土木業界M&Aの市場動向と事例で学ぶ事業承継の秘訣を解説
土木工事業界では職人不足と経営者高齢化が深刻です。廃業を避け会社を未来へつなぐ切札が土木M&A。本記事では市場環境や成功事例を紹介し、準備のポイントをわかりやすく解説します。
目次
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
土木工事業は、建設業界の中でも「地面の下」を対象とする特殊な分野です。道路や橋梁、ダム、トンネル、河川改修など、私たちの暮らしを支えるインフラを地面の下から担います。これらの構造物は一度完成すると人びとの目に触れにくくなりますが、その安全性と品質が生活や経済活動を長期にわたり左右します。
原文では土木工事業を「建物以外の建設工事全般」と定義していますが、ここではあえて「縁の下の力持ち」という言葉で位置づけます。見えない部分を丁寧に造り込むことで、地面の上に立つ建物や道路が長く安全に使えるからです。
土木工事の柱は基礎工事、造成工事、外構工事の三つです。
基礎工事は建物の荷重を地盤に均等に伝え、不同沈下を防ぐための土台づくりです。住宅から高層ビルまで建築物の寿命に直結する作業であり、ミリ単位の精度が求められます。
造成工事は山林や田畑などを宅地や工業用地に転換する過程で、切土・盛土を行い、排水や擁壁も整備します。土地の価値と利用可能性を高める重要工程です。
外構工事は舗装、排水溝、フェンス、植栽など敷地まわりを仕上げる作業です。安全と景観を同時に実現し、施設の使い勝手を向上させます。
三工種はすべて生活基盤と直接つながり、どれが欠けてもインフラは機能しません。
現代の土木工事では、元請会社が「土木工事一式」として案件を受注し、専門性ごとに下請企業へ発注する多重下請構造が定着しています。元請は工程管理と品質保証を行い、一次下請以下が実際の施工を担います。
この体制は専門技術を活かした効率的な工事を可能にする一方で、利益配分の不均衡、情報伝達の遅延、重層的なコスト増などの課題を抱えます。特に職人不足が深刻化する現在、下請企業の確保自体が難題となり、工期遅延やコスト増につながるケースも増えています。
原文は国土交通省の建設投資額データを引用し、1992年度に約84兆円だった市場が2011年度に約42兆円へ半減したと指摘しています。これはバブル崩壊後の公共投資抑制と民間投資停滞が主因です。その後、震災復興や東京五輪関連需要で持ち直し、2021年度見込みでは約58.4兆円へ回復しています。
内訳は公共部門22.8兆円、民間部門35.6兆円で、公共32%:民間68%の比率です。しかし土木分野に限れば公共工事が大半を占め、参考資料でも「公共事業が民間工事の四倍」と記載されています。
土木企業の売上は公共発注に左右されます。公共投資は景気対策として拡大する局面もあれば、財政健全化で抑制される局面もあります。民間投資が伸びる建築工事と違い、土木企業は官公庁の入札動向を注視し、長期計画を立てる必要があります。そのため、発注量が急減した際に備えた資金繰り体制と分散受注が重要になります。
原文は全国に約47万の建設業者が存在し、多くが中小規模で過当競争に陥っていると述べています。資材価格が上昇すると利益率が薄い中小企業ほど影響が大きく、工事価格の安値競争はさらなる収益悪化を招きます。結果として賃金水準を上げられず、若者の入職が進まないという悪循環が発生しています。
建設業界は長時間労働、3K(きつい・汚い・危険)のイメージ、仕事量の季節変動など、若手を惹きつけにくい環境が続いてきました。原文はこれらに加え「週休二日制の確保が難しい」「社会保険未加入企業がある」といった構造問題も挙げています。2024年4月から適用された時間外労働の上限規制(いわゆる2024年問題)は業界に大きなインパクトを与えました。
国土交通省資料(図2)は、建設業就業者数が年々減少し、平均年齢が上がっている事実を示しています。ベテランが第一線を退く一方、若年者の参入が少ないため技術の断絶が現実の脅威になっています。技能継承が進まなければ、老朽インフラの維持管理すら立ち行かなくなる恐れがあります。
国は働き方改革関連法を建設業にも適用し、時間外労働の上限設定や週休二日推進、ICT施工の導入支援を行っています。「国もこの事態を無視しているわけではない」と述べ、複数の対策を提示しています。しかし、施工現場の文化や慣習を変えるには時間がかかり、企業規模の小さい事業者ほど制度対応に苦慮するのが実情です。
課題を一つずつ見てみましょう。
これら六項目は互いに関連しており、一つを放置すれば他の問題が深刻化する連鎖構造になっています。
建設業界では経営者も高齢化しており、後継者難は深刻です。原文は帝国データバンクの調査を引用し、業界の後継者不在率が63.4%と全国平均を大きく上回ると説明しています。さらに、参考資料は土木建設工事業界でM&A件数が増加していると明記し、「買い手候補は上場企業や大企業が中心」と指摘しています。
63.4%という数値は、10社に6社以上が後継者未定という意味です。経営者が70歳を過ぎても事業継続の見通しが立たず、社員や取引先の将来に不安が広がります。これがM&Aを事業承継手段として選ぶ最大の動機になっています。
売却検討は後継者不在だけでなく、
など複合的な事情が関係します。原文と参考両方に散在する情報を総合すると、これらが売却判断に強く影響していることが読み取れます。
売り手側のメリットとして①後継者問題解決、②従業員雇用維持、③売却益獲得、④運営コスト削減、⑤企業成長促進が挙げられます。大手グループに入ることで価格交渉力向上や給与アップの可能性も示しています。
M&Aで株式を譲渡すれば、経営者は事業を信頼できる企業へ託しながら退任後の資金を手に入れられます。これは廃業による清算価値より高い対価を得られる場合が多く、創業者の努力が報われる形となります。
買い手企業が保有する購買ネットワークを活用すれば、資材や重機を共同調達でき、原価低減が期待できます。その結果、従業員の待遇改善や設備投資に回せる余裕が生まれます。
買い手側メリットとしては人材獲得、シナジー創出、資材共同利用、新規事業進出、海外展開となっています。「設計・施工管理技術者の確保」「優良下請企業との取引維持」など具体的な目的もあります。
土木施工管理技士や熟練オペレーターは一朝一夕では育ちません。買収により一括で獲得できれば人手不足を短期で解消できます。また、地域密着企業を子会社化することで地場自治体案件に参入しやすくなり、エリア拡大が加速します。
複数拠点で重機や資材置場を共有すれば稼働率向上と物流距離短縮の二重効果が得られます。「スケールメリット」は、買い手が成長戦略の一環として土木M&Aを検討する大きな動機です。
M&Aを成功させるには、対象企業のリスクを事前に把握するデュー・デリジェンス(DD)が不可欠です。財務DD、法務DD、事業DDの観点、とくに土木建設業界は粉飾リスクとコンプライアンス違反が散見されるため、厳しく実施すべきとされています。
土木建設業は工事進行基準による売上計上を採用しますが、受注から入金まで期間が長く、請負代金の回収遅延が生じやすい特徴があります。売上債権の回収可能性確認が不可欠です。さらに、未成工事受入金や完成工事未収入金の計上基準を精査し、過大な売上計上や赤字隠しがないか検証する必要があります。
建設業法違反や独占禁止法違反の疑いがあると、許可取消や指名停止リスクが発生します。入札談合や労働法令違反があれば契約解除・損害賠償につながるため、過去の行政処分歴や内部通報の有無を調査します。
土木施工管理技士などの資格者が定年年齢に近い場合、継続雇用や後継技術者の育成計画があるか面談で確認する必要があります。原文と参考は「無形資産の承継を丁寧に行うことが重要」と強調しており、人材確保こそ買収目的を左右する核心です。
「技術者」「下請ネットワーク」「重機・車両・機械」「不動産」などは買収後のシナジーを生む土台であり、譲渡契約で確実に引き継ぐことが求められます。
土木工事は一社単独で完結しません。現場監督、オペレーター、測量士など多様な技能者が必要で、さらに舗装、鉄筋、型枠といった専門下請が縦横に関わります。長年築いた信頼関係は無形資産であり、雇用条件や取引条件を維持しなければ簡単に失われます。そのため、買手はクロージング前に主要人員や協力会社と面談し、継続意思を確認します。
ブルドーザーやバックホウ、ダンプトラックは高額資産で耐用年数も長い一方、メンテナンス履歴が不十分だと予期せぬ修理費用が発生します。資材置場や宿舎・事務所などの不動産は実務オペレーションを支える基盤です。これら有形資産の状態と名義を確認し、賃借物件の場合は賃貸人の承諾を得る手続きを忘れてはいけません。
土木建設工事業のマルチプルとして「PBR0.5〜0.7倍」「PER10〜15倍」「EBITDA/EV4〜8倍」を提示し、TKC経営指標を用いた収益性データも利用します。これらの数値は上場企業をベンチマークにする類似企業比較法で利用できます。
PBRは純資産倍率であり、重機など物的資産を多く保有する土木企業の評価に適しています。PERは将来利益に着目しますが、公共工事比率が高い企業は利益が景気に左右されにくいため、中長期平均を採ることが望ましいとされます。EBITDA倍率は減価償却の影響を受けにくく、設備投資が大きい業種でも公平な比較が可能です。
安定企業で8%、成長企業で11%の資本コストを推計しています。土木企業は規模が小さいほど資金調達コストが高いため、小規模リスク・プレミアムを上乗せする考え方が一般的です。これを加味しないと、実際の投資リスクを過小評価し買い手が損失を被る恐れがあります。
土木工事業の営業利益率は3.9%、粗利率は20.3%、一人当たり売上高は1,892万円です。建築工事業と比べ利益率は高いが成長率は0.4%に留まり、成熟業種として評価されています。投資回収期間を長期に設定し、安定収益源としてポートフォリオに組み込む戦略が考えられます。
土木建設工事業界で比較対象となる上場企業として二十社以上を列挙しています。以下に主要銘柄を改めて整理します。
これら企業の市場株価や財務指標を参考にすることで、非上場の中小土木企業でも合理的なバリュエーションが可能になります。
時点を「2020年8月現在」としつつ、PBR0.5〜0.7倍、PER10〜15倍、EBITDA倍率4〜8倍を提示しています。例えばEBITDAが2億円、無借金経営の会社で倍率6倍を当てはめると企業価値は12億円となります。そこから現預金と有利子負債を調整し、株式価値を算定します。
「類似企業のベータ値0.6〜0.9」「ヒストリカル・マーケット・リスク・プレミアム7%〜9%」を前提に資本コスト8%〜11%を推計しています。非上場企業であれば情報開示の乏しさや流動性の低さを考慮し、さらに1%〜2%のリスクプレミアムを上乗せすることが実務上は一般的です。
重機を買手企業へ直接譲渡する資産譲渡型か、株式譲渡後に子会社が保有し続けるかで税務と会計処理が変わります。高額資産の場合は譲渡所得税や固定資産税の影響を考慮し、最適なスキームを選定します。参考資料は「経営資源を丁寧に承継することが重要」と述べており、スキーム選択が継承の成否を左右します。
これらはマルチプルの適用に先立ち、調整すべき項目です。買い手と売り手がこれらの見解を擦り合わせることで、双方納得の企業価値が導かれます。
買い手企業は統合作業が一段落した後も、四半期ごとに
をモニタリングし、課題があれば早期に改善策を講じます。「企業の成長をさらに促進」メリットを実現するには、この継続的モニタリングが不可欠です。
ここからは三つのM&A事例を深掘りし、実際にどのようなプロセスで買収が進み、買い手と売り手が何を得たのかを検証します。いずれも譲渡企業は地域密着型の中小土木業者であり、譲受企業は広域展開を視野に入れた中堅以上の企業でした。税理士として案件に関与する際の着眼点も交えながら解説します。
2019年4月、日本乾溜工業は熊本の大邦興産を株式取得により完全子会社化しました。目的は九州地区における土木建設工事の受注拡大です。売り手である大邦興産は官公需と民間案件を手堅くこなす地場企業で、地域ネットワークと入札資格を強みとしていました。買い手の日本乾溜工業は防災安全事業との複合提案を行うことでシナジーを獲得しました。論点は、保有重機の公正価格評価、公共工事の未成工事支出金と引当金設定、熊本県の入札参加資格の承継可否です。
2020年7月、接着剤「ボンド」で知られるコニシは、愛知の山昇建設を株式取得で子会社化しました。補修・耐震工事用材料と施工力の融合が狙いです。舗装工事主体の売上構成、在庫材料の評価、連結納税への組込み、名古屋近郊土地の簿価と時価差額を検討しました。結果、材料採用率と稼働率が向上し、両社の営業利益率は買収翌期に2ポイント上昇しました。
2018年9月、大盛工業は井口建設を買収しました。井口建設は土木工事業と宅地建物取引業を会社分割で整理し、土木部門のみ譲渡しています。買い手が魅力を感じたのは山梨県公共工事の上位入札資格と地元リレーションです。分割会社の税務承継判定、不動産賃貸事業の含み益課税回避、子会社化後の会計システム移行しました。公共工事受注額は1.5倍に伸長し、地域売上比率も大幅に改善しました。
三事例に共通する成功条件
税理士が留意すべき専門領域の境界
建設業許可や公共工事指名願いは行政書士領域であり、税理士は財務・原価計算の適正性に集中しつつ専門士業を束ねる調整役を担います。
太洋基礎工事/高松コンストラクション/常磐開発/大本組/佐藤渡辺/大豊建設/佐田建設/東鉄工業/大盛工業/南海辰村建設/植木組/矢作建設工業/徳倉建設/金下建設/福田組/ライト工業/サイタホールディングス/川田テクノロジーズ
以下12ステップで実務を推進します。
後継者不在・人材不足・資金繰りを洗い出し、M&Aの費用対効果を定量化します。
簡易DCFとマルチプル併用でレンジ提示。純資産倍率法も併用し安心感を高めます。
株式譲渡・事業譲渡・会社分割を比較し、税負担を最小化します。
資格者数、元請比率、入札ランクを提示し信頼度を高めます。
上場企業に加え建材メーカーも視野に入れ、トップ面談でスピードを確保します。
工事原価明細書・技術者名簿・重機台帳を提示し、粉飾・法令違反疑いを払拭します。
入札日程・年度更新を考慮し、価格レンジ・前提条件を明示します。
財務・法務・人材・品質を徹底確認し、追加引当や保証限度額を設定します。
DD結果を反映し、修繕引当不足・追加税負担を価格に織込みます。
許認可名義変更を前提条件とし、エスクロー口座で資金決済します。
株主名簿書換後、元請・協力会社・金融機関へ説明会を開催します。
EBITDA改善・重機稼働率・離職率をKPI設定し、月次フォローします。
12ステップに要する目安期間
初期相談からクロージングまで6〜8か月、PMIは6か月〜2年が一般的です。
DDフェーズでの見逃しがちな三つの観点
PMI成功モデルのベンチマーク指標
EBITDA20%向上、重機シェアリング率70%、公共入札落札率10%改善、女性・若年層採用比率15%を目標設定する例が多いです。
インフラ更新需要は高水準で続く一方、職人不足と経営者高齢化は加速します。M&Aは雇用と技術を守る解決策としてさらに拡大が見込まれ、税理士は許認可・技術・財務を俯瞰した最適スキーム提示で支援します。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事