M&A価値評価のタイミングと3つの主要アプローチ法を解説

M&Aの価値評価は「いつ・どう行うか」で結果が決まります。この記事では最適なタイミングと方法を、専門家の視点でわかりやすくまとめました。初心者でも理解できるよう丁寧に説明しているので、これから譲受や承継を検討する経営者の方はぜひ参考にしてください。

目次

  1. M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の基本を理解しよう
  2. 価値評価に似た用語を正しく区別しよう
  3. 価値評価が必要となる理由
  4. 価値評価の三つの主要アプローチ
  5. 価値評価を行うタイミング
  6. 企業規模別の価値評価方法の選び方
  7. 三つのアプローチを組み合わせる実務上のコツ
  8. 価値評価を資料として説明するときのポイント
  9. 価値評価を活用した交渉術
  10. 価値評価と税務の関係を押さえる
  11. 価値評価プロセスをスムーズに進めるためのチェックリスト
  12. 専門家の活用で精度とスピードを高める

M&Aにおける価値評価(バリュエーション)の基本を理解しよう

価値評価、すなわちバリュエーションとは、企業を数字で「いくら」と示す作業です。譲渡企業の資産や将来の利益、技術力、そして人材の質まで、さまざまな角度から客観的に数字へ置き換えます。その結果は、譲受企業が支払う株式対価の土台となり、両社が納得できる譲受価格を導く羅針盤になります。

ところが価値評価は一度決めたら終わりではありません。情報が増えれば値は変わり、交渉の流れ次第で再試算も必要です。この柔軟さこそが、M&Aを安全に進めるうえで欠かせないポイントといえるでしょう。加えて、評価方法を誤れば譲渡価格が適正値から大きく外れ、譲渡企業は損をし、譲受企業は投資回収が難しくなります。したがって「正しい方法を正しいタイミングで行う」ことが大切です。

価値評価に似た用語を正しく区別しよう

バリュエーションの周辺には似た言葉が並び、混同しやすいものです。代表例を整理しましょう。

用語         意味

企業価値 企業全体を一つの経済主体と見た総合価値

事業価値 企業価値から非事業用資産を除いた、本業そのものの価値

株主価値 企業価値のうち株主に帰属する部分

時価総額 株価×発行済株式数で計算される市場評価

譲受価格 実際の取引で決まる株式対価

似た言葉を区別しておくだけで、資料の読み違いによるトラブルを防げます。特に譲渡企業と譲受企業で評価主体が変わると、同じ会社でも算出額が違う点に注意しましょう。ポイントは「だれが・なにを・どう使うために」評価しているかを常に意識することです。評価主体と目的が判明すると、適した方法も自然に絞り込まれます。

価値評価が必要となる理由

上場企業は日々の株価が市場で示されますが、未上場企業には公開価格がありません。そこでM&Aの場面では、株式を適正な値段でやり取りするために価値評価が必須となります。

価値評価は単に金額を決めるだけでなく、譲渡企業の株主や金融機関、そして従業員に説明する資料としても機能します。「この数値だからこの譲受条件で妥当だ」と示せれば、関係者の理解と協力を得やすいからです。

さらに、交渉の早い段階で大まかな金額感を共有できると、不要なすれ違いを減らし、手続をスムーズにします。反対に評価が曖昧だと、後のデューデリジェンスで大きく金額が揺れ、最悪の場合は交渉決裂に至ることもあるのです。未上場企業が第三者承継を目指す場合、譲受企業候補は複数現れることもあります。公正な価値評価があれば、各候補と同じ土俵で比較できるため、高過ぎず安過ぎない条件を引き出しやすくなる点も大きなメリットです。

価値評価の三つの主要アプローチ

価値評価には大きく分けて三つの考え方があります。以下では原文に示された順序で詳しく見ていきます。

1.将来の利益を現在価値に置き換えるインカムアプローチ

インカムアプローチは、今後期待できるキャッシュフローを基準に企業価値を算出します。代表的なDCF法では、未来のキャッシュフローを一定の割引率で現在価値に直し、合計して価値とします。配当還元法は、将来の配当見込みをもとに同様の計算を行います。未来への期待を反映できるため、譲受企業がシナジーを強く見込む案件で重宝されます。

DCF法

詳細な事業計画を基に、キャッシュフローを年度ごとに予測し、加重平均資本コストなどを使い現在価値へ換算します。計画が楽観的すぎると評価が膨らむため、慎重な見積もりが求められます。

配当還元法

将来受け取る配当を予測し、割引率で現在価値に直して合計します。配当政策が安定している企業で用いられることが多い方法です。

2.市場取引を手掛かりにするマーケットアプローチ

マーケットアプローチは、似た企業や過去の類似取引を鏡にして価値を推定します。実際の市場価格が土台となるため客観性が高いのが特徴です。

マルチプル法(類似会社比較法)

上場企業の株価と財務指標から倍率を計算し、それを評価対象企業へ当てはめます。株式市場が活況であれば倍率も高く出やすく、逆も同様です。

類似取引比較法

公表済みのM&A事例を集め、売上高やEBITDA倍率を参考に価値を推定します。過去の実際の譲受価格を参照できる点が強みですが、完全に同じ条件の取引は存在しないため、比較には幅を持たせます。

類似業種比較法

国税庁の統計から近い業種を選び、データベース上の倍率を使って算出します。業種選定の精度によって結果が変わるため、複数候補を検証しながら最終倍率を絞り込むのが一般的です。

3.純資産を基にするコストアプローチ

コストアプローチは企業の貸借対照表を土台にし、純資産額を評価額とする考え方です。中小企業の承継でよく使われ、手元の財務諸表から比較的簡単に計算できます。

簿価純資産法

会計帳簿に計上された資産と負債をそのまま用い、純資産額を計算して株式価値とします。評価に恣意性が入りにくい一方、含み益や含み損を反映できない点が弱みです。

時価純資産法

全ての資産・負債を時価へ置き換え、隠れた含み損益も洗い出したうえで純資産額を計算します。上場株式や不動産の評価替えが必要になるため手間は増えますが、実態に近い数字が得られます。

修正簿価純資産法

土地や有価証券など、時価が把握しやすい項目だけを時価へ修正し、その他の資産は簿価のまま計算する折衷案です。評価コストを抑えつつ、主要な含み益を反映できる点がメリットです。

アプローチ主なメリット主なデメリット
インカム将来価値を反映しやすい/成長企業に適合事業計画の精度次第で過大・過小評価のリスク
マーケット市場実績を利用でき客観性が高い類似取引が少ない業種では倍率設定が難航
コスト財務諸表があれば計算可能で簡便成長期待や暖簾価値を反映しにくい

価値評価を行うタイミング

価値評価は一回で終わらず、フェーズごとに繰り返し実施されます。原文と参考資料が共通して示しているのは、三つの主要タイミングです。ここで順を追って確認しましょう。

基本合意書を締結する前に実施する初期試算

秘密保持契約を交わした直後、双方は限られた資料を手掛かりに交渉を始めます。この時点での価値評価は「大まかな値幅を確認する作業」です。提示額が極端にずれれば交渉自体が成立しないため、譲渡企業も譲受企業も慎重に数字を詰めていきます。

デューデリジェンス実施後の再評価

詳細調査(デューデリジェンス)が終わると、財務・法務・税務のリスクが見えてきます。プラスの情報が多ければ評価額は上がり、負の要素が多ければ下がるのが通常です。とはいえ、基本合意前に設定した金額帯から大幅に逸脱するケースは少なく、交渉決裂を避けるためにも常識的な調整幅に収まることが大半です。

最終意思決定直前の確認評価

上場会社では取締役会での承認が必要となるため、最終契約を締結する直前に簡易的な価値評価を再度行います。ここでは既に譲受価格がほぼ確定しているため、評価の役割は「経営判断を説明する裏付け資料」としての性格が強くなります。タイミングごとに目的が異なることを押さえ、「同じ方法でも目的が違えば算出根拠の示し方も変わる」点を意識しましょう。

企業規模別の価値評価方法の選び方

企業の規模や上場・未上場の区分によって、最適な評価アプローチは変わります。ここでは三つの代表的なケースを取り上げ、その選択理由を整理します。

上場会社には市場株価法を中心に複合適用

株式市場が示す生の価格が存在するため、マーケットアプローチの市場株価法が評価の出発点になります。そのうえで、将来の収益性を補強情報として組み込むためにDCF法や類似会社比準法を併用し、複数の角度から金額を検証するのが一般的です。

このように市場株価法を「外枠」とし、インカムアプローチや別のマーケットアプローチを「内枠」として重ねる二重チェックを行うことで、突発的な株価変動の影響を和らげ、説得力のある金額を導きます。取締役会での説明資料も一致する数値を示しやすくなるため、意思決定のスピードアップにもつながります。

未上場会社にはDCF法が柱となる 

未上場会社の株式は市場で売買されず、株価という「公開価格」が存在しません。そのため、上場会社で頼りになる市場株価法は使えず、企業内部の数字と将来の事業計画に目を向けることになります。ここで主役となるのがインカムアプローチのDCF法です。

DCF法なら、営業利益や税引後利益といった会計数値だけでなく、研究開発への投資や新規出店計画といった未来の挑戦も価値に織り込めます。譲渡企業が持つ無形資産――ブランド力や技術ノウハウ、人材の団結力――といった要素も、将来キャッシュフローへ変換して評価に含められるからです。

もっとも、計画が楽観的過ぎれば評価額は大きく膨らみます。たとえば売上高を毎年二桁成長させた場合と横ばいで見積もった場合とでは、数年後のキャッシュフローに大きな差が生まれ、結果として株式価値も跳ね上がったり落ち込んだりします。そこで実務では、ベースシナリオ(標準)、アップサイドシナリオ(楽観)、ダウンサイドシナリオ(慎重)の三段階を作り、割引率も加重平均資本コストを中心に幅を持たせながら評価レンジを示すのが一般的です。

さらに、評価対象企業と事業内容や規模が近い上場企業が見つかれば、マーケットアプローチの類似会社比準法を補助的に活用することも可能です。DCF法単独で得た数字を外部倍率で「腹落ち」させるイメージです。二つの方法で導く価格帯が大きく離れた場合は、事業計画が現実的かどうか、あるいは選定した類似企業が適切かどうかを再確認します。こうしたクロスチェックが、譲受企業・譲渡企業双方の納得感につながります。

DCF法適用時の三つのチェックポイント

1.事業計画の実現性:過去の実績と比べて乖離が大き過ぎないか。

2.投資負担の反映:設備投資や運転資金の増加がキャッシュフローから漏れていないか。

3.割引率の妥当性:同業他社の資本コストと比べて極端に低くないか。

これらを押さえておけば、未上場会社でも説得力の高い価値評価が行えます。

ベンチャー企業には高成長リスクを折り込んだDCF法を使う

ベンチャー企業は革新的な技術やサービスを武器に急成長を目指しています。そのぶん、事業計画には「市場シェアを一気に拡大する」「海外展開で売上を数倍に伸ばす」といった挑戦的な数値目標が並びがちです。DCF法は将来キャッシュフローを評価するため、前提が楽観的なら評価額はすぐに高額になります。

そこでベンチャー企業の価値評価では、割引率に内部収益率(IRR)を用いてリスクを強めに折り込みます。リスクを調整することで、成長ポテンシャルと失敗リスクの両方を反映し、現実的なレンジを提示できるのです。

また、ベンチャーは過去の財務データが短く、参考にできる類似会社や取引事例も少ないため、マーケットアプローチやコストアプローチは補助的な役割にとどまります。代わりに、

  • プロダクトの開発ステージ
  • ユーザー数や取扱高など主要KPIの成長曲線
  • 経営チームの実績

といった非財務情報を総合的に分析し、将来キャッシュフローを組み立てる点が特徴です。

IRRを使った評価イメージ

たとえば5年間で年平均30%成長を前提としたキャッシュフローを、25%の割引率で現在価値に直すとします。将来数字は大きくても、割引率が高いほど現在価値は小さくなり、過度な楽観を適度に抑える仕組みです。シード期なら30%以上、シリーズA以降で安定し始めれば20%台と、成長ステージで割引率を変えることもあります。

三つのアプローチを組み合わせる実務上のコツ

価値評価は単独の方法で結論を出すよりも複数方法の結果を比較しながら着地点を探るほうが安全です。実務では次のような手順でブレ幅を絞り込むことが多いです。

1.ざっくりレンジを示す

初期段階でコストアプローチや簡易マルチプル法を使い、大枠の価格帯をつかむ。

2.詳細なシミュレーション

デューデリジェンス前後でDCF法を中心に詳細試算し、統合後シナジーを織り込む。

3.相場感で妥当性を確認

上場企業なら市場株価、未上場なら類似取引事例を参照し、数字が飛び抜けていないか確認する。

価値評価を資料として説明するときのポイント

価値評価結果は社内外への説明資料としても重要です。特に上場会社がM&Aを行う場合は、取締役会や投資家向け説明会での情報開示が求められます。

  • 評価方法の選定理由を簡潔に示す
  • 前提条件と数値レンジを図表で整理する
  • デューデリジェンス結果が評価額に与えた影響を具体的に説明する

価値評価を活用した交渉術

初期提示額はレンジで示す

評価レンジを開示し、双方の期待値を近づける。

リスク項目は早期に共有する

簿外債務などを事前に示し、後の減額交渉を最小限にする。

シナジーの定量化を並行して行う

譲受後の収益改善を数値化し、提示できる上限価格の根拠を固める。

価値評価と税務の関係を押さえる

企業価値が高く算定されると譲渡益課税が増え、低過ぎる評価は譲受企業ののれん負担を重くします。

  • 譲渡企業は手取り額を把握するため譲渡益課税を試算。
  • 譲受企業はのれん償却後のキャッシュフローを検証。

価値評価プロセスをスムーズに進めるためのチェックリスト

  • 直近5期分の財務諸表
  • 主要顧客・仕入先リスト
  • 将来5年分の事業計画 など

     基本合意前に8割揃えておくとデューデリジェンスが円滑になります。

専門家の活用で精度とスピードを高める

税理士法人や公認会計士事務所など専門家へ早期相談すれば、評価モデル作成から税務ストラクチャリングまで一貫サポートを受けられます。みつき税理士法人グループのような事業承継専門家を活用し、不安を解消しながら計画を具体化しましょう。

価値評価はゴールではなくスタートです。適正価格を共有したその先に、統合後の発展があります。本記事が読者の皆さまの円滑な事業承継や第三者承継の一助となれば幸いです。ご一読ありがとうございました。今後のM&A成功を心より願っています。

まとめ

M&Aの価値評価は目的と対象で方法とタイミングが変わります。三つの評価アプローチを組み合わせ、基本合意前・デューデリジェンス後・最終決定前の各段階で見直すことで、譲受企業と譲渡企業の双方が納得できる適正価格に近づきます。

著者|竹川 満  マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

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