食品卸業界の最新動向と変革の鍵となるM&A事例の解説
食品卸業界でM&Aを検討していますか?本記事では、市場規模の推移から最新トレンド、成功事例、譲渡企業と譲受企業が得るメリット、デューデリジェンスの着眼点まで丁寧に解説します。
目次
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
食料品を製造するメーカーと、スーパーマーケットやレストランなどの小売業者。この二者の間で商品を運び、情報を集め、代金を回収するのが食品卸業界の基本的な役割です。仲介を挟むことでメーカーは煩雑な物流や集金を外部化でき、小売業者は多様な商品を少量ずつ仕入れることができます。いわば食品流通の潤滑油として、国内外の食の安全と安定供給を支えています。
食品卸企業は商品を大量にまとめて仕入れ、倉庫で適切に保管し、小売の発注単位に合わせて小分けします。さらに販売データを分析し、小売とメーカーの両方へ需要の予測情報を提供します。その結果、メーカーは余分な在庫を抱えずに済み、小売は売れ筋の商品を欠品させずに陳列できます。こうした情報・物流両面のサービスが、仲介コストを上回る価値として認識されてきました。
しかし近年は物流網の高度化とECプラットフォームの拡大により、メーカーが小売や消費者へ直接販売するD2Cモデルが急速に広がっています。低温配送網の整備も進み、鮮度管理が必要な生鮮品でも中間業者を介さない取引が現実的になりました。卸企業にとっては、これまで担ってきた「必要不可欠な仲介」の地位が揺らぐ構造変化です。
食品卸の市場規模はここ十年で緩やかに拡大しています。経済産業省の商業動態統計によれば、2022年の食料・飲料卸売業販売額は57.1兆円と過去最高を更新しました。家庭向け需要が伸長した2020年以降も底堅い推移です。一方で、為替変動や国際情勢に伴う仕入価格の高騰、そして輸送費の上昇が利益を圧迫しています。利益率は大手でさえ1%を切ることが多く、コスト削減と付加価値創出が常に課題です。
卸企業の最大の競合は取引先そのものです。大手メーカーはプライベートブランドとして直接小売へ納品し、小売は自社物流網を強化して中間マージンを排除する動きを強めています。さらに小売主導で開発されたプライベートブランド商品が棚を埋めることで、卸経由の商品構成比が低下しやすい状況です。
食品は温度帯ごとに保管設備を整える必要があり、配送頻度も高い上に単価は低いという物流効率の悪さを抱えます。人手不足が続く中、保管費・燃料費・人件費の上昇は避けられず、粗利の薄いビジネスモデルではコスト増を転嫁できない場面が多いのが実情です。
ECの浸透により、メーカーと小売が直接つながる案件が増加しました。譲受企業は在庫拠点やITシステムを持つ卸企業をグループ化してコスト最適化を図る一方、卸側は中抜きを防ぐため、プライベートブランド開発や情報提供機能の強化など新しい付加価値を模索しています。
人口減少は食料消費全体を押し下げるため、国内だけに依存する卸企業は将来の売上減少リスクに直面します。地域や顧客層を超えた商圏拡大、海外需要の取り込みが避けて通れません。
大量生産・大量販売が前提の仕入スキームは、個人の嗜好が細分化する現代ではミスマッチが生じます。SKUが増えると倉庫スペースと在庫管理工数が増大し、賞味期限管理も複雑化します。小売や飲食業にとっては鮮度とバリエーションの両立が必須条件であり、卸企業は一層きめ細かな在庫・物流オペレーションを求められます。
多くの卸企業では依然として紙ベースのピッキングリストや経験則による在庫判断が残っています。ハンディターミナルやWMS(倉庫管理システム)を導入した企業は配送効率や廃棄ロスの削減で競合優位を得ていますが、投資余力のない中小業者の間では格差が広がっています。
食品卸業は取扱高が増えるほど物流効率が向上し、交渉力が強化されます。そのため譲渡企業・譲受企業ともに同業連携によるスケールメリット獲得を狙うケースが主流です。業務重複を整理すれば管理コストも削減でき、一商品あたりの粗利を確保しやすくなります。
食品メーカーや小売のみならず、IT・インターネット関連企業が卸企業を譲受し、顧客データを活用した需要予測やECプラットフォームとの連動で新たな売上を創出する事例が増加しています。低温・冷凍物流網を持つ卸企業がデジタル企業と組むことで、チルド品の宅配サービスなど新ビジネスも生まれています。
国内市場の縮小に備え、ベトナムなど新興国の卸企業を子会社化し現地流通網を構築する動きもみられます。海外の購買力と日本産食品のブランド力を組み合わせることで、成長余地を確保する狙いです。
食品卸会社の譲渡・譲受は単なる資本移動にとどまらず、流通網全体の改革につながります。ここでは譲渡企業と譲受企業それぞれが得られる主な利点を整理します。
1. グループ化による交渉力強化と物流コスト削減
卸企業が大規模グループに参画すると仕入ボリュームが増え、メーカーとの価格交渉力が高まります。また配送ルート統合によりトラックの積載率が向上し、ドライバー不足という構造問題にも対応できます。
2. 事業承継問題の解消と従業員雇用継続
後継者不在に悩む経営者にとって、M&Aは会社の看板と従業員の雇用を守る有力な選択肢です。新体制の下で賃金体系やキャリアパスが整備されることで、人材の定着率向上も期待できます。
3. 創業者利益の獲得と個人連帯保証解除
株式譲渡により得た対価は、配当や役員退職慰労金より税率が低い分だけ手取りが多くなります。また金融機関への個人保証が解消されるため、経営者はリスクから解放され、次の挑戦や資産承継を計画しやすくなります。
1. 新規流通経路の取得でクロスセル拡大
既存の商圏外に販路を伸ばすには時間とコストがかかりますが、卸企業を譲受することで顧客ネットワークを即座に取り込めます。その結果、自社製品を新しいチャネルへ同梱提案でき、売上の多軸化が可能になります。
2. 垂直統合によるバリューチェーン最適化
メーカーが卸機能をグループ化すれば、製造計画と需要予測をシームレスにつなげられます。過剰在庫や欠品を抑制しながら、高頻度配送で小売の棚管理をサポートできる体制が整います。
3. 空白エリア・商品カテゴリーの迅速な獲得
地域密着型の卸企業には土地勘と営業基盤があります。譲受側はその地場ネットワークを活用して、出店コストを抑えつつ空白エリアを補完できます。また低温・冷凍など自社にない温度帯を扱う企業を取り込めば、品揃えの幅も一気に拡大します。
温度管理が必要な商品や酒類を扱う場合、各種営業許可の取得状況と更新履歴を精査します。違反リスクが高ければ取引停止や営業停止が発生しかねません。
スーパーや飲食店が直接仕入を拡大する中、卸企業がどのような差別化サービスで関係を維持しているかを検証します。IT発注プラットフォームやカテゴリー管理提案などの有無が評価ポイントです。
原材料高に直面した際、メーカー・小売との力関係の中でどれだけ価格転嫁できたかは、将来収益性を占う重要データです。販管費構造と合わせてCAGRを分析します。
小口顧客への与信管理とリスク分散策、リコース条項の有無、保険活用状況をチェックします。特に中小飲食店への比率が高い場合は、倒産予測データの活用などリスク指標を確認します。
賞味期限切迫在庫の割合、三分の一ルール適合率、車両あたりの配送件数と走行距離など、物量データを把握します。在庫回転率が低い場合は倉庫拡張投資が必要となり、譲受後の追加資金を見込まねばなりません。
過去の欠陥・異物混入クレームと是正措置の記録が整備されているかを確認します。トレーサビリティシステムの導入状況は、顧客からの信頼度を左右します。
人手不足は物流のボトルネックです。給与水準、平均勤続年数、離職理由の把握に加え、フォークリフトや食品衛生の資格取得支援制度があるかを調べます。
赤字・債務超過の原因が一過性か構造的かを切り分けます。IT投資不足や拠点分散など改善可能な伸びしろが大きい場合、シナリオプランニングの精度が価値評価に直結します。
人口減少や物流費高騰といった逆風が続くなかでも、冷凍・チルド分野や健康志向商品など伸びるセグメントは存在します。卸企業が多様な商品群を扱い続けるためには、AI需要予測と共同配送網の構築、そして海外需要の開拓という三本柱が欠かせません。M&Aはこれらを一気に実装できる手段であり、成功企業に共通するのは「自社に足りない資源を客観視し、伸びしろとして魅力的に提示できた」点です。次章では具体的な成約事例を通じて、これらのポイントを確かめていきます。
食品卸M&Aは「規模拡大」「サービス高度化」「海外展開」という三つの目的に大別できます。ここでは目的ごとに整理しながらポイントを解説します。
マルハニチロが大都魚類を完全子会社化し水産バリューチェーンを再構築
2020年、マルハニチロはTOBにより大都魚類を完全子会社化しました。漁獲量減少と国内消費低下で利益率が下がる中、両社は水産物の仕入から販売までを一体化。重複拠点統廃合により物流コストを削減し、共同販促で取扱高を伸ばして交渉力を回復しました。
トーカンが三給を子会社化し学校給食市場へ進出
2021年、トーカンは東海エリアに強みを持つ三給の全株式を取得。給食や惣菜向け商流を獲得し、自社の中食部門とも連携して商圏を拡大しました。同一カテゴリー内でも地域や需要層が異なる場合、営業網の相互補完がスムーズに進む好例です。
旭食品がヤマキを子会社化し空白エリアを補完
空白エリア戦略の典型が、2021年に旭食品がヤマキの発行済株式の95%を取得した案件です。東海地区に営業基盤を持つヤマキを組み込むことで、旭食品は地域ギャップを一気に解消し、低温領域への投資も強化しました。
伊藤忠食品がエブリーへ第三者割当増資を実施し動画マーケティングを強化
2019年、伊藤忠食品はレシピ動画プラットフォームを運営するエブリーと資本業務提携し、デジタルコンテンツ力を獲得。動画による需要喚起と棚割提案で小売の販促支援を高度化し、商品回転率を高めました。卸企業がIT企業を取り込むことで、情報ギャップを埋め付加価値を創出した事例です。
SANKYO MARKETING FOODSが綜合食品を取得し豊洲市場機能を内包
2022年、SANKYOは豊洲市場で水産卸を営む綜合食品を子会社化。集荷拠点と分配拠点を自社で確保し、6次産業化モデルを加速させました。IT活用だけでなく、伝統市場の機能を取り込むことでバリューチェーンを広げています。
加藤産業がベトナムのSong Ma Retail JSCを子会社化し新興国需要を取り込む
2021年、加藤産業はホーチミン中心に加工食品卸を行うSong Ma社を取得。現地販路を活用し、日本の菓子や調味料を投入することでシナジーを創出しています。少子化による国内需要縮小を補うため、アジア市場を開拓する動きは今後も続くでしょう。
良い条件とは、譲渡価額の最大化だけでなく、従業員・顧客・取引先の安心も守るバランスの取れた条件です。7つの観点としてまとめます。
温度管理食品は食品衛生法、酒類は酒類販売業免許が必須です。許可証の写し、更新記録、監査結果を整理し、譲受企業が安心できる根拠を提示しましょう。
主要顧客が直取引へ舵を切るリスクに対し、自社の差別化策を資料化します。EC受注システム、レシピ動画提案、SKU分析など具体策が説得力を高めます。
売上原価率は84%前後と高いため、原価上昇時の転嫁率が買収後の利益を左右します。価格改定の履歴と根拠をテーブルで示すと交渉が円滑です。
小売・飲食の再編が進む中、小口顧客の倒産リスクは高まります。与信限度設定基準、モニタリングフロー、信用保険の利用状況を明示して信頼性を高めましょう。
賞味期限管理の実績、三分の一ルール遵守率、車両稼働率などKPIを開示し、改善シナリオを準備します。実績と計画の整合性が条件交渉を左右します。
過去の異物混入や温度逸脱事案があれば、是正完了証跡を添付します。トレーサビリティシステム導入は評価加点につながります。
フォークリフト技能講習やHACCP研修など教育制度を整え、平均勤続年数の推移を公開しましょう。譲受企業は物流現場の安定運営を重視します。
第1の鍵は共同配送網の最適化です。地域を越えた合従連衡により、混載効率を高めドライバー不足を緩和します。
第2の鍵はAI需要予測による在庫圧縮。販売データを共有し、温度帯別に最適発注を自動化できれば廃棄ロスが大幅に減ります。
第3の鍵は海外需要と健康志向商品の取り込み。日本産食品への信頼と健康ブームを追い風に、現地卸を買収する動きが加速すれば、人口減少リスクを補えます。M&Aはこれらの施策を短期間で実装する最短ルートです。
食品卸業界は物流コスト高騰と中抜き圧力で岐路に立っていますが、M&Aを通じた規模拡大・デジタル連携・海外展開で活路を開けます。自社の課題を伸びしろとして提示し、順法性とデータを整えた上で譲受企業と組むことが、良い条件を引き出す最大のポイントです。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事