調剤薬局M&Aの最新動向と実践的成功戦略を解説
調剤薬局M&Aはなぜ活発化しているのでしょうか?後継者問題や業界再編の波を背景に、譲渡企業と譲受企業双方にメリットが生まれています。本記事では最新動向から価格算定の仕組み、成功事例までを専門家が丁寧に解説します。
目次
▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
調剤薬局は、医師の処方箋に基づき薬剤師が調剤を行い、患者へ正しい服薬方法を伝える施設です。医薬分業の定着によって店舗数はコンビニエンスストアを上回り、全国に58,000カ所以上存在します。しかし市場は成熟期に入り、地域密着の個人薬局と積極的に多店舗展開を進める大手チェーンとの二極化が顕著です。さらにドラッグストア業界の再編が進み、生活雑貨や日用品まで扱う複合型店舗が競争を激化させています。
かつて医師が診療と調剤を兼ねていましたが、医薬分業の導入により役割が分離しました。その結果、薬剤師が専門職として調剤と服薬指導を担い、患者は医療機関と薬局を分けて利用する形が定着しています。現在では国内処方の約7割が医薬分業となり、調剤薬局は地域医療に欠かせないインフラとして機能しています。
全国の調剤薬局の多くは個人経営ですが、後継者不足や薬価改定による利益率低下で経営が厳しくなっています。一方、アインホールディングスや日本調剤などの大手チェーンは、M&Aを活用して店舗網を急拡大し、規模の経済を活かした仕入コスト削減や教育体制の強化で競争優位を築いています。
ドラッグストアは医薬品に加え日用品・食品まで取り扱い、2016年には店舗数が18,000を超え売上は6兆円を突破しました。激しい価格競争を背景に、業界内でのM&Aが加速し、調剤併設型店舗の拡大が進んでいます。この流れは調剤薬局にも影響し、地域シェアを守るための再編圧力を押し上げています。
大手チェーン上位10社の実績が規模競争を牽引
2023年の売上高ではアインホールディングスが3,215億円で首位、日本調剤が2,801億円で続きます。3位クオールは1,553億円ですが、M&Aにより店舗数は892店と上位2社に迫ります。4位メディカルシステムネットワーク以下も1,000億円規模を超え、各社ともM&Aを通じた成長を掲げています。
企業名 |
売上高(百万円) |
店舗数 |
|
1 |
アインホールディングス |
321,577 |
1,209 |
2 |
日本調剤 |
280,161 |
718 |
3 |
クオール |
155,370 |
892 |
4 |
メディカルシステムネットワーク |
104,366 |
428 |
5 |
東邦ホールディングス |
92,346 |
543 |
6 |
スズケン |
87,742 |
577 |
7 |
トーカイ |
49,334 |
149 |
8 |
ファーマライズホールディングス |
42,327 |
300 |
9 |
シップスヘルスケアホールディングス |
30,499 |
123 |
10 |
メディカル一光 |
23,094 |
95 |
国民医療費の増加で市場全体の売上は伸びる一方、薬価基準の見直しや調剤報酬改定で利益率は縮小傾向です。こうした環境下で、大手チェーンは新たな収益源の確保とドミナント戦略の強化を目的にM&Aを積極活用しています。2020〜2023年で年間M&A件数は約20%増加しており、投資ファンドや大手商社など異業種の参入も目立ちます。
経営者の高齢化と少子化が重なり、親族内に後継者が見つからないケースが増えています。加えてかかりつけ薬局や地域連携薬局など新制度への対応には資金と人材が必要で、個人薬局には大きな負担です。
調剤薬局は医薬品を大量に仕入れるほど利益率が向上するビジネスモデルであるため、譲受企業にとってスケールメリットは大きな魅力です。
複合型ドラッグストアは高収益な調剤部門を取り込むため、調剤薬局の譲受を加速しています。これによりドラッグストアが調剤専門店の譲受企業として最大勢力となり、業界再編は今後も続く見通しです。
調剤薬局はキャッシュフローの予測が比較的容易で、投資ファンドの投資対象として注目されています。また大手商社が医療バリューチェーンへの投資を進めるなど異業種の参入も活発化し、再編のスピードをさらに押し上げています。
M&A件数は2020年以降20%超の伸びを維持
参考資料によれば、2020年から2023年にかけて年間M&A件数はおおむね20%増加しています。オンライン薬局やデジタルヘルスケアの台頭、診療報酬引き下げによる収益圧迫への対応が背景です。
M&Aには双方に多くの利点がありますが、同時にリスクも伴います。ここでは譲渡企業と譲受企業の視点で整理します。
・後継者不在でも従業員の雇用と店舗ブランドを維持しながら引退が可能
・大手グループの経営資源を得てサービス品質や成長機会を向上
・会社清算より高い譲渡対価を得られる可能性
・新規出店より短期間で顧客基盤を獲得し地域シェアを拡大
・共同仕入で薬価を引き下げ、管理部門統合で運営コストを削減
・薬剤師不足の中で即戦力人材を確保、制度変更への対応力を向上
・企業文化の違いによる摩擦で従業員の離職が起こる恐れ
・投資回収の長期化や財務リスクが顕在化する可能性
・地域密着型サービスが希薄化するリスク
統合後の人材定着と文化融合が成功の分かれ目
M&Aが成立しても、薬剤師や店舗スタッフが離職すれば地域の患者との信頼関係は簡単に失われます。譲受企業は報酬体系の変更やシステム統合を段階的に行い、既存従業員の不安を解消するコミュニケーション計画を策定することが重要です。
調剤薬局の売却価格は「時価純資産+のれん+その他要素」で構成されます。案件規模は1千万円から数億円と幅広く、以下の要点が価格を決定づけます。
まず店舗が保有する現預金や医薬品在庫、設備などを時価評価し、負債を控除した「時価純資産」を算出します。次に営業利益に減価償却を加えたEBITDAへ2~4年分の倍率を掛けた「のれん」を加算するのが一般的です。
譲渡後に不要となる役員報酬や交際費を除外し正常利益を算定した上で、規模や競争力に応じて倍率を決定します。上場チェーンの取引指標が7~8倍でも、非上場の初期交渉では3倍程度からスタートすることが多いです。
・月間処方箋応需枚数や集中率
・薬剤師数と年齢構成、地域での採用難易度
・店舗立地や主要処方元医療機関の事業継続性
・在宅医療など独自サービスの有無
価格算定に影響する具体例
年間EBITDAが5,000万円、時価純資産が1億円の個人薬局の場合、EBITDA倍率を3倍とすると、のれんは1億5,000万円となり売却相場は2億5,000万円が目安です。リスクが低ければ倍率は4倍にもなり、総額3億円を超えるケースもあります。
デューデリジェンスで見逃せない法務・労務リスク
薬局は医薬品の管理義務や薬剤師配置基準など多くの規制を受けます。デューデリジェンスでは過去の調剤過誤や行政指導の有無、労務管理の適正性、取引先契約に潜むチェンジオブコントロール条項(CoC)の確認が欠かせません。
専門家チームの早期関与が取引を円滑化
税務・法務・財務を横断的に扱える専門家を早期にアサインすることで、価格設定の妥当性検証や最適なスキーム選定が可能となります。
調剤薬局のM&Aは価格交渉だけでは成立しません。統合後にシナジーを創出するため、ヒト・サービス・組織文化の3つを軸に総合的な準備が必要です。
薬剤師不足が続く業界では、既存人材の離職を防ぐことが最優先です。
・雇用条件を買収前と大きく変えず、評価制度や福利厚生の改善を段階的に実施する
・店舗間異動は本人と面談し、地域社会との関係性を損なわないよう配慮する
・教育研修を共通化しキャリアパスを明確に提示することでモチベーションを高める
在宅医療、健康相談、栄養指導など付加価値サービスは、譲渡企業のノウハウを尊重しつつグループ標準として展開します。買収企業は資金力とIT基盤を提供し、サービスを可視化して他店舗へ横展開するとシナジーが最大化します。
薬局は医師や看護師との連携無しには成り立ちません。
・主要処方元の院長や医療連携担当と早期に面談し、経営体制変更後も患者対応が変わらないことを説明する
・災害時協定や地域包括ケア会議など既存の枠組みに積極参加し、信用を維持する
財務・法務・税務・労務それぞれの専門家を交え、潜在債務や薬事法違反リスクを洗い出します。調査結果は譲渡契約の表明保証や価格調整条項に反映させ、将来トラブルを未然に防ぎます。
ITシステム、購買、物流、人事制度、ブランド統合など各領域のタスクをリスト化し、優先順位と期限を設定します。小規模薬局ではITリテラシーが不均一な場合も多いため、操作研修を実施しスムーズなシステム移行を支援します。
実際のM&A事例には、業界再編の方向性が凝縮されています。代表的な5社の動きを振り返り学びます。
2020年に愛媛・高知の薬局チェーンを買収、2022年には沖縄のふく薬局を傘下に入れました。地方都市で調剤併設型店舗を増やし、グループの物流網を活かしてオペレーションコストを削減しています。
2021年の経営統合後、共同購買とPB商品の共同開発を推進。両社重複エリアでは店舗フォーマットを再編し、処方箋応需枚数が増加した地区で新たな調剤併設店を開業しています。
2020年に北近畿のフクヤを買収し、医薬品・生鮮食品を揃えたワンストップ店舗を実現。食品売場の来店頻度を活かし、処方箋獲得とヘルスケア提案のクロスセルを強化しています。
JR九州側の流通インフラとツルハの調剤ノウハウを組み合わせ、共同配送と在庫最適化で収益を改善。買収後1年で処方箋応需枚数が平均15%増加しました。
2012年アポプラスステーション、2019年藤永製薬を取り込み、CSO事業や製造販売事業へ進出。2023年にパワーファーマシー38店舗を買収し、東北エリアのドミナントを強化しました。
事例から読み取る四つの戦略類型
1. 地域補完型
未進出地域の薬局を買収し空白エリアを解消
2. 規模拡大型
同業大手同士が統合しコスト競争力を向上
3. 異業種融合型
食品や物流と連携し来店動機を多様化
4. 多角化型
製造や人材派遣など周辺事業を取り込み収益源を分散
激変する環境の中で、業界は次の7つの潮流に直面します。経営者は中長期シナリオを描き、いつM&Aを選択するかを見極める必要があります。
調剤報酬改定ごとに利益率が圧縮され、個人薬局はスケール不足が顕著になります。数年内に大手と提携か譲渡を選ぶ局面が増えるでしょう。
2023年開始の電子処方箋は患者利便性を高めますが、システム導入コストが障壁です。単独導入が困難な小規模薬局は、資本力のあるチェーンへの参加を検討する流れが加速します。
オンライン販売や物流を強みとするIT・小売大手が参入することで、「近さ」だけでなく「即時配送」「デジタル相談」など新たな価値が評価されます。
2022年改定後、個店買収より中堅同士の統合が増加しました。規模拡大と共同購買を両立できる企業が次の成長段階に進みます。
栄養、運動、予防医療を含む総合的なヘルスケア窓口として薬局が機能し、管理栄養士や理学療法士との連携が求められます。
調剤ロボットや服薬指導アプリが普及し、薬剤師はアドバイザーへ転換。パーソナライズされた服薬管理が競争ポイントになります。
医薬品廃棄を減らす回収プログラムや再生可能エネルギー活用店舗が消費者と投資家の支持を集め、M&A時の評価にも影響します。
M&Aタイミングを逃さないための経営者チェックリスト
・後継者候補の有無と承継意向の確認
・主要処方元医療機関の継続性と依存度
・電子処方箋対応を含むIT投資計画の妥当性
・薬剤師確保戦略の実効性
・SDGs視点の経営方針と実行状況
客観的な現状分析を専門家と行い、譲渡価値が最大化する時期を把握することが将来の選択肢を広げます。
調剤薬局M&Aは、後継者問題や利益率低下に直面する譲渡企業と、規模拡大や新規事業創出を狙う譲受企業の利害が一致しやすい環境にあります。成功の鍵は人材確保、独自サービスの継続、地域連携、そして緻密な統合計画です。業界再編が加速する今、自社の強みと課題を見極め、最適なタイミングで専門家の支援を受けた戦略的M&Aを検討することが、持続的成長への近道となります。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画