内装工事業界M&Aの最新動向と売却買収事例を解説
内装工事業界の市場縮小や人材不足を背景に、M&Aを活用して生き残りを図る動きが活発です。本記事ではその動向と事例を分かりやすく解説します。
目次
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
内装工事業界は、建築工事の最終段階としてオフィス・店舗・住宅などの仕上げ作業を担う専門分野です。壁紙の張替えや天井の施工、什器の設置など多岐にわたる細やかな技術が求められます。内装工事が行われるタイミングは建物の完成が近い時期であるため、新築住宅の着工戸数や商業施設の開発計画と強く連動しています。
近年は少子高齢化による住宅需要の減退が指摘されており、国土交通省の統計ではリーマンショック後に大幅に低下した完成工事高が、2017年まで回復しなかったことが示されています。さらに2019年の消費税増税前倒し需要の反動や新型コロナウイルス流行など複合的な要因が重なり、内装工事の発注件数は伸び悩みました。
新築需要の勢いが鈍化する一方、既存住宅の資産価値を高めるリフォーム市場が拡大しています。テレワークや在宅時間の増加によって自宅の快適性への関心が高まり、バリアフリー化や省エネ化を目的とした改装工事の需要も増えています。そのため多くの内装工事会社がリフォーム分野へ事業転換を進め、元請けとして直接エンドユーザーと取引するケースが増加しています。
こうした市場環境の変化により、参入障壁の低さを理由に異業種からの新規参入も増え、競争は激化しています。小規模な事業者が乱立するなかで、技術力や提案力、営業チャネルなど自社の強みを磨き差別化することがますます重要になっています。
新築住宅着工数が減少すると、その最終工程を担う内装工事の機会も比例して減ります。2006年に約128万戸あった着工数は2021年には約86万戸まで減少しました。人口減少や未婚化が続く限り、このトレンドは長期的に継続する可能性が高いとみられています。施工件数が減ることで価格競争が激しくなり、利益率の低下にもつながる点は経営課題となっています。
一方でリフォーム市場は拡大傾向です。内装工事の技術はリフォームにも直結するため、新築市場の縮小をリフォームで補う動きが顕著です。リフォーム工事を直接受注できれば中間マージンを抑えられ、顧客と長期的な関係を構築できます。高齢化社会では手すりの設置や段差解消などのバリアフリー改装、テレワーク対応の間取り変更など、内装工事会社が提供できるサービス領域は広がっています。
参入障壁が低いことで事業者数は増加し続けていますが、業界全体では技術者の高齢化が進んでいます。若手の確保が難しく、55歳以上のベテラン比率が高まる一方で29歳以下の比率は低下しています。人材不足は技術伝承の遅れや工期遅延リスクを招き、企業価値低下の要因となるため、早急な対策が求められています。
内装工事業界では、上述のような市場縮小と競争激化、人材・後継者不足を受けてM&Aが積極的に活用されています。M&Aを通じて事業領域の転換や経営基盤の安定化を図る動きは、大手から中小企業まで規模を問わず広がっています。
経営者の高齢化と少子化により、親族内承継や従業員承継が難しいケースが多く見られます。廃業を避け、従業員の雇用を守る手段として第三者承継型のM&Aが選択される事例が増えています。株式譲渡で会社を譲り渡すことで、代表者は個人保証や担保責任から解放され、譲渡益を得つつ引退できます。
施工一貫体制を構築したい元請け企業が、特定分野の技術を持つ下請けを買収するケースも多くなっています。M&Aにより技術者チームを取り込み、品質と納期をコントロールしやすくすることで利益率を高める戦略です。これは元請けと下請けの双方にとってシナジーが高く、グループ全体の施工能力を底上げします。
大手建設会社や総合リフォーム会社は、技術や人材を一括して獲得する目的で内装工事会社を買収しています。これにより、複雑化する顧客ニーズに対してワンストップで対応できる体制を整え、受注機会拡大と顧客満足度向上を同時に図っています。
M&Aが内装工事会社にもたらす経営戦略上の意義を整理
内装工事会社にとってM&Aは、単なる規模拡大策にとどまりません。リフォーム市場への参入や、施工範囲の拡充、営業エリアの拡大、人材基盤の強化といった多面的な効果が得られます。買収される側も売却後の成長シナジーを享受できるため、Win-Winの取引が成立しやすい特徴があります。
売り手企業がM&Aを選択する最大の理由は、経営者の高齢化と後継者不在の解決です。しかしメリットはそれだけではありません。以下のような多面的な恩恵があります。
大手の資金力・ブランド力・販路を得ることで、安定的な受注と資材調達が可能になります。規模の小さい内装工事会社が単独でリフォーム市場に参入すると、広告宣伝や営業ネットワーク構築に膨大なコストがかかりますが、M&Aによりその課題を一気に解消できます。
例えばIoTを活用したスマートホーム関連の施工技術や、BIMを用いた設計支援など、先進的なノウハウを取り込みやすくなります。これはリフォーム需要の多様化にも直結し、顧客提案の幅を広げる効果があります。
買い手が既に持つリフォームの販売網を活用できるため、参入コストを抑えて安定的な案件を得られます。商圏を拡大できるメリットも大きく、地域密着型から広域対応型への転換が可能です。
株式譲渡によって金融機関との個人保証を外し、経営責任を次世代へ委ねつつ引退資金を得られます。従業員の雇用を守りながら円滑に承継できる点は、地域社会への責任を果たす観点でも評価されています。
買い手側がM&Aに踏み切る動機も多岐にわたります。主なものを整理すると次のとおりです。
内装工事は熟練した職人の技に依存する領域が多くあります。中途採用や若手育成には時間とコストが必要ですが、M&Aなら完成度の高い人材チームを即時に取り込めます。
売り手が長年築いてきた地元工務店や施主との信頼関係は、買い手にとって価値ある資産です。これにより新規進出地域での営業コストを削減し、短期間で受注を拡大できます。
内装・外装工事会社が持つデザイン提案力や店舗施工実績を活かし、商業施設やホテル、飲食チェーンなど新たな顧客層へのアプローチが可能となります。
元請けが下請けを取り込むことで外注費を低減し、納期管理の柔軟性も向上します。クオリティコントロールが容易になり、顧客満足度向上によるリピート受注も期待できます。
具体的な事例をいくつか取り上げ、どのような目的で取引が行われたのかを整理します。ここでは原文・参考に挙げられた豊富な27件のうち、特徴的な4件を紹介します。
什器レンタル・販売を行う山元が、関西エリアで内装工事と家具什器製造を手掛けるウエタニを買収した事例です。リフォーム需要拡大と商業施設向け施工力の強化を同時に狙ったもので、営業基盤の強化が目的とされています。ファンド経由の株式譲渡である点も特徴です。
ビル総合マネジメント事業を展開する東宝ファシリティーズが、内装工事監理を強みに持つシコーを子会社化しました。建設関連事業の業容拡大が目的で、内装監理ノウハウをグループに取り込み、高品質なビルメンテナンスサービスとの一貫提供を目指しています。
飲食チェーン「や台ずし」を運営するヨシックスホールディングスが、店舗内装の設計・施工を行う芝産業を買収したケースです。出店スピードとコスト効率を支える建装機能をグループ内に取り込むことで、飲食事業の競争力を高める狙いがあります。
建材・住宅設備機器の卸売を主体とするOCHIホールディングスが、改装工事を手掛けるアイエムテックを子会社化しました。中国地区での事業拡大を掲げ、資材供給と施工力をサプライチェーン内で完結させた点がポイントです。
これらの事例からもわかるように、内装工事会社の買収目的は「施工体制の内製化」「地域シェア拡大」「専門技術の取り込み」など多岐にわたります。買い手が狙うシナジーを正しく見極めることで、M&A後の統合プロセスを円滑に進められるでしょう。
内装工事業界のM&Aはメリットが大きい一方、準備不足のまま進めると統合後に思わぬコストや摩擦が生じます。参考情報で示された三つの視点を軸に、成功の要諦を整理します。
M&Aの第一歩は「なぜ実施するのか」を具体化することです。リフォーム市場への参入、人材確保、事業規模拡大など動機はさまざまですが、目的が曖昧なままだと買収後の統合プロセスがぶれ、期待した効果が得られません。早期の段階で数値目標やシナジー創出領域を定義し、事前計画に落とし込むことで、交渉時の判断軸が明確になります。
内装工事業界では現場力と顧客信頼が企業価値の多くを占めます。表面的な財務数値だけで判断せず、経営方針や従業員の技術文化が自社と合致するかを多面的に確認することが不可欠です。譲渡企業側も、自社の強みや将来像を率直に共有し、買い手と信頼関係を構築することで、譲渡後の雇用維持やブランド継続が円滑になります。
M&Aには法務・税務・財務・労務の専門知識が欠かせません。業界特有の建設許可や工事瑕疵に関する論点も多く、専門家のサポートなくしてはリスク把握が不十分になりがちです。デューデリジェンスやバリュエーションを第三者が実施することで、価格設定の妥当性と取引スキームの適正を担保できます。
デューデリジェンスでリスクを把握し統合準備を進める
デューデリジェンスでは財務だけでなく、工事品質、施工中案件の進捗、保証債務、職人の雇用形態など細部まで確認することが重要です。リスクを早期に把握し、統合後の経営計画に反映させることで、想定外の追加コストや人材流出を防げます。
原文に掲載された27件の事例から、先に紹介した4件以外にも示唆に富む案件を抜粋し、目的別に整理します。実行時期と目的を把握することで、自社に近いケーススタディとして活用できます。
新日本建設は150億円で冨士工を子会社化し、開発プロジェクトの施工能力を拡充しました。内装仕上工事を含む総合工事力を確保することで、開発事業の自社完結体制を構築しています。
住宅資材販売を展開するジューテックHDは、中部フローリングを連結子会社化し、内装工事とハウスリフォームの施工力を取り込みました。資材と工事を一体で提案できる体制を整え、受注増を狙う戦略です。
建材卸のOCHIは総合建設会社の芳賀屋建設を買収し、エンジニアリング事業を拡大しました。資材供給から施工までを一気通貫で提供できる体制へ転換し、中国地方での市場シェアを高めています。
オフィス環境事業のオカムラは、シンガポールのDB&Bを買収し、中国・アセアン市場での内装設計・施工プラットフォームを獲得しました。クロスボーダー案件の需要を取り込み、海外売上比率を高める施策です。
衛生機器販売を行うアサヒ衛陶は、家具・日用品卸のチャミを1,333万円で子会社化し、販売から設置までワンストップサービスを提供できる体制を整えました。
切断・洗浄工法に強みを持つ第一カッター興業は、外壁関連事業を手掛けるアシレを6億円で買収し、既存事業の補完と技術交流によるシナジーを創出しています。
戸建分譲大手の飯田グループは、内装建材を製造販売するオリエントを取得し、住宅用資材の安定調達とコストシナジー創出を実現しました。
住宅設備販売の北恵は、屋根・外装工事を行う古賀文化瓦工業所を買収し、地域密着型営業力の強化を図りました。
不動産仲介のハウスコムは塗装・外装工事のエスケイビルを子会社化し、物件管理から改修まで一貫サービスを提供する体制を構築しています。
少子高齢化による新築需要の縮小とリフォーム市場の拡大という二極化は、今後も継続すると予測されます。事業者数が増え続けるなかで、差別化には施工品質と提案力に加え、グループシナジーを活かした総合サービス体制の構築が鍵を握ります。
M&Aは事業転換や人材確保、地域拡大を同時に実現できる戦略として、リフォーム関連企業・大手建設会社・異業種参入組からの需要が一層高まるでしょう。売り手にとっては後継者問題を解決しつつ事業を存続させる有力な手段であり、買い手にとっても競争優位を獲得する即効策となります。今後も内装工事業界の再編は加速し、業界構造はより集約化へ向かうと考えられます。
内装工事業界は新築需要の減少と競争激化に直面する一方、リフォーム市場の成長機会を背景にM&Aが活発化しています。目的を明確にし信頼できる相手を選び、専門家の支援を活用すれば、売り手・買い手ともに大きなシナジーを得て持続的な成長が期待できます。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画