この記事では、食料品卸売業界における業界情報や外部環境、そしてM&A動向に関して解説いたします。さらに、具体的な食料品卸売業界のM&A事例についても、詳しくご紹介します。
目次
食料品卸売業界とは、食料品を製造するメーカーと、スーパーマーケットやレストランなどの小売業者をつなぐ仲介業界のことです。この業界の役割は、メーカーの流通コストを削減することや、小売業者の保管や仕入れの手間を軽減することが挙げられます。
食料品卸売業界は、他の卸売業界と同様に、仲介業者という性質を持っています。このため、メーカーや小売業者はできるだけ仲介を省いて取引を行いたいと考えています。なぜなら、仲介業者が存在することで仲介コストが発生するからです。
以前は仲介を省く手段が限られていましたが、現在は物流の発展やオンライン取引の普及により、仲介を省くことが可能になっています。実際に、メーカーと小売業者が直接取引を行うケースや、メーカーが消費者に対してオンラインで直接販売するケースが増えているのです。
このような商流の変化に対応するため、メーカーや小売業者は流通経路の確保や在庫保存用の施設を整備していることが多いです。
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
食品卸売業界の市場規模は、緩やかな上昇傾向を示しています。2019年には前年比で若干の減少が見られましたが、2020年には再び増加に転じています。新型コロナウイルスの影響により、さまざまな業界が打撃を受けていますが、食品卸売業界においては一長一短の状況が見られます。
食品卸売業界内で見ると、企業ごとに扱っている商品の種類が異なるため、飲食店向けの商品を中心に取り扱っている企業は業績が低迷し、逆に家庭向けの商品をメインに扱っている企業は好調な状態が続いています。
しかしながら、食品卸売業界全体としては、新型コロナウイルスの影響が限定的であり、市場規模は緩やかな上昇傾向にあると言えます。
「食料・飲料卸売業の販売額の推移」
食品卸売業界の競合となる主な業態は、メーカーや小売業です。食品卸売業者は中間業者の役割を担っているため、これらの業者が独自の流通ルートを確立すると、食品卸売業者の存在意義が薄れることになります。
実際に、メーカーや小売業者が独自の流通ルートを作り上げ、食品卸売業者が排除されるケースも存在します。また、小売業者がプライベートブランドの商品を開発・販売することもあります。
一方で、食品卸売業者が自社のプライベートブランド商品を展開する事例も増加しており、競合業態が強化される中で、食品卸売業者自身が独自のビジネス戦略を構築しやすい環境が整っています。
現在、食料品卸売業界は安定した利益を上げていますが、先ほど述べた業界特性から、今後業界環境が厳しくなる可能性があります。この問題は、食料品業界だけでなく、卸売業界全体に共通しています。
将来的に少子化が進むと、食料品に対する需要が減少すると予測されています。それに伴い、食料品卸売業界に対する需要も縮小することが見込まれます。
消費者のニーズが多様化する中で、食料品の好みも人それぞれ大きく異なってきています。そのため、大量生産と大量消費が合わなくなっているのです。食品卸売業者は流通経路や在庫管理に強みを持っていますが、ニーズの多様化によって利益を効率的に上げることが難しくなっています。これに伴い、メーカーが消費者に直接販売する機会が増えていきます。
食品卸売業者においては、在庫管理が一つの強みです。ただし、これは他のメーカーや小売業との比較においてであり、製造業やIT業界と比べるとデジタル化が十分に普及していない状況です。しかし、業務効率化を進めた食品卸売業者は、競合相手に対して優位な立場を築くことが可能となります。
食料品卸売業界においては、同業種間でのM&Aが非常に活発であることが特徴的です。食品卸売業界は規模の経済が利点となっており、業務規模が大きくなることで、商品1つあたりにかかるコストを抑制することが可能となります。このため、食品メーカーや小売業者にとっても仲介料が削減でき、食品卸売業者にとっては利益向上に寄与することになります。
食料品卸売業界に近い業界である食料品メーカーや小売業は、食品卸売業者を買収し、販売力を強化したり、取引ルートを充実させるといった事例が多く見られます。これにより、シナジー効果の発揮が期待できるとされています。さらに、インターネット業界やIT業界が食料品卸売業者を買収し、IT技術を活用して売上を伸ばす事例も存在しています。
中小企業よりは大手企業の方が多いものの、食料品卸売業者が海外企業を買収する動きも確認されています。海外企業を買収する理由は、海外市場への進出や、日本国内での労働力不足の解消が挙げられます。
食品卸会社のM&Aの主なメリットを売り手と買い手に分けで紹介します。
売り手のメリットとしては、グループを形成することでスケールメリットを実現することが可能です。これは、交渉力の向上や物流コスト等の削減に直接つながります。また、事業承継や従業員の雇用継続、さらには創業者利益の獲得、個人連帯保証の解除というメリットもあります。
譲受け側のメリットとしては、新たな流通経路の獲得によるクロスセルの可能性が挙げられます。これには、製造から流通までを一括化する垂直統合や、商品やサービスの拡充、商圏の開拓を可能にする水平統合が含まれます。これらの統合により、バリューチェーン全体の最適化が図られます。
● マルハニチロによる大都魚類の完全子会社化
● 伊藤忠食品によるエブリーとの第三者割当、業務契約
● 加藤産業によるSong Ma Retail Joint Stock Companyの子会社化
● トーカンによる三給の子会社化
2020年3月にマルハニチロが大都魚類に対してTOBを実施し、完全子会社化を行いました。マルハニチロは、水産卸売業で有名な企業であり、漁獲物や水産品の販売を主な事業内容としています。
以前から大都魚類の株式の50%を保有していたマルハニチロですが、TOBを実行することで完全子会社化を果たしました。マルハニチロは国内の漁獲量の減少や魚介類の消費量低下などで経営が悪化しており、大都魚類とのM&Aによって事業基盤の再構築や収益基盤の強化を目指していました。
伊藤忠食品株式会社は、2019年7月にエブリー株式会社との第三者割当増資および業務提携契約を締結しました。伊藤忠食品は、酒類や食品の卸売を中心とした商社であり、一方エブリーは、動画を活用したレシピ提供サービスを展開する企業です。この提携により、伊藤忠食品はデジタルコンテンツ力の充実を目指しており、伊藤忠食品の販売ノウハウとエブリーの技術力を組み合わせることで、企業力の向上を図ります。
2021年4月には、加藤産業株式会社がSong Ma Retail Joint Stock Companyを子会社化しました。加藤産業は、加工食品、菓子類、低温食品、酒類などの卸売を行うほか、プライベートブランド商品の製造・販売もおこなっている企業です。
Song Ma Retail Joint Stock Companyは、ベトナム南部のホーチミン市を中心に、加工食品の卸売りや輸入販売を手がけている企業です。加藤産業はこの子会社化を通じて、ベトナム市場での事業展開を進めています。
2021年4月には、トーカン株式会社が三給株式会社の全株式を取得し、子会社化を実現しました。トーカンは愛知県名古屋市に本社を置く食料品卸売企業であり、三給は同県岡崎市に拠点を持つ、学校給食向けの食料品卸売りを展開する企業です。
この子会社化により、トーカンは学校給食市場への進出と中食総菜部門の売上拡大を目指しています。
食品卸売業界におけるM&A活動は、今後もさらなる活性化が見込まれます。その要因として、以下の点が挙げられます。
● 少子高齢化に伴う後継者問題
● 少子化による食料品への需要減少
● 消費者ニーズの多様化
● 海外市場への事業展開
● 隣接業界の企業の多角化戦略
食品卸売業界は現状では安定した利益を上げていますが、今後は卸売業界全体として厳しい状況が予想されます。そのため、M&Aを通じて事業環境の改善を図る企業が増えることが予想されます。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事