デューデリジェンスでM&A企業価値とリスク管理する方法を解説

「M&A取引を成功へ導くデューデリジェンス目的と進め方って何?」――その答えは、買い手も売り手も取引前に企業価値とリスクを正しく見抜くことにあります。本記事ではデューデリジェンスの意義や種類、進め方を分かりやすく解説します。

目次

  1. デューデリジェンスとはM&A取引で買い手が必要な精査
  2. 買い手企業がデューデリジェンスで得られる効果
  3. 売り手企業がデューデリジェンスに協力する意義
  4. 企業調査とデューデリジェンスの違いを理解する
  5. デューデリジェンスの目的はリスク把握と企業価値評価
  6. デューデリジェンスの方法と専門家選定
  7. デューデリジェンスの主要カテゴリ
  8. デューデリジェンスの進め方ステップ
  9. デューデリジェンスの費用と会計処理
  10. デューデリジェンス実施時の留意点
  11. 中小企業M&AにおけるDDの論点

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デューデリジェンスとはM&A取引で買い手が必要な精査

デューデリジェンス(DD)はDue=相当な、Diligence=注意を語源とする言葉で、M&Aでは「買収監査」とも呼ばれます。買い手企業が取引前に対象会社の事業価値や潜在リスクを調べる必須手続です。会社の外からは見えない簿外債務、訴訟リスク、将来のキャッシュフローなどを事前に確認することで、誤った投資判断を避けられます。正確な現状把握ができなければ、価格設定も経営統合後の計画も成り立ちません。

DDはM&Aだけでなく金融機関の融資審査でも行われますが、M&A目的のDDは買収後にどのようなシナジーが創出されるかまで目を凝らす点が特徴です。対象会社の強みやノウハウが自社にどれだけ価値をもたらすのかを数値化するため、財務・法務・税務の枠を超えた総合診断といえます。

デューデリジェンスは買収前に行う企業価値とリスクの調査

DDは最終条件交渉に入る前に行います。理由は、調査結果を価格や契約条項に反映させる余地を残すためです。もし重大リスクが見つかった場合は「買わない」という選択も取れますし、条件を再交渉してリスク相当額を価格から差し引くことも可能です。調査のないままクロージングすると、買収後の訴訟や簿外債務がすべて買い手負担となり、企業価値が大きく毀損する恐れがあります。

DDは買い手の注意義務を果たすための手続

会社法やコーポレートガバナンスの観点では、経営者が重大な投資判断を行う際に十分な情報収集を行う責任(デューディリジェンス義務)があると解されています。DDを専門家と共に実施することで、買い手経営者は株主や金融機関に対し「相当の注意」を尽くしたと説明できます。結果としてステークホルダーの納得感を得やすくなり、M&A後の協力を得る土台づくりにつながります。

金融機関の融資審査とDDは目的が異なる

金融機関が行う企業調査は貸倒リスクを測るための短期的な信用審査が中心です。一方でM&AのDDは、統合後のシナジーを含む長期投資の回収可能性を検証するものです。そのため調査範囲は財務だけに留まらず、事業計画の実現性、経営体制、人材、ITシステム、環境法規制への適合など多岐にわたります。

買い手企業がデューデリジェンスで得られる効果

買い手企業にとってDDは案件の成否を左右するエンジンです。リスクの把握はもちろんのこと、対象会社と自社の相乗効果(シナジー)を数字で示し、経営陣や株主への説明責任を果たせます。さらに、調査結果を踏まえて最適なM&AスキームやPMI計画を描けるため、統合後の混乱を最小限に抑えられます。

プレデューデリジェンスで売り手との相性を確認

基本合意前に行うプレDDでは、開示資料やオープン情報を用いて対象会社の概要をつかみます。ここで自社の事業との整合性や、市場シェア拡大への寄与度といった大枠のシナジーを把握しておくと、本DDにかける時間と費用を最適化できます。

本デューデリジェンスで価格やスキームを最終判断

基本合意後に行う本DDでは、詳細な内部資料を読み込み、インタビューや現地視察を通じてリスクを洗い出します。見つかったリスクは「中止」「価格調整」「契約に盛り込み売り手に解消を求める」という三つのカードで対処できます。これにより買い手は過大なリスクを負わずに取引の続行可否を決定できます。

ポストデューデリジェンスでリスク軽減を徹底

最終譲渡契約締結後からクロージングまでは、発見された課題の解決状況をモニタリングする期間です。売り手が約束した是正措置が完了しているかを確認し、未解決のリスクには補償条項やエスクローを設定して買い手の損失を防ぎます。

売り手企業がデューデリジェンスに協力する意義

売り手企業にとってDDは単なる「受け身の監査」ではありません。協力的な姿勢を示すことで買い手の信頼を獲得し、交渉を有利に進められるほか、セルサイドDDを実施すれば自社の問題をあらかじめ洗い出して修正できます。この過程で経営改善が進み、結果として希望売却価格を維持しやすくなります。

協力姿勢が買い手の信頼を高める

質問への迅速な回答や資料準備の徹底は、買い手に「隠し事がない」と印象づけます。不信感が払拭されれば、買い手はリスクプレミアムを小さく見積もるため価格条件が好転し得ます。

潜在リスクを自社で治癒し価値を守る

簿外債務や許認可の欠落といったリスクは、発覚後に是正措置を済ませておけば交渉時のディスカウント要因を減らせます。結果として売却後の責任追及リスクも低減できます。

企業調査とデューデリジェンスの違いを理解する

帝国データバンクや東京商工リサーチの企業調査は、信用供与のための表面的情報が中心です。対してDDは、対象会社の内部資料を精査し、現場ヒアリングや資産実査まで踏み込む総点検。目的も範囲も深さもまったく異なります。

調査範囲の深さと専門性が大きく異なる

企業調査はおおむね財務スコアと与信情報をレポートしますが、DDでは財務・法務・税務・人事・IT・環境など専門家チームが分担し、総合的に企業価値と将来リスクを評価します。買収後のPMIをにらんだ実務的提言がセットになる点も大きな違いです。

デューデリジェンスの目的はリスク把握と企業価値評価

DDの最重要目的は二つに集約されます。第一に簿外債務や訴訟などのリスクを特定し、リスク回避策を織り込むこと。第二にバリュエーションを通じて買収価格が適正かを判断することです。加えて対象会社の強みを活かしたシナジー効果を定量化し、投資回収シナリオを策定します。

リスク確認で取引中止や価格調整を判断

DDで深刻なリスクが顕在化した場合、買い手は①M&Aの中止、②価格引き下げ、③売り手によるリスク解消、④売り手へのリスク転嫁(補償条項)という選択肢を取れます。これにより想定外損失を防ぎます。

企業価値評価で適正価格を算定

対象企業の財政状態と収益性をもとにDCF法や類似会社比較法で価値を算出し、そこにシナジー効果を加味して買収価格上限を決めます。過大評価を避けることで投資額を予定期間内に回収できる見通しを立てられます。

シナジーを予測する具体的手順

シナジー分析では、①市場の伸び率、②対象会社の技術やブランド、③自社の販売網や資金力という三つの要素を掛け合わせ、売上増加とコスト削減のシナリオを数値化します。例えば重複部門を統合して固定費を○%削減、クロスセルによって売上を○億円上乗せ、といった形で試算を行い、DCF評価のキャッシュフローに反映させます。

ステークホルダーへの説明責任を果たすポイント

調査過程と結論を分かりやすい資料で提示し、「なぜこの会社をいくらで買うのか」を合理的に説明することがガバナンス上不可欠です。DD報告書は経営会議や取締役会の議事録の裏付け資料となり、後日の訴訟リスクを減らす効果もあります。

リスク回避策の選択肢にはそれぞれコストとタイムラインの特徴があります。取引を中止すれば調査費用はサンクコストとなりますが、後々大きな損失を抱えるよりは遥かに軽傷で済みます。価格調整は最も一般的で、発見したリスク金額を算定し価格に反映します。売り手によるリスク解消はクロージング前に是正措置を完了させる条件を付すことで担保されます。リスク転嫁は保証・補償条項、表明保証保険、エスクローなど契約手法で実現します。こうした選択肢を検討するためにも、DDでリスクの質と量を正しく測定することが不可欠です。

たとえば、調査で耐用年数を超えた老朽設備が多数判明した場合、更新コストをキャッシュフローに反映しなければ将来利益が過大に見積もられます。環境関連法の改正により追加投資が必要になるリスクが明らかになったときも同様です。DDはこうした「見えないコスト」を早期に数字化し、投資判断の前提を現実に近づける作業といえます。

ここまででDDの基本的な意義と買い手・売り手双方のメリット、そしてリスク分析と企業価値評価の考え方を整理しました。次章からは、具体的な調査手法、専門家の選び方、DDがカバーすべき領域の詳細、進め方のステップ、費用や会計処理、さらに中小企業M&Aで特に注意すべき論点を順に解説していきます。

最後まで読み進めていただくことで、専門家に丸投げせずともDDの全体像を理解し、自社の立場で必要な論点を押さえた上でM&A交渉に臨めるようになります。取引規模を問わず、DDの質が最終的な投資リターンを決めるといっても過言ではありません。ぜひ実務の現場で役立ててください。

デューデリジェンスの方法と専門家選定

DDは「内製」「外部委託」「一部外部委託・社内分担」の三つの実施方法があります。案件規模や社内の専門人材の有無、スケジュール、説明責任の重さを総合して選びます。大企業でも限られた期間で多面的な調査を行うには外部専門家の知見が不可欠になることが多く、第三者意見を入れることで報告書の信頼度も高まります。

内製・外部委託・一部委託の三択を判断

内製は費用を抑えられますが、客観性や専門性を欠く恐れがあります。外部委託は公認会計士・税理士・弁護士などを束ねた専門家チームを活用でき、短期間で網羅的調査が可能です。一部委託は社内で把握できる領域は自社で進め、税務や法務など専門性が高い領域のみ外注しコストを最適化します。

専門家選びで確認したい実績と責任範囲

発注時は過去の業界実績、チームの人員構成、納期、報告書のフォーマット、守秘体制、そして追加費用の発生要因を必ず確認します。依頼範囲を曖昧にすると「想定外の調査項目」が膨らみ予算超過となりがちです。見積書で責任分界点を明確にしましょう。

デューデリジェンスの主要カテゴリ

DDは案件内容に応じて重点を変えますが、以下の四領域はほぼ必須です。

ビジネスDDは事業モデルと市場性を検証

市場規模、競争環境、顧客層、販売チャネル、将来の需要変動を分析し、事業計画の実現可能性を数値で裏付けます。SWOT分析やPEST分析がよく用いられます。

財務DDは正常収益力と簿外債務を洗い出す

貸借対照表・損益計算書・キャッシュフローを突き合わせ、異常な会計処理や粉飾の兆候を探ります。調整後EBITDAを算出して企業価値評価の基礎とします。

法務DDは契約や訴訟リスクを可視化

株式の権利関係、重要契約、許認可、知的財産、潜在訴訟などを精査し、クロージング阻害要因を特定します。違法・不当取引があれば取引スキームの変更が必要です。

税務DDは過去処理と繰越欠損金を確認

法人税や消費税の申告誤り、組織再編税制の適用誤り、移転価格リスクを検査します。将来利用可能な繰越欠損金の有無は買収価格に直結します。

人事DDは人材と企業文化の統合課題を探る

労働契約、就業規則、退職金債務、キーパーソンの離職リスク、評価制度のギャップを把握し、PMIでの人材マネジメント計画に活かします。

IT・環境・知財など案件に応じた追加調査

先端技術企業ではITやサイバーセキュリティDD、製造業では環境・不動産DDが重視されます。調査範囲は“必要十分”を見極めることが重要です。

デューデリジェンスの進め方ステップ

計画策定で調査範囲と優先順位を決める

最初に実施計画書を作成し、ゴール、スケジュール、担当者、依頼資料リスト、コミュニケーション経路を明文化します。

情報収集と現地調査で事実を深掘り

開示資料の分析、キーマンインタビュー、現地視察、サンプルテストを通してデータの真実性を検証します。進捗会議でリスクを共有し、調査方針を随時修正します。

報告書作成とクロージング前対応を実行

調査結果はリスク一覧とバリュエーション分析を添付し、経営会議で意思決定します。顕在化リスクへの対応策(価格調整、契約条項、スキーム変更等)を確定しクロージングへ進みます。

デューデリジェンスの費用と会計処理

費用は規模で変動し小規模でも100万円超

対象会社の売上規模や海外拠点の有無、調査領域の数で報酬は大きく上下します。小規模案件でも100万円以上、大規模案件では数千万円に達することも珍しくありません。

取得価額への計上が一般的な会計処理

基本合意締結後に実施されるDD費用は「株式取得の付随費用」として取得価額に含めるのが原則です。会計基準と税務通達の考え方を踏まえ、仕訳を誤らないようにしましょう。

デューデリジェンス実施時の留意点

情報漏洩リスクを防ぐ体制整備

調査資料はバーチャルデータルームで管理し、閲覧・ダウンロード権限を細かく設定します。閲覧履歴を残すことで証跡も確保できます。

タイミングを誤ると従業員と取引先が混乱

M&A成功の確度が低い段階で大人数の調査団を送り込むと噂が広まり、従業員の士気低下や取引停止を招きます。基本合意後、成功確率が高まってから一気に実施するのが鉄則です。

秘密保持契約と限定開示で漏洩を抑止

買い手・専門家・売り手の三者間で厳格なNDAを締結し、閲覧資料には機微度に応じたマスキングを施します。

中小企業M&AにおけるDDの論点

オーナー関連取引の調査が重要

同族経営ではオーナー個人と会社の貸付金・借入金や不動産賃貸取引が混在している場合があります。利益相反取引を洗い出し、適正価格に是正する必要があります。

個人資産と会社資産の切り分けを確認

工場・車両・知的財産がオーナー個人名義のままになっているケースでは、譲渡契約前に権利移転を済ませるか、賃貸借契約を整備しないと買収後の権利関係が不安定になります。

まとめ

デューデリジェンスは買い手にとってリスク回避と企業価値評価、売り手にとって信頼獲得と価格維持を実現する必須プロセスです。内製か外部委託かを見極め、目的に応じて調査範囲を最適化し、発見リスクへの対応を契約に盛り込むことで、安全かつ効果的なM&Aを実現できます。

著者|土屋 賢治 マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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