介護業界M&Aの最新動向と円滑な事業承継成功のポイントを解説
介護M&Aって難しそう…そんな疑問に税理士が即答!基本概念からメリット・デメリット、成功のコツまでまとめて解説します。
目次
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
介護業界は、高齢者や障がい者の生活を支援する多様なサービス事業の総称です。施設介護と在宅介護に大別され、さらに入所系・居住系・通所系・訪問系といった細かなサービス形態があります。2000年に介護保険制度が始まり、公的保険を利用して誰もが必要な介護サービスを受けやすくなりました。しかし制度開始から二十年以上が経過し、創業者の高齢化と後継者不足が顕在化しています。
加えて、高齢化率の上昇により介護需要が拡大する一方、人材不足や介護報酬の抑制が経営を圧迫しています。こうした状況において、M&Aは経済規模の拡大と専門性の向上を同時に実現できる有効な手段として注目されています。
介護業界に含まれるのは、特別養護老人ホームや介護老人保健施設、有料老人ホームなどの施設介護、訪問介護やデイサービスなどの在宅介護です。それぞれが異なる形態で高齢者の生活を支えています。
M&Aにより複数事業所を統合すると、共通業務を一元化してコストを削減できるうえ、他社が持つ専門知識や技術を自社に取り込みサービス品質を高められます。また事業承継の課題解決にも直結します。
総務省によれば2023年9月時点の65歳以上人口は約3,623万人で総人口比29.1%、2040年には34.8%へ達する見込みです。需要増にもかかわらず介護職員は慢性的に不足し、賃金水準の低さや労働条件の厳しさが退職要因となっています。
さらに介護報酬の伸び悩みは利益率を圧迫し、設備投資や人材育成に必要な資金確保を難しくしています。ICTやロボット導入による生産性向上への期待はあるものの、投資余力が乏しい中小事業者にとってはハードルが高い現実があります。
要介護認定者数は制度開始時の約3倍に増加し、市場規模は右肩上がりです。この恩恵を生かすには経営基盤の強化が必須となります。
介護職員の有効求人倍率は全産業平均を大きく上回り、人手不足が慢性化しています。スタッフを確保し育成するための資金と体制が不可欠です。
3年ごとの報酬改定で収益が変動しやすく、安定経営にはスケールメリットが求められます。M&Aによる規模拡大は一つの解決策です。
介護業界で一般的なM&Aは「事業譲渡」と「株式譲渡」の2つです。どちらも譲渡対象や手続に特徴があり、目的や状況に応じた選択が重要です。
介護業界のM&Aは、人材確保、事業承継、異業種参入、有料老人ホーム需要という4つのテーマで近年加速しています。以下では各動向を詳しく確認します。
M&Aは譲渡側と譲受側の双方に光と影があります。ここではまず譲渡側から見た代表的なポイントを整理します。
譲渡側と譲受側の利害は必ずしも対立するわけではありません。双方が自社の課題と目的を正確に共有し、合意形成を丁寧に行うことでWin-Winの結果が生まれます。そのためには、早い段階で専門家を交えて条件をすり合わせ、従業員や利用者への影響を最小化しながら取引を進める姿勢が欠かせません。
ここまで介護業界の基礎とM&Aの概要、そして動向やメリット・デメリットを整理しました。後半では、M&Aを成功させるための具体的な六つのポイントを詳しく掘り下げ、取引を円滑に進めるための実務的な留意点を解説します。
例えば、ICTの導入では電子記録システムや見守りセンサー、スタッフ同士の情報共有アプリが挙げられます。これらはケア品質向上と業務効率化を両立させますが、導入費用が障壁となる中小施設では単独での投資が難しいのが現実です。M&Aにより規模拡大を実現すれば、複数拠点でシステムを共用し、費用対効果を高めることができます。
さらに2024年度の介護報酬改定では、全事業者に財務諸表の公表義務が課され、経営の透明性が重視される時代になりました。買い手企業は公開情報を活用して適正価格を判断できる一方、売り手は財務整理と情報開示体制を整えておくことで、交渉を優位に進められます。
このように外部環境の変化を把握し、自社の強みと課題を整理することが、最適なM&Aスキーム選択への第一歩となります。
次章からは、介護報酬改定や許認可の承継、有資格者の雇用継続など、実務上見落としがちな論点を具体例を交えて説明していきます。読み進めることで、取引成功への道筋が明確になるでしょう。
介護業界でM&Aを実施する際には、法令順守から人材定着まで多角的な視点で準備を進める必要があります。ここでは取引の成否を分ける六つの具体的なポイントを解説します。
介護報酬は三年ごとに改定され、収益構造に直結します。2024年度改定では全事業者に財務諸表の公表が義務付けられました。買い手企業は売り手の財務開示状況を確認し、報酬改定による影響度をシミュレーションしておくことが不可欠です。一方、売り手は決算書類の整備と開示体制の構築によって信頼性を高め、企業価値を向上させられます。
介護事業を継続するには、介護保険法に基づく指定・許認可が必須です。株式譲渡なら許認可をそのまま承継できますが、事業譲渡では再申請が必要となり、申請から認可まで数か月を要する場合があります。業務が停止すれば利用者や家族に大きな影響を与えるため、申請スケジュールを逆算した上で引継ぎ計画を立案し、行政との調整窓口を明確にしておきましょう。
介護福祉士や看護師、ケアマネジャーなどの専門職はサービス提供の要です。M&A後に賃金体系や人事制度が変わると、離職の連鎖が発生しやすくなります。買い手は労働条件を慎重に設計し、面談や説明会を通じて将来ビジョンを共有することで、不安を払拭しモチベーションを維持します。売り手も従業員代表を交えた情報共有を行い、円滑な承継を促進することが大切です。
事業譲渡の場合、土地・建物の賃貸借契約は自動承継されません。オーナーとの再契約交渉では、賃料改定や保証金の追加が課題となることがあります。また、建物の老朽化や耐震基準の適合状況を確認し、将来的な修繕費用や退去リスクを織り込んだ上で収支計画を策定しましょう。買い手はデューデリジェンス段階で物件調査を行い、想定外の支出を防ぎます。
過去に施設改修や設備導入で補助金を受給している場合、事業譲渡のタイミングで返還義務が発生する恐れがあります。売り手は補助金交付決定書や完了報告書を整理し、返還条件を行政に確認しておきましょう。買い手は譲渡対価に返還額を反映させるか、契約書に補償条項を設定してリスク分担を明確にします。
介護業界特有の規制や労務・財務リスクに精通したアドバイザーと連携することで、スキーム検討からクロージングまでの工数を短縮できます。案件数の多さ、実績、料金体系の透明性を基準に仲介会社や税理士を選定しましょう。専門家の第三者視点は条件交渉の客観性を高め、クロージング後の統合作業(PMI)まで見据えた伴走支援を受けられます。
ここでは、一般的な中小規模施設の株式譲渡を例に、署名からクロージングまでの流れを時系列で示します。実際の期間は施設規模や許認可内容で前後しますが、目安を持つことで関係者の役割分担を明確にできます。
売り手は財務諸表、職員リスト、許認可書類を整理し専門家に相談します。買い手の選定前に機密保持契約(NDA)を締結し、必要資料のみ開示して社内検討を進めます。
売り手は匿名概要資料を作成し、仲介会社経由で適格候補へ提示します。候補企業は業態シナジーや地域補完性を評価し、関心表明(LOI)を提出します。
買い手は財務・法務・労務・許認可の各専門家とデューデリジェンスを実施し、簿外債務や建物リスクを洗い出します。並行して譲渡価格と表明保証条項を交渉し、基本合意書を締結します。
最終契約(SPA)には価格、支払方法、競業避止義務、アーンアウト条件などを盛り込みます。事業譲渡の場合は許認可の再申請や賃貸借契約交渉を同時並行で進めます。従業員説明会を開催し、雇用条件変更点を共有します。
対価支払と株式・事業譲渡の実行後、統合作業(PMI)が始まります。業務フロー統合、システム連携、評価制度の調整を計画し、サービス品質を維持しながらシナジー創出を図ります。
中小介護事業者の譲渡価格は固定相場がなく、交渉力とシナジーにより大きく変動します。参考指標としてEBITDA倍率や取引事例法が用いられますが、施設の稼働率、職員定着率、地域性、ブランド力も加味されます。
介護業界では営業利益より減価償却前利益(EBITDA)を基準に評価するのが一般的です。一般的にはEBITDAの3〜6倍で交渉が始まりますが、若手人材の確保状況や地域独占度合いによって10倍近い評価が付くこともあります。
取引事例法では類似条件の過去案件を参照しますが、非公開情報が多いため、豊富な成約データを持つ仲介会社へアクセスすることが精度向上の近道です。
2025年6月時点で公開されている案件を見ると、障がい者グループホーム(関西、売上2〜5億円)や二施設を運営する介護事業(九州・沖縄、売上2〜5億円)など、地域密着型の小規模案件が多数を占めています。いずれもベテラン職員の定着や好立地を強みとしており、買い手が重視する人材確保と地域シナジーの観点で魅力的です。
また、清掃業と介護業を組み合わせた多角化モデル、若手従業員が多く定着率の高い事業所など、多様な案件が出回っています。買い手は自社との相乗効果を見極め、スピーディーな意思決定が求められます。
2024年4月から全介護事業者に業務継続計画(BCP)の策定が義務化されました。感染症や自然災害が発生しても介護サービスを途切れさせない体制整備が求められます。BCPの未整備は指定取消や業務停止のリスクとなるため、M&A時のデューデリジェンスでBCP策定状況を確認しましょう。
売り手が簡易計画しか有していない場合、クロージング後に速やかに改善ロードマップを策定し、職員教育や訓練を実施する必要があります。BCPは利用者家族への信用力を高める要素でもあり、改善余地は企業価値向上のチャンスになります。
BCPが整備されていれば、買い手は追加投資や行政指導リスクを織り込まずに済むため、価格交渉で優位に立てます。また、計画と訓練記録を準備しておけば、デューデリジェンスの質問対応がスムーズです。
クロージング後のPost Merger Integration(PMI)は、シナジーを実現し従業員の不安を払拭する重要フェーズです。ここでは介護業界特有のPMI施策を5つ紹介します。
買収後一か月以内に管理者・現場リーダーへのヒアリングを行い、サービスラインごとの課題と改善案を収集します。現場目線の声を経営計画に反映すると、統合施策の納得度が高まります。
サービス評価基準や事故報告フローを統一し、月次でケア品質指標を共有します。複数拠点間で好事例を水平展開することで品質格差を解消できます。
電子カルテやシフト管理、見守りセンサーなどのシステムを統一すれば、職員の転勤時の学習コストが減り、データ分析が容易になります。導入費用は複数施設で平準化し、単価を抑制しましょう。
処遇差はモチベーション低下を招くため、段階的な給与テーブル統合と評価制度の説明が欠かせません。経過措置期間を設け、既存従業員のメリットを示すことで離職率を抑制します。
病院や居宅介護支援事業所、自治体とのネットワークを再構築し、地域包括ケアシステムの中で役割を明確にします。連携協定を締結することで安定的な利用者紹介が期待できます。
介護業界M&Aは、人材不足や事業承継、報酬改定など多層的課題を一度に解決できる有力策です。許認可・財務・人材を慎重に調整し、専門家と連携して利用者と従業員双方の安心と企業の持続的成長を両立させましょう。BCP策定やPMIを怠らず、地域に根差した質の高いケアを未来へ引き継ぐことが成功の鍵です。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画