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クリニックM&Aで後継者問題解決と医療業界最新事情を解説

クリニックM&Aは後継者不足や設備更新の悩みを一気に解決できる有力な選択肢です。本記事では医療業界の最新事情と失敗しない進め方を専門家がやさしく解説。クリニックと病院の違い、M&Aが増える背景、譲渡価格の決まり方を押さえ、成功事例からポイントを学びましょう。

目次

  1. クリニックと病院の違いを知り医療M&Aの土台を築く
  2. 医療業界M&Aの現状は急上昇カーブにある
  3. 売り手と買い手のメリットを整理して戦略を立てる
  4. クリニックと病院の価値を見極め譲渡価格を決定する
  5. 個人クリニック売却方法とスキームを理解する
  6. クリニックM&Aの具体的手順を時系列で追う
  7. 実例から学ぶ病院M&A成功と失敗の分岐点
  8. M&A後の運営を円滑にするスタッフと患者へのフォロー
  9. クリニックM&A決断前のチェックリストで準備漏れを防ぐ

クリニックと病院の違いを知り医療M&Aの土台を築く

クリニックM&Aを検討する前に、クリニックと病院が担う役割や法律上の区分を押さえましょう。両者は病床数と人員配置で明確に区別されます。クリニック(診療所)は19床以下、医師1名で開設可能です。一方、病院は20床以上で医師3名と薬剤師1名、患者3人に看護師1人という配置基準が定められ、経営規模と社会的責任が大きく異なります。また、病院は国立、公立、公的、大学、一般の五つに分類され、設立母体や使命が多様です。これらの特徴はM&Aで引き継ぐ資産や負債、行政手続に直接影響するので、最初に整理しておくことが大切です。

医療機関の非営利性がM&Aを複雑にする理由

医療法では病院を設立できるのは医療法人などの非営利主体に限られ、株式会社は原則参入できません。したがって株式譲渡という一般的なスキームは選択肢になりにくく、事業譲渡か社員・理事交代による法人譲渡が中心となります。非営利性というルールは、買い手が限られる反面、地域医療の継続という公益性を守る意味があります。

公益性が高いからこそ簡単に廃業できない

地域の基幹病院は住民の生活基盤です。経営が苦しくても突然閉院できず、医療機能を保つためにM&Aが選ばれるケースが増えています。

医療業界M&Aの現状は急上昇カーブにある

かつて医療分野のM&Aは少数派でしたが、近年はグラフが右肩上がりです。背景には医師の高齢化、看護師確保の難しさ、診療報酬改定への対応など複合的な課題があります。帝国データバンクの調査でも後継者不在率は医療業界が上位を占め、65%超のクリニックが次世代を決められずにいます。この数字は「3院に2院が承継難」という深刻さを示しています。

休廃業を避けるため健全でも売却へ舵を切る

後継者不足で閉院すれば地域医療の空白が生まれます。そこで財務状況が良好でも早期にM&Aを選択し、院のブランドとスタッフの雇用を守るオーナーが増えています。

小規模クリニックこそM&Aの波に乗りやすい

採算規模が小さくても立地や専門性が強みであれば、医療グループの買収ニーズは高く、譲渡価格が想像以上になる例もあります。

売り手と買い手のメリットを整理して戦略を立てる

M&Aは単なる脱出手段ではなく、双方の課題を一度に解決できる経営戦略です。売り手は高額機器の更新資金や後継者問題、人材確保をグループ化で補えます。買い手は専門スタッフの確保、スケールメリットによるコスト削減、特化領域の拡充で競争力を高められます。とくに診療科の補完関係がある案件はシナジーが大きく、交渉もスムーズです。

売り手の3大狙いは資金・承継・人材

  1. MRIやCTなど高額機器の更新費をカバー
  2. 後継者難をクリアし地域医療を継続
  3. 買い手グループの採用力で看護師不足を緩和

買い手の3大狙いは人材・コスト・専門性

  1. 優秀な医師と看護師を一括で獲得
  2. 共同購買で薬剤や備品コストを圧縮
  3. 専門クリニックの取得で患者層拡大

クリニックと病院の価値を見極め譲渡価格を決定する

譲渡価格は「資産の時価」+「のれん(超過収益力)」が基本ですが、個人医院と医療法人で算定方法が異なります。個人医院は設備や在庫など有形資産の時価に、院長所得を目安にしたのれんを加算します。債務や従業員契約を原則引き継がないため計算は比較的シンプルです。一方、医療法人は時価純資産に無形価値を上乗せしつつ、簿外リスクを含むデューデリジェンスが必須です。

個人医院の簡易計算式で目安をつかむ

譲渡価格=設備等の時価+院長年間所得×年数係数

年数係数は平均3〜5年が実務目安で、立地や診療科の人気度で調整します。

のれん評価のポイントは患者数と評判

患者数の推移や地域での知名度が高いほどのれん価値は上がります。継続来院率やリピート率も重要な指標です。

医療法人は純資産+のれん+リスク調整

  • 時価ベースの純資産を算出
  • 超過収益力を加算
  • 未払残業や訴訟など簿外リスクを減算

専門家のサポートで数字の裏付けを取る

税理士・公認会計士が介在することで第三者が納得する価格を提示でき、交渉を有利に進められます。

個人クリニック売却方法とスキームを理解する

個人開業医のクリニックでは、法人格を持たないため株式の概念がなく、売却手段は事業譲渡が中心です。事業譲渡では建物設備、医療機器、スタッフとの雇用契約、診療報酬の継続治療契約など、資産と権利義務を丸ごと買い手へ移す必要があります。そのため前院長は保健所へ廃止届を提出し、買い手は開設届を再提出するという二段階の行政手続が必須です。届出書類には建物平面図や医師免許証の写し、設備リストなど多数の添付資料が求められるため、早めの準備が欠かせません。

事業譲渡が選ばれる3つの理由

  1. 株式が存在しないため最も実務的
  2. 設備や人材を選択的に移せる柔軟性
  3. 買い手は不要資産を除外でき価格調整しやすい

親族承継と第三者承継は準備と交渉プロセスが違う

親族承継では後継者候補と理念を共有し、事業承継計画書で課題とアクションをすり合わせる段取りが重要です。親族の信頼関係を利点に、スタッフや患者への心理的負担を抑えられます。一方、第三者承継ではM&A仲介会社の登録やノンネームシートの作成からスタートし、複数候補との面談、デューデリジェンス、各種契約締結へと進みます。交渉期間が半年〜1年と長期化しやすい分、専門家の費用も計画に入れておく必要があります。

第三者承継の買い手は誰か

  • 医療法人グループ:診療科拡充やエリア拡大が目的
  • 若手医師:開業より低コストでスタートでき経験も活かせる
  • 異業種企業:介護や健康関連サービスとのシナジーを狙う

売却成功までの準備ステップ

  • 資産と負債の棚卸し
  • 過去3〜5年分の診療売上・患者数データ整理
  • 建物の耐震・法令適合チェック
  • スタッフへの情報共有タイミング設計
  • 専門家(税理士・行政書士・仲介会社)との契約


これらを事前に整えることで、買い手への提示資料がクリアになり、デューデリジェンスでの減額リスクを最小化できます。

クリニック売却時の税務と書類でつまずかないために

売却益には所得税と住民税が課せられます。土地や建物の譲渡は分離課税で所有期間5年超なら所得税15.315%、5年以下なら30.63%が適用され、住民税は一律5%です。医薬品在庫など棚卸資産は事業所得として総合課税扱いとなり、課税所得に応じて5%〜45%の累進税率が適用されます。売却前に所得区分を整理し、必要なら決算期の調整や退職金支給といった節税策を検討しましょう。

必要書類を一括管理し行政手続を効率化する

保健所への廃止届・開設届、厚生局への保険医療機関指定申請、税務署への個人事業廃止届など、提出先が複数にわたります。提出漏れがあると診療報酬請求が止まるリスクがあるため、チェックリストを作成し専門家と二重の確認体制を敷くと安心です。

譲渡価格の相場感と営業権を高める工夫

個人クリニックの営業権は院長に帰属しがちで高評価になりにくいのが現実です。それでも以下の要因が揃えばプレミアムが期待できます。

  • 地域ブランドとして知られた名称を継承可能
  • 経験豊富なスタッフが残留し診療品質を維持
  • 駅近や主要幹線道路沿いなどアクセス良好
  • 売却後も院長が一定期間診療に携わり患者離れを抑制


逆に老朽化した建物や違反建築の懸念がある場合は査定が厳しくなります。売却前に建築基準を確認し、必要なら修繕や補強を行うことで評価ダウンを防げます。

売却を成功させるための4つの配慮

所有資産の承継方法を柔軟に選ぶ

設備をリース化し、譲渡対価を抑えて買い手負担を軽くするスキームも有効です。オーナーは賃貸収入を得られ、双方が得をする構造になります。

建物の法令適合性を事前チェック

耐震基準や消防法に不適合だと、大規模改修が条件となり買い手の負担が増えます。専門調査で不具合を洗い出し、改修プランを示して交渉材料にしましょう。

患者とスタッフへの丁寧な説明が信用を守る

売却を公表するタイミングを誤ると不安が連鎖し離職や受診控えに直結します。クロージング直前に説明会を開き、医療サービスが継続することを明確に伝えることが安心材料になります。

後継者の人柄とビジョンを重視する

医療技術だけでなく人間力も評価軸に入れることで、スタッフと患者の心が離れません。面談では地域貢献への想いを語ってもらい、理念の一致を確認しましょう。

クリニックM&Aの具体的手順を時系列で追う

クリニックや病院のM&Aは、「誰に」「いつ」「どのような形で」引き継ぐかを整理することでスムーズに進みます。原文に示された売り手6ステップと買い手6ステップを時系列に並べ、要点を押さえましょう。

売り手が最初に行う6ステップで道筋を明確化

  1. 売却方針の決定
  2. 医療業界に精通したM&Aアドバイザーの選定
  3. 譲受候補先の紹介と初期打診
  4. 候補先によるデューデリジェンスと条件交渉
  5. 最終契約書の締結
  6. クロージング(成約)と行政手続完了

買い手が最初に行う5ステップで案件を絞り込む

  1. 買収戦略の立案
  2. 専門アドバイザーの選定
  3. 候補先クリニックへの面談と初期交渉
  4. 詳細デューデリジェンスとリスク洗い出し
  5. 最終契約締結とクロージング

デューデリジェンスで見落としがちなポイントを把握

財務・法務・人事労務の三つを中心に調査します。

財務DDは時価評価と収益源の持続性を検証

医療機器や建物の時価、診療報酬の推移を確認し、超過収益力を数値化します。

法務DDは許認可・保険指定の継続条件を確認

医療法人の定款や保険医療機関指定の更新時期、リース契約の名義変更可否を精査します。

人事労務DDは看護師配置基準と未払残業を点検

基準未達のリスクがあると譲渡後に増員コストが発生するため、シフト表と給与台帳を突合します。

最終契約締結からクロージングまでの要所を押さえる

表明保証条項で簿外債務や訴訟リスクを明確化し、所有権移転日と対価支払日を一致させることで資金トラブルを防ぎます。行政への廃止届・開設届を同時に提出し、診療が途切れないタイムラインを組むことが成功の鍵です。

実例から学ぶ病院M&A成功と失敗の分岐点

五つの事例は、目的と背景が異なりながらも地域医療を守るという共通のゴールを持っています。

NTT東日本が大学法人へ事業譲渡し医師不足を解消した例

東北医科薬科大学への譲渡は、東北地方の医師不足解消と地域包括医療の充実を目的に行われ、教育機能のある組織が受け皿となったことで新たな医師育成サイクルを生みました。

JA埼玉厚生連が買い手法人を新設して再建した例

熊谷総合病院の譲渡では、買い手が新しい医療法人を立ち上げるスキームを採用し、柔軟な経営改革で赤字を改善しました。

セコムが異業種から参入し病院を再生した例

警備会社による病院譲受は、リスク管理ノウハウを医療安全に活かす形で運営効率を高め、異業種でもシナジーが生まれることを示しました。

日本郵政が公益法人へ譲渡し赤字を整理した例

横浜逓信病院の譲渡は、公的色の強い恩賜財団済生会が引き継ぎ、既存の基幹病院との連携でコスト削減と医療サービス維持を両立しました。

佐賀県杵島郡大町町立病院を民間が刷新した例

老朽化した公立病院を巨樹の会が取得し、リハビリ特化で差別化することで患者数を回復させました。

成功共通項は目的の一致と地域ニーズの把握

すべての事例で「地域医療を絶やさない」という目標が売り手・買い手双方に共有されていた点がポイントです。

M&A後の運営を円滑にするスタッフと患者へのフォロー

クロージング後は運営継続が最重要課題です。

スタッフの不安を和らげる情報共有タイミング

雇用条件や組織体制の変更点を事前に説明し、離職を防ぎます。

患者説明で信頼を守り通院離れを防ぐ

診療時間や担当医が大きく変わらないこと、医療水準が向上することを丁寧に伝え、安心感を醸成します。

クリニックM&A決断前のチェックリストで準備漏れを防ぐ

  1. 所有資産を売却か賃貸か決定したか
  2. 建物が現行法規に適合しているか
  3. 患者とスタッフへの説明計画を作成したか
  4. 後継者(買い手)の理念とビジョンを確認したか


これらを満たすことで、クロージング後も安定した医療提供が続きます。

まとめ

クリニックM&Aは後継者不足解決だけでなく、地域医療を持続させる有効策です。売り手と買い手が目的を共有し、適正な価値評価と周到な手続を踏むことで、スタッフと患者の安心を確保しつつ経営を次世代へバトンタッチできます。

著者|土屋 賢治 マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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