クリニックM&Aの現状と進め方を詳しく解説します。医療業界の特性、M&Aの目的、価値評価方法、実施手順、さらに実例まで。クリニック経営者や医療関係者必見の情報が満載です。
目次
医療業界は、人々の健康と生命を守る重要な役割を担っています。この分野では、クリニックと病院が主要な医療機関として機能しています。それぞれの特性を理解することは、医療業界のM&A(合併・買収)を考える上で非常に重要です。
医療機関、特に病院には以下のような特徴があります。
1. 非営利性:公的組織を除き、医療法人や社会福祉法人、学校法人などの非営利団体のみが病院を設立できます。株
式会社などの営利団体による医療施設の開設は認められていません。
2. 多様な運営形態:医療施設の運営形態には、国立病院、大学病院、一般病院、クリニックなどがあります。それぞ
れが異なる役割を果たしています。
3. 公益性:地域医療を担う重要な役割があるため、経営難に陥っても簡単に廃業できない側面があります。
クリニックと病院は、主に以下の点で区別されます。
1. 病床数:クリニック(診療所)は19床以下、病院は20床以上と定義されています。
2. 人員配置基準:
o クリニック:医師1名の配置で足ります。
o 病院:医師3人、薬剤師1人、患者3人に対して看護師1人という基準があります。
これらの違いにより、クリニックと病院では経営の規模や複雑さが大きく異なります。
病院は、運営主体によって主に4つに分類されます。
1. 国立病院:厚生労働省管轄の独立行政法人国立病院機構が運営する全国141の医療施設です。先進医療や医療研究
にも力を入れています。
2. 公的・公立・社会保険関係法人の病院:都道府県や市区町村、日本赤十字社などが運営する医療機関です。全国に8
75の公立病院があります。
3. 大学病院:「診療」「教育」「研究」の3つの役割を担っています。最新の医療設備と技術を有しています。
4. 一般病院:医療法人や社会福祉法人、公益法人が運営する病院です。地域密着型の病院が多く、専門分野に特化し
ている場合もあります。
これらの特性を理解することで、クリニックやさまざまな種類の病院におけるM&Aの可能性や課題をより深く把握することができます。
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
医療業界のM&Aは、他の業界と比較するとやや遅れている状況ですが、近年急速に増加しています。この背景には、業界特有の課題や変化が影響しています。
医療業界では、以下のような人材に関する課題が深刻化しています。
1. 医師の高齢化:日本全体の高齢化に伴い、クリニックや病院で働く医師の高齢化も進んでいます。
2. 医師の人材不足:後継者不足の問題は、他の業界と同様に医療業界でも深刻です。
3. 看護師など有資格者の確保難:病床を有するクリニックや病院では、看護師などの有資格者の配置基準があり、各
医療機関で人材確保が困難になっています。
これらの課題は、医療機関の継続的な運営を脅かす要因となっています。
現在、以下のような状況からクリニック・病院のM&Aが増加しています。
1. 健全な財務状況でも休廃業:医師の高齢化や後継者不足を理由に、財務状況が健全なクリニックや病院でも休廃業
する医療機関が増えています。
2. 小規模医療機関のM&A増加:今後は特に小規模なクリニックや病院を中心に、M&Aが増加すると予測されていま
す。
3. 業界変化への対応:診療報酬の改定や2025年を目途に進めている地域包括ケアシステム構築への対応など、業界の
変化に対応するためにM&Aを選択する医療機関が増えています。
これらの傾向は、医療業界のM&Aが今後さらに加速する可能性を示唆しています。
クリニックや病院がM&Aを選択する理由は様々ですが、売り手と買い手それぞれに異なる目的やメリットがあります。
売り手にとってのM&Aの主な目的とメリットは以下の通りです。
1. コスト面の課題解決:
o 高額な医療機器の設備投資資金の確保が可能になります。
o 資金力のある譲受候補先とのM&Aにより、設備の老朽化問題を解消できます。
2. 後継者問題の解決:
o 多くのクリニックで深刻化している後継者不足問題を解決できます。
o 地域医療への貢献を継続することができます。
3. 人材不足の解消:
o 資本力のある医療法人やグループの一員となることで、医療人材(医師・看護師など)を融通し合える体制が整い
ます。
o 大手医療法人等が買い手となった場合、経営の安定化や人材採用力の強化、従業員の処遇改善が期待できます。
買い手にとってのM&Aの主な目的とメリットは以下の通りです。
1. 専門人材の確保:
o 譲渡対象のクリニックや病院が雇用している医師や看護師を引き継ぐことができ、慢性的な人材不足問題を解決で
きます。
2. コストの削減:
o スケールメリットを活かし、医療機器や備品の仕入れコストを削減できます。
3. 専門性の向上:
o 特定の診療領域に特化したクリニックや病院を取得することで、専門性を高め、患者数を増やすことができます。
これらの目的やメリットを踏まえ、クリニックや病院は自らの状況に合わせてM&Aを検討することができます。
クリニックや病院のM&Aにおいて、適切な譲渡価格を設定することは非常に重要です。個人医院と医療法人では、価値評価の方法が異なります。
個人医院の譲渡価格は、主に以下の2つの要素から構成されます。
1. 資産の時価:
o 譲渡対象の有形固定資産の時価を評価します。
o 通常、土地を除いた資産が対象となります。
2. のれん:
o クリニックの将来性、立地の利便性、患者を集める力、評判、診療科目、最新の医療設備などの無形資産を評価し
ます。
o 実務的には、「院長の年間所得」をベースにした簡易計算が多く用いられています。
個人医院のM&Aでは、資産のみが承継され、負債や従業員との契約、カルテなどは基本的に引き継がれません。
医療法人の譲渡価格は、以下の要素から算出されます。
1. 純資産額:
o 時価ベースの資産から負債を引いた差額を算出します。
o 個人医院と異なり、既存の資産と負債をすべて引き継ぐため、純資産を譲渡価格のベースにします。
2. のれん:
o 個人医院と同様に、超過収益力を評価し、純資産額に加算します。
3. リスク評価:
o 財務・労務・法務に関するリスクも考慮する必要があります。
o これらは多くの場合、貸借対照表には表れません。
医療法人のM&Aでは、譲渡対象法人のすべてを引き継ぐため、より複雑な価値評価が必要となります。
適切な価値評価を行うためには、医療業界に精通した専門家の協力を得ることが重要です。
クリニックや病院のM&Aを実施する際には、医療法に則った手続が必要です。主に2つの方式があり、それぞれ特徴が異なります。
事業譲渡方式の特徴は以下の通りです。
1. 定義:
o 病院が運営している事業全体またはその一部を、他の法人や個人に譲り渡す方式です。
2. 手続:
o 開設者が変わるため、該当地区の保健所・厚生局・都道府県への届出が必要です。
o 賃貸借契約、雇用契約、リース契約など、全ての契約を新たに結び直すか、名義変更を行う必要があります。
3. 譲渡対価の取り扱い:
o 譲渡対価は事業譲渡を行った法人が受け取ります。
o 事業譲渡益として他の事業利益と合算され、法人税が課されます。
o 多くの場合、役員の退職慰労金も同じ年度に支給され、課税所得を減らす工夫がされます。
法人譲渡方式の特徴は以下の通りです。
1. 定義:
o 医療法人と事業をそのまま引き継ぐ形式です。
o 社員・理事を変更するだけで承継が完了するスキームです。
2. 手続:
o 多くの場合、理事長と理事を変更するケースが多いです。
o 行政への届出や契約書上の代表者変更は必要ですが、新規での開設許可や保険指定等とは手続が異なり、比較的簡
便です。
3. 譲渡対価の支払い:
o 出資持分の買取や退職慰労金など、複数の支払手段を組み合わせることが多いです。
これらの方式には、それぞれメリットとデメリットがあります。クリニックや病院の状況、M&Aの目的、税務上の影響などを総合的に考慮して、最適な方式を選択することが重要です。
クリニックや病院のM&Aは、他の業界とほぼ同様の流れで進めていきますが、医療業界特有の注意点もあります。売り手と買い手それぞれの手順を見ていきましょう。
売り手の一般的な手順は以下の通りです。
1. 売却方針の決定:
o M&Aの目的を明確にし、どのような条件で譲渡したいかを決めます。
2. M&Aアドバイザーの選定:
o 医療業界に精通したアドバイザーを選びます。
3. 候補先企業の紹介:
o アドバイザーを通じて、適切な譲受候補先を探します。
4. デューデリジェンス(買収監査・企業調査)及び交渉:
o 譲受候補先による調査を受け、条件交渉を行います。
5. 最終契約締結:
o 合意した条件で契約を締結します。
6. クロージング(成約):
o 所有権の移転など、必要な手続を完了させます。
買い手の一般的な手順は以下の通りです。
1. 買収戦略の立案:
o M&Aの目的を明確にし、どのようなクリニックや病院を対象とするかを決めます。
2. M&Aアドバイザーの選定:
o 医療業界に精通したアドバイザーを選びます。
3. 買収候補先への交渉:
o 候補先にアプローチし、初期的な交渉を行います。
4. デューデリジェンス(買収監査・企業調査)及び交渉:
o 候補先の詳細な調査を行い、リスクの洗い出しや価値評価を行います。
o 調査結果を基に、最終的な条件交渉を行います。
5. 最終契約締結:
o 合意した条件で契約を締結します。
6. クロージング(成約):
o 所有権の移転など、必要な手続を完了させます。
クリニックや病院のM&Aでは、医療法人の種類により設立根拠法が異なるため、それぞれの法律を踏まえた準備が必要です。また、行政とのやり取りも必要になるため、経験豊富なM&Aアドバイザリー会社に依頼することで、スムーズにM&Aを進めることができます。
ここでは、実際に行われた病院M&Aの事例をいくつか紹介します。
1. 東日本電信電話株式会社(NTT東日本)のケース:
o 2016年、NTT東日本は東北医科薬科大学へNTT東日本東北病院の事業を譲渡しました。
o 目的:東北地方の医師不足や医療過疎の解消、地域包括医療の充実。
o 特徴:医学部を新設する大学への事業譲渡という形態。
2. JA埼玉厚生連(埼玉県厚生農業協同組合連合会)のケース:
o 2016年、熊谷総合病院を社会医療法人北斗へ譲渡しました。
o 背景:医師不足や過去の設備投資による経営悪化。
o 特徴:買い手が新たな医療法人を立ち上げて運営する方針。
3. セコム株式会社のケース:
o 2014年、千葉県の倉本記念病院を譲り受けました。
o 背景:売り手の経営難による破産手続中。
o 特徴:異業種(警備会社)による医療業界への参入。
4. 日本郵政株式会社のケース:
o 2017年、横浜逓信病院を社会福祉法人恩賜財団済生会に譲渡しました。
o 目的:売り手は病院事業の赤字解消、買い手は運営効率の向上。
o 特徴:既存の中核病院を持つ法人による譲受。
5. 佐賀県杵島郡大町町のケース:
o 2017年、杵島郡大町町立病院を一般社団法人巨樹の会が譲り受けました。
o 背景:施設の老朽化問題の解決。
o 特徴:公立病院の民間譲渡、リハビリに強みを持つ法人による経営効率化。
これらの事例から、医療業界のM&Aには様々な形態があり、経営難の解消、地域医療の充実、専門性の向上など、多様な目的で実施されていることがわかります。また、異業種からの参入や公立病院の民間譲渡など、業界の枠を超えた動きも見られます。
クリニックや病院のM&Aは、日本の少子高齢化や人材不足、後継者問題などの課題に対する重要な解決策となっています。医療業界特有の規制や複雑な価値評価など、考慮すべき点は多いですが、適切に実施することで、経営の安定化や地域医療の継続、医療サービスの向上につながる可能性があります。今後も業界環境の変化に伴い、M&Aの需要は増加すると予想されます。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事