建設業M&Aで解決する後継者不在2024年問題実践事例の解説
「建設業でM&Aは本当に効果があるの?」そんな疑問に即答します。人手不足・後継者不在・2024年問題をまとめて解決する鍵がM&Aです。本記事で具体策をわかりやすく紹介します。
目次
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
建設業界では職人不足や経営者の高齢化が深刻化し、代替策として「廃業」を選択する中堅・中小企業が年々増えています。ところが建設業は全就業者のおよそ一割を抱える巨大産業であり、連鎖的な廃業が起これば地域経済全体の活力が損なわれかねません。そこで注目されているのが、譲渡企業と譲受企業を結び付けるM&Aです。
M&Aを活用すれば、譲渡企業は後継者不在の悩みを解消し、従業員の雇用や取引先との関係を守ることができます。一方、譲受企業は技術者や資格保有者、地域ブランドを一挙に獲得し、競争力を高められます。
建設投資額は1992年度の約84兆円をピークに2011年度には約42兆円まで縮小したものの、2021年度見通しでは約58.4兆円へ回復傾向にあります。公共部門が約4割、民間部門が約6割を占め、公共工事の中心は土木、民間工事の中心は建築です。
もっとも、市場回復の裏側では資材価格の高騰と熾烈な受注競争が続いています。全国に約47万社存在する建設業者の大半は売上高数千万円から数十億円規模の中小企業で、大手ゼネコンはごくわずかです。同じパイを巡る価格競争が利益率を圧迫し、資金力の乏しい企業ほど打撃を受けやすい状況です。
公共工事は代金が税金で賄われるため、入札における公平性と透明性が求められます。景気変動の影響を受けにくい一方、受注単価の下落や競合激化が常態化しており、落札価格が過度に低くなると下請構造の末端企業にしわ寄せが及びます。安定とリスクが同居するため、経営者には継続的な原価管理と資金調達力が不可欠です。
2024年4月から建設業にも時間外労働の上限規制が全面適用されます。長時間労働が是正される一方、現場当たりの作業量が減ることで人手不足がさらに深刻化すると予想されています。特に下請・孫請の零細企業では待遇改善に充てる原資が乏しく、倒産リスクが指摘されています。
建設現場は3K(きつい、汚い、危険)のイメージが強く、週休二日制の導入も遅れています。適切な賃金が支払われにくい上に仕事量の波も大きいため、若年層や女性の新規参入が伸び悩み、人材の高齢化が急速に進行しています。
熟練技能者の平均年齢が上がるなか、ノウハウが若手へ伝わらず、社会インフラの安全性さえ揺らぎかねません。国はi-Constructionなど生産性向上策を推進していますが、現場への浸透には時間を要します。
帝国データバンクの調査によれば、建設業界の後継者不在率は全国平均57.2%を上回る63.4%です。経営者の高齢化に加え、建設許可や各種資格の更新負担が重く、親族内承継・社内承継ともにハードルが高い現実があります。
こうした壁を乗り越える有力な選択肢として、譲渡企業が株式を譲渡し、譲受企業が経営を引継ぐM&Aが広がっています。譲渡企業は売却益を得て老後資金を確保でき、譲受企業は人材・顧客基盤・建設許可をまとめて取得できます。
国内市場が縮小傾向にあるため、大手や異業種からの参入企業は海外需要を取り込む布石として中小建設業者をM&Aで傘下に収めるケースが増えています。建設機材や資材調達を共同化し、スケールメリットを追求する狙いです。
建設業界では次のような課題が重層的に絡み合い、企業単独では抜本的な解決が難しい状況です。
これらは一見バラバラの問題に見えますが、根底では「企業規模が小さく交渉力が弱い」「再投資に回せる利益が薄い」という構造に起因しています。M&Aによって資本と人材を集約し、スケールを拡大することは、処遇改善や週休二日制の導入を一気に進める近道となり得ます。
M&Aには多くの利点がある一方で、両社が確認すべき手続や留意点が存在します。ここでは譲渡企業・譲受企業それぞれの視点から要点を整理します。
静岡県の地盤調査・改良に強みを持つ譲受企業A社は、神奈川県で建築営繕を手掛ける譲渡企業B社を2017年に譲受しました。A社は地盤関連の技術を、B社は上部構造の施工力を有しており、互いの弱点を補完する形でシナジーを創出しています。統合後は両社の技術を組み合わせた総合提案が可能となり、民間案件の受注単価が上昇しました。
首都圏でユニットハウス製造を主力とする譲受企業C社は、土木・建築一式を請け負う譲渡企業D社を2020年に子会社化しました。C社は将来の成長領域としてモジュール建築を掲げており、D社の施工実績と技能者を取り込むことで、設計から施工まで自社完結の体制を整えています。これにより、外注費削減と工期短縮を同時に実現し、利益率が向上しました。
これらの事例に共通するのは「異なる技術領域を持つ企業同士が補完関係を築く」ことと「買収後に成長戦略を具体化できている」点です。単なる規模拡大ではなく、将来の市場変化を見据えた経営戦略としてM&Aが機能しているかが成功の分岐点となります。
本稿前半では、建設業界が直面する外部環境と2024年問題、後継者不在がもたらす事業承継リスク、そしてM&Aが持つ課題解決力を整理しました。また、成功事例からは「互いの技術と人材を補完し合うことでシナジーを最大化できる」ことが確認できました。
後半では、譲渡企業・譲受企業それぞれが得られる具体的メリットの深掘り、建設業M&Aを成功に導く実務フロー、クロスボーダー譲受のポイント、そして記事全体のまとめと目次をお届けします。ぜひ続けてご覧ください。
なお、時間外労働規制の上限設定は労働環境の改善を目的とする一方で、現場工程に遅延が生じやすくなるという副作用があります。工程遅延を回避するには、工区ごとに十分な人数を確保し、資材搬入のタイミングを平準化する必要があります。しかし、単独企業で必要人員を即時に揃えることは難しいため、M&Aによる人材プールの共有が現実的な選択肢となります。
M&A後の統合プロセス(PMI)では、技能者の処遇統一や安全教育の共通化、ICT施工管理システムの導入といった施策を早期に実行することで、働き方改革と生産性向上を同時に達成できます。こうした好循環が生まれると、若手入職者への魅力度が上がり、業界全体のサステナビリティ向上にもつながります。
さらに、建設業は29業種それぞれで許可要件が異なるため、複数業種の資格をそろえること自体が経営上の負担です。M&Aで各業種の許可を一本化できれば、許可更新の手間と費用を削減でき、受注可能領域が一気に広がるメリットも享受できます。
建設業の譲渡企業は、M&Aを通じて後継者不在という最大の課題を速やかに解消できます。ここでは、七つの具体的利点に落とし込みます。
廃業を回避できれば従業員の生活基盤を守れ、地域の雇用が失われずに済みます。これは「日本経済全体への影響を回避する」という視点でもあります。
買い手は人材・技術・許可を一括取得しつつシナジーを生み出せます。
建設許可は最短でも数か月を要しますが、既許可企業を買収すれば時間的ロスをゼロにできます。
譲渡企業は後継者問題への対応期限や売却対価を明確化し、譲受企業は取得目的と統合後の活用計画を策定します。
原文で挙げられた「後継者不在率63.4%」という実情を踏まえ、マッチングでは事業継続意思の強い企業を優先します。
譲受企業は粉飾決算の有無を含む財務調査を徹底し、譲渡企業は進行工事の費用分担を整理して提示します。
事業譲渡か株式譲渡かで建設業許可の扱いが変わるため、許可の承継可否をあらかじめ合意書に明記します。
統合後の労務・安全教育・ICT施工管理を素早く共通化し、技能者の離職を防ぎます。
国内市場縮小を背景に、海外インフラ需要を見据えて建設会社が外国企業を買収する動きが参考文献に示されています。
国や州ごとに許可区分が細分化されるケースがあり、取得要件のギャップを吸収するには現地企業との提携が有効です。
参考文献で指摘された「人間関係を重視する業界特性」に鑑み、現場責任者同士の横串連携を先行させると効果的です。
原則として現行条件が維持される事例が多数です。ただし統合後の評価制度に合わせた調整が行われる場合があります。
譲受企業が新規許可申請を行う必要があります。最大四か月を見込み、クロージング前に準備を進めます。
受注残高、技術者数、地域ブランド力が主要指標です。
建設業界の2024年問題と後継者不在はM&Aで解決可能です。売り手は廃業コストを回避し雇用を守り、買い手は技術と許可を即時獲得。実務フローとPMIを丁寧に行えば双方が成長できます。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画