す主なリスク

財務DDでは、売上、利益、資産、負債、資金繰り、税務の影響を確認します。売上の前倒し計上や実在しない売上がないか、在庫が帳簿どおりに存在するか、回収不能な売掛金が残っていないかを点検します。

簿外債務も重要です。簿外債務とは、決算書に十分に表れていない債務や、将来発生する可能性のある負担をいいます。未払残業代、退職金、訴訟、保証債務、原状回復費用などが典型例です。金額が大きい場合、譲渡価格の調整、表明保証、補償条項に反映されます。

売り手が事前に整理したい資料

売り手は、直近3期分の決算書、月次試算表、借入金明細、固定資産台帳、主要取引先別の売上、在庫明細、役員との貸借、保険、賃貸借契約を早めに整理します。M&A実務では、資料提出が遅れるだけで買い手の不安が強まり、交渉が止まることがあります。

企業価値評価は価格交渉の出発点になる

企業価値評価(バリュエーション)は、会社の売買価格を決めるための基準づくりです。中小企業では、時価純資産法、DCF法、類似会社比較法を組み合わせて検討することが多くあります。

時価純資産法は、貸借対照表の資産と負債を時価に置き直す考え方です。不動産や設備を持つ会社で参考になります。DCF法は、将来のキャッシュフローを現在の価値に直す方法です。成長性のある会社で使われますが、事業計画の前提に大きく左右されます。類似会社比較法は、同業上場会社などの倍率を参考にする方法です。市場感を見やすい一方で、比較対象の選び方が重要になります。

評価額は一つの正解ではありません。公認会計士が示す価格レンジは、経営者が「どの条件なら譲渡するか」を考える材料です。従業員の雇用、取引先との関係、個人保証の解除、引継期間なども合わせて見なければ、金額だけ高い取引が良い結果になるとは限りません。

スキーム選択と税務で手取りを守る

会社売却では、譲渡価格だけでなく、税金を差し引いた後にいくら残るかが大切です。ここで判断を誤ると、契約後に「想定より手取りが少ない」と感じることがあります。

株式譲渡と事業譲渡で結果は変わる

中小企業M&Aでは、株式譲渡と事業譲渡がよく使われます。株式譲渡は、株主が保有株式を買い手へ譲る方法です。会社そのものは存続するため、契約や許認可、従業員との関係を引き継ぎやすい一方、会社に残る債務や税務リスクも買い手が慎重に確認します。
事業譲渡は、特定の事業や資産を選んで譲る方法です。不要な負債を切り離しやすい反面、契約の移転、許認可、従業員の同意、消費税の取扱いなど、個別の確認事項が増えます。会社分割などの組織再編を使う場合は、会社法上の手続や税務上の適格要件も確認が必要です。

税務助言は登録や連携体制も確認する

公認会計士の中には、税理士登録をして税務申告や税務相談に対応できる人もいます。ただし、すべての公認会計士が税務申告まで対応するわけではありません。株式譲渡益への課税、事業譲渡に伴う法人税や消費税、役員退職金、相続や贈与への影響まで見たい場合は、税理士登録の有無や税理士との連携体制を確認します。

税負担だけでスキームを選ばない

税金が少ない方法が、常に最善とは限りません。買い手が引き受けられるリスク、従業員の雇用、許認可の承継、金融機関の同意、取引先への説明を合わせて検討します。公認会計士は、数字の損得と実行可能性を並べて、経営者が選びやすい形に整理します。

PMIと会計統合で取引後の混乱を防ぐ

M&Aは契約締結がゴールではありません。むしろ、買い手にとってはクロージング後から本番が始まります。売り手にとっても、引継ぎが混乱すると従業員や取引先に不安が広がります。

PMIで公認会計士が見る領域

PMI(M&A後の統合プロセス)では、会計方針、月次決算、予算管理、会計システム、内部統制、勘定科目、在庫管理、資金繰り管理を整えます。買い手側の管理基準をそのまま押し付けると、現場が対応できず月次決算が遅れることがあります。

公認会計士は、買収前の財務DDで見つけた課題を、買収後の改善計画に接続します。たとえば、棚卸差異が多い会社では在庫管理方法を見直し、売上計上基準が曖昧な会社では請求書や検収書の流れを整備します。数字の見方がそろうと、買収後の経営判断が速くなります。

100日で全部を変えようとしない

取引後すぐにすべての制度を変えると、現場の反発を招くことがあります。最初は、資金繰り、月次決算、重要KPI、承認権限など、経営管理に必要な項目から着手します。小さく始めることです。PMIでは、早期に混乱を抑えながら、数値管理を少しずつ買い手の基準へ近づける進め方が現実的です。

依頼先タイプと他士業との使い分け

公認会計士に相談するといっても、所属先や得意領域によって支援内容は異なります。ここを混同すると、期待していた支援を受けられないことがあります。

FAS、中小企業M&A支援、PEファンドの違い

FAS(フィナンシャル・アドバイザリー・サービス)は、財務DD、企業価値評価、事業計画の分析、買収価格の検討を専門的に支援する組織です。大企業案件や海外案件で関与することもあります。

中小企業M&A支援を行う会社や会計事務所では、売り手と買い手の候補探索、条件交渉、財務資料の整理、専門家連携まで広く支援することがあります。事業承継型M&Aでは、オーナーの意向、従業員の雇用、取引先への説明まで踏まえた伴走力が重要です。

PEファンド(プライベート・エクイティ)は、投資家として会社を買収し、企業価値を高めたうえで将来の売却や上場を目指します。公認会計士がPEファンドで働く場合は、助言者というより投資判断の当事者に近い立場になります。経営者が相談先を選ぶ際は、相手が助言者なのか、買い手候補なのかを分けて考える必要があります。

税理士と弁護士は役割が違う

税理士は、税金の計算、申告、税務調査対応、オーナー個人の所得税や相続税の検討に強みがあります。M&Aでは、譲渡益課税、事業譲渡に伴う税金、役員退職金、相続対策を確認する場面で重要です。

弁護士は、契約書、法務デューデリジェンス、許認可、労務、株主間トラブル、表明保証、補償条項を担当します。公認会計士が財務リスクを金額で示し、税理士が税負担を確認し、弁護士が契約でリスクを閉じる。この分担ができると、M&Aの判断が安定します。

独立性と利益相反も確認する

公認会計士には、独立性や職業倫理が重視されます。ただし、M&A支援では、誰のために評価するのか、誰から報酬を受け取るのかで助言の見え方が変わります。依頼前に、売り手側の助言者なのか、買い手側の調査担当なのか、双方を調整する立場なのかを確認しましょう。

公認会計士へ相談する前の準備

専門家選びでは、肩書きだけで判断しないことが大切です。公認会計士であっても、監査、税務、FAS、事業承継、PMIのどこを得意とするかは異なります。

面談で確認したい実務経験

面談では、同じ業種や同じ規模のM&A経験、財務DD報告書の作成経験、企業価値評価の方法、税理士や弁護士との連携体制を確認します。具体的な社名や案件名は守秘義務で開示できないことがありますが、業種、規模、担当範囲、発見した論点の種類は説明してもらえる場合があります。

また、専門用語をかみ砕いて説明できるかも重要です。経営者が理解できないまま進むM&Aは、後で判断の根拠が分からなくなります。報告書のサンプル、打合せ頻度、資料依頼の方法、連絡窓口を確認すると、実務の進め方が見えてきます。

費用は業務範囲と報酬体系で見る

公認会計士への費用は、企業価値評価だけを依頼するのか、財務DDまで依頼するのか、M&A全体の助言まで依頼するのかで変わります。小規模な評価や簡易調査であれば数十万円から、中規模以上の財務DDや複雑な評価では数百万円以上になることもあります。急ぎの案件、海外子会社、不動産や在庫が多い会社では費用が上がりやすくなります。

成功報酬がある場合は、レーマン方式の考え方を確認します。レーマン方式とは、譲渡価格などの報酬基準額に区分ごとの料率を掛けて成功報酬を計算する方法です。重要なのは、基準額が株式価値なのか、総資産なのか、移動総資産なのかを確認することです。同じ料率でも、基準額が違えば報酬額は大きく変わります。

依頼前に整える情報

相談前には、M&Aの目的、希望する譲渡時期、譲れない条件、直近の決算書、月次試算表、借入金、株主構成、個人保証、主要取引先、従業員数を整理します。最初から完璧である必要はありません。ただし、数字と希望条件が整理されているほど、公認会計士は早くリスクと価格の目線を示せます。

転職情報を見る場合の注意点

公認会計士向けの転職情報では、FAS、中小企業M&A支援、PEファンドが高い専門性を求める分野として紹介されることがあります。経営者が読む場合は、年収やキャリアよりも、「その人がどの立場でM&Aに関わってきたか」を見ると相談先選びに役立ちます。

まとめ

M&Aで公認会計士は、財務DD、企業価値評価、スキーム検討、PMIを通じて、価格とリスクを見える形にする専門家です。売却を考える経営者は、税理士や弁護士との役割分担、報酬体系、独立性を確認し、自社の数字と希望条件を整理してから相談すると判断しやすくなります。早めの準備が条件交渉を安定させ、買い手への説明力も高めます。

著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー 

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事

編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人