外食業界M&Aの最新動向と中小飲食店の売却・承継実務
外食業界M&Aは、人手不足や原材料高、後継者不在を背景に活発化しています。最新動向、売却価格の考え方、従業員・店舗・個人保証の引継ぎ、税務法務の注意点を中小飲食店オーナー向けに分かりやすく解説します。
目次

▶目次ページ:業種別M&A(様々な業界でのM&A)
外食業界のM&A(合併・買収)は、単なる大手企業同士の再編ではありません。後継者不在、人手不足、食材費や水道光熱費の上昇に悩む中小飲食企業にとって、事業を残すための選択肢にもなっています。
レコフデータによると、外食業界のM&Aは2025年通年で110件でした。また、M&Aプロパティーズの集計では、2026年1〜3月期の飲食業界M&Aは36件、前年同期比63.6%増とされています。外食企業を取り巻く環境は厳しい一方で、買い手から見れば、強いブランドや人材、店舗網をまとめて取得できる機会が増えているのです。
2026年前後の外食M&Aでは、大手チェーンが既存業態とは異なるブランドを取り込む動きが目立ちます。松屋フーズホールディングスは、「六厘舎」などを運営する松富士を子会社化し、牛めし・とんかつに続く麺類事業を強化しました。すかいらーくホールディングスは、2024年の「資さんうどん」に続き、「しんぱち食堂」を展開する会社を子会社化しています。壱番屋も、夜パフェ専門店を展開するGAKUを子会社化しました。
これらに共通するのは、ゼロから新業態を立ち上げるのではなく、すでに顧客に支持されているブランドを取り込む考え方です。外食では味、立地、接客、常連客、SNSでの評判が一体となって価値を作ります。買い手は、店舗だけでなく「ファンが付いた事業」を買っていると言えます。
外食M&Aが増えている理由は、買い手の成長戦略だけではありません。売り手側でも、不採算店の整理、コア事業への集中、後継者問題の解決を目的に、事業や店舗を譲渡する動きが広がっています。
近年は、経営不振で追い込まれてから売るというより、まだ価値があるうちに事業の持ち方を見直す動きが増えています。黒字でも、オーナーの体力、採用難、金融機関対応、設備更新負担を考えると、第三者承継を検討すべき場面は珍しくありません。
外食M&Aというと、大手チェーン同士の取引を思い浮かべるかもしれません。しかし実務では、数店舗規模の飲食店、地域で固定客を持つ店、居抜きで価値が残る店舗も検討対象になります。
重要なのは、規模の大きさだけではありません。駅前や商業施設内などの立地、スタッフの定着率、口コミ評価、看板メニューの再現性、原価率の管理状況が見られます。オーナーの腕に依存しすぎている店は引継ぎが難しい一方で、レシピや仕入れ先、接客手順が整理されていれば、小規模でも買い手が検討しやすくなります。
「国内外食市場規模推移と予測」
買い手が外食企業を買収する理由は、売上を増やすためだけではありません。既存ブランドを取得することで、出店、人材、商品開発、仕入れの時間を短縮できます。ここに、外食M&Aが活発化する実務上の理由があります。
飲食店のブランドは、一朝一夕では作れません。味の記憶、店内の雰囲気、スタッフとの関係、SNSでの投稿、地域での評判が積み重なって初めて固定客が生まれます。
買い手にとって、人気店を買収することは、店舗数を増やす以上の意味を持ちます。すでに「また行きたい」と思う顧客がいるため、出店初期の赤字や認知獲得の手間を抑えられるからです。特にラーメン、うどん、焼魚定食、夜パフェのように、メニューの個性が分かりやすい業態は、買い手が成長ストーリーを描きやすくなります。
原材料高は、多くの外食企業にとって大きな負担です。小規模店では、仕入れ単価の交渉力が弱く、物流費や廃棄ロスも利益を圧迫しやすくなります。大手や中堅企業の傘下に入ると、食材の共同仕入れ、配送ルートの見直し、セントラルキッチンの活用により、利益率を改善できる場合があります。
ただし、何でも本部仕入れに切り替えればよいわけではありません。看板メニューの味が変わると、常連客が離れることがあります。M&A実務では、仕入れの共通化で下がるコストと、ブランドの個性を失うリスクを同時に確認します。
外食業界では、人手不足が慢性的な課題です。店長、料理人、ホール責任者が抜けると、売上が維持できないこともあります。買い手にとって、経験あるスタッフや店舗運営ノウハウをまとめて引き継げる点は大きな魅力です。
一方で、従業員は会社が変わることに不安を持ちます。給与、シフト、評価制度、店舗名、メニューが急に変わるのではないかと感じるためです。買収後の離職を防ぐには、成約前から「何を変え、何を変えないか」を整理しておく必要があります。
訪日客の増加により、和食、ラーメン、焼肉、寿司、抹茶スイーツなどは海外展開やインバウンド需要との相性が高くなっています。多言語対応、宗教上の食制限への対応、キャッシュレス決済、口コミサイト対策が整っている企業は、買い手から評価されやすいです。
外食M&Aで最も気になるのは、「いくらで売れるのか」でしょう。ところが、飲食店の価格は、売上だけでは決まりません。店舗別の利益、内装や厨房設備の状態、賃貸借契約、スタッフの定着率、ブランドの再現性が価格に影響します。
中小規模の飲食店M&Aでは、年買法という考え方が使われることがあります。これは、時価純資産に、実質営業利益の数年分を上乗せして価格の目安を考える方法です。
目安は、時価純資産に実質営業利益の3〜5年分を加えるイメージです。実質営業利益とは、オーナー個人の役員報酬、家族人件費、臨時費用などを調整し、買い手が引き継いだ後の本来の利益に近づけたものです。
評価が上がりやすいのは、利益が安定しているだけでなく、買い手が引き継ぎやすい状態の会社です。具体的には、店舗別損益が分かる、店長に権限が委譲されている、レシピや仕込み手順が文書化されている、主要スタッフが継続勤務する見込みがある、賃貸借契約の更新に大きな問題がないといった状態です。
飲食店では、見た目の売上よりも「その売上が誰の力で成り立っているか」が重視されます。オーナーが厨房に立たなければ成り立たない店は、買い手にとって不安が残ります。逆に、オーナーが抜けても店長やスタッフで回る店は、価格交渉で強くなりやすいです。
評価が下がる典型例は、店舗ごとの利益が分からない、現金管理が不透明、厨房設備の修繕履歴がない、労務管理が曖昧、仕入れ先との取引条件が口約束になっている場合です。こういうケースは珍しくありません。
また、口コミ評価がオーナー個人に集中している店も注意が必要です。「大将がいるから通う」「創業者の接客が好き」という店は魅力的ですが、M&Aではその魅力が譲渡後も残るかを問われます。一定期間の監修、レシピ開示、スタッフ教育を契約で決めることで、買い手の不安を下げられます。
居抜き価値だけでは会社価値にならない
内装や厨房設備をそのまま使える居抜き店舗は、買い手の初期投資を抑えられるため評価対象になります。ただし、居抜き価値だけでは会社全体の価格は高くなりにくいです。設備に加え、利益、顧客、スタッフ、契約関係がそろって初めて、事業としての価値が認められます。
外食M&Aには、後継者問題の解決や従業員の雇用維持といった大きな効果があります。一方で、売却後にブランド方針が変わる、従業員が戸惑う、オーナーの関与が残るといった負担もあります。良い面だけを見て進めると、成約後に後悔することがあります。
親族や社内に後継者がいない場合でも、第三者へ承継すれば、店舗、従業員、取引先との関係を残せる可能性があります。廃業すると、原状回復工事、在庫処分、従業員対応、借入返済などが一気に発生します。黒字店舗であっても、後継者がいなければ廃業を選ぶ経営者は少なくありません。
M&Aであれば、買い手の資金力や管理体制を活用しながら、ブランドを存続させる道が開けます。特に地域の常連客に支えられている店では、「閉める」のではなく「引き継ぐ」こと自体が価値になります。
会社や事業を譲渡すれば、経営者は譲渡対価を受け取れる可能性があります。これが創業者利益です。長年積み上げてきたブランド、店舗、人材、顧客基盤を金銭価値として回収できる点は、廃業との大きな違いです。
また、金融機関借入に経営者の個人保証が付いている場合、M&Aを機に保証解除を交渉できることがあります。ただし、個人保証は自動的に外れるものではありません。金融機関の同意、買い手の信用力、借入の返済計画が必要です。ここは意外と多い落とし穴です。
M&A後、買い手がメニュー、価格、制服、店舗名、仕入れ先を急に変えると、常連客や従業員が離れることがあります。売り手にとっては、思い入れのある店が変わっていくことに心理的な負担を感じる場面もあります。
このリスクを下げるには、譲渡契約や引継ぎ計画で、ブランド名を残す期間、オーナーの関与期間、従業員への説明時期、メニュー変更の進め方を決めておくことが大切です。価格だけでなく、誰に引き継ぐかが重要です。
外食M&Aでは、税務、法務、労務の確認が多岐にわたります。店舗ビジネスは、賃貸借契約、営業許可、雇用契約、設備リース、フランチャイズ契約などが絡むため、一般的な会社売却よりも確認項目が細かくなりやすいです。
会社全体を売る場合は、株式譲渡がよく使われます。株式譲渡では、株主が株式を売却し、会社そのものは存続します。契約や雇用関係は原則として会社に残るため、手続が比較的シンプルです。個人株主に譲渡益が出る場合は、一般に約20%の税負担が生じます。
一方、店舗や一部事業だけを売る場合は、事業譲渡が使われることがあります。事業譲渡では、資産、負債、契約、従業員を個別に移すため、株式譲渡より手続が増えやすくなります。買い手にとっては、必要な資産や店舗だけを選べる利点がありますが、契約や従業員の引継ぎを丁寧に進める必要があります。
飲食店営業許可は、2023年12月13日以降、事業譲渡でも原則として新たな許可取得ではなく、届出などにより営業者の地位を承継できる扱いになっています。ただし、店舗の一部譲渡や施設の大幅変更などでは、新規申請や変更届が必要となる場合があります。
そのため、事業譲渡を検討する段階で、早めに保健所へ確認することが大切です。営業できない期間が生じると、売上だけでなく従業員の雇用にも影響します。
賃貸借契約も重要です。店舗物件は、貸主の承諾なしに借主を変更できないことが多く、名義変更や再契約が必要になる場合があります。好立地の店舗ほど、賃貸条件が価格に大きく影響します。
株式譲渡では、雇用契約は原則として会社に残ります。一方、事業譲渡では、従業員ごとに転籍の同意が必要になるのが通常です。給与やシフト、勤続年数、有給休暇の扱いを曖昧にすると、成約後の不満につながります。
従業員への説明は、情報漏えいを避けるために慎重に進める必要があります。ただし、成約直前まで何も伝えないと、不信感が生まれます。M&A実務では、基本合意後から最終契約までの間に、説明の範囲と時期を決めておくことが多いです。
外食業界では、シフト管理、休憩時間、深夜手当、固定残業代の運用が問題になりやすいです。未払残業代や社会保険の未加入が見つかると、買い手は価格を下げる、補償条項を求める、案件を見送るといった判断をすることがあります。
売却前に、勤怠記録、雇用契約書、給与計算、就業規則を整理しておくことが大切です。細かな書類整備に見えますが、買い手の不安を下げる効果があります。
外食M&Aでは、準備の差が価格と成約可能性に直結します。見栄えのよい店舗写真や売上推移だけでは不十分です。買い手は、譲渡後も利益が続くかを確認します。
複数店舗を運営している場合、店舗別の売上、原価、人件費、家賃、水道光熱費、広告費を分けて把握することが重要です。全社では黒字でも、一部店舗が赤字の場合があります。逆に、赤字会社に見えても、特定店舗だけは高い利益を出していることもあります。
店舗別損益が整理されていれば、全社売却だけでなく、優良店舗の事業譲渡、不採算店を除いた譲渡、資本提携など、選択肢が広がります。これは戦略的売却における重要な準備です。
買い手は、決算書だけでなく、月次試算表、店舗別損益、売上日報、客数、客単価、原価率、人件費率、賃貸借契約書、設備リース契約、フランチャイズ契約、営業許可、従業員名簿、就業規則、仕入れ先一覧を確認します。
「常連客が多い」「評判が良い」という説明だけでは、買い手は判断できません。リピート率、口コミ評価、予約比率、ピーク時間帯、テイクアウト比率、デリバリー比率などを数字で示せると、ブランド価値を説明しやすくなります。
外食M&Aでは、味や雰囲気といった感覚的な価値も大切です。ただし、最終的に価格交渉を進めるには、数字で裏付ける必要があります。
売却直前の過度なコスト削減には注意
売却価格を上げようとして、直前に人件費や広告費を極端に削ると、一時的に利益は増えても、店舗運営の持続性が疑われます。買い手は、無理に作った利益を見抜きます。大切なのは、短期的な見せ方ではなく、譲渡後も再現できる利益を示すことです。
外食M&Aは、契約を締結すれば終わりではありません。むしろ、成約後に店舗を安定運営できるかが本当の勝負です。PMI(M&A後の統合プロセス)を急ぎすぎると、従業員と顧客が離れることがあります。
買い手は、仕入れ、システム、人事制度、会計管理を自社基準に合わせたくなります。効率化のためには必要な作業です。しかし、外食では、変えてはいけない部分もあります。看板メニュー、接客の距離感、店内の雰囲気、常連客との関係などです。
成約前に、売り手と買い手で「残すもの」と「変えるもの」を分けておくと、統合が進めやすくなります。特に創業者が一定期間残る場合は、監修範囲、勤務頻度、従業員への指揮命令の有無を明確にしておきます。
従業員は、買収の目的よりも、自分の雇用や働き方がどうなるかを気にします。給与、勤務地、シフト、店長の権限、制服、メニューがどう変わるのかを具体的に伝えることが大切です。
説明が抽象的だと、不安だけが残ります。「当面は店舗名を変えない」「給与条件は維持する」「仕入れ変更は段階的に行う」といった具体的な方針があると、離職リスクを下げやすくなります。
M&A後の成長施策として、モバイルオーダー、キャッシュレス決済、予約管理、CRM、デリバリー対応、セントラルキッチン活用などがあります。これらは有効ですが、一度に導入すると現場が混乱します。
外食では、現場オペレーションが崩れると、味、提供時間、接客品質にすぐ表れます。まずは会計管理や勤怠管理など裏側の整備から始め、次に仕入れや販促を見直し、最後にメニューやブランド展開へ進むと、顧客離れを抑えやすくなります。
売却後も、売り手オーナーが一定期間残ることはあります。特に、オーナーシェフ型の店舗や地域密着型の飲食店では、買い手が安心して運営を引き継ぐために、数か月から一定期間の協力を求めることがあります。
ただし、関与期間が長すぎると、旧経営者と新経営者のどちらの方針に従うべきか、現場が迷うことがあります。引継ぎ期間、報酬、権限、退任時期を契約で定めておくことが大切です。
外食M&Aは、人手不足や原材料高、後継者不在に悩む企業にとって、廃業以外の承継手段になり得ます。価格は利益だけでなく、店舗別データ、従業員、賃貸借契約、ブランドの再現性で変わります。早めに資料を整え、税務・法務・労務の論点を確認し、自社を誰にどう引き継ぐかを具体的に考えることが大切です。
著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事
編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人